過酷な世界で呑んだくれ   作:犬麻呂の助

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なんか思いついたんで書きました。
残酷な世界で唯一心休まる場所をコンセプトにしています。


1日目 酔いどれ美丈夫は帰りたくない

 

「こちら、ホットティーになります。」

 

 サーブされたソーサーの上にはティーカップ。そこから湯気がほのかに立ち上っている。暑すぎず、かと言って冷たすぎない。ちょうどいい温度に淹れられた紅茶は一息つくのにピッタリだ。温度、味、香り。その全てが調和を生み出し、専門店で飲むものにも負けていないことが分かる。上品な香りを感じ取ったカウンターに項垂れる鎧を着込んだ中性的な美丈夫は、店の雰囲気に相応しい服装を身につけている男にジト目を向ける。

 

「・・・頼んでませんが。」

 

 普段よりもワントーン下がった捻り出したような声が静かな店内に響き渡る。普段の彼を知るのものであれば同一人物かと疑うだろう。目線を向けられた男は意に返さない様子で、洗われたグラスに付着している水滴をグラス拭きで拭き取っている。

 

「サービスです。」

 

 瞑っていた瞳を薄く開き、項垂れる鎧の美丈夫に目線を負ける。全体的に酒気を帯び、目がトロンとしている。確実に酩酊期に入っているだろう。右手に掴んでいるビンから手を離し、むすっとした表情でまだ温かい紅茶に手を伸ばし、一息に呷る。作法などクソ喰らえ、といった手つきで一気に飲み干した彼は、フゥー、と一息吐き、項垂れていた身体を起こし、無理やり顔を上げるように頬杖をつく。

 

「・・・ありがとうございます。」

 

 これまた捻り出したような感謝の声を掛け、大きく欠伸を吐く。そして、カウンターに乗っていた小皿に残っていたナッツの盛り合わせを手で鷲掴みにし、口へと放り込んだ。ボリボリという音が鳴り響く。数秒後、ゴクン、という音が喉から鳴る。

 

「ハァ・・・。」

 

 しんどい、辛い、怠い。幾重にも重なった類似した感情をため息として吐き出した後、ぼんやりとした目つきを虚空へと向ける。

 

「差し出がましいようですが、本日はもうお帰りになられては?明日もまた、依頼が控えているのでしょう?」

 

 グラスを拭く手を止め、美丈夫に労わるような言葉を向ける。

 

「・・・明日は午後から二件だけですし、討伐じゃないので大丈夫ですよ。それに、マスターは僕が二日酔いにならないの知ってるでしょうに・・・。」

 

 余計な心配を、と言わんばかりに適当に言葉を返す。マスター、と呼ばれた男はグラスを仕舞いながら返答する。

 

「勿論です。それと同じくらい、どれだけ飲んでも記憶を無くすことが無いことも存じております。」

 

「だったら、」

 

 続け様に言葉を返そうとする美丈夫。煩わしい、という考えがありありと見える。しかしそれを遮るようにマスターは言葉を紡ぐ。

 

「だからこそ、です。記憶違いでなければ深酔いして態度を悪くしたことを貴方が猛省し、翌日に謝罪に来たことはもう両手の数では足りない程だと思いますが?」

 

 形の良い眉を下げたマスター。心配してくれていることは痛いほど理解している美丈夫は、正論にぐうの音も出ないと言った表情だ。

 

「何よりも、いくら酒類に強いとは言え、飲み過ぎです。」

 

 さらに言葉により追撃を加える。

 

「……うるさいですね。」

 

 美丈夫は眉をひそめ、うんざりしたように目を細める。それでも反論の言葉は鋭さを欠いていた。すでに酔いのせいか、あるいはマスターの正論に抗う気力がないのかは分からない。ただ、面倒だという気持ちだけが顔に浮かんでいる。

 

「まだ五杯目じゃないですか。」

 

「ええ、度数80度越えのリキュールをね?それもストレートを。」

 

 呆れつつ化け物を見る目で美丈夫の方を見遣る。そして視点を動かし、彼が飲んでいたビンのラベルを見つめる。そこには原材料各種と共にalc85%という文字が。それを見たマスターはその酒のイワクを思い出す。

 

 

