マフィアのボスは元シスターフッド   作:茄子与一

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第2話

 

 

「好奇心は猫を殺す、というだろう? 我々の敵対組織についてまで君が知る必要はないと私は思うがな」

「無知は罪なり、ともいうけどね〜。そもそもアビドス自治区で抗争が起きる可能性がある時点で、私には知る権利があるよ」

「自治区内、ねぇ……」

 

 

 ︎︎リナは思わず言葉を飲み込んだ。

──なぜ副会長の君が知らないのか、と。

 

 ︎︎アビドス自治区の土地の多くは、実のところアビドスのものではない。大半はカイザーコーポレーションが所有している。

 ︎︎もちろん、そのほとんどは砂漠だ。しかし、今二人が立っているこの場所もカイザーの土地に含まれる。もしここで戦闘が起きたとして、果たしてそれを「アビドス自治区での抗争」と呼べるのか。地籍図を見れば明らかな事実だが、副会長であるはずのホシノはまるで知らない様子だった。

 

 ︎︎とはいえ、わざわざその現実を教えてやる義理はリナにはない。確かにアビドスが廃校となればオラトリウムにとっても不都合だ。しかし、土地取引成立の礼はすでに寄付という形で済ませている。これ以上リナが深入りすれば、かえってホシノの立場を危うくするだけだ。

 

 ︎︎副会長がマフィアと癒着していた……癒着と呼べるほど深い関係は無いが、仮にそんな噂が広まってしまえば、カイザーにとっては格好の攻撃材料になるだろう。

 

 ︎︎ホシノのことは嫌いではない。むしろ彼女には一定の敬意すら抱いている。だが、だからこそ適度な距離感を保つべきなのだ。

 ︎︎その考えがリナの口調に含みを持たせた。しかしホシノにしてみれば、それは単に怪しい態度と映っているのだろう。

 

 

「そんなに言いたくないの?」

「言えばアビドスは正式に我々と肩を組まざるを得なくなるよ。表向きは“自治区内企業の支援”という名目で誤魔化せるかもしれないが、我々の界隈ではそうはいかない。彼ら以外の敵も我々のシマを狙って動き出すかもしれない。……そうなったとき、君たちはたった数人で母校を守れるか? ヘルメット団とはレベルが違う悪党を相手に」

「……言ってること無茶苦茶だよ。私を雇いたいのに”事情は詳しく話せません”って、そんな道理が通ると思ってるの?」

「実に正しい指摘だね。だが、君が何も知らないまま雇われてくれるのであれば、双方にとってウィンウィンの結果に終わるはずだ──いや、なに。正式に我々の構成員になってくれと頼んでいるわけじゃない。要するに、もし抗争が確実となった場合に限り、採掘場の防衛に()()()()()加わってくれたらいいという話だよ」

 

 

 ︎︎確かに、ホシノを雇うのは高いリスクがある。彼女がアビドスの人間である以上、素顔を見られれば状況は一気に悪化する。

 ︎︎しかし、だからといって民間軍事会社に警備を依頼するのも難しい。何故ならばブラックマーケットのPMC業界は大なり小なりカイザーの影響下にあるからだ。

 

 ︎︎フロント企業を通じマーケット外のPMCに依頼する手もある。しかしその場合であっても、結局はアビドスに展開するカイザーの部隊に匹敵する戦力を確保する必要があり、そしてそれには莫大な資金を要する。

 ︎︎そも戦車や火砲の移送すら既に綱渡りの状態なのに、それ以上の規模で戦力を集めれば、カイザーへの軍事的挑発と見なされる可能性が高かった。彼らならばそれを理由に、適当な名目で侵攻してきても驚きはない。

 

 ︎︎結局、どの選択肢にも高いリスクはある。

 ︎︎故にその中では、ホシノに変装させ、採掘場の防衛に参加させるのがまだ“マシ”な手段だった。アビドス……いや、ともすればキヴォトス最強格ともいえる生徒を、自分たちの防衛戦力として活用できるのだから。

 

