東方備忘録   作:電子の妖精になりたい

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東方ボーカルの無限のファンタジアを聞きながら書きました。やっぱり、魂音泉は最高やな‼


番外 独月異変③

「貴女がこの境界を超える資格があるかどうか……まずは私が試してあげる。ほんの少しの短い時間だけど、私を楽しませてちょうだい?」

 

 先手必勝。紫の言葉が空気に溶けるよりも早く、私の手は吸い込まれるように懐へと走っていた。

 

「御託は結構よ!」

 

 取り出した封魔針に霊力を流し込み、紫の眉間めがけて投擲する。空を切り裂く鋭い風切り音。鋼鉄すら貫く霊撃の矢。だけど、紫は動かない。ただ、扇子の向こうで口元を歪めただけ。

 

 ヒュッ――。

 

 封魔針が彼女の鼻先に達そうとした瞬間、空間に亀裂が走る。紫の目の前に開いた小さな『スキマ』が、私の攻撃を音もなく飲み込んだ。

 

「――ッ!?」

 

 直後、背筋に走る悪寒。私は咄嗟に身を捻り、湖面を滑るように横へ跳んだ。カッ! という破裂音と共に、私が一瞬前までいた空間を、先ほど投げたはずの自分の封魔針が貫いていた。

 

「あら、勘がいいわね。相変わらず、獣のような直感だこと」

 

 紫は、扇子で口元を隠したまま、くすくすと笑った。その足は、最初の一歩から一寸たりとも動いていない。やはり、飛び道具は意味ないわね。少なくともアイツの意識外からじゃないと、まともに当たりやしないだろう。それどころが、こっちの攻撃が利用されるのがオチだわ。

 

「ほんと面倒なやつね!」

 

 私はお祓い棒を持ち直し、即座に思考を切り替えた。遠距離が通じないなら、飛び込むまで。全身の霊力を身体強化に回す。筋肉が軋み、血管が脈打つ。人の身には余るほどの力を強引にねじ込み、私は風そのものとなって紫の背後へと潜り込んだ。

 

「さっさと倒れろ!」

 

 お祓い棒を振りかぶり、脳天を目掛けて叩きつける。単純だが、純粋な霊力の塊による物理攻撃。小細工の入り込む余地はない。

 

 ガギィンッ!!

 

 重い金属音が夜の湖に響き渡る。私の一撃を受け止めたのは、優雅に差し出された和傘の柄だった。細い腕に、華奢な体躯。だというのに、岩をも砕く私の一撃を受けて、その体は微動だにしない。

 

「力任せね。普通の妖怪相手にはそれでいいかもだけど、私たちみたいな大妖怪には通じないわよ。もっと巫女としての力を使いなさい」

 

 紫の道士服の袖が、夜風にはためく。彼女の瞳が、至近距離で私を見下ろしていた。その深淵のような紫色の瞳には、焦りも、恐怖も、闘争心すらもない。あるのは、赤子をあやすような、残酷なまでの余裕だけ。

 

「ほら、頑張って」

 

 その、あまりにも軽い言葉と共に放たれたのは、不可視の、しかし圧倒的な質量の衝撃波。防御の姿勢を取る間もなく、私は木の葉のように吹き飛ばされた。視界がぐるりと回転し、湖面を何度も跳ねて、水飛沫を上げながら無様に転がる。

 

「がはっ……!」

 

 肺の中の空気が、強制的に全て吐き出された。身の骨が軋む音。焼けるような痛み。熱い。痛い。だが、曇る視界の中で、思考だけは氷のように冷え切っていた。

 

 冷え切った思考の炉心から、ドロリとした感情が溢れ出す。恐怖? 違う。絶望? まさか――腹が立つだけ。

 

「……流石にここまで良い様にされると、むかつくわね」

 

