マフィアのボスは元シスターフッド   作:茄子与一

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第1話

 

 

 

「やあ、久しぶりだね。相変わらず物騒な気配を出しているな」

「……うへ、いきなり何の用かなー? あまり犯罪者とは関わりたくないんだけど」

 ︎

 

 ︎︎翌々日。アビドス自治区を訪れたリナは、待ち合わせ場所に現れた少女に向かい、旧知の友人にでも接するように声をかけた。

 ︎︎だが、返ってきたのはあからさまな警戒と困惑が入り混じった視線だけ。雑談に興じるつもりは毛頭ないらしい。

 

 ︎︎リナは肩を竦め、敵意がないことを示すようにブレンガンのマガジンを外した。

 ︎︎だが、それでも目の前の少女──アビドス高等学校副生徒会長・小鳥遊ホシノの警戒心が解けることはなかった。

 

 

「そう邪険にしないでほしいものだ。アビドスが抱えている問題を思えば、前回の取引はまさに渡りに船だっただろう? まだビジネスパートナーとは言えないが……お互い、敵ではないことは確かだ」

「まあ、そこは否定しないけどさあ……自分の社会的地位を考えてほしいよ。おまけに指名手配犯だし。それに、マフィアのボスともあろう人が、一人でこんなところを彷徨いていて大丈夫なの?」

「うちの部下は優秀だからね。私が何もせずに惰眠を貪っていても、仕事が滞ることはないさ」

 

 

 ︎︎二人の因縁は、オラトリウムがアビドスで金鉱床を発見した一年前に遡る。

 

 ︎︎オラトリウムが無許可で進めていた鉱床調査の末、土地の所有者がアビドス高校であることを知ったリナは、まず部下を派遣し、アビドス唯一の生徒会役員であるホシノとの接触を図った。

 

 ︎︎だが、結果は芳しくなかった。

 ︎︎廃校寸前の学校に突如現れ、土地を売ってくれないかと持ちかけるスーツ姿の集団。母校衰退の経緯を知るホシノが警戒するのも当然だ。

 

 ︎︎しかしオラトリウムにとって、アビドス砂漠で見つかった金鉱床は、文字通り"莫大な金"を生む可能性を秘めていた。新興勢力として裏社会に名を広めつつあったオラトリウムは、激化する勢力争いの荒波を乗りこなすためにも、何としてでもこの権益を確保する必要があったのだ。

 

 ︎︎そのため首領であるリナ自らがアビドスを訪れ、ホシノと数日に及ぶ会談を行ったのである。

 

 

 ︎︎ホシノは当初、土地の売却を断固として拒絶していた。

 ︎︎自治区外部との関わりが薄いアビドスとはいえ、情報はインターネットを通じて流れ込む。

 ︎︎オラトリウムがブラックマーケットで台頭した新興マフィアであること、そのリーダーがヴァルキューレ警察学校から指名手配を受けていることなど、彼女は既に知っていた。

 

 ︎︎まさか、その指名手配犯本人が単身で交渉に訪れるとは思いもよらなかったが、それでも彼女の意志は揺るがなかった。

 

 ︎︎マフィアに土地を売り渡せば、その土地が犯罪の温床になる可能性は高い。そうなれば、アビドスにも余計な目が向けられる。ただでさえ多額の借金に喘ぎ、廃校寸前にまで追い詰められているというのに、火種を抱え込むのは御免だった。

 

 ︎︎だが──。

 

 

「寄付は続けているだろう? 全体額からすれば雀の涙程度だが、寄付という行為そのものが、我々の誠意とリスペクトの表れであることくらいは理解してほしいものだ」

 

 

 ︎︎約九億円超──それが、ホシノが二年生の時点でアビドスに残っていた借金の総額だった。

 

 ︎︎大小さまざまな仕事をこなし、毎月の利子を支払うのがやっとのホシノにとって、リナが会談で提示した土地取引の見積額──謝礼として若干の上乗せを含めた──約一億という大金は、彼女の心を揺るがすには十分な額だった。

 

 ︎︎本来なら、あのような不毛の地に一億もの価値はない。どれだけ高く見積もっても、金鉱床の存在がなければせいぜい数百万がいいところだろう。

 

 ︎︎だがそれだけの額を提示しなければ、ホシノが決して首を縦に振らないことはリナにも分かっていた。採掘場が予定通り稼働すれば十分に回収できる見込みもある。単なる先行投資にすぎなかった。

