星霜の影を踏みしめて   作:アメリカ兎

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望まぬ勝負へ臨む執念

 

 

 

 ──柊はドゥラメンテが来るのをトレーナー室で待っていた。今日はいつになく到着が遅れていることに首を傾げていたが、それならば過去のレース映像から戦略を立てる時間に割く。それ以外にも効率的なトレーニングの方法論などの参考資料にも目を通す。だが、レースにおける知識量ならばドゥラメンテのほうが十分に詳しい。トレーニングの内容に関してもそうだ。自分が預かっているのはアスリート名門一族の娘、生半可なメニューでは劣る。

 一分一秒でも長く、多く、知識を吸収して一日でも早く追いつく。

 トレーナー室の扉がノックされる。その音に柊は観戦していたレース映像を止め、扉を開けた。

 そこにはドゥラメンテ以外にもウマ娘が二人。

 

「すまない、柊トレーナー。少し遅れてしまった」

「それはかまわない。こちらの二人は?」

「はじめまして、キタサンブラックです!」

「サトノダイヤモンドです。ダンスパーティで姿はお見かけしてましたけれど、こうしてお話するのは初めてですね」

「……よろしく」

 二人はクラスメイトらしく、サトノダイヤモンドは家の都合で知り合いだったようだ。キタサンブラックとは中央に入ってから交流があるらしく、よく打ち解けている友人らしい。

 なんとなく柊は嫌な予感がしていた。

 

「それで。二人はどうしてここに?」

 併走の申込みであってくれ、と切に願う。

 

「実は私達、ドゥラさんに『アオハル杯』のチームに入ってほしくて!」

「そうしたらトレーナーさんに聞いてみないとわからない、と言われたのでこうして直接お願いにきました」

「……ということなんだ」

 そういうことだろうと思ったがそうでないことを願っていた。柊は目頭を押さえる。

 特にキタサンブラックはお祭りが大好きらしく『アオハル杯』のような催し物には完全に乗り気だった。更にその幼馴染であるサトノダイヤモンドも。

 誘われたものの、ドゥラメンテは家の都合でこうした行事には不慣れなこともありトレーナーに相談してみないとわからないと返答した。

 そして現在に至る。懇切丁寧にドゥラメンテは経緯を話してくれた。

 

「……実は少し前に弟の奴にも言われた」

「弟さん……號トレーナーのことですか?」

 初日から樫本理事代理に噛みついた威勢と胆力は印象深い。ましてやアオハル杯の開催宣言の第一人者でもある。それを即日承認した樫本理事代理の仕事の早さ、その必要書類を準備したたづなの手腕もそうだが仕事が早すぎる。

 

「アオハル杯の開催に一押ししたんだから責任取って俺と戦え、と言って聞かないんだ。俺が団体競技が苦手なのを知っているくせにな」

「そこをなんとかお願いします!」

「私達、決して足を引っ張らないので!」

 頭を下げる二人に、柊は困惑していた。何しろ予定外のことばかり起きている。それに合わせてスケジュールを調整しなければならないのだから。

 

『──学生のうちに作れる思い出は多いほうがいいだろ?』

 エヌラスに言われた言葉を思い出す。

 自分はどうだろうか。学生時代に楽しい思い出がなかった、とは言い難い。妙な縁に恵まれて今でも交友関係は続いている。不思議なことにクリス・クライングという友人にも恵まれた。それ以外にも。

 アオハル杯で盛り上がるのを尻目に『トゥインクルスタークライマックス』に注力し続けることで孤立してしまうのではないか、と一抹の不安がよぎる。

 

「……?」

 ドゥラメンテはまだ中等部だ。驚くべきことに。

 キタサンブラックもサトノダイヤモンドだってそうだ。

 人間で言えばまだ思春期真っ盛りの時期に、クラスから孤立させてしまう。それはあまりに酷な選択ではないだろうか。

 

 ──柊。お前は、お前のやりたいように生きなさい。

 

「…………」

 人生というのは何が起きるかわからない。だから、いつまで生きていけるかもわからない。担当医師にも言われたことだ。

 朝、目が覚めたその日のうちに死ぬかもしれない可能性も否定できない、と。

 事故に遭って、自分の心臓が病魔に冒されていることを知った時、父にそう言われた。

 そんな親に恵まれた自分のことを思えばこそ、尚更にドゥラメンテからその機会を奪うことは躊躇われた。

 勝つためだけに一生の思い出を奪う権利など自分にはないのだから。

 