 ︎︎別に採掘場を最後まで守り通せとは言わない。ただ、自分がアビドスに到着するまでの間、防衛してくれればそれでいい。

 ︎︎それ以上の戦闘は身バレのリスクが一気に跳ね上がる。現実的に頼めるのは精々そこまでが限界だろうとリナは考えていた。

 

 

「顔を隠して?……はぁ……おじさん、小難しい話は苦手なんだけどなあ」

「? 君は私と同い歳だろう? おじさんではないぞ」

「……そういうところだよ、ほんと」

 

 

 ︎︎対してホシノは正直なところ、リナの誘いに応じる理由をこれといって感じていなかった。

 

 ︎︎確かに、アビドス内で大規模な抗争が起こる可能性があるのは重大な問題だ。アビドスの副会長として、そして廃校対策委員会の委員長としても決して無視できる話ではない。

 

 ︎︎しかし、たとえ多少なりとも関わりがあったとしても、オラトリウムに助力するのは危険だった。それがオラトリウムそのものではないにせよ、彼女らのフロント企業に雇われて戦闘に加われば確実に相手方から恨みを買うことになる。

 

 ︎︎そもそも生徒会副会長という立場でありながら、裏社会の組織間抗争にどちらか一方として関与するのは、どう足掻いても越えてはならないボーダーラインを超えている。土地を売ったのだって深思熟考の末に決めたことであった。

 

 ︎︎確かに傍目には「自治区内企業の支援」として取り繕えるかもしれない。しかしその企業がマフィアの傘下にあることを知るホシノにとって、それはマフィアに助力するのと同義だった。

 

 ︎︎仮にヴァルキューレ警察学校の捜査が入り、実態が明るみに出たとき──もし、自分がその企業に雇われ、戦闘に参加していた事実が知られれば単なる疑惑では済まされない。

 

 ︎︎だからこそ、リナは「顔を隠して」と言ったのだろう。だが、そうした配慮があったとしても、ホシノが首を縦に振る理由にはならない。

 

 ︎︎せめて抗争の相手が誰なのかを教えてくれるなら、まだ考える余地はあった。オラトリウムよりも危険な犯罪集団が相手なら、アビドスを守るためという大義名分も生まれる。

 

 ︎︎しかし、リナはなぜかその点について口を閉ざしたままだった──これでは、頷けるものも頷けない。

 

 

「……まあ、君が危惧していることは分かるよ。私も、できれば君を巻き込みたくない。だが恥ずかしい話、我々もあまり余裕がなくてね。あの採掘場を失うのはあまりにも惜しい。どうか君の力を貸してほしいんだ」

「うーん……君たちに雇われるっていうのは、やっぱりちょっと難しいかな〜。というか、顔を隠したところでアビドスにおじさんみたいなチンチクリンはいないし、すぐにバレちゃうと思うよ?」

 

「──た、確かに……!」

 

 

 ︎︎ハッ!と重大なことに気づいたように目を見開くリナに、ホシノのこめかみに青筋が浮かぶ。

 ︎︎自虐を真に受けられると、それはそれで腹が立つ。しかもそれを言った相手が自分とは違い、グラマラスな体型で身長も高いリナであれば尚更だった。

 

 

「こ、こほん。……とにかく、私の誘いは受けてくれないんだね。残念だ。早速帰って代替案を考えないといけなくなった」

「……」

「……ホシノ。成長の度合いは人によって違うのだから、別に小柄であることを気にする必要は──ああ、いや、何を言っても角が立つな? 私の口というのは。……ホシノ、落ち着いてくれ。私は君と争う気は一切ない。だから銃を下げてくれまいか」

「……」

 

 

 ︎︎もはや謝っているのか煽っているのか分からないリナに、ホシノの殺気がじわじわと強まっていく。普段は口達者な彼女も、この時ばかりは本気で弁解していた。

 

 ︎︎ホシノはそんなリナを睨みつけながらも、やがてため息と共に殺気を収める。悪気があったわけではないのは分かっていたし、いちいち反応していたら日が暮れてしまう。

 ︎

 ︎︎やっぱりリナが犯罪者でなかったとしても、仲良くなるのは無理だったのではないかと、ホシノは考えを改めた。

 

