星霜の影を踏みしめて   作:アメリカ兎

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怪異の正体

 

 一夜が明けて、翌日の朝。ナカヤマフェスタとシリウスシンボリは賭けに負けた宣言通りに手を繋いで学園へ登校してきた。周囲からの微笑ましい視線に包まれて顔がやけに熱く感じる。しかしここで反応すれば周囲の思う壺だ。可能な限り人の少ない時間に登校することで自分たちの被害を最小限に抑えようと考えた二人が校門に差し掛かると、そこにはたづなとエヌラスが立っていた。

 

「あら、おはようございます。まぁ……うふふ」

「よう、今朝は随分と早いな」

 まるで昨晩、何事もなかったかのように振る舞う姿に訝しみ、二人がジロジロとエヌラスの頭からつま先まで舐め回すように見つめる。

 ヘラヘラと締まりのない口をしているが、本当に昨夜と同一人物なのか。

 

「……ケガとかしてねぇの?」

「別に?」

 あっけらかんと答える姿に首を傾げながら、二人は手を離す。たづなが怪訝な顔をするが、ヒラヒラと手を振った。

 

「いやちょっと三階から飛び降りましてね」

「大丈夫だったのですか?」

「コイツらが人に見つかって逃げ出したもんですから、ショートカットをと思いまして、まぁ大事ないのでお気になさらず」

「お二人とも、最近は何かと問題行動が目立ちますのでお気をつけくださいね」

「へーい……」

 渋々、といった返事にたづながにこやかな笑顔で圧をかける。それにはさすがに二人もしばらくはおとなしくした方がいいと思ったのか、すごすごと引き下がる。

 

「それにしても、本当に昨夜は何事もなかったのですか?」

「何もありませんでしたよ」

「その割には、やけに今朝は慌ただしかったようですけれど」

「いやちょっと仮眠摂ってたら寝坊しまして……」

「……エヌラスさん? もう一度お聞きしますね? 本 当 に、何もなかったんですね?」

 にっっこりと、笑うたづなに気圧されて、エヌラスはぎこちなく顔を逸らしていく。多分これは、バレてる。そんな気がしてならなかった。だが敢えてたづなは言及しない。生徒たちの不安を煽るような会話は避けている。

 

「……無い、ことは、無かった。かもしんないです」

「詳しい話は後ほどお聞きしますね」

 やべぇ詰んだ。エヌラスが乾いた笑いをこぼす。

 

 

 

 ──旧理科準備室では早く登校したマンハッタンカフェが一人、モーニングコーヒーを飲んでいた。そこには『お友だち』の姿もある。見慣れない女の子も一緒だった。敵意も害意もない少女は好奇心旺盛なのか部屋の中を歩いて回る。

 触ってはいけない物は『お友だち』が優しく注意していた。

 扉がノックされる。軽い音を立てて開けられるとエヌラスが入室してきた。その姿を見つけてトイレの花子さん(仮)が駆け寄ると、すぐによじ登って肩車させると満足そうにする。どうやらそこが気に入っているらしい。

 

「おはよう、ございます……あの、重くないですか?」

「え? いや別に」

「そう、ですか……今、コーヒーを煎れますね」

「助かるよ」

 カフェの隣に腰を落ち着かせて、コーヒーの香りを堪能してから少しずつ飲み始める。エヌラスを挟んで『お友だち』も腰を落ち着かせていた。

 

「……昨夜は、大変だったそうですね」

「あぁ。まさかこんな早く仕掛けてくるとは思わなかった。なにより驚いたのは『お友だち』が思いのほか武闘派だったことだな……」

 照れくさそうにする『お友だち』に、マンハッタンカフェは微笑む。

 

「あんまり、危ないことしないでね……」

『……────ウン』

「エヌラスさんも……お怪我は、ありませんでしたか?」

「あぁ、俺は大丈夫だよ」

 その頬を、しきりに『お友だち』がつついていた。

 

『──ウ ソ ツ キ』

「…………」

 ムッとした顔でマンハッタンカフェも見てくる。頭の上の花子さん(仮)は不思議そうに首を傾げていた。

 