 

 ︎︎さらに言えば購入候補となる土地は、アビドスの校舎から十キロ近く離れた場所にあった。監視ができない距離ではないが、しかし相手はれっきとした犯罪組織──。

 

 ︎︎ホシノは悩みに悩み、最後には「条件付き」であることを前提に、この取引を受け入れたのだった。

 

 

「寄付については……その、本当に助かってるよ。利子ばかり払って借金自体は減らない状況が何年も続いていたから──でも、君たちが犯罪者であることに変わりはない。だから、建前だろうと銃を向けなきゃいけない。それは君も分かるでしょ?」

「それはそうだが……にしては、手に力が入っているな?」

「ノーコメント」

「くく……」

 

 

──ホシノが土地取引を承諾するにあたり提示した条件は大まかに二つ。

 

 ︎︎一つは、建設予定の施設の運営や使途について、定期的にホシノへ報告すること。もう一つは、ホシノによる不定期の監察を受け入れることだ。他にも細々とした合意はあったものの、特筆すべき条件はこの二点だろう。

 

 ︎︎どちらも、アビドスが組織犯罪に直接加担することを避けるためには絶対に必要な措置だった。

 

 ︎︎もちろん、土地を売却した時点で法的には完全にアウトだ。だが、オラトリウム側がフロント企業を先に立てていたため、いざというときに追及されたとしても「知らなかった」と押し通せる形にはなっている。

 

 ︎︎また、ホシノが不定期に監察を行うのは、大切な後輩たちを犯罪に巻き込まないためでもある。借金返済のために土地取引を受け入れたとはいえ、オラトリウムの活動そのものに対する否定的な立場は変わらなかった。

 

 ︎︎まさか、あんな場所で金が産出するとは思わなかったが──採掘場を作るというのならば、違法な施設を建てられるよりは心理的なハードルが低かった。本音を言えば、自分たちの資金源にしたいところではあったが、アビドスに採掘の技術も予算もない以上はどうしようもない。

 

 ︎︎一時、ホシノの頭には「アビドスにおける鉱業の利益の何パーセントかを寄付させる」という案も浮かんだ。だが、仮にオラトリウムが犯罪者に金を売って利益を上げた場合、そのお金を返済に充てるのは流石に一線を超えることになる。結果的に、この条件で落ち着いた。

 

 ︎︎リナもまた、ホシノの立場を最大限尊重し、組織とアビドスの関わりを示す物的証拠は一切残さないよう徹底していた。感謝の意を込めたアビドス高校への寄付も、すべてフロント企業の名義で行い、ホシノの心情を考慮して、寄付金自体も合法的に得た資金から捻出していた。

 

 

 ︎︎リナに対してホシノは、数ヶ月にわたる土地取引を経て生まれた、わずかな信頼と感謝の念を向けている。

 ︎そして「悲惨な事件」に見舞われながらも、真剣にアビドス高校の未来を考え続けるホシノに対し、リナは強いリスペクトを抱くようになっていた。

 

 

──そんな二人の関係を総括するならば、「敵でも味方でもない微妙な間柄」と呼ぶべきだろう。

 

 ︎︎知り合い以上、友人未満。

 ︎︎けれど警戒は解かない。深く関われば、困るのは自分と後輩たちだ。しかし、オラトリウムがアビドスで問題を起こさない限り、力で排除する必要はない──ホシノはそう考えていた。

 

 ︎︎だからこそホシノはリナの突然の呼び出しに応じ、こんな人の気配がまったくない地域にたった一人でやって来たのである。

 

 

「というか、こうして君と会っているところを誰かに見られたら困るんだけどなー……。何か顔を隠せるものとかないの?」

「顔を隠せるもの、か……ふむ。そうだな、君への土産代わりに持ってきたこれを使うか」

「なにそれ」

「紙袋だ。中にはブラックマーケットで買ったお気に入りのたい焼きが入っている。なかなか美味いぞ、食べるといい」

 

 

──ホシノが先ほどから気になっていた紙袋。

 ︎︎リナはガサゴソと袋の中を漁ると、丁寧にたい焼きを取り出し、ホシノに手渡した。

 ︎︎購入してから時間が経ってはいたが、アビドスの馬鹿みたいに暑い気候のせいか、全く冷えてはいなかった。

 