「ドゥラ。君はどうなんだ、アオハル杯に参加したいのか?」

「私は……」

「──俺は迷ってる。だが、その迷ってる時間が惜しい。君は俺に判断を委ねるようだが、俺は君が強くなれる道を選びたい」

「……たとえ学園内の対抗戦であったとしても、私は示したいと思う。“最強”のチームを」

「わかった。キタサンブラック、サトノダイヤモンド。ドゥラメンテとチームを組みたい、という話だがチームトレーナーは俺がやる。どこまでやれるかはわからないが」

 二人の顔が一気に明るくなる。満面の笑みを向けて、ドゥラメンテの手を取っていた。

 

「ただし条件が二つある。もしこれが守れなかった場合、俺はその日にチームを解散させる」

「望むところです! その条件について教えてください!」

 意気込むサトノダイヤモンドに、柊が指を立てる。

 

「まずひとつ──號のチームにだけは絶対に負けるな。アイツは必ず挑んでくる。間違いなくチーム〈ファースト〉に挑む前に、こちらに挑戦してくる」

 それは曖昧なものではなく、確信として柊は断言する。

 予想されるのはシニア級の夏。アオハル杯の第四戦目である、と。

 

「あの、號トレーナーとはとても仲が良さそうですけどどうしてそこまで目の敵に?」

 キタサンブラックが柊の厳しい言葉に疑問を抱いていた。それもそのはず。普段の二人を知っているウマ娘からすれば、不仲とは到底思えない。だが今の柊の言葉は、まるで不倶戴天の敵のようだ。ドゥラメンテも驚いている。

 

「……ただの、兄弟の意地の張り合いだ。あまり気にしなくていい」

「もうひとつの条件は?」

「チームメンバーの勧誘は俺がやる。“最強”のチームを作るのなら、自分で選ぶ」

 こと勝負事に関して、柊は目の色を変える。ましてや相手が自分の弟であるというのなら、その気迫も一味違う。三人が息を呑むほどに。

 

「俺が提示する条件はこの二つだけだ。トレーニングメニューとスケジュールの調整はこちらでどうにかする」

「わかりました、よろしくお願いします!」

「チーム申請には五名必要だ。残りニ名についてはこちらで選出してくる」

「誰か心当たりがあるんでしょうか?」

「五部門のうち、ドゥラが担当できるのは「マイル・中距離」だ。二人は「中距離・長距離」に適性がある。となると決定的に不足している「短距離・ダート」に適性のあるウマ娘に声をかける。チームの連携、戦力強化はその後だ」

 柊は本日のトレーニングメニューをまとめたバインダーをドゥラメンテに手渡した。

 

「ドゥラ。これが今日の分だ、適宜休息と水分補給はしておいてくれ。もし不足しているところがあれば追記しておいてくれると助かる。俺も今後の参考にしたい」

「あぁ、わかった。任せておいてくれ」

 その迷いのない足取りと背中を見送って、キタサンブラックとサトノダイヤモンドは呆然とする。勝負となると常に本気で取り組む後ろ姿がどこか似ていた。

 

「柊トレーナーとドゥラさんってなんだか似てるね」

「……そうだろうか?」

「ストイックなところとか、レースに向けたスタンスっていうのかな。そっくりだよ」

「あれ……? キタちゃんと私の距離適性、なんで知ってたんでしょうか?」

「え。あ、言われてみれば……ドゥラさん。私達のことって柊トレーナーに話した?」

「いや。話していないはずだが──」

 トレーナー室を見渡してから、ドゥラメンテが気づく。

 机の上に置かれた書類の束にして五つ。棚に並べられたトレーニングの技術書だけでなく過去のレース映像資料。隙間なく埋め尽くされたそれらを見て、机の書類を手に取る。

 付箋が無数に貼られており、それは中央に所属するウマ娘のデータだった。

 

「──!」

「ドゥラさん、どうかしたの?」

(これも、これも……これもだ。まさか全ウマ娘のデータを……?)