 その酒はひと昔前人気だった酒だ。回復や解毒、能力値補正など様々な種類の薬草を元に製造されたほろ苦い酒。薬草が元で作られているが故に、適量であれば酒であるにも関わらず、飲んだ次の日には一時的にではあるが身体が数年若返ったかと思うほど健康になるそうだ。その為、治療院に緊急時の薬として常備されたり、冒険者達が非常用の回復薬として持ち歩く程だ。その背景から高名な治療師の執筆した『真に有効な良薬図鑑』という図鑑にも記載されているほどだ。だが、世の中そんなに上手い話は無い。人気の絶頂だった時期、とある冒険者がやらかしたのだ。なんでも、大きな依頼に大成功し、パーティーメンバーで酒盛りをしていたらしい。その時、前衛役で調子乗りの男が悪酔いした結果、この酒をビン一本飲み干したそうだ。一本あたり2000ml。流石にまずいと思い止めようとしたパーティーメンバーだったが、前衛役の男はむしろ元気になったとご機嫌だった。その次の日、依頼のことでギルド長が話を聞きたいということでパーティーメンバー全員を呼び出したが、いつになっても前衛が来なかったそうだ。そこでパーティーメンバーの一人が宿まで呼びに行った。どうせ二日酔いで酔い潰れているのだろうと思っていたその一人は、部屋についた瞬間顔が青ざめた。

 

 

        四肢が破裂していた。

 

 

 後に聞いた話によると、高すぎるバフと過剰すぎる回復が全身を駆け巡り、暴走。幻覚作用や麻痺、果てには身体が耐えきれなくなったそうだ。さらに話はそこで終わらず、治療院に担ぎ込まれた男は数人の治療師により治癒魔法を施されたそうだ。しかし、直る様子がまったく無かったという。そこで、前述の高名な治療師による診察が行われた。診察結果は、

『治っている。』という結果だった。これには多くの治癒師が呆気にとられた。膝や肘から先が破裂し、ほぼ無くなっているにも関わらず治っているというのはどういうことか、と。なんでも、バフに耐えきれずに破裂した後、回復効果により回復したものの、四肢が破裂してなお有り余っていたバフが回復効果と相殺し合い、回復効果は出血と傷口を閉ざすまでしか及ばなかったそうだ。回復魔法は怪我したてでなくては回復できない。それは、回復魔法の詳細な効果は、『身体を正常な状態に戻す』ことだからだ。つまり、血も出ておらず傷も無い。そんな状態を回復魔法は『正常』と判断してしまったそうだ。

 この件の噂は一気に広まり、この酒は今でこそ解除されたものの国から危険品に指定され、人々はからは避けられるようになった。一部ではこの酒を無理矢理飲ませるぞ、という脅しのようなブラックジョークまで流行ったそうだ。

 

 

「この酒を今でも平気で飲めるのは貴方ぐらいでしょう。」

 

そう言いながらマスターは瓶に視線を落としラベルの文字を指でなぞるようにして、ひと口だけ飲む。内心、「不味いわけじゃないんだよぁ・・・。」と思いつつため息を吐く。所謂『用途、使用量にご注意下さい』というやつだ。薬も過ぎれば毒となるとはよく言ったものだ。

 

「……だからまだ五杯ですよ。」

 

かすれた声でそう言う美丈夫。バフの効能か、彼の身体の表面は微かにキラキラと光っている。

 

 

 

「五本の間違いでしょうにほんとに死にますよ。」

 

 美丈夫の横に倒れているビンの群れに目を向ける。一本で四肢が破裂する酒を五本。並の人間なら風船の様になるのは目に見えて分かる。美丈夫は学が無いわけでは無い。むしろ、そこらの一般人よりは遥かに賢いのだ。故にこの酒の効能は十分知っている。だというのに悪酔いの極みとはいえ、自身の人間を超越した肉体に身を任せてこの劇物を大量に取り込んでいる。普段は役割の為に気を張って八方美人をしている反動だろうか。酔った時の美丈夫はまさに浮かれポンチのアホアホのアホなのである。

 

「これ以上は出しませんよ。そのバフ、解除されるまでここでおとなしくしていてください。」

 

「ええー……。」

 

「彼女達に言いつけますよ。」

 

「いっそ殺してェ・・・。」

 

