店主が厨房に消えてから数分。ダンツフレーム達の前には次から次にと料理が並べられていく。注文した覚えのあるものからないものまで。
「あの……」
マンハッタンカフェが呼び止めようとするものの、店主は眉をつりあげたまま不機嫌そうに料理を作り続けている。
結局機嫌を直して満足そうにしたのは二十分後のことだった。所狭しと並べられた料理と店主の顔を見比べて、恐る恐るダンツフレームが指差す。
「えっと、食べていいんですかこれ……?」
「いいよ。俺が勝手に作った奴だから金はいらねぇもん」
「じゃ、じゃあ……いただきまーす」
一口頬張れば広まる旨味にダンツフレームの顔が輝いた。そういうことならば、とジャングルポケットもパンケーキをフォークで叩く。
「うお、すげぇプルプルだ。プリンみてぇ」
──絶品の一言に尽きる。
落ちる頬を押さえながらダンツフレームは美味しい美味しいと食べ始めていた。持ち帰るならばタッパーも用意するとのことで下準備。どこまでも用意と手際の良い動きに感心する。
マンハッタンカフェも頼んだ手前、目の前のフレンチトーストを一口。口が小さいことに配慮してか、一口大ほどに小分けにされているものの、そのおかげかよりいっそう味が染み込んでいた。
「──、とても美味しいですね」
「そりゃよかった。いやー作った作った。さてどうすっかなこれ」
「なんも考えてねーのかよ」
「当たり前だろうが。つーわけで食いきれないのは持ち帰ってくれ。頼むから。残してたって捨てるだけになるし勿体ねぇ」
売上のことなど完全度外視、まさに店主のやりたい放題。
しかしそういうことならばとマンハッタンカフェはいくつか持ち帰り用に頼んだ。それに店主は快く返事をして綺麗に詰めていく。
「珍しいね。カフェちゃんがそんなに沢山持っていくの」
「こちらは……トレーナーさんの夜食にでも、と思って」
「なんだよそういうことなら先言ってくれよ。作り直すわ夜食用」
「え……!? いえ、そこまでしていただくわけには……」
「俺がいいって言ってるからいーの、遠慮しないで。さっきのお詫びだと思ってくれれば」
それはもう十分にもらっている気がするが、それで気が済まないのか店主はそそくさと厨房へ引っ込んでいく──かと思えば戻ってきた。
「トレーナーの好みとかわかる?」
「……えぇと……」
好みを聞かれて、ふとマンハッタンカフェは自分のトレーナーのことを何も知らないことに気づく。どんな食べ物が好きで、何が嫌いで、休日に何をしているのかも分からない。興味がない、と言えば嘘になる。ただ、不思議と放っておけない人であることは確かだ。
自分を気にかけてくれた優しい人。それだけではない。他の誰も見ることができない、自分と同じように『彼ら』が見える人。嘘を吐いていないことはわかる。なぜなら「お友達」が教えてくれたから。
「……ごめんなさい。詳しくは、知らなくて……」
「ほーん。男? 女?」
「男性の方です」
「んじゃガッツリ系でいいかー。よく食べる人?」
「えぇと……はい、多分……」
いつもカップ麺とかコンビニのご飯で済ませている姿を見るけど、物足りなそうにしているのをマンハッタンカフェは知っていた。
「宿直勤務をしている方なので……」
「不健康な生活してんなぁ、君のトレーナー。人様のこととやかく言うもんじゃねーけども」
──結局、大層な料理をごちそうになっただけでなくテイクアウトまで無料で提供された三人は両手に荷物を抱えてトレセン学園へ戻ることになった。
中央トレセン学園へ戻ってきたマンハッタンカフェは早速エヌラスを探すが、なにしろ学園の敷地は広大だ。探すだけでも一苦労。
「あの、號トレーナーさん……」
「む、マンハッタンカフェか。どうした!」
チーム〈キャロッツ〉のトレーナーである號はトレーナー室で事務作業をしていた。地方トレーナーでの勤務経験があるからか、意外にも仕事そのものは丁寧だ。
タイキシャトル達からの信頼も厚い。担当であるナリタブライアンとはそっけない態度と会話をする姿が見られるが、むしろ信頼関係が築けているからこそ不干渉気味なようだ。ビワハヤヒデとも共通の話題ができるからか、友好的な姿が見られる。
