柊がトレーニングメニューを消化中のドゥラメンテ達と合流し、基礎練習をしているとクールダウンを終えたケイエスミラクルが駆け寄ってくる。チームメンバーと挨拶を交わし、それからトレーニングを再開させた。
「あの、おれはなにをしたらいいですか?」
「君は種目別競技を終えたばかりだろう。休んでてもらってかまわない」
「いえ。なにか、やらせてください。おれにできることなら」
「……そうだな」
ドゥラメンテとキタサンブラック、サトノダイヤモンドは話し合いながら走り込んでいる。フォームの乱れやペース配分について互いに指摘し合っていた。その一方でトランセンドはストレッチをしている。
「ひとまず今日のところは、トレーニングが終わり次第チーム名と方針を決める。君の体の負担を考慮するとなると、トランセンドを手伝ってあげてくれ」
「わかりました」
「……ああ、そうだ。ひとつだけ聞きたいことがある」
「なんですか?」
「その……カオルちゃん、というトレーナーについて何か知っているか?」
できれば思い出したくもないが、あまりに強烈なインパクトだったものだからどうにも頭の片隅から離れない。しかし、ケイエスミラクルのことを気にかけていただけに何か引っ掛かる。
「……あの人、おれのことをずっと心配してくれてたんです。下手なトレーナーがつかないようにって。なんでだろうって思って、聞いたんです。そうしたらあの人──」
「ウマ娘ちゃんの夢と汗と努力と青春の味方?」
「──あ、はは。はい、そう言ってました。だからあの人、おれの担当トレーナーになろうとする人がいたら必ず一声かけてたんです。「その覚悟はあるのか」って」
筋骨隆々のまつ毛バッチバチで香水むんむんの身長が二メートル近いオカマに圧をかけられて問い詰められたら普通は逃げる。間違いなく逃げるだろう。まともな感性の持ち主ならば。だが柊は逃げなかった。そうと知りながら、それでも足を止めなかった。
「君は迷惑じゃなかったのか?」
「いえ、そんな! むしろカオルちゃん、おれに親切にしてくれたんです。あの人、ずっとおれのことを見守ってくれていて……調子出なかった時も、走り終わった時も支えてくれて」
「……それでも君の担当にはならなかったんだな」
「カオルちゃん、言ってました。「アナタの『奇跡』は、アタクシの手に余るわ」って。同じくらい謝罪してくれて……」
本当は自分が導いてあげたかったのかもしれない。だが、それがどれだけの重責になるのか。トレーナー人生を賭けてのものになるのか。どんなベテラントレーナーでも難しいだろう。一人のウマ娘の命を預かることは。選手生命ではなく、命そのものを。
「だから、カオルちゃんが柊トレーナーさんを通した時すごく驚いたんです。それに……まさか、おれと同じだなんて」
とてもそんな風には見えない。ケイエスミラクルの目に、柊は他のトレーナーと遜色なく映る。それどころか新人とも思えないほどに。
二人が話し込んでいるのを見て、トランセンドが小走りで寄ってくる。それならばちょうどいいと、柊は改めて聞いてみることにした。
「トラン。カオルちゃんというトレーナーは知ってるか?」
「知ってるよ、そりゃ。一度見たら中々忘れられないよねぇ。でもトレーナーとしての腕は確か。奇抜な人だけど実力派だよ」
「情報ありがとう。今日はケイエスミラクルに手伝ってもらってくれ。俺はドゥラの方を見る」
「オッケオッケ、よろしくねー」
「あ、はい! こちらこそよろしくおねがいします!」
──柊はトレーニング終了後、トレーナー室に全員を集める。
チーム登録するためにはメンバーと、チーム名を記入した届出を出さなければならない。おそらくほとんどのチームがまずつまづくところだろう。特に、チーム名は。