 距離適性ごとに仕分けられている。その中で注目するウマ娘に付箋を貼り、バ場適性や脚質、距離適性に分けていた。青、赤、緑の三色。それが五部門、全種目に用意されていることにドゥラメンテは固まる。

 その中でも特にマイルと中距離に対するウマ娘のデータに注目しているのは注意を払っているからだ。いずれは勝負する相手だと既にマークしている。

 団体競技は苦手だと言っていた。──だからどうしたというのか。

 柊はアオハル杯の開催を聞いたその日のうちに用意したに違いない。他でもない血の繋がった弟が宣言した勝負に挑むために。

 避けられない戦いを迎えるためにデータを集めて臨む。勝利で飾るために。

 キタサンブラックとサトノダイヤモンドもドゥラメンテの手にあるデータ資料に気づいたのか、言葉を失っていた。柊のトレーナー室をよく見渡せば、レースに関する資料で埋まっている。無名の新人トレーナーの一室とは思えないほどだ。歴戦のトレーナーでもこうはいかない。

 勤勉家、という一言では片付けられない。もはや執念に近いものを感じる。

 ──全ては“勝利”と“最強”の証明のために。

 ゴクリ、と生唾を飲み込む音に緊張感が走る。ドゥラメンテも身震いしていた。

 苦手ならば、その短所を。弱点を握り潰してしまえばいい。自分の長所で。

 無数の情報を蒐集し、編纂し、自らの糧にする。頭に叩き込む、一秒でも早く最適解を導き出すために。──霜天路柊の勝利への執着は、常軌を逸していた。

 

 

 

 ダートレースに適性のあるウマ娘というのはそこまで多くなかった。絞り込むのは容易だが、中には芝とダートの両方に適性のある「二刀流」ウマ娘もいる。だが柊はそこまで勝利にこだわるつもりはなかった。

 アオハル杯の性質上、団体競技であるというのなら「三勝」さえすれば勝ちとなる。だからこそダートレースは捨てていた。勝ちの目が薄い競技に力を割くのならば、他の四種目に力を入れてしまえばいい。一を十にするよりも、十を百にした方が強いのだから。

 都合がいいことに、柊がダートのウマ娘に求めている能力を有する相手がいた。

 そのウマ娘の名前は──。

 

「……トランセンド、というのは君で間違いないか?」

「ん~? そうですけど、私になんか用?」

「アオハル杯、ダート部門としてうちのチームに参加してほしい。スカウトに来た」

「ありゃま、随分と単刀直入な用件。ん~……」

 赤縁メガネが特徴的なタレ目のウマ娘、トランセンド。

 柊が仕入れていた情報によれば「情報通」のウマ娘だ。

 カフェテリアでスマホを弄りながら考え込む相手からの返答を待つ。

 

「まぁ、私もアオハル杯にはちょっと興味あったからどこかのチームに入ろっかな~とは考えてたところですけども」

「ダートレースを走れる有力なウマ娘というのはそう多くない。だから声をかけさせてもらった」

「競争力高そう、ってのはわかりますし。どうして私に?」

「君が情報通のウマ娘だからだ。俺はアオハル杯のダート部門にそこまでこだわるつもりはない。なら、それ以外に注目すべきウマ娘をスカウトすべきだと考えた」

「……つまりそれ、私に勝ちは期待していないって話? そんなバカな話受けるほど」

「もちろん考えていない。君は「ガジェット通」でもあるらしいが、同じようにゲームも得意と聞いている。だから俺は“勝負”を持ち掛けに来た」

「へぇ~……」

 トランセンドが顎にスマホを当てながら目を細める。弟に比べると柊の学園内での知名度は低いと言わざるをえない。それだけに情報が少なかった。

 どういった人物で、どういった相手なのか。興味が無いといえば嘘になる。そのうえで勝負を持ち掛けられて好都合だと思ったのはトランセンドも同様だった。

 

「オーケー、面白そうじゃん。つまり私とゲームで勝負しにきたわけだ」

「俺が勝ったらチームに加入してほしい」

「んじゃあ私が勝ったら、今度発売する“コレ”買ってもらうってことで」

 見せられたスマホの画面には、少々値の張る新発売のガジェット。元々目をつけていたモデルが最新のカメラ機能を引っ提げてくるということで悩んでいた。柊としても余計な出費は抑えたいところだが、相手の条件を飲むことにする。──ようは負けなければいいだけなのだから。

