星霜の影を踏みしめて   作:アメリカ兎

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男ばかりの喫茶店

 

 

 たづなに提出する書類とトレーニングメニューの調整を終えた號に、備品の管理点検を終えたエヌラスは気の進まない提案をした。

 

「號、喫茶店よろづって知ってるか?」

「最近ちょっと話題の一風変わった定食屋のことですか」

「喫茶店って言ってんだろうが」

「國弘さんから耳にはしています。定食が絶品だとか」

 店主が聞いたらキレること間違いなし。それとなく行かないか、と誘ってみると快諾された。喫茶店のような洒落た店とは無縁らしく、あまり足を運んだことがないらしい。

 

「外食とかしないのか?」

「基本自炊してます」

「お前えらいなぁ……」

 顔に似合わず家庭的というか。

 そうと決まれば手早く後片付けを済ませ、提出する書類をたづなに出すだけ出して足を運ぶことにした。

 

 

 

 相変わらずというか、案の定というべきか。和風純喫茶よろづは閑古鳥が鳴いていた。客足の遠い時間帯というわけでもない。夕飯時に喫茶店で一服、という客が一人二人いてもいい。

 

「いらっしゃーい。なんだアンタか」

「テメェ人の顔見て第一声がそれか……」

 しかし、閑散とした店内を気に留めた様子もない若い店主はエヌラスの顔を見るなり軽口のジャブをひとつ。クロスワードパズルに勤しんでいた。

 初見の客を見るなり素早く支度を済ませる。

 

「そちらさんは? 見たところトレーナーのようだけど」

「霜天路號だ。中央所属のトレーナーやらせてもらってる。名刺どうぞ」

「おや、これはまたご丁寧に。んじゃうちからも名刺どうぞ」

「おい、俺は貰ってねぇぞその名刺」

「昨日作ったばっかだもん」

 この野郎。とは思いつつ、エヌラスは雑に手渡された名刺に目を通す。

 なんの変哲もない至って普通の名刺だ。店の名前と住所、裏には電話番号。電話にて予約承りますの一文が添えられている素っ気なさ。

 

「君の名前が書いてないようだが」

「んー? まぁ、店主だからマスターとでも呼んでくれればそれで結構。ところで號さん、兄弟います?」

「む? 兄貴がいるが」

「やっぱり。珍しい苗字だからひょっとするとと思ったんだ。お兄さん、うちの常連だからさ」

「むしろお前知らなかったのかよ」

「兄貴の私生活までは知りませんし興味もない」

 なんというか、変な兄弟だ。キッパリと線引きが出来ているとも受け取れるが、それはある意味深い溝が出来ているとも思える。しかしエヌラスとて他人の家庭事情に首を突っ込むほど野暮ではないし、お節介でもない。

 ──そういうのは、どっかの世話好きなやつだけで十分だ。

 

「さて、こんな時間に来たってことはうちで夕飯食ってくつもりでよろしい?」

「よろしくお願いします!」

「おー、よしよし。はっきり言われたら、そりゃあやらないわけにはいかない。なんか注文ある?」

「中華な気分なので麻婆豆腐。できればさっぱりした物も添えてもらいたいので甘酢で何か一品!」

「そう具体的に言ってもらえるとすげぇ助かる。んじゃそーだなー……あれが作れるな、材料も余してるし」

 お冷とおしぼりを出して厨房へ引っ込もうとする店主に、エヌラスが一声。

 

「ちょっと待てぃ! 俺の注文は!?」

「アンタ美味い飯食えりゃなんでもいいでしょ」

「なんも言い返せねぇのが腹立つわクソがよ! 同じのでいいよ!」

「仲良いっすね」

 おちょくられているだけだし、絶妙な匙加減で人の神経を逆撫でしてくる。ギリギリで手を出さないレベルに留めている辺り、話術の高さが窺い知れた。

 

 しばらく厨房からは油の弾ける音と鍋を激しく揺らす音が聞こえ、食欲をそそる香辛料の香りに胃袋が期待で鳴き出す。號は難しい顔をしていた。

 

「定食屋では?」

「喫茶店なんだよ」

「はいお待ちどー。麻婆豆腐と米と黒酢かけ肉団子と八宝菜」

「なんで出てくんだよそのラインナップが喫茶店でよぉ!!」

 たまらずエヌラスはツッコんでしまう。何故そこまで材料を取り揃えているのか甚だ疑問である。店主曰く、協賛金以下略。農産物の仕入れに関しては安値らしく一通り揃えて業務用冷蔵庫に突っ込んであるとのこと。

 號が早速手を合わせて冷めないうちに口に運ぶと、何度も頷き舌鼓を打っていた。

 

