東方備忘録   作:電子の妖精になりたい

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時系列の確認です。博麗大結界が貼られる前であるため、内と外の出入りは比較的簡単。幻と実体の境界は既にあるため、妖怪はわんさかいます。そして、夜は、里の人間関わらず、人間をわんさか襲っています。


番外 独月異変②

 とりあえず飛び出してはみたものの、さて、どうしたものか。私は空中で一旦停止し、腕を組んで思考を巡らせる。

 

「月、ねぇ……。あんな空の彼方まで、まともに飛んで行ったら夜が明けちゃうわ」

 

 物理的な距離は絶望的だ。そういや、お母さんは『あれは鏡だ』と言っていたけれど、もしかするとなんかの暗示だったり?かっこつけずに素直に聞いとけばよかったわね。

 

 闇雲に方法を探すのは骨が折れる。こういう時は、専門家か、あるいは「そこに一番行きたがっている連中」の後をつけるに限る。だけど…

 

「月に行きたがる妖怪……そんなやついるかしら?」

 

 案外、月に関連する妖怪は少ない。少なくとも幻想郷の妖怪ではそれほどいないのは確かだ。

 

 私は眼下の森や山に視線を走らせる。この異常な満月の光。これに強く反応する種族といえば――

 

「……いた」

 

 妖怪の山の麓、深い森の一角から、普段はしないような尋常ではない妖気の高まりを感じる。それも、ただの妖気ではない。理性を失い、何かに焦がれるように暴走した獣の気配。月を見て変身する妖怪たちなら、もしかすると知っているかもしれない。月の行き方を。

 

「案内役は見つけたわ。少々、話が通じる相手じゃなさそうだけど」

 

 私は狙いを定め、獣の咆哮が響く森の上空へと急行した。

 

 

 森の上空に差し掛かると、そこは既に狂乱の宴会場と化していた。

 

「あはは! お月様! きれいなお月様!」

「見て、見て! 僕の影が伸びていくよ!」

 

 まず出迎えたのは、光に狂った妖精たちの群れ。妖精は手をつなぎ、輪になって踊り狂い、意味不明な言葉を叫びながら、無秩序に弾幕をばら撒いてくる。殺意はない。ただ、純粋な狂気だけ、それが逆に、厄介だった。攻撃の予測が出来ないのが面倒。

 

「……邪魔よ。どきなさい」

 

 私はお祓い棒を振るい、霊撃の一閃で群れを薙ぎ払う。彼らは悲鳴を上げることもなく、光の粒子となって霧散した。手応えがない。まるで、月光が作り出した幻影を相手にしているようだ。

 

 さらに高度を下げ、本命の気配を探ろうとした時、獣の咆哮が夜気を引き裂いた。

 

「グルルルッ……!!」

 

 木の隙間から飛び出してきたのは、毛むくじゃらの剛腕と、鋭い牙を持つ影たち。人狼だ。普段は人里離れた山奥でひっそりと暮らしているはずの彼らが、満月の魔力にあてられ、理性を完全に失っている。その目は一様に赤く充血し、口からは涎を垂らしながら、ただ目の前の「生きた獲物」を喰らおうと殺到してくる。

 

「満月で狼男……。ベタな展開ね」

 

 鋭い爪が、風を切って私の首を狙う。私はその軌道を紙一重で見切り、カウンターのお札を眉間に叩き込んだ。ジュッ、と肉が焦げる音と共に、人狼が悲鳴を上げて吹き飛ぶ。だが、すぐに次の個体が、背後から、頭上から、四方八方から襲い掛かってくる。

 

「キリがないわね……!でも、こいつら……」

 

 妖精たちと違って、明確にこちらの急所を狙ってくる。そのため、攻撃が読み易い。私は、向かい来る人狼たちの顎を的確に揺らして、全員を昏倒させる。

 

「さて、残るのはあんただけよ」

 

「ほぅ、俺の気配に気づいていたか」

 

 闇の奥から、一人の人影がゆっくりと姿を現す。野性味あふれる銀色の髪に、鋭く光る金色の瞳。頭には狼の耳、腰からは太い尻尾が揺れている。一見すると華奢な少女のようですが、その身から放たれるプレッシャーは、先ほどの雑魚たちとは次元が違う。そして、瞳は月の狂気に憑かれず、理性に満ちている。おそらくは…さっきの群れのボス。つまり、ボス狼ね。

 

「群れの長が、こそこそ隠れんぼなんて感心しないわね」

 

「隠れていたわけじゃねえ。お前のお手並みを拝見していただけだ。……なかなかやるじゃねえか、人間」

 