 

「わかった」

「交渉成立♪ んじゃ、勝負の方法は」

「そうだな。格闘ゲームは得意か?」

「もちもち。これでも結構やり込んでる方だよ」

「そうか。なら『アスリートファイターズ』は?」

「おっ、意外。一番ウチ……、私がやりこんでるやつだけどいいの?」

「それは奇遇だな。俺もやりこんでる」

「で、どこでやる? 近くのゲーセン?」

「……俺の部屋にある」

 まぁ、そもそも負ける要素がないのだが。

 

 

 

 ──トレーナー寮。柊の自室に上がり込んだトランセンドは興味深そうに部屋を見渡すが、なによりも目を引いたのはテレビに繋がれた最新ゲーム機。さらにそれに繋がれたゲームセンターの筐体と同様のボタン配置とウマ娘の腕力に耐えられる強度と軽量化に成功した高価なアーケードコントローラーが()()

 ゲームの棚を見ても本数はそこまで多くない。ほとんどがソロ専門のゲームばかり。だが昨今はダウンロード専用ソフトもある。

 柊がゲームを起動させて、すぐに二人用の対戦モードを選ぶ。

 

「キャラ相性ってのもあるしさ。どう? ここは同キャラ対戦で実力勝負ってのは」

「かまわない」

(なんかやたら自信満々みたいだけど……これでもウチ、熱帯の常連なんだよねぇ)

 ご愁傷さま、と内心拝みながらトランセンドはレバーを操作して持ちキャラを選択する。それから柊も遅れて同じキャラを選択し、ステージセレクト画面に移った。

 

「ステージはどうする?」

「んじゃお任せで」

「わかった」

 ランダムセレクトにカーソルを合わせてから、軽く指の準備体操。トランセンドもまた久々の対戦に気合を入れていた。

 

「……トランセンド」

「んー? なになに?」

「先に言っておくが、割と本気でやる……泣くなよ?」

「あはは、言うねぇ! これでもウチ強いよー」

 

 ──地獄を見た。

 

「…………………………」

 画面に表示される「ノックアウト」を意味する「K.O.」の文字にトランセンドは愕然とした。完敗だった。

 アケコンから浮いた指の行き場がなく、固まることしかできない。

 

「──柊トレーナー、あのさ。このゲーム、めちゃくちゃやり込んでる?」

「答える必要はない」

「いやだって、おかしいっしょ! 何あのコンボ! っていうかブロッキング精度エグすぎ!」

「キャラコンくらい覚えるだろう」

「投げ透かしキャラコンだったじゃん! そんなニッチなん実践する人いないって普通! ってか柊トレーナーもしかして廃人!? ちょっと納得いかないんだけど! いやさ、チーム加入って話は受けるよそりゃ。ウチも約束は守るけど、いやでも、今の負けはちょっと納得いかないからもっかい!」

「……わかった」

 容赦なくボコボコにされた。完膚なきまでに叩きのめされた。

 トランセンドが指を組んで俯く。

 

「……あのさ、何者? ウチこれでも熱帯の常連なんだけど」

 柊が立ち上がり、段ボールの中から取り出したものをみせる。トランセンドがメガネを直してから目を細めた。

 

「え~、なにこれ? ……『アスリートファイターズ』全日本選手権大会優勝記念楯──年度代表ッ!? 全一じゃん! スゴッ! 本物初めて見た! え、嘘! ヤバ!」

 口を抑えながら現物を目の当たりにしたトランセンドがはしゃぐ。……いや待てよ?

 

「──日本王者じゃん!!!」

「そういうわけだ」

「……え? 待って? そんなわけ、────」

 全日本選手権大会優勝記念楯。開発会社からの贈呈。だがそれを贈るということは、名前が明記される。トランセンドの目が留まった。息も止まった。多分心臓も止まりかけた。

 

 ──『アスリートファイターズ』全日本選手権大会優勝記念楯。

 ──贈呈『無敗の暁』様。

 

「────………………むはいの、あかつき?」

「…………」

「…………神じゃん」

「君の口が固いことを期待して言うが、他には秘密にしておいてくれ」

 日本王者どころか世界王者が目の前にいた。

 トランセンドの語彙力は死んだ。

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