「──さて。ひとまずアオハル杯のチーム登録申請のために人数は揃った」
「はい。となると次はチーム名を決めないといけませんね」
「実はもう考えてある」
「えっ!?」
「お〜、トレちゃん仕事早いじゃん」
驚くサトノダイヤモンド達と、トランセンドは笑っていた。
「だが俺の一存で決める前に、案があれば聞いておきたい。ドゥラ、なにかあるか?」
「私は……そうだな。君の考えを聞いてからにしたい」
「私もドゥラさんと同じ意見です」
同意するキタサンブラックに以下同文。
ホワイトボードに柊がチーム名を書き込む。
──〈オニキス〉。
それが柊の考えたチーム名だった。
「このチームは元々キタサンブラックとサトノダイヤモンドが声を掛けたことで結成する運びになった。そこから二人の名前をモチーフに、黒い宝石を連想して考えた名前が〈オニキス〉だ」
シンプル、かつ明瞭な理由。
「〈オニキス〉……和名では「
「私とダイヤちゃんで〈オニキス〉かぁ……」
(黒い宝石といえば、ブラックダイヤモンドというものもある。オブシディアンという種類もあるが……柊トレーナーのことだから、安直すぎるのを避けたのだろう)
「なぁるほどねぇ。トレちゃん、ダイイチルビーに目をつけてたのってもしかしてそれが理由? 宝石繋がりでさ」
トランセンドのからかうような質問に、柊はそっぽを向いた。
「そういう、わけでは……ないと思う。多分」
(あ、完全にそういう意図じゃなかったんだ……っていうか照れてる?)
「とにかく。他に何かチーム名の案がなければ、これで決定するが──」
満場一致のドゥラメンテたちに、安堵の吐息と共に柊が薄く微笑む。
「ありがとう。実を言うと、少し不安だった。女の子はもう少し……キラキラした感じの名前を好むと思ったから」
「……あー。トレちゃんや。ちょっと?」
「なんだ、トラン」
「ウチから忠告しておくんだけど。そういう不意打ちは勘違いするウマ娘が出てくるから、あんまやんない方がいいからね」
「? そうか……わかった。気をつける」
チームの届け出に記入している柊は気づいていないのか、中等部組の尻尾がぐるぐる揺れてる。トランセンドも油断していただけに少しばかり動揺していた。なにしろ柊は普段からフードをかぶっていて素顔を見たウマ娘というのは多くない。だがわずかに覗く顔立ちは、細身ながら整っている。だが表情の変化に乏しい。それが不意に均衡を崩して、優しく笑みを浮かべられると多感な時期の女の子は勘違いしてしまう。特に夢見がちな娘であれば尚更だ。
「あの、柊トレーナー。チームの……〈オニキス〉の方針は?」
「あぁ、そうだったな。〈オニキス〉の方針としては──最強のチームであることを示すこと、それだけだ」
「じゃあ打倒〈ファースト〉?」
「いいや。樫本理事代理のチームに挑むのは號の役目だ。だから
大きく出たものだ、と目を白黒させるトランセンド。しかし、柊は勝利に必要な最低限のラインさえ保てればいいと言った。つまり、三勝──それさえ達成すればいい。
チーム名とメンバーの名前を記入した柊は、たづなに提出するためにトレーナー室を離れる。今日はひとまずそれで解散という運びになった。本格的にチームでのトレーニングを行うのは明日からだ。
「號。お前チーム登録の申請書提出したか?」
「……────全員、集合ーーーーうっ!!!」
「さてはテメェ忘れてやがったなッ!!!」
一方その頃、號のチームではエヌラスの一声で急遽トレーニングを切り上げていた。
「緊急事態だ!」
「テメェのせいでな!」
「チーム名が決まっていない!」
「テメェのせいでなッ! というかよくチーム名決めずに今までやってこれたなこの、えーと……チーム!」
「いっそ決めなくてもいいのでは?」
「しばくぞォ!!! 今決めろォ!!!」