「エヌラスさん……?」

「いや、あの、怒んないでカフェ……本当に大したケガはしてないから……」

「ケガ()、したんですね?」

「し──ましたけど、もう治ってるから大丈夫だって」

「…………本当、ですか? どこか、痛む場所はありませんか? もし、痛む時は……言ってくださいね」

「胸がいてぇ……」

 良心が痛む。俺はこんなにいい子に嘘をつかなきゃいけないのか。ケガが治っていることは本当のことだが、ケガをしたのもまた本当の話だ。どこが痛むって何よりも心が痛む。

 『お友だち』からも何か恨めしい視線を感じる。嘘をつくなってことなのだろうが、嘘は言っていない。

 マンハッタンカフェの訝しむ視線にエヌラスは目を逸らしてコーヒーを啜る。

 

「あー……ほら、そうだ。幽霊騒ぎの犯人なんだが、あれは正確には幽霊じゃないってことがわかったんだ」

「……幽霊、ではない?」

「そう」

 なんとか話を逸らすことにも成功した。幽霊騒動の犯人の情報は気にかかるのだろう。

 

「カフェの『お友だち』や花子さん(仮)と違って、アイツは他のウマ娘にも見えるようだ。ただ不思議なのが、ルドルフ会長のように足を奪うんじゃなくて普通に襲ってきたことだな。いや多分俺が殴りかかったからかもしれんけど……」

 でも先に襲ってきたの相手からだしな。自己防衛。解決。

 

「では……幽霊騒動の犯人、というのは……一体」

「どう説明したらいいものかな……この世のものではない、というよりも……そうだな。怪異、としかいいようがないな」

 怪異、というよりも“宇宙の脅威”と言うべき相手だ。

 

「あの……私は、平気ですから。きちんと説明してくれませんか? そういったものには慣れていますから」

「……わかった。カフェ──例えばの話なんだが、この宇宙に“外側”があるとしよう。それを“外宇宙”と言うんだが、そこに何が広がっていると思う?」

「……そうですね。やはり、星空……ですか?」

「残念だが答えはちょっと違う。“なにもない”んだ。言うなら、宇宙の闇そのものだ」

 星も命も何も無い暗黒だけが広がっている。そこに潜むのは人の理解が及ばざる宇宙の脅威そのもの。──外宇宙の怪異。

 

「では。会長を襲ったのは、そうした……宇宙からの脅威?」

「……そうなる、な」

「?」

 どこか、居心地が悪そうな。バツが悪そうな……思い詰めたような顔に、マンハッタンカフェはコーヒーをゆっくりと傾けて少しずつ飲む。自分の話が信じてもらえるか不安なのだろう。そう思い、微笑みかける。

 

「……大丈夫です。貴方の話を信じます」

「──ルドルフ会長を襲ったのは“猟犬”と呼ばれる怪異だ。特徴も性質も一致する」

「“猟犬”……」

「────」

 なにかを言いかけて、口を開くがすぐに噤むのをマンハッタンカフェは見逃さなかった。言葉を探しているのか、コーヒーを一口含む。

 

「……そいつは“ティンダロスの猟犬”って名前でな。こいつはとんでもなく厄介なんだ。身を隠すといっても物陰とか遮蔽物とかじゃない。“角度”そのものに潜む」

「……ええと」

「例えば、このソファーの肘置き。テーブルの足と床の隙間。閉め切った扉の角……足と床の隙間。影の中、とかな。どこにでも身を隠すことができる。だからコイツはどこまでも獲物を執拗に追い詰めるんだ」

「だから、猟犬……?」

「そう呼ばれてる。だが、それでもルドルフ会長が襲われた理由はわからない」

「……猟犬であるなら、その飼主である“猟師”もいるはずです。よく調教されているのなら、無差別に狙うはずがありませんから……」

 その言葉にエヌラスは真面目な顔で考え込む素振りを見せた。

 マンハッタンカフェの言葉には一理ある。しかし、だとしても本命の目的が定かではない。それになぜ昨晩、ナカヤマフェスタとシリウスシンボリが狙われたのか。

 

(……狙いはシンボリ家か?)