 

「あ、ありがとう?」

「うむ。君の後輩たちの分もあるぞ。確か、今年は新入生が二人も入ったんだったな」

「私、食べ物を持ち運べるようなもの持ってないよ」

「心配するな。確か鞄の中にフリーザーバッグとレジ袋が……」

 

 

──どこのマフィアが、そんな庶民的なものを鞄に入れているんだか。

 

 ︎︎ホシノは内心そう突っ込んだが、リナは彼女の呆れたような視線を意に介することなく、せっせと紙袋の中からたい焼きを取り出し、一つずつレジ袋へと移していく。

 

 ︎︎そして、たい焼きを詰め終えたレジ袋をホシノに手渡した。

 ︎︎今日もアビドスは気温が高い。腐らないうちに学校へ持って帰るべきなのだろうが……。

 

 

 ︎︎ふと、ホシノは目の前の光景に思わず吹き出した。

 ︎︎元々たい焼きが入っていた茶色い紙袋。その底に穴を開け、頭からすっぽりと被ったリナの姿がそこにあったのだ。

 

 

「ぷっ……くくく……。前から思ってたけど、君ってちょっと天然入ってるよね?」

「? 何がだ」

「いや、不審者感が増してるよ」

「何を言う。顔は隠れ、視界も確保できている。簡易的なバラクラバだよ。君が私と会っているところを見られたくないと言うから被ったんじゃないか」

「目出し帽の割には、情けない格好だなぁ……」

 

 

 ︎︎ホシノは詳しくないながらも、リナの着ているスーツが明らかに上質なものだと分かった。だからこそ、なおさら頭部の異様さが際立つ。

 

──バラクラバ、ねぇ。

 ︎目出し帽といえば銀行強盗が思い浮かぶが、仮にこんな格好で銀行強盗をしたら、それこそ裏社会に伝説を残すことになるだろう。

 

 ︎︎ホシノは笑みを浮かべながらそんなことを考えたが──まさかそう遠くないうちにそれを目の当たりにすることになるとは、彼女は想像すらしていなかった。

 

 

 

 

■■■

 

 

──まずは、たい焼きを後輩たちに渡そう。

 

 ︎︎複数のたい焼きが入ったレジ袋を手に、ホシノは砂に埋もれた街をリナと共に駆けていた。

 

 ︎︎リナは言わずもがな、ホシノもキヴォトス有数の実力者である。副会長としてたったひとりでアビドス高校を守り続け、新入生が入るまでの間、度重なるヘルメット団の襲撃を退けてきた。

 ︎︎加えて彼女本人は知る由もないが、その戦闘能力の高さは、三大マンモス校のひとつであるゲヘナ学園の情報部においても、要注意人物としてリストアップされるほどだ。

 ︎

 

 ︎︎要するに、車を使うよりも、自分の足で走った方が速い──しかし隣を見ると、紙袋を被った不審者が並走していた。

 

 ︎︎ホシノは何度か笑いそうになったが、何とか堪えた。そうして、待ち合わせ場所を出てから五分も経たずにアビドス高校へと戻ってきたのである。

 

 ︎︎リナには近くの廃ビルで待っているように伝え、ホシノは生徒会室──否、今は"アビドス廃校対策委員会"のものとして使われるその部屋の扉を開けた。

 

 

「あれ? ホシノ先輩?」

「ん、こんな時間から登校するなんて珍しい」

「おはよー、ノノミちゃん、シロコちゃん」

 

 

 ︎︎部屋に入ると、迎えてくれたのは今年から二年生になった十六夜ノノミと砂狼シロコの二人だった。

 ︎︎いつもなら時間ギリギリに眠たげな様子で登校してくるホシノが、普段より早い時間帯から姿を見せたことで、二人とも驚いているようだった。

 

 

「おはようございます。用事があると連絡があったので、てっきり今日はお休みするかと思っていたんですが……」

「あー、いや、ごめんね。まだこれから出ないといけなくてさ……。知り合いからたい焼きを貰ったんだけど、時間がかかりそうだから先にみんなに渡そうと思って」

「いい匂い……」

 

 

 ︎︎ホシノが申し訳なさそうに頭を掻くと、ノノミは慌てて「いえいえ」と手を振った。

 ︎︎一方、シロコは興味津々といった様子でホシノに近づき、袋から漂う甘い香りを嗅いでいる。

 

