星霜の影を踏みしめて   作:アメリカ兎

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プロローグ-2

 

 ──会場を包む熱気。応援の声量。観客達のボルテージが上がっていく。

 ──誰もが夢見た“最強”の称号。

 ──どんな分野であれ。どんなジャンルであろうとも、その冠を戴くことは最高峰の名誉。

 ──スポーツではなくても、スポーツマンシップに則った正々堂々とした決闘を。

 

 ──対戦格闘ゲーム、『アスリートファイターズ』。それは架空の人物と、架空のウマ娘が対等に戦いを繰り広げられる世界観。シリーズ発売当初より完成度の高いシステムと、奥深い戦略性、一瞬の駆け引きが勝敗を決することでたちまち世界中で注目された。

 シリーズを重ねるごとに追加される魅力的なキャラクター達。そこから生まれる多彩な攻防のバランス調整には運営も細心の注意を払い続けてきた。それでも時に不具合を起こし、度重なる改善によって均衡を保ち続けている。

 

 ──世界最強を目指すために集う強者たち。現実にヒトがウマ娘に身体能力で敵わずとも、架空の世界でなら渡り合える。ゲームの世界でなら対等に並ぶことができる。

 

 ──対戦カードには誰もが注目した。

 “挑戦者”は全米チャンピオン。ここまでの切符を手にするためにどれほどの努力と研鑽を積み重ねてきたか。仲間たちとの交流、強者との出会い、様々なドラマを乗り越えて、遂に彼はその壇上へ登る資格を得た。

 ──絶対に勝つ!! 彼の意気込みに会場が沸き立つ。ドームが揺れるほどの声量と熱狂的な歓声に後を押され、大きく手を振る。

 

 ──彼にとっては、王座防衛戦。

 ──無敗神話。生きた伝説。異次元の怪物。

 ──世界王者に君臨して以来、否。君臨する以前より公式戦全勝無敗。記録にある限り、彼はただの一度足りとて地に落ちたことはない。

 ──至高天にて輝き続ける頂点の星として。

 

『公式戦全勝無敗ッ! 誰にも塗り替えられない無敗神話ッ! 世界最強の座は誰にも譲らない、果たして挑戦者は無敗の牙城を切り崩せるかッ!!

 ──世界チャンピオンの入場です!!!』

 

 ──喝采。尊敬の念を込めて。或いは、畏怖の念を込めて。

 ──すっぽりと頭を覆うようにフードタオルを目深にかぶり、スポットライトに照らされながら通路を歩く。

 ──無敗神話。生きた伝説。異次元の怪物。

 ──彼にとって、それらの呼び名は意味をなさない。何故ならそれは“最強”の証明にならないから。

 

『“五冠目”の王座防衛戦ッ!! 果たして歴史は動くのか──!!

 “無敗の暁”の登壇だぁぁぁッ!!!』

 ──ワァァァァッ!!!!!

 耳をつんざく声量に眉をひそめながら、壇上で顔を隠していたフードを外す。

 ──胸が踊る舞台のはずなのに。血湧き肉躍る決勝戦に、無敗の青年は微塵も心を揺さぶられることはなかった。

 ──世界王者の座に君臨して五年。もはや不動の地位を築いていることに界隈からの不満も耳にしている。違法ソフトに手を出している、などと不名誉な噂まで出ている。だが──彼にとってそんな噂話など、取るに足らない些事。

 

 ──求めるのは“最強”の称号。他には何もいらない。

 ──司会の話も半ばほど聞き流す。全米チャンピオンの意気込みも素通りしていく。

 

『五度目の王座防衛戦となりますが、暁さん。意気込みの方はありますか?』

 司会から向けられるマイクを受け取り、息を吸い込む。一拍、吐き出す。

 

「ワンコン、ハンデをくれてやる。精々削れ」

 ──あまりにも挑発的、あまりにも大胆、これほどまでの宣戦布告を世界王座の場で告げられては黙っていない。

 ──鼻息を荒くしながら挑戦者が筐体に向き合う背中を見守ってから、無敗の暁も席に着く。

 

 ──キャラクターセレクト。ステージセレクト。緊張の高まる会場の空気が張り詰めていく。

 ──世界王者を決める開戦のゴングが鳴らされる。

 

 

 

 ……──世界王者の座が動くことはなかった。

 

 無敗神話が塗り替えられることはなく、彼の胸中には感動も達成感もなかった。

 敗北感に打ちのめされ、自らの無力に打ちひしがれる全米チャンピオン。

 ハンデを与えられたそのうえで、完膚なきまでに叩きのめされた。

 まるで悪い夢であるかのように頭を抱えている。

 