 だとしても妙だ。()()()()()()()()()()。狙うのなら他にもっとあったはずだ。

 

「ありがとう。カフェのおかげで少し進展があるな。ケガの功名って奴か」

「それで、どこをケガしたんですか?」

「…………たくさん」

 耐えられなかった。親切なマンハッタンカフェの据わった眼に耐えられず顔を逸らせば『お友だち』が髪の毛を怒りで揺らめかせながらガッチリと頬を掴む。

 

『ニ ガ サ ナ イ……!』

「ちくしょう力つえぇなぁぁ……!!」

 流石ウマ娘、ギリギリと骨を軋ませながらエヌラスの顔を反対側に無理やり振り向かせていた。

 

「いやでも、マジでケガは治ってるんだって!」

 『お友だち』がケガをした箇所を指差す。顔から胸から腕から腹に足と、全身くまなく示していくとますますマンハッタンカフェの表情に影が差し込む。

 

「それで……犯人は、どこに?」

「……逃げられた。多分、しばらくは出てこないと思う。手ひどく痛めつけてやったからな」

『オ マ エ モ ナ』

「ご友人! さっきっから俺になんか恨みあんのか!?」

 エヌラスの問に、ぷいっとそっぽを向く『お友だち』は人をからかって遊んでいるつもりなのかそれともマンハッタンカフェに心配をかけた嫌味か。どちらにせよ不機嫌そうなのは昨夜の出来事が理由で間違いない。

 コーヒーの映る自分の顔を見つめながら、エヌラスは昨夜の出来事を思い返す──。

 

 ナカヤマフェスタとシリウスシンボリが校門から去った後、『お友だち』と協力して“黒い影”──幽霊騒動の犯人である“猟犬”を追い詰めた。一進一退の攻防、その均衡を崩せたのも数の有利があったからこそ。しかし、思えば『お友だち』がいたのだから足を奪うのであればそちらを狙えばよかったはずだ。

 純たるティンダロスの猟犬は、猟犬と名はつくが犬とは似ても似つかない生態をしている。中には人間に擬態する個体もいることが確認されているだけでなく、人間との間に子を設ける場合もある。それらは人間としての特徴を有するが──、エヌラスが遭遇した“猟犬”は、黒いガス状の物質を纏っていた。中央のあちこちに見える黒い塵のようなものはその名残か。となるとこの学園そのものが“狩場”ということになる。

 

(アイツは本当に“ティンダロスの猟犬”なのか……?)

 だが、あの姿はむしろ──エヌラスは頭を振ってまとまらない考えを払った。

 

「……なにか、弱点のようなものはないんですか?」

「一応、あるにはある。さっき角度に潜む、という話をしたと思う。だがその角度は約“百二十度”以下だとされている。だからアイツらは真円の場所に侵入できないし、入り込んだら脱出もできなくなるんだが……まぁ、用意するのは難しい」

「そうですね。他の生徒の皆さんが出入りする以上は、とても……」

 そんなことはできっこない。とでも言いたげにマンハッタンカフェも顔を沈ませる。

 

「ごめんなさい……貴方の力になれたらよかったのですが……」

「謝らなくていいさ。これはあくまで俺の仕事だ。それにカフェには助けになってもらってる」

「?」

「ほら。美味しいコーヒー、淹れてもらってるし。これだけでも十分だよ」

 カップを持ち上げてからエヌラスは中を飲み干した。

 時計を見やると、そろそろ朝のホームルームが始まる時間が迫っている。

 

「カフェ、時間大丈夫か?」

「……そうですね。そろそろ教室に向かおうと思います。カップは私が洗っておきますので、エヌラスさんも今日はゆっくり休んでください」

「そうするよ。コーヒー、ご馳走様」

「飲みたい時は、言ってくださいね。気休めにしかならないと思いますが……」

「俺にとっては砂漠のオアシスにも匹敵する助けだよ」

 一足先に旧理科準備室を離れたエヌラスを見送ってから、マンハッタンカフェは使った容器を片付けていく。

 

(……どうして、あの人はあんなことを知っているんだろう)

 宇宙の外側。外宇宙の生物。まるで自分の目で見たように語る横顔を思えば、やはり──あの人は自分たちと生きる世界が違うのかもしれない。だけど、それでも信じたいとマンハッタンカフェは思った。

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