「ねぇ見て、あの人……」
「学園の関係者かな……」
「トレーナー、じゃないよね……?」
──春。うららかな陽射しの中、桜の花びらが舞う。出会いと別れの季節、中央トレセン学園もそれは例外ではない。
その校門付近に立つのは……あまりにも怪しい風体の男。
襟足を伸ばした黒髪、前髪は左側を伸ばしており、時折覗く傷痕に違和感を感じて二度見されていく。
サングラスを着用し、黒のベストにシャツとスラックス。頭から爪先まで黒で統一された成人男性の背丈は標準よりやや高め。それでいてしっかりとした肉つきの良さが服の上からでもわかる。
──当然、ヒトがウマ娘に腕力のみならず脚力、運動能力において一切敵う余地など無いため恐れる理由など何もない。が、うら若き乙女達の学舎に存在するにはあまりにも不釣り合いな存在、異物感は正直なところ不気味である。
野菜売り場にタコがいるようなものだ。
「…………」
──なんか俺めっちゃ目立ってねぇか? エヌラスは自分の横を足早に通り過ぎていくウマ娘たちからさりげなく避けられていることにちょっぴりショックを受けていた。いやそれもそうだ仕方ない、防衛本能。自己防衛。彼女たちになんの罪もない。模範的行動、素晴らしい! エヌラスは自分に強く言い聞かせて空を仰ぐ。なに青々と晴れてんだ、ぶっ飛ばすぞ銀河系。
たづなの手配により、スムーズに編入手続きが進められたことで今はトレーナー寮の一角に部屋を置いている。本来ならば様々な書類の提出が要求されるところだが、事情が事情だけに割愛。海外からの留学生だとか実習生だとかなんか大人の事情で省略されている。
道行くウマ娘達の視線にめげずにエヌラスは校門をくぐる。
あくまで。あくまでも。自分はウマ娘たちを取り巻く幽霊騒動の解決のために此処に足を運んでいるのだ。彼女たちと交流するのは聞き取り調査や解決のための情報収集の一環に留めるべき。そうしよう、うん。配慮できて偉いぞ俺。
「……ぅわ……」
──わりぃ。やっぱつれぇわ。通りすがりのウマ娘の一言で心がしんどい。
(……しかし、どうやら幽霊騒動ってのは本当らしいな)
暖かな春の陽射しには似つかわしくない不穏な気配。まるでカビのようにそこかしこから“こちら”を窺っているのがわかる。実害を及ぼす程ではないにせよ、不快感が付き纏っていることは確かだ。恐らくウマ娘たちはそれに気づいていないだろう。──むしろそれより怪しい奴がいるのだからそっちに注意が向くのは置いといて。
助けてたづなさん。ひとりでこんなとこいたら俺どうかしちまうよ。
あわよくば他のトレーナーを道連れにしてしまおうと考えた姑息なエヌラスの目に留まったのは、パーカーを羽織った青年の姿。
フードを目深にかぶった相手も中央トレセン学園へ足を踏み入れたのは初めてなのか、最小限の動きで周囲を窺っていた。
「……あー、そこの。フードかぶった君、ちょっといい?」
この際誰でもいい。そう願った矢先のことだ、エヌラスは迷うことなく声を掛けた。通報されようが知ったことか。
「……俺がなにか?」
「ちょっと聞きたいことがあるんだ。率直な意見でかまわない。そのー……俺ってどう見える?」
「……ヤクザですかね」
思ったよりぶっ込んできた。
「うん、ありがとう……ちなみにそう見える理由について尋ねても?」
「……サングラスと前髪のせいかと。あげてみては」
「なるほど。ちょっと試す」
言われた通りにサングラスを外し、前髪を手でかきあげてみる。
「これだとどう見える」
「若頭かマフィアですね」
「悪化してんじゃねぇか!!」
「いえ、すいません。まさかそんな人相悪いとは思わなくて」
「自覚あるから耐えられるけど、自覚なかったらちょっと耐えれなかったな」
主に拳の自制が。
エヌラスは前髪を下ろし、サングラスをかけ直した。
