──ひと月も経てば、クラスに馴染むもの。新しい環境での生活にも慣れていくものだ。新生活に心躍らせて胸を膨らませていた時期も足早に現実に直面しつつある頃、月刊トゥインクルは期待のウマ娘だけでなくトレーナーにも焦点を当てた記事を掲載する。
なんと言っても話題にあがるのは、ドゥラメンテのトレーナーとなった人物のこと。あのスポーツ界名門の一族がレース界に送り出した“血の結晶”を預かる人物は一体誰なのか注目株の筆頭。
『ノーコメント』
──ドゥラメンテ担当トレーナー、霜天路柊のコメント。
『信頼しています』
──ドゥラメンテより担当トレーナーへの一言。
まさかの一切返答なし。月刊トゥインクル記者である乙名史も断念せざるを得なかった。しかしそれならばアプローチの方向を変えて彼の人物像を描き出すべく、中央のウマ娘たちに聞き込み調査を始める。
『柊トレーナー? 誰ですか?』
『あー、あのいつもフードかぶってる人ですよね。ドゥラメンテさんと話しているところ以外見たことないです。あ、でも他のトレーナーさんとの仲は悪くないみたいですよ?』
『早朝ランニングをすると、いつも見かけます。え? 何をしてるのかって? さぁー? なんか、いつも空を見上げてるのを見ますけど……他のことは何も知らないですね。不思議な人です』
──中央のウマ娘たちからのコメント。
彼女たちの総評として描く人物像としては、謎多きトレーナーのようだ。他者との交流も少なく、ウマ娘より早起きして空を見ているらしい。ただそれ以外に得られた情報といえば……。
『フード外したとこ見たんですけど、めっちゃ顔が良いんですよあの人! なんで隠してるのかもったいないくらいで! なんていうんですか? ちょっとミステリアスな雰囲気っていうか、儚げっていうか。とにかくもー私の好みの顔で──!』
『割とイケメンですね。近寄りがたいところありますけど、話してみると案外普通っていうか……ちょっとユーモアあるっていうか……ギャップがエグいです』
どうやらルックス面でも話題らしい。
もちろん他のトレーナーについても取材した。聞いた話によると霜天路柊トレーナーの弟も中央に所属しているらしく、そちらも重ねて尋ねる。
『月刊トゥインクル!? いつも購読させていただいておりますっ! 霜天路號です、本日はよろしくお願いします! トレーナーとしての意気込みですか? 中央のウマ娘の更なる躍進! レースだけでなく社会的スキルの充実、将来的に役に立つ資格を取る場所としても彼女達に重宝していただければと考えています!』
──ナリタブライアン担当トレーナー、霜天路號のコメント。
『やかましくて変なやつ』
──ナリタブライアン、担当トレーナーへの一言。
取材をした時、あまりに感極まって乙名史は咽び泣くところだった。これほど熱く、真っ直ぐにウマ娘に向き合いながらもレースだけでなく、引退後の将来に活かせるスキルを積む場所として中央トレセン学園を評価している。
かきあげた前髪を後ろに流し、ハリのある声は快活な印象を受けるだけでなく有り余る情熱と体力の持ち主であることが窺える。気炎万丈、太陽のような人であると乙名史は評価した。
まさに月と太陽、対照的な兄弟だ。そこで中央のウマ娘たちにも同じく聞き込み調査を始めると驚くほど真逆のコメントが並ぶ。
『號トレーナーですか? 知ってますよ、というか知らない娘いないと思います。めちゃくちゃ良い人ですね。話聞いてて元気もらえるっていうか』
『実は私が今のトレーナーさんと契約することになったのも號トレーナーの後押しがあったからなんですよ。声をかけられた時は驚きましたけど、すごく感謝しています!』
『ただの熱血体育会系かと思ったら実はそうでもないんですよね、あの人。意外と視野が広いっていうか』
『常に全力疾走してる人ですね……』
──以上が霜天路號トレーナーの総評である。聞けば中央トレセン学園理事長がアメリカ出張で不在の間に派遣された理事代理に対し、徹底抗戦の意思を示したらしい。その理由というのが教育者、指導者という立場からウマ娘に代わって施策に対し猛抗議した、とのこと。相手はURA幹部職員だというのにとんでもねぇ恐れ知らずだ。
交友関係は幅広く、中央で働く教師以外にも食堂のコックから用務員に至るまで挨拶回りをしている姿が目撃されている。他のトレーナーたちとも気さくに話しているところが数多く目撃されていることから自己研鑽に余念のない人物のようだ。
これ幸い、と兄である霜天路柊トレーナーへの質問をすることにした。
──お兄さん、霜天路柊はどういった方ですか?