怒髪天のエヌラスに叱られて號が慌てている。タイキシャトル達もその迫力に気圧されていた。
「オゥ……」
「くわばらくわばら……!」
普段怒らない人が怒ると怖い、とはよく耳にする。しかし、エヌラスの場合は常に怒っているようなものだが怖いものは怖い。
ナリタブライアンは呆れていた。
「とにかくもう今は時間がない! チーム名を今! ここで! 決める!」
「もっと早く決めておけ……」
担当ウマ娘からのド正論に號は聞こえない振りをしている。急なことに顔を見合わせるチームメンバーたちの中、一人だけ元気よく手を挙げる姿──ハルウララだ。
「はいはーい! 〈にんじんプリン〉がいーなぁ!」
「まず第一候補! はい次!」
「おいブライアン。なんか言わねーとこのチームが美味そうな名前になるぞ」
「私に振るな。……〈シャドーロール〉」
ぶっきらぼうにしながらも、しっかりと案を出してくる。
それを皮切りに、いくつものチーム案が出てきた。
〈ハレノヒ・ランナーズ〉〈ブルームス〉〈HOP CHEERS〉──。
「なるほど! ではエヌラスさんもどうぞ」
「は? 俺? ……あー、んじゃ。そうだなぁ。兄貴のチームに挑戦するんなら〈リベンジャーズ〉ってのは」
「すいませんそれはダメです! 代案を!」
「……〈中央リベンジャーズ〉」
「ごめんなさいもっとダメですそれ!」
「なんでよ……」
「版権的にちょっと掠めてるので! ごめんなさい!」
エヌラスはちょっと凹んだ。ありがとうな『お友だち』、カフェ以外には見えていないけれども頭を撫でて慰めてくれて。
「あの……元気を出してください」
「ふふ、出ねぇわ。元気」
「すいませんエヌラスさん! 決してネーミングセンスがアレなことを指摘するわけではないのですがもうちょっとまともなのお願いします!」
「……〈キャロッツ〉」
なんかもう投げやり気味になりながらエヌラスは適当に言った。
「なるほど〈キャロッツ〉……シンプル・イズ・ベストということですね!」
「いいだろもう。みんなニンジン好きだろうし。俺が思いつくのなんてそんぐらいだよ」
「一番小綺麗にまとまってると思います! 採用! 他!」
釈然としない面持ちで成り行きを見守る。あくまでも自分はチームのサポート。マンハッタンカフェやダンツフレーム、アグネスタキオンの面倒を見つつ、合同練習に混ざっているだけだ。
──それからしばらくして、多数決の投票結果。
「よーし、今日からチーム〈キャロッツ〉として決定!」
「な ん で だ よォ!!!」
「どぅああぁぁっ!?」
あらん限りの怒りとやるせなさで吼える。ついでに號をぶん投げた。
それはそれは綺麗な投げっぱなしジャーマンスープレックスだったという。芝の上を転がりながらも、無傷で済んだ號は何事もなかったのように立ち上がる。衣類の青芝をはたき落として、チーム名を記載した書類を掲げていた。
「では! 俺はこれからたづなさんに提出してくるので後は任せましたエヌラスさん!」
「待てコラァ! 逃さねぇぞテメェ!!!」
走り去るチームトレーナーの背中を眺めながら、マンハッタンカフェは小さく笑う。
「……とても、仲良しですね」
「エヌラスさんのこと見てると自然と笑顔になっちゃうよね」
「はたから見ている分には実に愉快な人であることは認めるよ」
先程の投げ技にしても豪快さとは裏腹に確かな技量が見受けられた。きちんと相手がケガをしないように加減していた。何もない方向めがけて、極力受け身が取れるように地面すれすれで手を離していたのをアグネスタキオンは見逃さなかった。
……なお、號が校舎に辿り着く前に捕まってまた投げられている姿が見える。
──あの二人、ほんと元気だなぁ……。チーム〈キャロッツ〉の心がひとつになった。