 

「はぁぁぁ……もう面倒になってきたよ、君と関わるの」

「ひ、酷いことを言うな……いや、カタギである君からすれば、至極当然の意見だがね」

 

 

 ︎︎それでも、このロクデナシをホシノは憎みきれない。

 ︎︎リナを恨んでいる者は確実にいるだろうし、彼女が傷つけた人も多い。マフィアの首領なんて、本来なら関わるべきではない人種だ。

 

 ︎︎だが土地購入や寄付金によってアビドス高等学校が経済的に助かっているのも、また確固たる事実である。オラトリウムが行っている組織犯罪はともかく、リナ個人は別に嫌いではなかった。

 

 ︎︎ホシノは唸りながら考えた後、本日で何度目か分からないため息をつき、リナの名前を小さく呼んだ。

 

 ︎︎その声に、しょんぼりと肩を落としていたリナがピクリと反応する。珍しく名前を呼ばれたことに驚いたのか、彼女はホシノを二度見していた。

 

 

「……なんか違和感あるな、君に私の名前を呼ばれるのは」

「──悪いけど、やっぱり私はリナちゃんの誘いを受けることはできない。私には私の立場があるし、委員長として後輩たちの生活を守る義務がある」

「正直、一か八かの勧誘だったから君が謝る必要はないさ。無理強いするつもりもないしね」

「……けどね〜、どうしようもない犯罪者とはいえ、それなりに付き合いがある知り合いを見捨てるっていうのも、おじさんとしては悩ましいところでさ」

「む?」

 

 

 ︎︎どこか、雲行きが変わったように感じる。リナは首を傾げながら、ホシノの言葉の続きを待った。

 

 

「確約じゃなく、ただの口約束であって、守らなくてもペナルティはなし──そういう形でなら」

「……つまり?」

「君らに雇われるのは絶対に嫌だけど──その起きるかもしれない抗争にアビドス高校が巻き込まれたときに限れば、お互い協力できるかもね〜? って話」

 

「ホシノ……やっぱり君は最高の女だな。もし私が男だったら、君を押し倒して熱烈なチューでもしていたかもね」

「うぇえ……想像しちゃったじゃん。眉間に散弾ぶち込むよ?」

 

 

──もしホシノを傭兵として雇えなければ、カイザーとの抗争が勃発した場合、オラトリウムは現場戦力のみで施設防衛を余儀なくされる。

 ︎︎リナの到着まで持ち堪えられれば撃退は可能だが、到着前に敗れてしまえば、オラトリウムはアビドスから完全に弾き出されることになる。

 

 ︎︎そんな中でホシノが提示したのは、「アビドス高校が巻き込まれた場合に限り、共闘もやぶさかではない」という条件だった。

 

 ︎︎ヴァルキューレの捜査が入ったとしても、直接の雇用関係がなければ、過去の土地取引含めてマフィアのフロント企業であることを“知らなかった”という体裁は通せるし、学校防衛や生徒保護の名目でなら協力は可能だろう。

 

 ︎︎だが、そこには大きな問題がひとつある。

 

──ホシノは、オラトリウムと対立しているのがリナたちと同じ犯罪組織だと思っているようだが、実際にはそうではない。アビドスが金を借りているカイザーこそが、目下の敵なのだ。

 

 ︎︎彼らの目的はリナにも分からないが、しかし、カイザーがアビドスに対して直接攻撃を仕掛けるとは考えにくい。

 ︎︎借金が返済されないと困るのはカイザーだ。リナが危惧するとおり抗争が起きたとしても、カイザーがアビドス高校に銃口を向けない限りは、"アビドスの生徒を守る"という名目では共闘の大義名分が成り立たないだろう。

 

 

──だが、そうした裏の実情はともかく、ホシノが「共闘してもいい」と言ってくれたこと自体がリナにとっては意外なほど嬉しかった。

 

 ︎︎彼女はリナ達が言うところのカタギであり、裏社会のゴタゴタに足を踏み入れてはならない。それでも傭兵になってくれないかとリナが頼んだのは、それだけカイザーPMCを脅威に思っているからで、同時にホシノを高く評価しているからでもある。