「──そこで立ち止まるのか?」

 あまりに強大な壁。理不尽なほどの力量を思い知らされて、立ち上がることすらできずにいた全米チャンピオンに投げられる言葉。

 

 ──期待していた。だが、終わってしまえば呆気なく落胆の色に変わる。

 会場を見渡しても同じ。それもそのはずだ。

 挑戦者である全米チャンピオンにはどれほどの期待がこめられていたか。

 

 前人未踏、世界大会五連覇を制した無敗神話は静かに幕を下ろす──。

 ──求めたのは“最強”の称号。

 だが、彼が本当に望んだものはそこになかった。

 

 

 

 ──世界王者の座に君臨したところで。その界隈でどれほど名を馳せても、彼の心は微塵も揺れなかった。

 ──あの舞台に。あの壇上に。あの場所に。もはや自分の居場所はないのだと気づいた。

 あまりにも現実離れした強さに、疎まれているのだと空気でわかる。そして彼はそれに気づかないほど鈍感でもなかった。ならばここらが潮時だ。

 個人競技でも、団体競技でも向かうところ敵なし。全勝無敗の伝説。世間からそう持て囃されたところで、それは彼にとって“強者”と呼べる存在がいなくなってしまったことを意味する。

 戦う相手がいないのに“最強”を名乗ることに、何の意味があるのか。

 

 だから彼は。

 “無敗の暁”──霜天路(そうてんじ)(ひいらぎ)は、自らの意志で無敗神話に幕を下ろした。

 自分の歴史が塗り替えられる“伝説”が現れるその時まで。

 

 街の中を歩いていると、ふと目についたのは家電量販店のサンプルモニター。そこに映し出されていたのは──ウマ娘たちのレース。

 実況解説の熱の入った中継の様子に、柊は他人事のように耳を傾けて画面を注視していた。

 必死に走る彼女たちの表情は真剣そのものだ。

 

 ──彼女たちは、どんな思いで走っているのだろう。

 ──彼女たちの望む“最強”の形は、どんな姿をしているのか。

 

「…………」

 最終コーナーを曲がって、最後の直線勝負。それまで先頭を走っていたウマ娘のペースが落ちてバ群に飲まれていく。追い上げる後続は残るスタミナを振り絞って駆け出す。

 ──勝利への渇望。その欲求と衝動は、柊にも理解できる。だが、これまで出会った誰もがそれについてこれなかった。

 学生時代の友人にすら言われたことだ──「お前は勝利にこだわりすぎる」と。

 自分の胸を握りしめる。

 ──誰だって勝ちたいはずだ。そのために努力と研鑽を重ねるんじゃないのか。

 

 モニターの中では、一着のウマ娘が信じられないといった様子で笑みを浮かべていた。

 顔も名前も知らない。だが、その勝利の喜びを噛みしめる姿がとても微笑ましかった。

 ──自分は“最強”を追求した果てに、孤独だけが残った。

 

(……自分の勝利のためではなく、他人の勝利に尽くしてみるのも悪くないか)

 ──残された時間を誰かの人生に預けてみるのも悪くない。

 柊はレース中継を終えたモニターから視線を外してスマホを取り出すと連絡先一覧から名前を探し出した。それは間もなく見つかり、すぐに通話ボタンを押す。着信音が三回、四回、五回……七回目で相手の都合が悪かったと切ろうとしたその瞬間、繋がった。

 

《もしもし、俺だ! どうした兄貴、珍しいな電話を掛けてくるなんて! 危うくスマホぶん投げるところだったぞ!》

「……元気そうだな、(ごう)。話したいことがある」

《ん? なんだ、親父でもぶっ倒れたか?》

 縁起でもない。そんなはずないことはわかっているくせに。

 

「トレーナーを目指すことにした。合格したその時に、また連絡する」

《────────、な》

「話したいことはそれだけだ。それじゃあな」

 用件を一方的に告げて、柊は弟である號との通話を十秒足らずで切った。

 数年越しに直接連絡をしたというのに。だが、彼にとって必要なことは伝えた。

 あとは行動で示すだけ。

 

 翌年──霜天路柊は、トレーナー試験の合格通知を受け取った。

 その配属先は──中央トレセン学園。

 ウマ娘に興味はない。

 感心を示すのは、ただ“最強”の証明。

 ──彼女たちが勝利のために、どれだけの覚悟を示せるのかという興味だけだった。

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