「ノーコメントだ」
──あの、お兄さんも同じことを言ってました。
「なら俺からも言うことはない。兄貴のことは兄貴に聞いてくれ」
──せめてなにか一言を……。
「兄貴が言うことがないと言ったのなら俺もない! 知らん! ご理解いただきたいッ!」
残念ながら霜天路柊トレーナーに対するコメントは得られなかった。
…………さて。
実はもうひとり、中央では噂になっている人物がいる。
以下、中央のウマ娘たちからの評判である。
『怖いです』
『めちゃくちゃ怖い』
『顔がヤバイ人』
『あー……、の人ですよね……ごめんなさい、ちょっと……すいません、コメントは差し控えさせてもらっていいですか? ごめんなさい、ほんとに……』
『私まだ命が惜しいので……すいません』
──ウマ娘たちの視点からしても彼はどうも恐怖の対象らしい。しかし、一部のウマ娘たちとは交流があるらしく、そちらに取材をすることにした。
すると──。
『エヌラストレーナー? あー、めちゃくちゃいい奴だよ。めっちゃ顔こえー時あっけどさ、あんなんでも話してみると案外おもしれーんだ!』
──ジャングルポケット談。
『エヌラスさんについて? えー、と……私達の悩みに真摯に向き合ってくれる、やさしい人だと思います。顔こわいからみんなに誤解されてますけど、意外と顔立ちが整ってるっていうか……や、いや、なんでもないです!』
──ダンツフレーム談。
『あぁ、彼のことかい。そうだね、一言で表すなら「怪獣」のような人物だよ。どういう意味かって? ──制御不能の化物が放し飼いにされている状況、君たちならどう思うかね? とはいえとても興味が惹かれる存在であることに変わりはないよ』
──アグネスタキオン談。
と。驚くほど反対の意見が並ぶ。
国籍不明。経歴不明。年齢不詳。中央の海外留学トレーナー。無許可で学園の敷地を跨いだ取材班の被害者はこのニ週間で三桁に及ぶ。中にはトラウマにすらなった編集部があるくらいだ。噂では事務所に乗り込んで暴れたという話まである。
通称「中央の黒い番犬」──エヌラストレーナーへと体当たり取材を行うことにした我々に待ち構えていたのは、まさに命がけの対談であった。
『あ? 取材? 俺に? ……なんでよ。どーせろくでもねぇ噂だろ。その手の話題には事欠かさないやつだよ俺は』
──そこをなんとか。
『…………他あたってくれねぇかな』
──トレーナーとしての意気込みの方などお願いします。
『ねぇよ、そんなん。あ~、まぁ、強いて言うなら、あの子が無事に夢を叶えられますようにってくらいだよ。おもしろくねーだろこんなん』
──ありがとうございます。担当するウマ娘についてもコメントを。
『失礼。ちょっと席外す』
エヌラストレーナーがここで取材班から離れていく。その直後、怒号がコースの反対側から響いてきた。どうやら無許可の取材班を発見したらしい。
頭を鷲掴みにして引きずりながら敷地の外にゴミ袋のようにぶん投げる姿が戻って来る。めちゃくちゃ怖かった。悪寒に身体を震わせると、エヌラストレーナーが黒のスポーツサングラスをずらして覗き込んでくる。
『──あぁなりたくなかったらとっとと他当たってくれ。俺はそこまで気が長くねぇんだわ』
取材班、身の危険を覚えたためここで撤収。
『……エヌラスさん、ですか? とても変わった方です。誤解を招くことが多いみたいですが、悪い人ではありませんよ』
──マンハッタンカフェ、担当トレーナーへの一言。
──どういった方ですか?
『そう、ですね──強い人、です。でもとても危うげで……目を離したら、ひとりでどこまで走っていってしまいそうな……どんな闇の中でも、力強い足取りで迷わず走れる方かと。……うん。そうだね。私の『お友だち』も、頷いてくれています』
取材班、ここで謎の悪寒に襲われたため取材中断。
──以上が月刊トゥインクル増刊号。中央で注目を集めているというトレーナー達への記事である。