 私は口元の血を乱暴に拭い、ゆらりと立ち上がった。私の内側で渦巻く激情に呼応するかのように、静かだった湖の水面がざわり、ざわりと不穏に波打ち始める。大気が震え、足元の水が霊力の熱で蒸発し、白い湯気を上げ始めた。遊びは終わりだ。小手調べも、様子見も要らない。私が持てる全てを、この一撃に注ぎ込む。

 

「行くわよ、紫。……消し飛んでも、化けて出てこないでね」

 

 私は、両手を大きく広げた。背後の空間が歪む。そこに出現したのは、私の背丈の倍以上はある、幾つもの巨大な陰陽玉の幻影。それは周囲の空気を、月光を、そして湖の水気さえも貪欲に飲み込み、収束させていく。ジジジジ……と、限界まで圧縮された霊力が悲鳴のような音を立て、白く、眩く、太陽のような輝きを放ち始めた。

 

「『夢想……封印』ッ!!」

 

 解き放たれたのは、純粋な破壊の奔流。夜を昼に変えるほどの閃光が、湖面を割り、空気を焼き焦がしながら、八雲紫という一点目掛けて殺到した。

 

――勝った。

 

 そう確信するほどの、完璧なタイミングと威力。だが、光が彼女を飲み込む寸前、世界が裏返った。

 

「あら、眩しい」

 

 紫が扇子を一振りする。ただそれだけで、私の放った極大の霊撃が、まるで霧散するように消え失せた。

 

「なっ……!?」

 

「『波と粒子の境界』。貴女の霊力は、ただの光の粒になって散ってしまったわ」

 

 紫は妖艶に微笑むと、日傘の先端を湖面に突き立てた。

 

「お返しよ。『水と空の境界』」

 

 ズズズ……と、腹の底に響く地鳴りがしたかと思うと、私の足元の世界が崩壊した。重力が逆転する。湖の水が、滝のように空へと向かって「落下」し始めたのだ。幾つもの水塊が、逆巻く壁となって私を四方八方から圧殺しにかかる。

 

「くぅッ……!」

 

 私は息を止め、霊力で身体を覆いながら、水の牢獄を食い破ろうと藻掻く。だが、水は形を変え、無数の水龍となって私に喰らいついてくる。上下も左右も分からない、混沌の水中。

 

「だったら……全部、吹き飛ばすまでよ!」

 

 私は水中で身体を捻り、遠心力を利用して旋回した。お祓い棒に霊力を過剰なまでに充填し、周囲の水を物理的な衝撃波で弾き飛ばす。水塊を千切り、重力の檻を無理やりこじ開け、私は天に留まる水面を蹴って、紫の元へと肉薄した。

 

「しぶといわね」

 

「褒め言葉として受け取っておくわ!」

 

 私は空中で濡れた巫女服を捨て去るように加速し、紫の懐へと飛び込んだ。拳、蹴り、お祓い棒。呼吸をする間も惜しんで、連撃を叩き込む。紫は一歩も動かず、和傘と扇子、そして時折開く小さなスキマだけで、その全ての攻撃を捌いていく。

 

「遅い、軽い、脆い」

 

 紫が冷徹に告げるたび、私の身体に不可視の斬撃が刻まれる。『切れるもの』と『切れないもの』の境界。彼女が指でなぞった空間は、鋭利な刃物となって私の肌を裂いた。血が舞う。だが、痛みは私の加速装置だ。

 

「だらぁッ!」

 

 私は出血など意に介さず、紫の防御の僅かな隙――和傘を開閉する一瞬の動作を作り出すために複数の封魔針を投げる。狙うは目、喉元、心臓。必殺の軌道を描く三本の針。いかに境界の妖怪といえど、物理的な視界を塞がれれば、反射的に防御行動を取らざるを得ない。一本ならまだしも複数の場合は、紫は和傘を開く。

 

 予想通り、紫は優雅な手つきで傘を開き、私の針を弾き飛ばした。その瞬間、彼女の視界は傘の布地によって遮られ、その鉄壁の防御に、コンマ数秒の「死角」が生まれた。

 

「――捉えた!」

 

