星霜の影を踏みしめて   作:アメリカ兎

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お昼休みにウキウキウォーキング

 

 

 

 ──宿直室に戻るなり、ベストを脱ぎ、カフスのボタンを外す。ネクタイを取って真新しいシャツをハンガーにかける。

 六月。初夏の迫る日本の季節だというのに黒い長袖のインナーを着込んでいた。その首元、鎖骨の下にまで傷痕が顔を覗かせていることにエヌラスはため息を吐く。こればかりは仕方ない。

 

 ティンダロスの猟犬──その怪異とは長い付き合いだ。何故なら奴らは時間移動を許さない。別次元への移動を許さない。そうした不埒な輩をつけ狙う猟犬であるが故に、必ずと言っていいほど見かける。そのうえ襲われる。

 以前、此処ではない地球に降りた際も襲われた。もはやエヌラスにとってしてみれば見知った顔である。

 しかし昨夜の相手はその中でも異質極まりない猟犬だった。

 人狼であればある程度の獣らしい特徴が残る。だが、完全な人型だった。

 

(……お前なのか、ハンティングホラー)

 今は行方をくらませた相棒を思い出す。

 二度目の地球旅行となるが、不可解な事故に巻き込まれた形だ。本来であれば二度と地球に訪問する機会など訪れるはずがないのだが…… 。

 どんな運命の悪戯か、こうして日本に滞在中だ。

 しかし、考えれば考えるほどにわからない。“邪神狩り”の旅路を共にしてきた愛犬がどうして人に牙を剥くのか。

 

(あーもう、やめだやめ。考えたって時間の無駄)

 エヌラスはそれ以上考えるのを中断する。なんにせよ、昨夜の相手がそうだと決まったわけではない。

 仮に。

 犯人が愛犬であるハンティングホラーであればぶん殴ってでも引きずり戻す。

 犬違いだったらしこたまぶん殴る。なんにせよ殴る。

 

 エヌラスは不貞寝しようと宿直室のソファーに寝そべった瞬間、戸を叩く音に半ギレになりながら起き上がった。

 

「どちらさまー……」

 そこには満面の笑みのたづな。血の気が引く音がした。

 

 

 

 慌てて着替えて連行された先は理事長室。

 今は秋川理事長の代理人である樫本理子が座っている。

 エヌラスは裁判に突き出される死刑囚よろしく、緊張感のある面持ちをして後手に組んでいた。樫本理事代理よりもたづなが怖くてたまらない。

 

「エヌラスさん。実は樫本理事代理にはもうご説明してあります」

「どの件についてです?」

「“本業”についてです。実はURAとしても、ルドルフさんの件はかなり慎重みたいで」

 チラリと樫本理事代理を見やれば、真剣な目で微動だにしていなかった。

 

「ちなみに樫本理事代理、お化けとか大丈夫な人です?」

「……そのような非科学的な存在は許容しかねます」

 お化けの話をして科学的な論理から否定にかかる相手は十中八九、ほぼ間違いなく苦手だと分類して良い。

 

「ですが。医学的にも根拠のない症例、まして当事者からの証言も揃っている以上は無視できません。本当にお化けであるかどうかは定かではありませんが」

「その件に関してはエヌラスさんが専門家なのでご安心ください。それに昨夜は調査に進展もあったようなので♪」

 謀ったな駿川たづな!!! ──エヌラスは内心叫んだ。

 

「貴方が“オカルトハンター”を本職としている旨も聞きました。ご安心ください」

「あー……まぁ、そっすか……だからといってトレーナー業を疎かにする気はないんですけども」

「……それで。その、本当に犯人はお化けなのですか?」

 ソワソワとどこか落ち着かない様子の樫本理事代理は、そうでないことを祈るかのような素振りを見せている。さて、どうするか。本当のことを言えばお化けではない、と断言できる。かといって外宇宙の脅威とバカ正直に答えれば頭のお医者さんが待っているかもしれない。

 

「お化け、とはちょっと違いますね」

 その一言に、安堵のため息。

 

「では一体……」

「化け物ですね」

 サッと樫本理事代理の顔が青くなる。

 

「お化けと違って実体がある。言葉を介さない。どこにでも身を隠せる、ってことくらいですかね。昨夜の出来事で判明したのは」

「犯人はどちらへ?」

「残念ながら取り逃がしてしまいましてね」

 両手を挙げて首を振ると、たづなも険しい表情をしていた。

 