 

「こらこら」

 

 

 ︎︎ホシノは苦笑しながらシロコの頭を撫で、机の上にレジ袋を置いた。

 

 

「本当はちゃんとした袋に入ってたんだけど……色々あってさ。ちゃんと全員分あるから、セリカちゃんとアヤネちゃんの分は冷蔵庫にしまっておいてね〜」

「わぁ、ありがとうございます♪」

「ホシノ先輩。これ、どこのたい焼きなの?」

「さあ? でも私も食べたけど、味は結構良かったから安心して」

 

 

 ︎︎シロコの無垢な瞳がこちらを見つめてくるが──まさか「ブラックマーケットで買ってきたもの」とは口が裂けても言えない。

 

 ︎︎購入したのはホシノではなくリナだが、それを説明したところで「知り合いがブラックマーケットで?」と根掘り葉掘り聞かれるのは目に見えている。

 

 ︎︎だから、ホシノはとぼけることにした。そうしてシロコからの質問を適当に流しつつ、ボロが出ないうちにさっさと行こうと決めた彼女は、くるりと踵を返す。

 

 

「ん、もう行くの?」

「そのたい焼きをくれた知り合いを待たせてるから。でも、多分お昼過ぎには戻ってこれると思うよー」

 

 

 ︎︎リナの用件はまだ聞いていなかったが、わざわざアビドスまで彼女が訪れている以上、重要な話であることは間違いない。

 ︎︎

 ︎︎オラトリウムがアビドスから購入した例の土地に何か問題が生じたのかもしれないが、もし緊急事態であれば、あんな珍妙な格好をしている場合ではないはずだ。

 

 

──相変わらず、よく分からない少女だと思う。

 

 ︎︎ブラックマーケットの情報は外部にほとんど流れない。

 ︎︎連邦生徒会の力が及ばない犯罪都市なのだから当然だが、それでもオラトリウムがいくつもの犯罪グループを潰してきたことは、クロノスのニュースでも流れてくる話。

 ︎︎なぜならその抗争の過程で、マーケット外の民間施設にも被害が及んでいたからだ。故にヴァルキューレ警察学校からはかなり危険視されているようだった。

 

 ︎︎実際、公式サイトの指名手配欄にはリナの名前と容疑が載っていた。強盗、恐喝、器物損壊、暴行、違法カジノ運営──マフィアのボスとして、彼女には様々な罪状が並んでいる。

 

 ︎︎だが──どうも彼女と顔を合わせると、そのような重犯罪者にはとても思えなかった。

 ︎︎もちろん、それを理由に警戒を解くほどホシノは甘くはない。だが時折、そんな自分の警戒心が滑稽に思える瞬間がある。

 

 ︎︎もし彼女が犯罪者でなければ、普通に仲良くなれていたのだろうか──そんな考えが頭をよぎるたび、ホシノはため息をつきたくなるのだ。

 

 ︎︎だが、ノノミたちの前でそんな顔を見せるわけにはいかない。彼女は普段通りの自分を装い、二人に学校を頼むように言った。

 

 

 ︎︎理由は分からないが、アビドス高校は昔からヘルメット団の襲撃に見舞われる。

 ︎︎学校を防衛するため、ホシノたちは頻繁に戦闘を行っていたが、借金を抱えるアビドスにとっては厄介事の筆頭だ。

 

 ︎︎銃火器と比較すれば安価とはいえ、弾薬も相当数そろえれば莫大な金額になる。本当なら、その分も借金返済に回したいところだった。

 ︎︎もしフロント企業を通じたオラトリウムからの寄付がなければ、利子の返済で手一杯になっていただろう。

 

 

「じゃあ、あとは任せたよ、二人とも」

「ん、行ってらっしゃい」

「分かりました。じゃあ、アヤネちゃん達にもそう伝えておき──」

 

「ちょっとアンタ、待ちなさいよ!!!」

 

 

 ︎︎突如、部屋の外から大きな声が響いた──空いていた窓の向こうから聞こえてきたその声に、三人は驚いて目を見開く。

 ︎︎すわ何事かと、ホシノたちは窓の方へ駆け寄った。

 

 

「今の声、セリカ?」

「ですね。何かあったのでしょうか? 誰かと揉めているようにも見えますが……」

「……」

 