 私はその一瞬の闇に、自らの身体を弾丸のように叩き込む。踏み込んだ足が湖面を砕き、水飛沫が爆ぜる。ガラ空きの胴体へ、渾身の回し蹴りを叩き込む。

 

 柔らかな布団を蹴ったような感覚。だが、紫の体勢を吹き飛ばす事はできた。

 

「まだまだ……!」

 

 私は追撃の手を緩めない。吹き飛ぶ彼女を追い越し、先回りして、上空から踵落としを見舞う。  だが、私の踵が彼女の頭蓋を砕く直前、彼女の姿が陽炎のように揺らめいた。

 

「『虚と実の境界』」

 

 私の足は、彼女の体をすり抜けた。そこにあったのは実体ではない。ただの残像。そして、背筋が凍るような殺気が、真上から膨れ上がる。

 

「チェックメイトよ、霊暮」

 

 見上げると、そこには無数に展開されたスキマから、苔むした巨大な石塔や、戦火で打ち捨てられた錆びた大筒、嵐に砕かれた難破船の竜骨といった「外の世界の遺物」が、雨あられと降り注ごうとしていた

 

「……ッ、上等じゃない!」

 

 私は歯を食いしばり、腹の底で燻っていた「奥の手」の封を解く。紫の採点ごときで使う気はなかったが、このふざけた賢者に、私の「底」を見誤らせたまま終わるのも癪だ。

 

 私は、体内を巡る霊力の循環を、逆流させた。私の能力の本質の一つ、太陽を沈め、世界を「黄昏」へと染め上げる力。

 

 ――そして、黄昏時とは、魑魅魍魎が跋扈する、「百鬼夜行」の始まりの時間。

 

 世界の色が褪せる。

 

 夜の闇も、月の光も、全てが錆びついたような茜色に塗り潰されていく。そして、その不吉な夕焼け空に、カラン、コロン、と、どこからともなく、妖怪たちの足音が聞こえてきた。

 

「力を貸しなさい、萃香!」

 

 私は、自身の霊力を全開にし、先頭にいるだろう「悪友」を、無理やりこの身に招き入れた。神降ろしではない。これは、さらに荒々しい鬼降ろし。

 私の背後に、巨大な鬼の幻影が揺らめく。二本の角、燃えるような瞳、そして無限の酒を湛える瓢箪。伊吹萃香の怪力が、私の身体に宿る。

 

 鉄塊の豪雨が、今にも落ちてくる。だが…

 

「――萃まれ」

 

 私が右手を天にかざし、握り込む動作をした、その時。

 

 バキィィィン!!!

 

 物理法則が悲鳴を上げる。私に激突する寸前だった巨大な石塔が、大筒が、船の残骸が、まるで飴細工のようにぐしゃりとひしゃげ、その質量ごと一点に向かって急速に圧縮される。ありとあらゆる瓦礫が、私の掌の上にある、ほんの数寸上の空間へと吸い込まれていく。

 

「な……!?」

 

 紫の瞳が、驚愕に見開かれる。長年生きてる彼女でさえ、質量そのものをここまで理不尽に扱われるとは予想していなかったようだ。

 

「お返しよッ!!」

 

 私は、茜色に染まった空間を蹴り、呆然とする紫の懐へと滑り込んだ。お祓い棒はいらない。鬼の怪力と、圧縮された質量の塊を握りしめた右の拳、ただそれだけが、今の私の最強の武器。

 

「これで、おしまいよッ!」

 

 私は飛び上がり、上空の紫の鳩尾めがけて、渾身の一撃を突き出した。紫は防御しようと手を翳す。だが、鬼の力を宿した私の一撃は、スキマごと空間を軋ませる。

 

 私の拳が、彼女の身体に触れる――その、寸前。

 

 ピタリ。

 

 私は拳を止めた。紫の鼻先のところで。衝撃波だけが彼女の道士服を激しく揺らし、紫の後ろの雲を割った。

 

「…………」

 

「…………」

 

