星霜の影を踏みしめて   作:アメリカ兎

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双天の路

 

 

 

 ──チーム〈キャロッツ〉のトレーニングが終わると、タイキシャトル達は芝の上に寝転がる。理由は言わずもがな。一際ハードなトレーニングをやらされていたジャングルポケットは肩で息をしながら大の字になっていた。

 

「べ、ベリーベリーハード……!」

「ライス、もう足が棒になっちゃいそう……」

 疲労困憊のウマ娘たちを見渡しながら、號とエヌラスは水分補給用に準備していたスポドリを渡していく。

 

「おーいポッケ、生きてるかー」

「ゼェー、ゼェー……! なんか俺のだけやたらハードじゃねぇか!?」

「気のせいじゃね?」

「いーやぜってぇ気のせいなんかじゃねぇ!!」

 他に比べて倍近く走らされたジャングルポケットからの抗議の声にアグネスタキオンはデータを打ち込みながらしきりに頷いていた。

 

「気のせいではないね」

「そらみろー!! っていうかオメーはなんでやんねぇんだタキオン!」

「私はこのチームのメンバーではないからねぇ。それにトレーニングなら自主的に管理して行っているよ。そこはエヌラストレーナーからも許可を貰っている」

「でも実際お前が一番タイム縮めてるじゃねぇかポッケ」

「そーだよありがてぇことにな!」

 がぶ飲みスポーツドリンクで喉を潤し、タオルで顔の汗を拭うジャングルポケットはエヌラスにタオルを投げつける。それをあっさり掴み取ると洗濯カゴの中にぶち込んだ。

 マンハッタンカフェも息を整えているが、会話もままならないような状態。ダンツフレームは地面に座り込んでいる。

 

「エヌラストレーナー」

「どうした、號」

「チームトレーニングの指導を手伝っていただいてありがとうございます。が、少しばかりハードメニューが過ぎるのでは?」

「マジで? バーベル担いで走らせねぇだけまだマシだろ」

「それはトレーニングではなく拷問です」

 エヌラスは静かに顔を逸らした。

 

「基礎練は大事だが。気を引き締める時はちゃんと締めとかないとな」

「シメるってアレですか。“かわいがり”みたいなもんですか」

「テメェから活け締めにしてやろうか?」

「勘弁してください」

 多分絵面がカツアゲになる。

 

「とにかく! 今日のトレーニングはここまで! 各自しっかり休息を摂るように! 器材の片付けは俺とエヌラストレーナーがやっておく!」

「使い終わったタオルとかシューズとかもこっちで預かるぞー」

『お疲れ様でしたぁ〜』

 みんなもうヘロヘロになっていた。ふらつきながら肩を貸しあってトレーニングコースを後にしていく。

 その姿が見えなくなってからエヌラスはコースの手入れを始める。號はタオルやシューズの洗濯、蹄鉄の手入れと気づけばそんな役割分担がされるようになっていた。

 そんな二人がふと顔を上げて見つけたのは、トレーニングに使った道具を持って不安定な足取りの樫本理事代理。危なっかしい歩き方にたまらず二人は駆け出していた。

 

「お疲れ様です樫本理事代理!」

「お疲れ様です……私のことは構わず……!」

「いや無理っす」

 “ひょい”とエヌラスは樫本理事代理の抱えていたトレーニング道具を持ち上げる。

 

「力仕事なんて俺らに任しときゃいーんですよ。アンタ偉いんだから」

「その割には、随分と不遜な態度ですね」

「生憎と権力に媚びるような性分ではないので。んじゃ號、俺はコレ片付けてくるわ」

「お願いしますエヌラストレーナー!」

 用具室に向かう後ろ姿を見送ってから、樫本理事代理は小さく咳払い。

 

「彼はなんなんですか?」

「俺に訊かれましても。単に“お人好し”なだけかと」

「そうですか。私はてっきりチームの探りを入れるためかと」

 樫本理事代理の懸念に號が心底不思議な表情をしていた。

 