「うん、美味い! なるほど、確かにこれは評判通り! 期待を裏切らない味!」

「おーおーいい食いっぷり。なんかオマケするわ」

「納得いかねぇ〜……もぐむしゃ」

 こいつやっぱ人のことなめてんのか? エヌラスは割り箸をかじりながらも肉団子を口に運ぶ。その片手間に、同じチームトレーナーである號に世間話を振った。

 

「中央での生活、慣れたか?」

「やることは地方にいた頃と変わらないので。エヌラスさんも日本での生活は慣れましたか」

「どこ行ってもやることおんなじだからあんま困ってねぇな」

「……ん? もしかしてアンタがマンハッタンカフェのトレーナー?」

 聞き耳を立てていた店主が首を傾げる。そういえば名乗ってなかった気がした。

 

「そうだが……それがなにか?」

「いや別に。不健康で不規則不摂生な生活してんなぁと思って。ろくな飯食ってないでしょ」

 図星だ。店主はたまごスープを追加で出すが、一汁三菜に従ってそこまでが定食メニューの範疇。ここまで真心尽くした食事を出されて味わってしまった手前、何も言い返せなかった。

 

「んー……そうだなぁ、どうすっかなぁ……」

「何か悩み事でも? 相談してくれれば聞くだけ聞いてあげよう!」

「解決しろや」

「他人の悩み事なんて解決策を論じても拗らせるだけなので聞くだけ聞いてアドバイスに留めるのが吉ですよ、エヌラスさん。特に女の子は!」

「知ってる」

 いやというほど。

 店主の悩みは、頭を悩ますほどのことではなかった。単に目の前に金ヅルがいるから、どう金銭をせびろうかと言う算段だったが、ろくに儲けてなさそうなので悩みどころ、ということだった。命知らずにも程がある。

 

「でもアンタ面白そうだしなぁ。芋づる式にウマ娘呼び込めればうちも商売繁盛しそうなもんだが、さてどうしよっかなー」

「オメーは本当に喧嘩売ってるわけじゃなくて素でそれなんだな?」

「人生なんて死ぬまで“暇潰し”なんだから、少しでも面白い方がいいに決まってるっしょ?」

 ──暇潰し。その言葉に、エヌラスはつい反応してしまった。

 

「ま、いっか。来ねー客を待つくらいなら少しでも作り甲斐のある方が。月額料金で弁当サービスでもやろうかと思うんだけど、お試しで一週間。どう?」

「ほほう、それは確かに助かる。俺としては自炊する手間すら惜しい。それに比べれば店に足を運ぶだけなら運動がてら丁度いい! プラン詳しく希望!」

 サッと思いつくプランは朝昼の二食分。食費月三万を基に料金を考えると、週一万が妥当といったところか。あまりにお値打ち価格だが、店主は別に儲けは考えてない。むしろ宣伝費と思えば安上がりだ。

 

「ふむ。ならば顧客第一号として俺が早速プラン加入者となろう!」

「お、いいんすかぁ? なら遠慮なく頼もっかな」

 魚介の仕入れの都合上、早朝から店を開けているらしく来店してくれれば朝食を出すついでに昼の弁当を渡すという仕組み。ワンオペである以上システムに不都合があるが、そこはそれ。継続していく上で改善していく。ものは試し、というやつだ。

 ぶっちゃけその値段で人並みの飯に定期的にありつける、というのなら願ったり叶ったりなエヌラスも肉団子を頬張りつつ加入する。癪だが。

 

「んじゃ明日から一週間。朝、店に来てくれたら朝食に昼の弁当サービスってことで。弁当箱発注しとかないとなー」

 あれよあれよという間に決めていく段取りの良さは、まるであらかじめ考えていたかのようだ。不審に思いつつ箸を進めていると来店者が店の戸を開ける。それはよく見知った顔だった。相手も目を白黒させている。

 

「お、常連客の柊トレーナーじゃん。弟さん来てるよー」

「……何でいるんだ」

「エヌラスさんに誘われて」

「拉致った」

 號の隣に座ると、並べられている料理を見てから「オススメで」と一言だけ告げた。

 

「はいよー。オマケしとくわ」

 さっさと厨房へ消えていく店主に、エヌラスは柊に話を振る。

 

「お疲れさん。チームの調子はどうだ?」

「まだ手探りなところはありますが、まぁ、程々といったところです」

「サブトレーナーとか誰かに頼まないのか? 普通はそうするらしいが」

 中央に所属する数多のトレーナーでも柊は異彩を放っていた。それは将来有望なドゥラメンテからの逆指名もさることながら、チーム〈オニキス〉のメンバーも錚々たる顔ぶれ。

 本来新人トレーナーはベテラン勢のサブトレーナーとして経験を積み重ねていくのが定石だが、柊はその段階を踏み越えてチームトレーナーとして指導していた。その内容が一線級のトレーナー達と遜色ないことからも経歴詐称の疑いを持たれているが、たづなが直接否定している。