 

 ︎︎自分が犯罪者でなければ、本気でアビドス復興を支援していただろうと想像するくらいには、リナはホシノの今の言葉に感銘を覚えていた。

 

 

「……ありがとう、ホシノ。これは正式な契約でも合意でもなく、単なる個人間の口約束ということにする──だけど、アビドスの生徒たちは巻き込まないように頑張るよ。もちろん君もだ」

「……自分から言ったことだけど、ほんとに大丈夫なの? そんなに切羽詰まってるなら──」

 

 

「私を誰だと思っている。泣く子も黙るオラトリウムのボスだぞ? あんな連中、スコーンの如く砕いてやるさ」

 

 

 

 

■■■

 

 

 

 ︎あの後ホシノと別れたリナは、ブラックマーケットのオラトリウム本拠地へと小一時間かけて戻ってきていた。

 

 ︎︎彼女を傭兵として雇うという当初の目論見は破綻した。しかし、それでも決して単純な言葉では言い表せないほどの熱意に、リナは包まれていた。

 

 ︎︎ホシノにも言った通り、あの勧誘は一か八かの博打だった。

 ︎︎そもそもの話、ホシノの立場的に自分の誘いを受けるとは到底思えなかったので、リナは"そうなればいいな"という軽いノリでアビドスを訪れたにすぎない。その予想通り断られたとはいえ、結果として無駄足ではなかった。

 

 

 ︎︎リナには友人と呼べる者がいない。トリニティ総合学園を去った二年前のあの日から、彼女はずっと孤高だった。

 ︎︎頼れる部下は大勢いるものの、彼女たちに向ける感情は友情とは違う気がする。他に交流があるのも、懇意にしている違法建設関係者やマーケットガードの一部に限られていた。

 

 

──だからこそ、ホシノとのやり取りは楽しいのである。

 ︎︎彼女はリナが忘れかけていた、友人との何気ない日常を思い出させてくれる貴重な存在だ。

 

 ︎︎自分の立場が危うくなると分かっていながら、彼女は最後までリナと敵対することはせず、むしろ気遣う素振りさえ見せた。

 ︎︎これで友情を抱かないほうが、どうかしている。

 

 ︎︎もっとも、お互いの立場がある以上は彼女を"友人"と呼べる日は決して来ないだろうことも、リナには分かっていた。

 ︎︎それでもそんな"友人未満"の知り合いが放った言葉──彼女なりの精一杯の善意が、リナの無意識下にあった不安を完全に吹き飛ばしていた。

 

 

「随分とご機嫌ですね、ボス。良いことでもあったんです?」

「ふふふ、分かるかね君。私は今、史上最高に気分がいいのだよ。ああ、ティーパーティーに退学届を叩きつけたとき以来だ。この高揚感は」

「は、はぁ……?」

 

「抗争──いや、戦争の準備をするぞ。ははは、相手がカイザーだからといって臆していた自分が情けないね。私が全ての敵を倒してしまえば済む話じゃないか」

 

 

 ︎︎採掘場の防衛戦力が不足している? なら、自分がすぐに駆けつけられるようにすればいい。

 ︎︎本拠地を長く離れると他の敵対組織に襲撃されるかもしれない? なら、それすら自分が潰せばいい。

 

──珍しく短絡的な思考だった。

 ︎︎だがリナには確信があった。自分の力があれば相手がカイザーであろうとも、どんな障害でさえ乗り越えられると。

 ︎︎

 ︎︎困惑する部下を横目にリナは私室へと足を向けた。道中で買ってきた真新しいタバコの箱を開け、うちの一本を咥える。実に数時間ぶりのニコチン。だが昂ぶる気持ちは収まるどころか、むしろさらに燃え上がっていく。

 

 ︎︎契約、合意、約束──それはキヴォトスにおいて極めて重要な概念だ。長い歴史を持つトリニティにいたリナは、その意味を強く理解していた。

 

 ︎︎故にたとえ口約束とはいえ「カイザーとの抗争にアビドスの生徒を巻き込まない」と言った以上、それは守らねばならない。

 