「エヌラスさんを知りませんか……?」
「エヌラストレーナーか。確かたづなさんに呼び出されて理事長室にダッシュで向かっていったのが二十分程前だな!」
「……また、なにか問題を起こしたんでしょうか」
「ふむ。おそらくボイラー室の不調に関する報告だとは思うが……連絡先を知らないのか?」
担当ウマ娘とトレーナーであれば、メッセージのやりとりはするものだ。しかし、マンハッタンカフェは首を横に振る。
「エヌラスさんとは、毎朝顔を合わせていますし……それに──なにかあれば「お友達」が教えてくれますので」
そう口にしてから「しまった」と思った。號トレーナーに言っても見えないのだから仕方ない。だがそんな不安とは裏腹に、納得したように頷いている。
「そうか! なら俺が言うだけ野暮だな!」
「……あの。信じてくれるんですか?」
「当然だ。君がエヌラストレーナーとうまくやれている姿は俺も知っている以上、とやかく言う気はない! 俺でよければ相談はいつでも受けるぞ! 解決できるかは別として!」
「……ありがとうございます。エヌラスさんを探してきますね」
会釈してからトレーナー室を去るマンハッタンカフェを見送ってから、再び作業を再開する號だったが──。
“パチンッ──”
「む? なんだ、ラップ音か。すまんが今は忙しい! 用があるなら手短にしてくれ!」
空気の弾ける音に一瞬気を取られる。かと思えば、ひとりでにキーボードが動き出した。
“アリガトウ”と、入力されると、再びラップ音と共にふわりと頬を撫でるそよ風に歯を見せて笑う。
「気にするな!」
──「お友達」は、少しくらい気にしたほうがいいぞ、と思いながらマンハッタンカフェの後を追った。神経が図太すぎる。
最後の目撃情報が理事長室、とのことでその足取りを追って廊下を歩く。すると、ちょうど手がかりを持っているであろう理事長秘書であるたづなと曲がり角で鉢合わせた。
早速居場所を聞いてみると、今度はトレーニングルームへ向かったとのこと。一箇所に留まるということを知らないのだろうか。
感謝の言葉を述べてすぐに向かった。
──しかし、トレーニングルームにトレーナーが一体何をするのだろう。指導という意味であれば確かにおかしくはない。だが、担当ウマ娘である自分が不在で、ダンツフレームもいないのであればトレーナーだけがいても仕方ないだろう。
まさか自分のトレーニングに……? そんなはずはない。置いてある器具はどれもウマ娘の身体能力に耐えうるものばかりだ。どんなに鍛えた男性であろうともウェイトトレーニングをやろうなんて命知らずはいない。ベンチプレスがそのままギロチン台になるだけだ。
まさかそんな、と思いながら向かうと、そこにはトレーナーの姿があった。特にトレーニングをしている様子はない。ただ、手にしたバインダーとにらめっこしながら数えている。
「エヌラスさん、お疲れ様です」
「ぅおっ。あぁカフェか。おつかれ。どうしたんだ?」
背後から急に声をかけられたからか、驚きつつも顔を見るなり表情が和らいだ。
「お仕事の邪魔をして、ごめんなさい……」
「いやいいよ、大丈夫。そこまで面倒な仕事じゃないから」
「何をされていたんですか?」
「備品管理。なんか時々足りないんだってさ、たづなさんからの話だと。主に鉄球が」
宿直勤務の合間を縫ってこうした裏方作業も担当している。エヌラスはそうした地味な仕事が嫌いではないのか、肩をすくめてはいるが嫌悪感は感じられなかった。
マンハッタンカフェの手にしている袋に気づき、興味を惹かれたのか目が向けられる。それを小さく持ち上げて差し出した。
「ダンツさんと、ポッケさんと一緒に喫茶店へ行ってきたんです。ちょっと変わったお店で……そこで、持ち帰り用の料理までいただいてきたので。もしよければ夜食にでも、どうぞ」
「え、いいの? マジで? 高そうだけど」
「気にしないでください。店主さんのご厚意で作っていただいた物なので」
「へぇ~、気の利く店主なんだな。なんてお店なんだ?」