 茜色の光が薄れ、憑依させた鬼の気配が霧散していく。燦燦と輝く満月がまた見え始めた。

 

 私は、荒い息を吐きながら、拳をゆっくりと下ろし、湖面へとゆっくり着地した。全身の力が抜け、膝が震える。

 

「……私の、勝ちでいいわよね? 紫」

 

 私が掠れた声でそう告げると、紫は、きょとんとした顔をし、やがて、扇子で口元を隠して、楽しげに、そしてどこか愛おしげに目を細めた。

 

「ええ……合格よ。貴女ならきっと今回の異変を解決できる」

 

「そ、あんたのお眼鏡に適ったようでなにより」

 

 紫は、私のボロボロになった巫女服の襟を、そっと直してくれた。その手つきは、先ほどまでの殺し合いが嘘のように、穏やかで、どこか慈愛に満ちていた。

 

「ねえ、一つ聞いてもいいかしら?」

 

 襟を直し終えた紫が、私の顔を覗き込みながら問いかけた。その瞳は、悪戯っぽく煌めいている。

 

「貴女、『神降ろし』の応用で鬼を降ろしたけれど……なぜ、もっと相性の良いヨモツを選ばなかったの? 」

 

「……ふん。お母さんをこんな喧嘩の場に呼べるわけないでしょ。それに」

 

 私は、目の前の賢者を指差した。

 

「アンタ相手に母さんを降ろしてみなさいよ。お母さんがアンタ相手に力を振るえると思う?それと、お母さんの力を使っても勝てたって気がしないもの」

 

 私の皮肉交じりの答えに、紫は一瞬きょとんとし、やがて扇子で口元を隠してコロコロと笑った。

 

「賢明な判断ね。……さあ、じっとして」

 

 紫が、私の額にそっと冷たい手を当てた。その瞬間、全身を鉛のように縛り付けていた倦怠感が、嘘のように霧散した。軋んでいた骨が鳴りを潜め、枯渇していた霊力が、泉が湧くように溢れ出してくる。きっと何かしらの境界を操ったのだろう。

 

「……相変わらず、デタラメね」

 

「ふふ、何とでも言いなさいな」

 

 紫は手を離すと、湖面を優雅に滑り、その中央――最も月が美しく映り込む場所へと私を導いた。水面が、鏡のように静まり返っている。そこには空の月よりも大きく、鮮明な満月が、異界への口を開けていた。

 

「ここを潜れば、そこはもう月の都。……行ってらっしゃい、博麗の巫女」

 

「ええ。……宴会の準備を頼んだわよ」

 

 私は短く告げると、躊躇うことなく水面へと身を投げた。

 冷たい水が私を包み込む――そう思った瞬間、世界が反転する。

 水の中へと沈む感覚は、いつしか空へと昇る浮遊感へと変わり、私は、鏡の向こう側の世界、静寂と狂気に満ちた月へと、吸い込まれていった。




紫さんさぁ…君を弾幕ごっこ無しで真っ当に倒すの無理過ぎない?やはり、フェムトファイバーか?今回はこれで決着しましたが、本当の殺し合いなら、霊暮が何かと憑依した途端、能力で剥がすでしょうし。打つ手無さすぎるわ。



それと、今回、霊暮が見せた「鬼降ろし」について。 これについて、少し補足を。
日本では古来より、「凄まじい力を持つもの」や「人知を超えた畏怖の対象」は、それが善であれ悪であれ「カミ」として祀られる側面があります。平安の都を震撼させた鬼である酒呑童子。その圧倒的な「畏怖」は、裏を返せば強烈な「信仰」にもなり得るってわけですね。実際に、首塚大明神といった形で祀られてますし、最近酒呑童子神社なるものも出来たらしいですよ。

ちなみに、作者は鬼は大きく分けて、「人から生るもの」と「自然発生型」の二つに分かれると思っています。前者の代表例は萃香ですね。後者についてはそのうち多分作中でやります。とはいえ、フレーバー程度ですけどね。
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