「でも痛めつけてやったのでしばらくは出てこないと思いますよ」

「狙いはトゥインクルシリーズで最も強いウマ娘ではなかった、と?」

「もしかすると、俺を狙っていたのかもしれませんけど」

「それはなぜですか?」

「ほら。相手からしたら一番厄介なので」

「……確かに、そうした相手からすればエヌラスさんに対策してくるのは当然ですね」

「──とにかく。今しばらくは安泰と判断していいのですね?」

 そうであってくれ、という樫本理事代理の言葉に頷く。

 

「ええ、まぁ。しばらくは大丈夫です。それは確信を持って言えます」

「具体的な日数はわかりますか?」

「難しいですね、そりゃ。今夜にでも対策しようとは思ってますが」

「……私達に協力できることはありますか」

 その申し出にエヌラスは少し考え込んだ。

 

「お気持ちだけで結構。ただ、ウマ娘のみんなには秘密にしておいてもらえると助かります」

「わかりました」

「エヌラスさん、もしサポートが必要な時はすぐ申し出てくださいね。学園側からできることは多くありませんが……」

「まぁ、そういうことであれば──スーツの替えの用意だけしてもらってもいいっすかね」

 昨夜の戦闘でシャツが一着ボロ雑巾同然になっている。それは燃えるゴミの中にぶち込んで捨てたが、替えの服はそう多く用意していなかった。

 ……正確には用意できなかった。意外といい値段がするので。

 エヌラスの庶民的な悩みに、たづなは一瞬ポカンとしていたが──すぐにいつもの微笑みを浮かべる。

 

「わかりました。今すぐに、とはいきませんが近い内にご用意させていただきますね」

「あー。それと……トレーニングルームの使用許可ももらえれば助かります。ちょっと俺も身体動かしときたいので」

「トレーニングルーム、ですか……? ウマ娘向けの器具しかありませんけれど……」

「深夜帯だけ使わせてもらえればいいんで」

「はぁ……そういうことでしたら、きちんと元通りにしてくださいね?」

「ありがとうございます」

 改めて頭を下げると、エヌラスは細かな質問をいくつか加えた。たづなはそれらに懇切丁寧に対応する。

 宿直勤務の都合上、トレセン学園に出入りする業者の対応もしているが今のところ目立った問題は起きていなかった。外部からの線も睨んでいたが完全にシロ、ということもたづなに伝える。

 一通りの話を終えると、エヌラスは午後のトレーニングに向けて仮眠を摂ると言って理事長室を後にした。

 

 

 

 あくびを噛み殺しながら身体を伸ばして廊下を歩いていると、声をかけられる。神無月國弘の声に、エヌラスは片手を挙げて応えた。

 小走りで駆け寄ってくると、ふわりと香水の香りが漂う。

 

「國弘さん、香水つけてます?」

「妻から渡されたものをね。つい最近立ち寄った店の匂いがついてしまったから慌ててね」

「なんです? 夜の街にくり出したりしました?」

「いやいやいや、そんないかがわしい店なんかではないよ。それよりエヌラストレーナー、もし良ければこれからお昼ご一緒しませんか?」

「どっか美味い店の当てでもあるのなら」

 本来なら仮眠を摂りたいところだが、メシの相談は別腹。食わなきゃやってられない。

 

 ──國弘に案内されて向かった先は、アーケード街の片隅。シンと静まり返った居酒屋の趣が色濃く残る喫茶店よろづ。

 男二人で茶しばくのも悪くはないが、昼食というより軽食では? エヌラスは訝しむも、國弘の話ではちょっと店主に癖はあるが出された料理は太鼓判を押すという。そういうことであれば、と共に店の戸を開ける。

 

「いらっせーまー」

 適当極まりなさすぎる挨拶、クロスワードパズルと真剣な顔で睨めっこ。店内は綺麗に掃除が行き届いており、カウンター席も座敷席も埃ひとつなかった。蒼い髪の青年は國弘の顔を一目見てから懸賞目当てのクロスワードパズルの雑誌を綴じる。

 

「おや國弘さん。また来てくれてどうも。今日は二名さま?」

「頼めるかな」

「そりゃもちろん」

 まるで常連のような会話だが、まだ二回目の来店だという。

 

「さて、今日は何食います?」

「そうだねぇ。やはりお昼はしっかり食べておきたいから肉料理かな」

「そっちのヤーさんは?」

「ヤーじゃねぇわ。同じのでいいよ」

「はいよー」

 なんともゆるい返事だが、手早く調理を始めていた。

 程なくして、二人の前に山盛りご飯が置かれる。それから大皿に築かれた千切りキャベツ山脈。

 本日の汁物はわかめとお麩の味噌汁。付け合わせに沢庵漬け。

 肝心の肉が出てこないことにエヌラスも國弘もソワソワしていたが、店員がまず乗せたのは生姜焼き。元々は焼き魚を提供するのに使われていた七輪を使っているらしく炭火の匂いが漂う。