改めて相手を見ると、不思議そうな顔をしている。あまり口数が多い手合いではないのだろうとは察しがついた。自分から積極的に話題を振るようなタイプではないのなら、こちらから話を切り出す。
「見たところ君もトレーナーのようだけど、名前は?」
「え? まさか貴方も……? 俺は霜天路柊」
「エヌラスだ。よろしく」
「変わったお名前ですね。よろしく」
握手は交わさず、会釈に留める。お互い新米トレーナー、というところから話題を広げていく。柊は見た目はどこか陰気な印象を受けるが、言葉を交わすうちに実はそうでもないことがわかった。思ったことをズバッと言ってくる物怖じしない性格らしい。
「──旅は道連れと言うし、せっかくだ。一緒に行かないか?」
「かまいませんよ。ただ……」
「ただ?」
「多分、やかましいのがすぐ来ると思いますが気を悪くしないでください」
柊が言うや否や、すぐに大股で歩み寄ってくる姿が正門から見えた。
かきあげた前髪とツリ目のせいで少々性格のキツい印象があったが、声色に一切嫌味や怒りといった含みが無い。耳にして快いほどの快活さ。
「どうした兄貴! 借金取りか!」
「金を借りた覚えはない」
「弟さんか?」
「えぇ、まぁ」
「闇金の方ですか!」
「お前ら兄弟揃ってさぁ……」
命知らずというか物怖じしないというか、人の顔を見て出てくる言葉がそれか。──よかったな俺が本業じゃなくて。
「自己紹介くらいしろ」
「俺は霜天路號! 見ず知らずの誰だか知りませんがこれからよろしく!」
「コイツは一応、トレーナーとしては先輩です」
「そうなのか?」
「元々地方のトレセンでウマ娘のトレーナーとして活動してました! 中央からもお声がけありましたが興味なかったので蹴ってました!」
「で、それがなんで中央にいるんだ」
「兄貴のせいです!」
「俺のせいらしいです」
仲良いなお前ら。
「──つまり、柊が中央トレセン学園に合格したから志願してすっ飛んできたと?」
「はいっ!」
「なんつうか見聞きしてて爽快なバカだな」
「よく言われます!」
「よく言ってます」
本当仲良いなお前ら兄弟。阿吽の呼吸、ツーカーの仲。
こうして出会ったのも何かの縁。三人で目的地に向けて歩きながら話に花を咲かせる。
トレーナーの歓迎会も無事終わり、エヌラスは身体を大きく伸ばしてあくびを噛み殺す。
学園の中をざっと見渡してみても全国各地から集まった選りすぐりの個性的なウマ娘たちが制服に身を包んでいる。考えてもみればそうだ。ウマ娘は女の子しかいない。言ってしまえば女子校。
「そりゃまぁ目立つよな、俺みたいなの……」
トレーナーという立場を隠れ蓑にしたって、その中でも一際異彩を放つ。年頃の女の子というのは刺激を求めるものだ。良くも悪くも。
(さて。気を取り直して、たづなさんからお膳立てもしてもらったことだし、仕事は仕事。やるべきことはやっておかねぇとな)
──幽霊騒動の調査開始だ。
まず状況を整理するために幽霊騒動の発端である現場へ向かった。
“皇帝”シンボリルドルフが発見されたのは、三女神像の前。トゥインクルシリーズを制覇したその後の出来事。それから間もなく異変が発覚したという。表向きは学業との兼務による過労、ということになっているらしい。
エヌラスは三女神像の噴水広場に着くなり、周囲を観察する。見たところ特に異常なし。ただ学園全体に黒いカビのようなものがうっすらとこびりついているのが“視える”。
指でなぞり、擦り合わせる。
(……こいつは瘴気……? にしてはなんか妙だな)
まとまりがない。吹けば飛ぶような軽さ。まるで埃だ。サラサラと消えていくそれに眉をよせる。日数が経過しているからか、流石に痕跡を辿ることは難しい。
サングラスを外して、より明確に分析しようとしたエヌラスの横を素通りするウマ娘がいた。そちらに気を取られ、振り返る。しかし、自分の周りに近づいてきたウマ娘はいなかった。みんな遠巻きにこちらの様子を窺っている。
(今のは……?)