 

 ︎︎猛烈に嫌な予感がしたホシノは、そのまま窓から飛び降り、声の主──アビドス1年の黒見セリカの方へ駆け寄る。上から「ホシノ先輩!?」と驚くノノミの声が聞こえたが、聞こえなかったフリをしながら、真剣な面持ちで校門の状況を確認する。

 

 

──嫌な予感が当たらなければいいけど……。

 

 ︎︎そう思いながら校門の方へ進むと、もう一人の新入生・奥空アヤネが、何やら騒がしい様子のセリカをあたふたと押さえ込んでいた。そしてそんな彼女たちの視線の先には──、

 

 

 ︎︎……ああ、やはり居た。

 ︎︎ホシノの嫌な予感は的中していた。

頭から紙袋を被った不審者──もとい知り合いが、腕を組んで仁王立ちしている。

 

 

「あっ、ホシノ先輩!」

「二人とも、一体どうしたの〜?」

「聞いてくださいよ、先輩! そこの怪しい格好した奴が校門の前でウロウロしてたから声をかけたんですけど……ずーっと無視するんです! ヘルメット団のスパイか何かに違いないわ!」

「─────」

 

「うへぇ……」

 

 

 ︎︎色々言いたいことはあったが、まずなぜリナが校舎の方まで来ているのか。絶対にこうなると思って、わざわざ付近のビルで待つように言ったというのに。

 

 ︎︎そんな不満を込めた視線を送るも、何を勘違いしたのか、紙袋の不審者はサムズアップを返してきた。表情は見えないが、おそらくドヤ顔をしているのだろう。

 

 ︎︎イラっとしたホシノだったが、まずはセリカを落ち着かせようと、彼女たちの間に割り込んだ。

 

 

「ま、まぁまぁ。この子、おじさんの知り合いなの。今日用事があって学校休むって連絡したでしょ? それ、この子と話があるからなんだ〜。私を待っててくれてただけだから、心配しなくても大丈夫だよ。ヘルメット団とは関係ないし」

「うぇっ? そ、そうだったんですか……?」

「独特なお友達なんですね……」

 

 

 ︎︎断じて友達などではない。誰がこんな不審者と仲良くするものか。そう言いたいところだったが、胡乱げな目を向けるセリカたちに、ホシノは曖昧な笑みを浮かべるだけだった。

 

──今は、リナの顔を見られないようにするのが最優先だ。

 

 ︎︎彼女の顔写真はネットでも出回っていないが、たまに鋭いところのある後輩たち──特にアヤネや、こちらへ近づいてくるノノミなら、彼女の外見的特徴から正体にたどり着く可能性もある。

 

 ︎︎そもそも、今の状況自体が本当に危ないのだ。オラトリウムの首領と関わりがあることは絶対に隠さなくてはならない。

 

 

「あら、その方は?」

「ホシノ先輩のお知り合いの方のようです」

「ん、怪しい……撃っていい?」

「それはダメだよ、シロコちゃん──いやあ、この子結構な恥ずかしがり屋さんだから顔を隠してるんだけど……そのせいでセリカちゃんには勘違いさせちゃったね、ごめん」

「い、いえ……私もすいません、早とちりしました」

 

 

 ︎︎ホシノが手を合わせて謝ると、気まずそうにセリカも頭を下げた。自分が冷や汗をかいているのはバレていないようで、ホシノも一息つく。

 

──なんだって私がこんなことをしなくちゃいけないんだ、と舌打ちしそうになりながら。

 

 ︎︎ノノミたちに怪しまれないうちに、さっさと離れた方がいいだろう。じーっと眺めるシロコを始め、すでに2年生組にはかなり怪しまれているとは思うが……ホシノがわざわざ庇ったおかげで、この場で追及されることは避けられそうだった。

 

 

「じ、じゃあ私はもう行くね〜。学校に戻る前には連絡するから」

「あっ、ちょっと先輩!」

 

 

 ︎︎ホシノはリナの腕を掴むと、後輩たちから急いで離れた。

 

──帰ってきたら色々聞かれそうだな。

 ︎︎彼女は遠い目をしつつ、とりあえず市街地の方まで走る。

 

 ︎︎学校からほど近い市街地には、もうほとんど市民の姿はない。

それでもアビドスに残っている店はいくつかあり、一部界隈では「美味い」と評判の柴関ラーメンもそのひとつだった。

 