「喫茶店よろづです」
店の名前を出されて、エヌラスが眉を寄せる。
「どうかしましたか?」
「……あの店かぁ」
それこそ苦虫を噛み潰したような顔だ。
つい最近、昼飯を食いに行ったばかり。だが店主の性格がこれまたクソ悪い印象しかない。料理は絶品だったが、そこだけが欠点。
「あの野郎の作った料理、ってのだけが不満だけど味だけは絶対信頼できるんだよな……ありがとうな、カフェ」
「……もしかして、お嫌いでしたか?」
「店主個人を指すなら、あんま好きになれないなアイツ。なんつーかなー、こー……わかってて人の神経を逆撫でしてくるような奴」
他人の堪忍袋の尾で綱渡りをするような神経の持ち主を好きになる方が難しい。人を喰ったような性格も輪をかけてたちが悪い。しかし、マンハッタンカフェの顔から察するに好印象のようだ。そんな相手を眼の前で罵詈雑言の嵐を浴びせれば印象が悪いだろう。
「ま、君の心遣いに免じてアイツには今度礼を言っておくよ」
「できるだけ……仲良くしてあげてください」
「…………善処するよ」
(本当にやさしい人。私のことをそう言ってくれたけれど、貴方もそうです)
嫌だろうに。それでもこちらの気持ちを汲み取って苦笑いで応えてくれる。絆されるマンハッタンカフェだったが、不意に思い出してスマホを取り出した。
「あの、そういえば連絡先の方をまだ……」
「え? あぁそうだったっけ? 毎日顔を合わせてるからすっかり忘れてたわ」
「私も。先ほど號トレーナーに言われるまですっかり忘れてました」
「案外うっかり屋さん同士だな、俺達」
「……ふふ。そうかもしれませんね」
メッセージアプリの導入から、互いの連絡先の交換。連絡用のスマホの扱いに慣れていないのか、たどたどしいエヌラスの操作にマンハッタンカフェは説明しながら手を貸す。
「──これで“お友だち”ってわけだ。へ~、スタンプ機能とか色々あるんだなぁ」
「他のトレーナーの方々とも、連絡先の交換とかはしていないんですか……?」
「いやほら。俺、顔がこれだし。やっぱ近寄りがたいんだろうなー」
左目の刀傷のいかつさからやはり敬遠されがちだ。號や柊はあまり気にした様子はないが、それでも連絡先を交換するに至っていない。──ということを思い出したエヌラスは真っ白なメッセージアプリ「LANE」の友達欄を見て少しむなしい気持ちになった。
「なんかまるで俺がコミュ障みたいだがちょっとまってくれ。これには俺なりに事情があってのことなんだ。むしろ周囲に配慮した結果、相手を選んでいるというか、なんというか」
「……たづなさんの連絡先もご存じないですか?」
エヌラスは静かに顔を背ける。
「あの人忙しそうだし、プライベートな話とかほとんどしないしな……樫本理事長代理も」
「…………」
なんだかちょっとこの人のことが心配になってきた。
多分、誰かがお世話しないと駄目かもしれない。だんだんとそんな気がしてきた。
「──あら? 先客がいらしたのね」
投げられた声に振り返る。そこにいたのは“剛毅なる貴婦人”と名高いジェンティルドンナだった。ジャージ姿、ということはトレーニング器具を返却に来たのだろうか。木箱を抱えている。
「おつかれ。俺はちょっと備品管理の件でたづなさんに言われてな」
「私は……お届け物を」
「そうでしたか」
「ジェンティルドンナは返却にきたのか」
「えぇ。こちらの方を」
エヌラスが受け取ろうとするが、不意に悪戯な笑みを浮かべるジェンティルドンナに腰を据えた。木箱を受け取った瞬間──まるで地球の重力が歪んだような錯覚を覚える。
「ぬぅんぉおおおおっ!!!! おっも!!! テメェこれ何キロ持ち運んでんだぁ!!!」
さも軽そうに持ち歩いていたが、ジェンティルドンナはその名に偽りなく怪力であることでウマ娘たちからは有名だ。
そんな相手が持ち歩く木箱が、生半可な道具ではないことくらい想像がつく。しかし、当のジェンティルドンナは目を丸くして年相応の少女のような顔をして驚いていた。
てっきりそのまま落とすかと思っていただけに、よろよろと運び出してゆっくり床に下ろすエヌラスの姿を興味深そうに眺めて微笑む。