 どさりとキャベツに乗せられた生姜焼きは焦がしタレの香りがなんとも食欲を誘う。二人は手を合わせてから一枚ずつ自分の小皿に移し、一口頬張る。甘みのあるタレは焦がされた事で程よく辛さが混ざり、それでいて生姜そのものの香りを損なう事なく口の中で広がっていく。噛めば噛むほどに肉の脂が染み出し、滑るように喉を落ちていった。

 これにはたまらず白米をかき込む。

 

「くぅッ、美味い! これなら私でもいける!」

「あんま無理せんでくださいねー、はい追加」

「ぅわくそ、マジで美味ぇなっ! いくらでも食えるわこんなん!」

「食べ放題じゃないんで気ーつけてくださーい」

 エヌラスは食欲を自重した。

 生姜焼きに始まり、鳥の唐揚げ、さらには牛カルビと極めつけはベーコンチーズ。最近脂ものが苦手だと言っていた國弘もキャベツと焼き野菜に箸を伸ばして胃を休めつつも完食。

 空いた皿を手早く回収して洗い物を始める店員は食後の熱いほうじ茶を出す。食後のケアまでしっかり用意してくれていた。

 

「っぷぁー、旨かったぁ。いやちょっと信じられねえくらい満足しちまった……」

「年甲斐もなくご飯三杯も食ってしまった……」

「健康診断引っかかりそうっすね」

 いやに現実的な指摘をしてくる店員にエヌラスは茶を飲みつつ店内を見渡す。

 

「この店、こんな美味いのになんで他に客来ねぇんだ?」

「さぁ? ま、元々居酒屋だったんだし喫茶店になってるなんて誰も考えちゃいないんでしょうけども」

「……そういやここ喫茶店なんだよな? 定食屋とかじゃなくて」

「表に看板あるんですけどねぇ。不思議なことに」

 店員の目が据わっていた。國弘が目をそらす。エヌラスも知らん顔。

 

「まーいいや。なんか甘いもの食います?」

「あ、んじゃあ俺もらうわ」

「私は遠慮しておこうかな……」

 店員がさっさと厨房に引っ込み、それから持ってきたのは豪勢なパフェだった。

 器に盛られたクリーム、それを囲うようにフルーツが彩り豊かに添えられ、舌を休ませるためのウエハースも完備。チョコクリームソースもアクセントになっている。イチゴにメロンにオレンジと。スライスされたリンゴにパイナップルまでこれでもかと盛られていた。

 

「う、うおぉ……」

 エヌラスは恐怖した。和風の喫茶店でお出しされたパフェの威圧感に。よもや自分がこんなバエそうなパフェを食べることになるとは思いもしなかった。國弘はそれを見てギョッとしている。

 店員の反応はというと──満足げだ。誇らしげに腕を組んでいる。

 

「どうだ」

 どうと聞かれても。

 

「……結構なお手前で?」

「なんか違う気がするけどまぁいいわ、ほい伝票。ごゆっくりー」

 気になるお値段。ここまで飲み食いしてお会計五千円なり。割高な気がするが、ちらりと店員の顔を見るとエヌラスを親指で指していた。

 

「エヌラストレーナー。食べる前に写真撮ってもいいですか?」

「ん? いいですけど、なんでまた」

「女の子達は甘いもの好きですからね、こういう写真を撮っておくと話のネタになります」

「ほほう。それはいいこと聞きました。んじゃ折角なので」

「今日食った飯の総カロリー聞きたいですか?」

 二人は全力で首を横に振る。なんて恐ろしいことを言うんだこの店員は。

 パフェを頬張り、エヌラスの表情が一瞬にして固まった。

 

「どうかしましたか、エヌラストレーナー」

「…………いや、あんま認めたくないんだが。いや、うーん……! チクショウ、美味いんだよなぁ……! なんだコレ! クリームの滑らかさといいフルーツの鮮度といい完璧かよ!」

「いやぁ、パフェの語源がそこからきてるので……」

「あーくそ、チクショウ! 人生でニ番目に美味いパフェに認定したるわ!」

「なんで怒ってんすかヤーさん」

「しばくぞぉ!!!」

 ケラケラと笑う辺り、この店員はめちゃくちゃ性格が悪い。絶対わかってて言ってる。

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