 彼女はニヤリと笑うと、低い姿勢で構えた。

 

「別段、俺は博麗の巫女と事を構える気はなかぅたが、こうなっちまったら別だ。部下たちのケジメ、しっかりつけさせてもらうぜ」

 

 地面を蹴る音と同時に、ボス狼の姿が掻き消える。速い。彼女は瞬きする間に、私の背後へと回り込み、その鋭利な爪を振り下ろしてきた。私は紙一重で身を捻り、続いた攻撃をお祓い棒で受け流す。

 

 ガギィン!と、金属同士がぶつかり合うような重い音が響き渡る。

 

「へぇ、俺の爪を受け止めるか!」

 

(ただの爪じゃないわね。妖力…いや、神力の類)

 

「楽しいなァ! 踊ろうぜ、人間!」

 

「悪いけど、舞の相手なら他を当たって!」

 

 私はお祓い棒で、彼女の攻撃を弾き飛ばすと、空いた懐へ一気に踏み込む。そして、お札を彼女の頭に貼り…

 

「夢想封印!」

 

 光の奔流が彼女を吹き飛ばし、大木を数本へし折って、ようやくその体は止まった。土煙が晴れると、彼女は地面に大の字になって、荒い息を吐いている。

 

「……ははっ。こりゃ、一本取られたな」

 

「まだやる?」

 

「いや、よそう。俺たちの負けだ。部下の仇討ちどころか、返り討ちとはな」

 

 ボス狼は痛む体を起こし、恨むでもなく、さっぱりとした表情で笑う。そして、ふと真面目な顔になり、眼下に広がる霧の湖を指差した。戦っているうちにいつの間にここまで来てたらしい。

 

「なあ、博麗の巫女。お前の目的は、あの『月』だろ?」

 

「……ええ、そうよ。水に映るものじゃなくて、上空の方だけどね」

 

「俺の先祖が以前、月に行ったことがある。その時はここを通っていったそうだ」

 

 彼女は懐かしむように、けれどどこか忌々しげに語り始めた。

 

「遥か昔の話だ。ある『胡散臭い妖怪』が音頭を取ってな。『月を侵略し、地上の妖怪の版図を広げよう』と、多くの妖怪を扇動したんだよ。俺の先祖も、その熱気に当てられて参戦した一匹だったらしい」

 

 月への侵略。妖怪の大軍勢。私の脳裏に、古い文献で読んだことのある記述が掠める。

 

 ――第一次月面戦争。

 

 妖怪の賢者が主導し、そして惨敗したとされる戦争。

 

「その時、使ったのがこの湖だ。空に浮かぶ月は遠すぎる。だが、水面に映る月は手を伸ばせば届く距離にある。その『境界』を弄って、虚構を真実に変えたんだとさ」

 

「虚構を真実に……。水面の月を入り口にしたってこと?」

 

「ああ。だが、結果は散々だったそうだ。月の都の圧倒的な力の前に、妖怪たちは手も足も出ずに敗走した。そう聞いている」

 

 彼女は金色(こんじき)の瞳を細め、湖面の月を睨みつける。

 

「その戦争を仕掛けた大妖怪なら、この水鏡の向こうへ行く術を知っているはずだ。まぁ、今も生きているのかは知らんがね」

 

 大妖怪、第一次月面戦争…境界を操る…胡散臭い奴。……あいつね。

 

 全ての符号が一致した。

 

「……なるほどね。合点がいったわ」

 

 私は、忌々しさと、ほんの少しの頼もしさを込めて、その名を口の中で転がした。

 

「やっぱり、あのスキマ妖怪を叩き起こすしかなさそうね」

 

「心当たりがあるのか?」

 

「ええ、腐れ縁よ」

 

 宛はできた。後は、アイツを呼び出す方法だけど…どうしたものか。とりあえず、お礼を言わなきゃ。

 

「ありがとね。この借りは、異変解決で返させてもらうわ!」

 

 私がそう告げると、彼女はニカっと、牙を見せて豪快に笑った。

 

「おう、頼んだぜ! 今度は月見酒でも付き合ってくれよな!」

 

 背後からの豪快な笑い声を置き去りに、私は夜空を蹴った。 風を纏い、身一つで空を駆ける。目指すは眼下に広がる、巨大な鏡――霧の湖。

 

 そのまま私は空中で身を翻すと、一直線に湖の中心へと降下した。

 

 さて、八雲紫の居場所だが、あんな神出鬼没な妖怪を特定しようとするだけ無駄だ。あいつの家に押し掛けたところで、冬眠中だの、留守だのと言われて門前払いを食らうのがオチ。そもそも、私はアイツの家を知らない。毎回、スキマに入れられて、誘拐されているからだ。