 ︎︎リナは椅子に深く座り、天井を仰ぐ。

 ︎︎現在、アビドスの採掘場建設地に配備されているオラトリウムの戦力は、バレンタイン歩兵戦車十五両とFH70榴弾砲八門、そしてリンクスAH-7が三機に各員が個人的に保有するドローンのみ。以前、他の抗争のために用意したが、結局使うことはほとんど無く無用の長物となっていたものをかき集めた形だ。

 

 ︎︎そこいらのヘルメット団や不良グループ相手なら過剰な火力だが、アビドス砂漠に展開しているカイザーPMCの部隊規模を考えれば、やはり不足感は否めない。

 

 

 ︎︎そもそも、なぜカイザーはあんな辺鄙な場所に軍事基地を建設し、あれほどの兵力を配置しているのか──それは今は置いておくとして、問題なのは彼我の戦闘員の練度差である。

 

 ︎︎オラトリウムは大勢の構成員を抱えるマフィアだが、戦闘面で恐れられているのはリナただ一人。リナ以外は大したことがない、と影で言う者も多かった。

 

 ︎︎実際、組織には戦闘要員がいないわけではないが、彼女たちが得意とするのは夜間、それも屋内での銃撃戦だ。遮蔽物の多い都市部での局地戦ならともかく、アビドス砂漠のような広大な環境での大規模戦闘など誰も経験したことがない。

 

 ︎︎故にきちんとした戦闘訓練を受けたカイザーPMCの兵士とでは、兵器の数どころか歩兵の練度ですら圧倒的な差がある。加えて兵力そのものもカイザーの方が圧倒的に多く、これ以上の戦力拡充は非常に難しい。

 ︎︎まさに、にっちもさっちもいかない状況だった。

 

 

 ︎︎ではどうするか。

 ︎︎勝利条件はただ一つ──リナの到着まで現場が耐えることだ。

 

 ︎︎カイザーPMCとの抗争が実際に起きた場合、オラトリウムが採掘場建設地を守り抜くには、リナが駆けつけるまで現地の防衛戦力が持ちこたえるしかない。

 ︎︎あるいは戦闘規模が拡大し、アビドス高等学校に危険が及ぶと判断したホシノがサプライズ参戦するという可能性もあるにはあるが、それはリナ自身が否定する。

 

 ︎︎ホシノを傭兵として活用するという勧誘が潰えた以上は、彼女を巻き込むつもりはない。ならば戦闘が拡大する前に、防衛戦力が壊滅する前に──リナ自身がアビドスへ即座に駆けつけられる手段を講じる必要があった。

 

 

「車、四輪バイク……いや、地上をちんたら走るのでは到底間に合わないね。戦闘機でも買おうか……といっても、マーケットに滑走路なんてないし。やはりヘリコプターかな」

 

 

 ︎︎オラトリウムが敵対組織に襲撃されること自体は珍しくない。そもそも数多くの抗争で敵を潰してきたからこそ、今のオラトリウムがあるのだ。しかし、こと今の状況に限れば余計な衝突は避けたい。

 

 ︎︎最も手っ取り早いのは、リナがアビドスに常時待機することだが、それではオラトリウム本拠地の防衛が手薄になる。

 ︎︎カイザーが裏で手を回すなり、あるいはカイザーの部隊そのものが、採掘場侵攻の前にオラトリウムの本拠地を襲撃する可能性もある。そうなればリナがアビドスにいたところで本拠地の壊滅は免れないだろう。

 

 ︎︎リナ一人が無事でも構成員たちはそうはいかない。それに、この建物にはクラッキングで得た機密データ、サイバー攻撃用の設備、さらには金の延べ棒まで保管されている。

 

 ︎︎本拠地陥落となれば経済的損失は計り知れず、最悪、オラトリウムは再起不能に陥るだろう。

 

 ︎︎カイザーが本当に採掘場へ武力侵攻するかは分からない。

 ︎︎だが、彼らならやりかねないという確信があるからこそ、リナは今可能な限りの備えを怠るつもりはなかった。

 

 