目が合ったウマ娘はすぐに視線を逸らし、睨み返してくる強気なウマ娘もいた。だがその中に他と雰囲気が異なる存在が目につく。それはいつの間にか遠くの曲がり角に消えていた。
考えるよりも先に駆け出し、エヌラスは黒い人影を追いかける。
──どんどん人気のない場所へと黒い人影は消えていく。自分を誘い込んでいるのはわかっていたが、進展が何一つないまま時間を浪費するよりはよっぽどマシだ。いざとなれば実力行使でどうとでもなる。いや初日からやらかしてたづなさんに大目玉食らうことだけは確実。炭酸飲んでゲップくらい確実なのだが、怒られるのだけは慣れてる。
「くっそ、なんだってこんな広いんだよこの学園! いやスポーツ学校だからそりゃそうか!」
走っても走っても追いつく気がしない。しかし、相手はようやく観念したのか建物の中に消えていく。エヌラスもその後を追いかけ、人気のない廊下を覗き込んだ。
端に寄せられた資材、埃の舞う冷たい空気。生活感の感じられない薄暗い廊下の一室に尻尾を揺らして吸い込まれていくように姿を消した。
──『旧理科準備室』と書かれた部屋の扉に手を掛ける。
室内に人の気配はない。施錠はされていないのか、難なく扉は開けられた。
「…………なんだこの部屋」
部屋の半分を実験器具と書類とゴミが埋め尽くし、もう半分が幻想的な空間で仕切られている。エヌラスは一度だけ部屋の名前を確かめる。
旧理科準備室。なるほど把握。確かに理科準備室という名前だけあって化学実験で扱うフラスコやらビーカーやら試験管や顕微鏡と乱雑に置かれているわけだ。んじゃもう半分の空間は何だ?
すん、と鼻を鳴らすと薬剤に混じって、それをかき消す珈琲の香りが強い。その匂いを辿って視線を向けると、そこには一人のウマ娘がいた。
──黒猫。
ひと目見た瞬間、そんな印象が思い浮かんだ。
どこから持ち込んだものなのか。ソファーに腰掛け、猫のワンポイントが入ったマグカップの水面をじっと見つめている。
最初、エヌラスはそのウマ娘が自分を誘い込んだのかと身構えた。
相手はまだこちらに気づいた様子はなかったが、隣に黒い影がふわりと回り込むと、ようやく顔を上げてエヌラスと目を合わせる。
「…………」
「……? 君、大丈夫か。顔色悪いみたいけど」
一目で体調不良であることがわかるほど顔が青かった。
金色の瞳がぼんやりと見つめてくる。隣の黒い影が耳打ちすると、驚いた表情に変わっていく。
「──貴方には、『お友達』が……見えて、いるんですか?」
「え? 君の友だちなのか、その子」
「…………」
信じられないといった様子で、瞬きひとつせず見つめてくる。
「なんつうか初日からとんでもねぇ『当たり』を引いた気がする。とりあえずー、まー、なんつうか……怪しいものじゃないんだ……が……信じてくれるとうれしい……」
ちょっと自分に自信無くなってきた。
エヌラスは自分がトレーナーであることと、なぜ自分がここへ来たのかを説明すると、マンハッタンカフェと名乗ったウマ娘は意外にもすんなり理解を示してくれた。
十中八九、彼女の言う『お友達』とやらが隣から助言しているからだろう。
それならば話は早い、と。本来の目的も明かした。
「──オカルト、ハンター?」
「今回は理事長達からの依頼で幽霊騒動を解決するために来た。といっても君の『お友達』とやらは見たところ無害みたいだし、対象外だ。そこは安心してくれ」
「……はい。ありがとうございます」
「ところで君、顔青いけど本当に大丈夫か? 今にもぶっ倒れそうだけど」
「…………最近は、貴方の言う幽霊騒ぎが多くて……とても一人では間に合わない状態で」
「それでそこの『お友達』は俺のこと連れてきたわけか」
その誘いにまんまと引っかかった自分も相当間抜けだが。しかし虎穴に入らずんば虎子を得ず、結果的にそれに見合う収穫があった。
「君と俺で、利害は一致しているわけだし。協力してくれると俺も助かる」
「……それは」
「もちろん断ってくれてかまわないし、その場合はこっちで勝手にやるだけだ。とりあえず君は帰って寝た方がいいぞ」
「あの……どうして、初対面の私をそんなに気遣ってくれるんですか……?」
「なんでって、そりゃ──具合の悪そうな女の子放っておいたら、後味悪いじゃん」
それだけのこと。ただの自己満足に過ぎない理由だ。