 ︎︎ホシノはかつて先輩と訪れた思い出の店を通り過ぎ、空きテナントが目立つビルの前で立ち止まる。そうしてようやく、ずっと掴んでいたリナの腕を離した。

 

 

「……腕が痛い」

「はぁ……なんで校門にいたの? すぐ戻るから近くで待っててって、私はちゃんと言ったと思うんだけど?」

 

 

 ︎︎ギロリと、ホシノの鋭い視線がリナに向けられた。だが、リナはそれをまったく気にする様子もなく、走っている最中についたスーツの砂埃を軽く払いながら、悪びれることなく経緯を説明し始めた。

 

 

 ︎︎確かにリナはホシノに言われた通り、アビドスの校舎からほど近い場所で待機していた。

 

 ︎︎廃墟ビルの一室で、ホシノに相談する内容を改めて整理していたのだが、ふとタバコが吸いたくなり、彼女は無意識に懐へ手を伸ばした──そこで気づく。箱が空だったことに。

 

 ︎︎慌てて鞄の中を探ってみても、出てきたのは使いかけのライターだけ。タバコの新箱はどこにもなかった。

 ︎︎一度吸いたいと思ったら吸うまで落ち着けないリナにとって、それは死活問題である。

 

 ︎︎仕方なくビルを降り、スマホでコンビニの場所を検索していたのだが……リナは自分の進行方向がアビドス高校の正門前であることを、完全に忘れていた。しかも、ながらスマホに加え、視界を遮る紙袋のせいで周囲の状況にまったく気づけずにいた。

 

 ︎︎そして、ちょうど登校してきたセリカとアヤネに遭遇し、不審者として捕まりかけた──というのが、先の一件の経緯だった。

 

 

「……タバコなんてこの辺りじゃ売ってないよ。まったく、人騒がせな」

「なに? ……チッ、もっと早く気づいていればよかった」

 

 

 ︎︎リナが舌打ちするのを見て、ホシノは思わずため息をつきそうになった。

 

 

「──そんなことより、そろそろ本題に入らない? おじさん朝から動き回って、もう疲れてきたんだけどな〜?」

 

 

 ︎︎主に精神的に。

 ︎︎ホシノは疲れた顔でリナを見た。

 ︎︎先ほどの出来事は、久々に肝が冷えた。もし口を滑らせてしまっていたら、自分とオラトリウムの関係に、後輩たちまで巻き込むことになっていたかもしれない。

 

 ︎︎リナはアビドスに対して好意的で、多額の寄付までしてくれているが、それでも彼女は紛れもない指名手配犯だ。

 

 ︎︎すでに正式な取引を終えている以上、今さら関係を断つこともできない。だからこそ、せめて自分以外の生徒には関わらせないようにしていたのに──このヤニカスのせいで、すべて台無しになりかけた。

 

 ︎︎同い歳だろう、とか。せめて自分が居る時は吸うな、とか。いろいろと言いたいことはあったが、すでに気疲れしていたホシノは、ひとまず本題を優先することにした。

 

 

「ああ、そうだった。すっかり忘れていたよ。そういえば君に相談があってアビドスまで来たんだったった。はっはっはっ」

「……相談?」

「うむ。というのも、うちでアルバイトをしてみないかという誘いなんだが──」

「断る」

 

 

 ︎︎ホシノは即答した。そして、またその類の話か、と内心でうんざりする。

 ︎︎数年前から「黒服」を名乗る怪しげな男から勧誘され続けているので、もはや驚きも新鮮味もない。いずれにせよホシノが犯罪組織に身を置くつもりは、これっぽっちもなかった。

 

 

「うーん……それは困ったな。近いうちにアビドスでドンパチやる可能性があるから、君に手伝ってもらおうかと考えていたんだが……」

「──どういうこと? 前の取引で、アビドスでは絶対に問題を起こさないって決めたはずだけど」

 

 

 ︎︎ホシノは背負っていた銃を前へ構え、半歩ほど距離を取る。しかし、リナはまったく動じることなく、頭を覆う紙袋を鬱陶しそうにしながら、錆びたガードレールに腰を下ろした。

 

 