「あー、あー……コホン。もしもし? 私だ、赤城リナだが」

『────』

「突然で悪いが、いつものカタログを寄越してくれないか。ちょっと入り用でね。今回はヘリを買おうかと……は?」

『──? ───!』

「戯け、どこの誰が軍事用の攻撃ヘリで観光をするんだ。御託はいいから、カタログを十分以内に届けてくれ。もちろん、一分でも遅れたら今月のショバ代を上げちゃうからね。じゃあよろしく」

 

 

 ︎︎速度だけなら戦闘機が最適だが、周辺にそんな代物を格納できる場所はない。滑走路を作るとなれば大規模な地上げが必要になり、住民との無用な軋轢を生むだろう。

 

 ︎︎ならばヘリコプターだ。

 ︎︎リナは普段、弾薬や武器を購入する業者に電話をかけ、性能や価格が記載された専用カタログを持ってくるよう要求した。

 

 ︎︎その店はオラトリウムのシマにあり、毎月ショバ代や用心棒代を納めている。もっとも、かなり頻繁に取引していることもあって、マーケット内のさまざまな店や業者の中でも、リナが自分に対する砕けた口調を許している数少ない相手だ。

 

 ︎︎横暴な態度に文句を垂れつつも、渋々了承する相手の声を聞きながら、リナは満足げに頷くと通話を切った。その直後、部屋の扉がノックされ、ひとりの部下がひょいと顔を覗かせる。

 

 

「ボス、入ってもいいですか?」

 

 

 ︎︎彼女はリナの不在時、本拠地や周辺のシマの統括を代理で担うことも多い幹部であり、オラトリウム創設当初からリナのために銃を握ってきた最古参の一人でもあった。

 ︎︎普段はクラッキングチームの指揮を任されており、電子機器が並ぶ部屋にこもりきりなのだが──そんな彼女がわざわざ自分の私室まで顔を出してきたことで、リナは僅かに驚いていた。

 

 

「む、珍しいな。どうしたのかね?」

「その……ここ数日、きな臭い話がネット上で流れているんですが……内容が内容でしてね。ボスの耳にも入れておくべきかと思いまして」

「ネットの話?」

 

 

 ︎︎普段なら気にも留めない与太話や未確定の噂。しかし、そう前置きしつつ、彼女はタブレットを手にリナの傍へ寄る。リナは吸い終えたタバコを灰皿に押し付けながら、SNSの書き込みらしきものに目を向けた。

 

 

──「連邦生徒会長、居なくなったってよ。失踪らしい」

──「嘘松乙」

──「本当なら何の発表もないわけがない。はい解散」

──「ガチだって。今日書類手続きがあってサンクトゥムタワー行ったんだけど、連邦生徒会の人がそう話してるの偶然聞こえてきたんだよ」

 

 

「……君な。暗い部屋でブルーライトばかり浴びてるから、こんな信憑性のないネタに入れ込むんじゃないのか? たまには外に出なさい。ああ、アビドス砂漠での野営生活はどうだ。機械仕掛けの害虫が集ってくる最悪の立地だが、出不精の君には丁度いいだろう」

「ぶっ飛ばしますよ、ボス。あと害虫駆除業者なら鏡を見れば最適な人材が見つかると思います──そもそも、この組織で私ほどネットリテラシーに優れた人間が他にいます?」

「そこは否定はせんよ……で? この書き込みがどうしたというのだね? 私にはただの根も葉もない噂にしか見えんが」

 

 

 ︎︎彼女の過去についてリナは詳しく知らなかった。元はミレニアムの所属らしいが、問題を起こして退学したわけではないという。それ以上のことをリナは聞いたことはないし、特に興味もなかった。

 

 ︎︎重要なのは過去ではなく現在だ。リナは彼女のクラッキング技術とデジタル知識を高く評価し、組織が拡大した今もなお、幹部として信頼を寄せている。

 ︎︎だからこそ彼女が何の意味もなく、このような怪しげな書き込みをリナに見せてくるはずがないと分かっていたので、あえてわざとらしく振る舞った。

 

 