 それが余計に他のトレーナー達からは面白くないらしい。しかし柊がそれを気にした様子はなかった。元々人付き合いに消極的な性格が幸いし、かつ目標へ取り組む態度もストイックなところがある。不足しているところはドゥラメンテが補い、互いに意見を伝える姿から似た者同士と言われていた。

 

「國弘さんもチーム申請してるんだっけな」

「はい。シンボリ家と交流が深いことからシンボリクリスエス、シリウス、それに加えてマルゼンスキー、ミスターシービー、カツラギエース。エアグルーヴも同メンバーだとか。そこへトウカイテイオーも加わり、マイル、中距離、長距離に完全に狙いを定めたチームですね」

「お前そんなリサーチしてたのか……」

「当然です」

「こう見えてコイツ、情報はしっかり押さえてますよ」

「現代において情報戦は基本ですよ、エヌラスさん」

 そこまで頭が回るくせにつまらないミスをするなと小言を告げておく。ついでに誰かサポートに入れそうな人選を探るが、どうしても約一名の顔が頭から離れない。

 

「サポート入れそうなの……カオルちゃん?」

「カオルちゃんですかね」

「死んでも嫌です。俺のチームは俺が面倒見ます」

「変な意地張らないで素直に頼めばいいだろうに。レースの申請とか出張とかあるだろ。チームの面倒任せてもいいと思うんだが」

「俺の。チームなので」

「あぁそう……」

 そんなに他人が信用できないのか。エヌラスは號を盗み見るが、麻婆豆腐をかきこんでむせていた。割と辛いし赤い。だがその中に確かな旨味が感じられるためレンゲが止まらない。

 

「ま、どうするかはお前次第だしな。號、せっかくだし兄貴に聞いておきたいことないのか?」

「無いですね!」

「俺も話すことはないです」

「お前ら仲良いのか悪いのかわからねぇな……」

「……あ、でも貴方に聞きたいことはありますね」

 柊は水を飲んでから顔を向けた。

 

「その……年頃の女の子との接し方ってどうしたらいいですか。特に距離を詰めてくる相手とのうまい付き合い方みたいなのは」

「いいじゃねーの、嫌われるより。誰に言い寄られてるんだ?」

「サトノダイヤモンドです」

 ジンクスを打ち破る、という一風変わった趣味を持つサトノダイヤモンドになぜ言い寄られているのか。あまり想像がつかないが、少々困っているらしい。

 そこへ店主が戻ってきた。

 

「はいオムライス」

 なぜそうなる。

 一切のムラがない、まるで絵の具を塗りたくったような完璧な焼き加減にケチャップのコントラストが映える。原色ままの色合いは鮮やか過ぎて目が痛くなるほど輝いて見えた。

 オムライスと聞いてエヌラスが柊に出された皿を一瞥。

 

「……俺も頼んでいいか、オムライス」

「どーぞどーぞ。焼き加減とかお好みで」

「卵半熟、耳とじてチキンライスあっさり目のケチャップ少なめで」

「はいはいオッケー、少々お待ちをー」

 オーダー通りのオムライスを出して伝票に書き足すと、米のおかわりはいるかと尋ねる。號がすぐに空のお椀を出すと並盛りで出した。

 その横では柊がオムライスを写真に撮っている。

 

「なんでまたダイヤちゃんに」

「トランセンドが仕入れる面白おかしい情報の真偽を確かめるために一緒にやりませんか、と」

「草」

「ぶん殴るぞ號」

 よかれと集めたメンバーの化学反応に頭を悩ませている、ということだ。なんとも贅沢な悩みである。しかし相談された手前、エヌラスは中華定食を平らげて空の皿を店主に返しながら考えていた。

 

「いいじゃねーか、付き合ってあげりゃ。そうすれば満足してくれるんだろ?」

「まぁ、そうなんですが……トラブルに見舞われるのはちょっと。そんな時間も惜しくて」

「號に付き合わせてやりゃよくねぇか?」

「むぐほが!?」

 八宝菜頬張っていた號が驚く。なぜ俺が!?という顔をしている。

 

「その面白おかしい情報、教えてくれるか?」

「夜、裏山の頂上に現れる人影に出会うと帰れなくなる。とかですかね」

 オムライスを食べていたエヌラスの表情が険しくなった。店主は皿を洗いながら聞き耳を立てている。

 

「俺としては、そんな危ない話に乗りたくないので引き留めてはいますが好奇心旺盛みたいでどうにも……」

「──柊、その話詳しく聞かせてくれるか。他にもそんな怪しい話があったら俺に教えてくれ」

「俺、貴方の連絡先知らないです」

「そういやそうだった……」

「俺も知らないっすね」

「しまらねぇ話してんなーアンタら」

 さりげなく店主が三人分のデザートを用意すると、しっかり伝票に書き足す。

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