「もちろん、合意は遵守するさ。ただ、それはあくまで君と私の間で交わした約束だ。無関係の第三者からすれば、そんな取り決めに配慮する義理はないだろう?」

「……つまり、君たちにそのつもりがなくても、君たちの敵が襲ってくるかもしれないってこと?」

「うん、そういうこと。まあ、彼らも採掘場を狙ってるわけじゃなく、単にオラトリウムがアビドスに関わるのを阻止したいだけだろうが──」

 

 

 ︎︎ホシノはその言葉に引っかかった。最初はてっきり、オラトリウムが急いで準備している採掘場を巡って、他の組織と抗争になる話かと思っていた。だが、どうやらそうではないらしい。

 

 ︎︎それにしても、「オラトリウムがアビドスに関わるのを阻止したい」とは、一体どういうことなのか。リナが言う「彼ら」とは誰を指しているのか。疑問は尽きなかったが、まだリナが話している途中だったので、開きかけた口を閉じた。

 

 

「相手の規模的に、現場の構成員だけで施設を守りきれるかは怪しいところだ。だから事後報告にはなるが、すでに戦車や火砲を現場に運ばせてもらっているよ」

「……まあ、それは別にいいけど……そこまで用意してるなら、私要らなくない? ──というかアルバイト云々よりも先に、その相手が誰か教えてくれるかな」

 

 

 ︎︎つらつらと喋っていたリナだったが、そんなホシノの問いに、ふっと言葉を詰まらせた。

 

 

 ︎︎相手はカイザーPMC──そう素直に答えていいものか、少し考える。

 ︎︎リナは、アビドスに対する調査やホシノとの会話の中で、アビドスがカイザーローンに借金を負っていることを知っていた。

 ︎︎仮にホシノがリナの目論見通り、採掘場の防衛に傭兵として参加した場合──もしカイザーPMCが攻めてきて、ホシノの姿を彼らに見られたら、アビドスへの報復措置として借金の金利を法外なレベルまで吊り上げる可能性がある。

 

 ︎︎返済不能に陥ればアビドス高等学校は自治区ごと消滅し、跡地はカイザーの支配する排他的な地域へと変わるだろう。

 ︎︎それは採掘場の利権を独占したいオラトリウムにとっても最悪の展開だった。

 ︎

 

 ︎︎だからこそホシノを雇うのは得策ではない──のだが、それでも問題があった。

 

 ︎︎カイザーPMCの戦闘部隊を相手に、現場の戦力だけで採掘場を守れるかと問われれば、リナの答えは「否」である。

 ︎オラトリウムは創設以来、多くの敵対組織を潰してきた好戦的な集団。その中核を担っていたのは、他ならぬリナだった。ブラックマーケットでの現在の地位も彼女の力によるものが大きい。

 

 ︎︎だからリナが前線に立てば、カイザーPMCの攻撃を防ぎきることは可能だろう。だが、アビドスに常駐して警戒監視する時間的余裕はない。数日ならともかくそれ以上となれば、本拠地を離れるのは難しくなる。

 ︎︎そもそもカイザーが本当に攻めてくるのか、という点も現状では分からないのだ。具体的な時期が分からない以上、現場のことは現場に可能な限り任せたかった。

 

 ︎︎オラトリウムには敵が多い。別にカイザーだけが警戒すべき相手ではないのだ。

 ︎︎だからこそ、自分の代替としてホシノが一時的にでも加わってくれれば、被害を最小限に抑えられる可能性が高い。むしろ彼女なら逆に撃退してくれると思える。

 

 ︎

 ︎︎しかし──ホシノはアビドスの生徒だ。

 ︎︎逆に言えば、相手が「アビドスのホシノ」だと認識しなければ問題はないのではないか? そんな考えがリナの脳裏をよぎる。

 

 ︎︎思考に耽るあまり、ホシノの質問を放置してしまったリナだったが──待たされるのが気に入らなかったのか、ホシノが苛立ったように彼女の頭目がけてチョップをお見舞いする。

 

 

「……何のつもりだね」

「いきなり黙るからでしょ」

「考え事してただけだ、すまないすまない」

 

 

 ︎︎文句を言いながらリナは紙袋を押さえた。ホシノはじっと彼女を睨んでいる──さて、どう答えたものか。

 

 

 






ブルアカライトユーザーなので設定や展開に違和感を感じるかもしれませんが、どうか生暖かい目で流してください(懇願)
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