「だ、大丈夫ですか……エヌラスさん?」
「なんとか……! あぁビックリした。中身なんだこれ?」
木箱の蓋を開けると、そこには小さな黒い塊。目を凝らすと表面は金属質なことがわかる。しかし明らかに木箱のサイズと合っていない。不釣り合いなほど小さかった。不思議に思いながらエヌラスが掴み取ると、やはり重い。
掌に収まるどころかピンポン玉程度のサイズ。もしやと思い、ジェンティルドンナに尋ねる。
「これ、なに?」
「あら。見ての通り、鉄球でしてよ? つい癖で。もっと頑丈なのを用意していただきたいものですわね」
「学園の備品がなくなってんのオメーのせいかジェンティルドンナァ!」
犯人は現場に戻って来るとはまさにこのことか。しかし、悪びれた様子もなくエヌラスの顔を覗き込む。頭から足先までじっと舐め回す視線をつい追ってしまう。
「随分と鍛えているようで感心しました。私のトレーナーにも見習わせたいところですわ」
「なんで鉄球握りつぶすんだよ」
「先程も仰ったように、つい、手慰みの癖でして……ね?」
ギシッ、と指に力を込めるジェンティルドンナは頬に手を当ててため息を吐く。
「もっと頑丈なの、ご用意できませんこと? 私が本気で握っても壊れないような代物」
「いやちょっとは反省しなさいよ君……壊さないようにしてくれ」
「そうは言われましても、困りましたわね。なんとかできませんの?」
「俺に言われてもなぁ~」
苦笑するエヌラスに、不満そうにしていた。だが、たった一言がその逆鱗に触れる。
「
「……今なんつった?」
明らかに声のトーンが下がった。相手に不快感を与えないように上げていた口角も、人当たりの良さもかなぐり捨てたエヌラスの低い声色にジェンティルドンナも一瞬呆気にとられる。
「悪いが冗談でもそれを言われるのだけは我慢ならねぇ。そこまで言うならちょっと待ってろ」
エヌラスは木箱を片付けて、新品の鉄球を探す。
あった。「バリカタ」の鉄球が。ソフトボール大程度のサイズがピンポン玉にまで縮められてしまうのだから恐ろしい腕力だ。
マンハッタンカフェが何をするのかと手元を覗き込むと、エヌラスが唇に指を当てる。
(他のみんなには秘密にしておいてくれよ?)
(……わかりました)
鉄球を手で包み、意識を集中。淡い光が鉄球を包んだかと思うと、それはすぐに消えた。
一見、何も起きなかったように思える。しかし、エヌラスはその鉄球をジェンティルドンナに差し出した。
「喜べ、ジェンティルドンナ。おそらくこの地球に現存する物質で最も硬度の高い鉄球だ。お前の腕力じゃ三年、いや百年かかっても握り潰せない代物をくれてやる」
「あら、随分と強気なんですのね? それが大言壮語でないことを祈りますわ──ふんっ!!」
空気が震えるほど力を込めて「特製バリカタ」鉄球を握る。
しかし、違和感──圧倒的なまでの存在感が手の上から消えない。どれほど握り込めてもビクともしなかったことに、ジェンティルドンナは両手を使って握り始める。
顔に汗が滲むほど揉んでも揉んでもビクともしないソレを、まじまじと見つめていた。
「とりあえず鉄球損壊の件はこっちでうまいこと処理するから。お前はそれ握り潰せるようになるまで学園の備品壊さないでくれ。わかったか、ジェンティルドンナ」
「──えぇ、もちろんですわ」
顔の汗を拭いながら答える笑顔に、怪しさが含まれていたことをマンハッタンカフェは見逃さなかった。アレは、獲物を見つけた瞳の色をしている。
満足そうにトレーニングルームを後にするジェンティルドンナを見送ってから、エヌラスは備品管理のプリントをめくっていた。
「ひとまず問題解決、鉄球壊す犯人も見つかったことだし一件落着だな」
「……あの、先ほどのは」
「んー? まぁ、昔取った杵柄ってやつかな。ちょっとした手品、オカルト、魔術の類だよ。怪異を相手にしているんだから、あれくらいのことできないとな」
軽い調子で話す姿に、どこか──不安を覚える。
「あまり、危険な真似はしないでください……お願いします」
「……確約はできないけど、努力するよ」