「ええ。気になってサンクトゥムタワーの防犯カメラやパソコン、職員らのモモトークをざっと見たんですが、確かに『連邦生徒会長が失踪したのではないか』という話が複数件流れていました。アカウントの持ち主も映像で確認できたので、この書き込みが嘘ではない可能性が高いかと」

「確定情報ではないのは、内部で情報が錯綜しているのか、あるいは統制されているのか……ふむ」

 

 

 ︎︎キヴォトス全土の行政を統括する連邦生徒会。その長が失踪するなど、間違いなく前代未聞の事態だ。その政治的・経済的影響は、D.U.のサンクトゥムタワーを震源として各自治区へ波及していくだろう。ブラックマーケットも例外ではない。

 

 ︎︎この情報をリナの耳に入れるべきだと判断した部下の判断は、確かに正しかった。たとえ、それがSNSに埋もれた怪しげな書き込みであろうともだ。

 

 

「……それは分かりませんが、役員たちのやり取りを見る限り、会長に何かしらの個人的トラブルがあったのは間違いないでしょう。──仮にこの話が事実なら、キヴォトスは大きく揺れます」

「うちのシマでうろちょろしていた公安局の密偵が、急に撤退していったのはこれが原因かね?」

「おそらく。まあ、現場の人間は何も知らされていないでしょうけどね。上の連中が、混乱に乗じてマーケットが活発化すると予想したのかもしれません」

「……はあ、次から次へと厄介事ばかりだ」

 

 

──連邦生徒会長の失踪が事実だとしよう。

 ︎︎しかし彼女が発見されるにせよ、代理を立てるにせよ、連邦生徒会は世間に対して何らかの声明を出さざるを得ないだろう。それまでどれほどの期間が空くかは分からないが、長引けば各地へのエネルギー供給にも支障を来す可能性がある。

 

 ︎︎そして治安の面でも、連邦生徒会が機能不全に陥れば、各地で不良やスケバン、テロリストが暴れ回り、各学園はその鎮圧に追われることになる。特にゲヘナあたりは目も当てられない状況になるのではないか──リナはそんな光景を想像した。

 

 ︎︎そうなればブラックマーケットで活動する企業たちは、暴れたがる各地の犯罪者たちを顧客とし、武器や兵器、傭兵サービスを裏市場へ大量に流すはずだ。治安維持組織に対抗するため、多くの犯罪者もそれらを躊躇なく購入するだろう。

 

 ︎︎混乱の規模次第では、マーケットはちょっとした景気の波に乗るかもしれない──だがオラトリウムにとっては、そんな事態はむしろ勘弁してほしい話だった。

 

 ︎︎何故ならば、武器や兵器をビジネスとして売りさばけるほどの在庫はなく、需要が急増するであろう傭兵の斡旋も、そもそもオラトリウムの事業範囲外だ。

 ︎︎彼女たちの主な資金源は、サイバー攻撃による暗号資産の盗難、違法カジノの運営、そして決して狭くはないシマに点在する業者や店舗からのショバ代・用心棒代である。

 

 ︎︎その"あり得るかもしれない混乱"で、オラトリウムが大儲けできる余地はほとんどないだろう。むしろ、カイザーをはじめとする仮想敵の資金力がさらに増す可能性を考えれば、連邦生徒会長の失踪によるキヴォトスの混乱など厄介でしかなかった。

 

 

「君の杞憂であってほしい話だな」

「ええ、まったくその通りです。ただ、先ほども申し上げたように、連邦生徒会で何かが起きたのは間違いありません。カイザーも問題ですが、連邦生徒会の今後の動向は深く注視すべきかと」

「何なら私が会長になってやろうかね」

「ディストピア誕生から崩壊まで第一宇宙速度くらいありそうですね、ボスの政権」

「……君な……勝手知ったる仲とは言えど、もうちょっと私へのリスペクトを増やせないのか?」

 

 






ストーリーの流れはだいたい分かってるけど、ゲーム内文章をそこまでしっかり覚えた訳じゃなければ、そもそもまだカルバノグで止まっている感じの人が書いてます。
そんなあやふやな記憶を頼りに書いているので更新は遅め。
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