「……あなたはそういう策は考えないのですか?」

「すいません! 俺、バカなので! 相手がどんな策を講じようと真正面から実力でぶち抜くことしか能がありません!」

 呆れるほど一直線な言葉に嘘偽りが含まれていないことは確かめるまでもない。號の人となりを見ればそれはすぐにわかる。というよりも嘘をつけない性格と頭だ。自分からバカを自称するだけのことはあると樫本理事代理は(失礼ではあるが)納得する。

 

「そういえば、貴方は私を「越えるべき目標の一人」と仰ってましたが。あなたが目標とする人物は他にもどのような方がいるのか、聞いてもよろしいですか」

「俺より強いやつ全員です」

 即答だった。トレーナーとしての知識、技量、その他。それらが自分より優れている相手を目標に邁進している。これまでは地方トレセン学園の環境に甘んじていた。しかし中央に来たからには話は別。各地より集められた精鋭のトレーナー、その端くれとして名を連ねる以上は上を目指す向上心の塊。いずれも猛者ばかり、新人であろうと玄人であろうと號にとっては関係ない。

 

「柊トレーナーと話した際、貴方のことを「闘争心に手足が生えた奴」と言っていた意味がよくわかりました……」

「なにっ、兄貴の野郎。人のことを棚に上げてよくもまぁ言ってくれる……!」

「貴方にとって、お兄さんはどういった方ですか?」

 樫本理事代理の言葉に、號は怒りにも似た沈黙で応えた。

 

「──星です」

「なるほど」

「日が沈む前、誰よりも輝き。そして夜明け前に最後までただ一人輝き続ける。手を伸ばしても届くことがない。そんな男です」

「それほどの人には思えませんが」

「いいえ。俺は兄貴のことをよく知っています。むしろ俺から言わせれば兄貴の方が「闘争心に手足が生えた奴」ですよ」

 とてもそうは思えない。講習会や行事には欠かさず参加している。だが誰かと自分から話す姿はほとんど見たことがなかった。

 消極的な態度で物静かな新人という印象が強い。しかし“あの”ドゥラメンテのトレーナーというだけで注目されているが、それを一切気にかける様子はなかった。メディアからの取材も馬耳東風、聞く耳持たずノーコメントの一点張り。

 とても號と同じように闘争心を燃やすタイプには思えない。

 

「樫本理事代理」

「なんでしょうか」

「アオハル杯、俺が最も警戒しているのは兄貴のチームです。チーム〈ファースト〉よりも、俺の最終目標は兄貴に勝つことです」

「なぜそれほどまでに柊トレーナーに対抗心を燃やすのですか」

「……俺はただ一度だけ、兄貴との約束を守らなかったことを後悔しています」

 まるで懺悔のような呟きだった。

 

「だから兄貴がトレーナーになると聞いた時、中央に来ることを決めました」

「なるほど。貴方たち兄弟は、ただ仲が良いというわけではないみたいですね。なにか複雑な事情があるのでしょう」

「いえ! そんな大それた事情などではありません! たんに俺が兄貴に一度でも勝ちたいというだけです! なので樫本理事代理、トレーナーとして貴方に相談することがあるかもしれませんが、その時はどうかご指導ご鞭撻の程よろしくお願いします!」

 真っ直ぐ頭を下げる姿は、むしろ感動すら覚える。

 

「……いいでしょう。わかりました。ただし、チームの戦略に関しては互いに守秘義務が生じます。そのつもりで」

「ご安心ください! 多分聞いても忘れます!」

 謎の説得力に樫本理事代理は小さく頷いた。まるで「でしょうね」とでも言うように。

 

「引き留めてしまって申し訳ありません! それでは失礼します!」

「ええ。それでは」

「あ! お仕事頑張ってください!」

 思い出したように付け足した言葉に、思わず笑みがこぼれる。

 本当に、話していて胸がすくような相手だ。打算や策略などではなく、一切の忖度抜きに向き合っているのがわかる。

 トレーニングコースから離れる樫本理事代理は僅かに口角を上げていた。

 

 

 

 ──チーム〈オニキス〉の練習が終わると、柊は計測に協力していたトランセンドからタイムを集計する。先週の記録から更新続きであることを確認すると頷いた。

 

「どぉ? いい感じにタイム縮めてる?」

「ああ。いい調子だ」

「んじゃ、次はウチの番ってことで。トレちゃん計測よろしく〜」

 ドゥラメンテ達を休ませて、次はダートコースでトランセンドのトレーニングに付き合う。それを見たキタサンブラックがドゥラメンテからタオルを受け取りながら感心していた。