 

 だが、向こうから出てこさせる方法なら、いくらか考えていた。何せあいつは「結界の妖怪」。この幻想郷の管理人気取りだ。

 

(管理人が一番嫌がること……それは、物件の破壊よね)

 

 私は、湖面に映る巨大な満月――異界への入り口とされる「鏡」の真上で、ふわりと静止した。  そして、懐から数枚のお札を取り出し、扇状に展開する。霊力が指先に集まり、バチバチと火花を散らした。

 

 昔から、水鏡は現世と幽世を分かつ、境界であると言い伝えられている。

 古井戸を覗き込んだ亡霊が、水面に愛しい男の面影を見たように。*1――水面は、ただ物の形を映すに留まらず、あちら側の世界や過去をこの世に招き寄せる(よすが)となり得る。

 

 水面に揺らぐ逆さまの景色は、単なる虚構ではない。此岸と彼岸を繋ぐ境であり、霊的に最も不安定な綻びでもある。

 

 境界を操る妖怪にとって、この巨大な自然の鏡ほど、無視できない急所はないだろう。…ないはず。…ないよね?

 

「聞こえてるでしょ、八雲紫。あんたがどこで覗いてるかは知らないけど」

 

 私は、足元の水面に向けて、明確な破壊意思と霊力を叩きつけるように告げた。

 

「3つ数えるわ。それまでに出てこなかったら、この湖を吹き飛ばすわよ」

 

 脅しではない。私は本気だ。この水面が月への入り口であり、結界の作用点ならば、ここを力づくで破壊すれば、必ず何かしらに影響が出る。あのスキマ妖怪が、自らが構築したシステムを壊されるのを黙って見ているはずがない。

 

(…お母さんに怒られるかしら?)

 

 いや、今更、手は引けない。私は数を数え始める。

 

「ひーとーつ!」

 

 私が指を折ると同時に、展開したお札が輝きを増し、湖の水面がその余波だけでざわりと波打つ。

 

「ふーたーつ!」

 

 霊力を限界まで高める。私の本気の一撃なら、結界に穴ぐらいは開くだろう。

 

「みっ――」

 

「――はいはい、聞こえているわよ。せっかくの美しい月夜に、随分と無粋ね」

 

 最後の数を数えようとした、その刹那。空間が、裂けた。

 

 私の目の前の空間に、まるで紙を破いたかのように、目玉と赤いリボンで飾られた不気味な闇の裂け目――『スキマ』が口を開ける。そして、その裂け目の中から、道士風の装束に身を包み、和傘をさした金髪の妖怪が、ぬるりと姿を現した。その顔には、呆れとも愉悦ともつかない胡散臭い笑みが張り付いている。

 

 神出鬼没の境界の賢者、八雲紫。お母さん曰く、ただの困ったちゃん。

 

「呼んだかしら? 霊暮」

 

「遅い。あと一秒遅かったら、この湖が無くなってたところよ」

 

 私は構えていた霊力を霧散させ、忌々しげに彼女を睨みつけた。

 

「随分と殺気立っているじゃない。月見酒の誘いなら、もう少し風流にしてほしいものだけれど?」

 

「寝言は寝て言いなさい。……単刀直入に言うわ。月に行きたいの。あんたなら行き方、知ってるわよね?」

 

 紫は、扇子で口元を隠し、くすくすと笑った。その瞳が、湖面に映る湖月と空に浮かぶ盈月を、意味ありげに交互に見比べる。

 

「ええ、知っているわ。かつて、私たちが苦ーいお酒を飲んだところだもの。……でも、ただでは教えられないわね」

 

「やっぱりそう来るわけ。で? 何をすればいいの? 通行料なら賽銭箱に入ってる埃くらいしかないわよ」

 

「お金なんて要らないわ。私が欲しいのは、いつだって『退屈しのぎ』よ」

 

 紫は唐傘をくるりと回し、その先端を私に向けた。

 

「貴女がこの境界を超える資格があるかどうか……まずは私が試してあげる。ほんの少しの短い時間だけど、私を楽しませてちょうだい?」

*1
能『井筒』より




最近、民俗学にハマっているんですけど、柳田國生の妖怪談義の一文「妖怪は信仰を失って零落した神々である」で思わずにんまり。勿論、全ての妖怪がそういうわけではないと言っているのですが、思わずニコニコ。

それと、この時代にボスなんて言葉は伝わってないのでは?と思いながらも、それ以外にどうにもしっくり来ず。
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