 

「ドゥラさんのトレーナー、本当に新人なんだよね……」

「ああ。そう聞いている」

「それなのになんだか随分と指示が的確っていうか。トレーニング内容がすごくハッキリしててやりやすいんだよね」

「あ……おれも思ってた」

 ケイエスミラクルは基礎的な体づくり。“エンジン”に耐えられるためのボディの調整をする、と指示を受けて基礎の反復練習。そのためドゥラメンテに比べると軽めのトレーニングだった。

 

「資料集めにも余念がないみたいですし」

「そういえば本がまた増えてたよね」

「私からのトレーニング内容についての修正も素早い」

 トレーナー室に集合する時も、トレーニングの開始時間ギリギリまでスケジュール帳と睨み合いをしている。レースの研究をしていることも多い。だが誰かに教えを乞うようなところは見られなかった。だが他のトレーナーのやり方を調査はしているらしい。そのためのトランセンド。

 急なアオハル杯の開催を受け、従来のトゥインクル・シリーズとは一風変わったトゥインクルスタークライマックスにも関わらず柊は柔軟に対応していた。

 ダートコースを回って戻ってきたトランセンドのタイム計測を終え、何か話し合っている。片手を挙げて軽いハイタッチをして別れてから柊はドゥラメンテのもとへやってきた。

 

「ドゥラ、少しいいか」

「あぁ。かまわない」

「今後について少し話がある」

「それなら私達は席を外しましょうか?」

「……いや。別に問題ない。まずこれを見てもらいたい」

 ドゥラメンテが受け取ったのはスケジュール帳。貼られている付箋には『ジュニア級ホープフルステークス』と書かれていた。そのページを開くと、今年いっぱいの予定がつぶさに書き込まれている。

 

「トゥインクルスタークライマックスでは、年度代表ウマ娘が表彰される。これはファン投票によるもので決められることから可能な限りレースに出走したい。だが闇雲に出るよりも『GⅠ』レースに出た方が手っ取り早いだろう。幸いなことに君は界隈の地名度が高いことから注目株になるのは容易だ。となれば後は結果を示せばいい」

 チーム練習のスケジュール管理で渡すのが遅れた、と一言添えていたがドゥラメンテはまだ信じられなかった。

 

「今年の出走レースは『朝日杯フューチャリティステークス』『ホープフルステークス』を予定している。十二月は連続での出走となるが、それまでに仕上げる時間が取れる。それにアオハル杯の第一戦もあるが、その分一月は多く休ませる予定だ」

 ウマ娘のレースにおける肉体の負荷は想像を絶する。連続での出走はケガにも繋がるため、避けるのが定石だ。しかし、ドゥラメンテはスケジュール帳のページを捲り、読み進めている。夏の間は基礎練習、脚質に合わせたトレーニング内容。強みを伸ばすために重点的にそちらを鍛える。

 追込は最終直線で一気に勝負をつける。最後方から展開を窺い、レース中盤から終盤、クライマックスに向けてスタミナを温存するため、そこまで持久力を重視したトレーニング内容ではなかった。スピードとパワー、その副産物としてスタミナを鍛えていく方針のようだ。だがそうであったとしても、とても新人が考えたとは思えない綿密なスケジュールに瞠目した様子で頷く。

 キタサンブラックとサトノダイヤモンドも不安そうな顔をするが、ドゥラメンテは真剣な眼差しで柊を見つめていた。

 

「……わかった。やろう、柊トレーナー」

「後半は厳しいスケジュールになると思う。頼めるか」

「もちろんだ」

「クラシック級のスケジュールは仕上がり次第渡す」

「……もう進めているのか?」

 それには流石に驚く。

 

「ああ。……俺にはあまり、時間が残されていないからな」

「トーレちゃ~んっ、ウチのスポドリ取ってもらえるー?」

「わかった」

 トランセンドの呼ぶ声にかき消されて柊の呟きはよく聞こえなかった四人が首を傾げた。

 

「すまない、柊トレーナー。今、なんて──」

「いや、なんでもない。気にしないでくれ」

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