 彼女達、とは三人いる彼パーティーメンバーのことである。彼を除けば全員女性であり、一言で表すと『ハーレムパーティー』だ。三人漏れなく彼のガチ恋勢だ。他の冒険者から嫉妬の雨あられを受けそうだが実際は違う。むしろ、彼は哀れみの目で見られている。その理由は至って単純だ。ヤバい子しかいない、それに尽きる。一人ずつ一言で表していくと、『狂信暗殺者』、『マッド治癒師』、『悪魔調教師』だ。各々が別方向でのヤバさを発揮しつつ、牽制し合い、彼への想いを伝えようと必死になっている。その結果、街への被害やら依頼での不祥事、問題が割と頻繁に起き、その度にパーティー代表の彼が彼女達を庇い、謝罪する。そしてそれを見た彼女達は自身を助けてくれる彼への愛情をより深いものとする。完全なる悪循環だ。そして彼はそのストレスを吐きだす為に人の出入りが少ないこの店に飲みに来る。

 

「この間、一人で出かけたら尾けられている気配がしたんです・・・。でも大抵の相手なら倒せるので無視してました・・・。でも、余りにもしつこかったのでお灸を据えようと脅かそうとして曲がり角で待ち伏せしてたんです・・・。」

 

 口にこそ出さなかったものの、「尾行者を脅かそうって考える貴方もなかなか頭おかしいですけどね。」と思っていた。彼の身体能力は常人のそれを遥かに凌駕している。純粋な身体能力、魔法による身体強化、役職による恩恵(・・・・・・・)、etcetc・・・。多くの要因により彼は世界最高峰の能力を得ている。本気を出せば尾行者などデコピン一つで灰燼と帰すだろう。周囲の地形と共に。そんな圧倒的力から来る無自覚な舐めプにより何度か痛い目を見ているはずなのだが、人とは学ばないものだ。そう近い内にまた痛い目を見るだろう。

 

「そしたら尾行者の気配が急に消えて・・・。驚いて後ろに振り返ったら・・・ッ!ビアーナが目の前に・・・ッ!」

 

 どうやら痛い目は見ていた様だ。

 ビアーナ、というのは『狂信暗殺者』の名前である。身体強化をしていない純粋な身体能力に限れば、彼を含めて(・・・・・)パーティーで一番の身体能力を持つ暗殺者だ。そんな彼女なら彼を尾行するのも容易だろう。

 

「ホントに怖かったんですッ!僕が気配感知できなくなるなんて、それこそ心臓が止まった時くらいしかありえないんですもん!急に後ろの人が死んだらびっくりするでしょ⁉︎それで振り返ったらビアーナがにっっっこり笑ってたんですよ!口から血を垂らして(・・・・・・・・・)‼︎」

 

「うわぁぁん!」と言いながらカウンターに泣き崩れた美丈夫。流石に不憫に感じたのか、マスターは哀れみの目を向けつつ、無慈悲に閉店準備を進める。

 

「でも本当に怖かったのこの後なんですよッ!その後ビアーナなんて言ったと思います⁉︎」

 

 ガバッ!という音が聞こえてきそうな勢いで顔を上げ、またしても大きな声で悲痛な叫びを上げた。その後急に顔色を悪くして俯き口を開く。テンションの乱高下が凄いなぁと思いつつ耳を傾ける。

 

「『流石は我が愛しきお方‼︎ 本気で消した私の気配に気づくだけでなく! 心停止(・・・)したことにも瞬時に気づくとは! アァッ! これは最早愛が無くては不可能な所業ッ! 既に寝食を共にする光栄を賜っているにも関わらず! 更なる寵愛を私に下さるとは! まさしくこれは運命! いいえ、宿命‼︎ この身、この魂、何もかもがあなた様のためにある証拠! 心が叫ぶのです、あなた様の愛を感じているとッ! アァァァッ、どうかもっと! もっと私を見てくださいませ……! 何なら一瞬たりとも目を逸らさずにいてください! まばたきすら許されません! 私を見つめるその瞳が閉じる瞬間、私は死にます! アァ、それもまた幸福! あなた様に見られているだけで命が輝き、見られなくなれば消え去る! まるで蝶のように脆く、炎に誘われる蛾のように愚か! それでいいのです、それが私の愛! 愛している、愛している、愛している! あなた様の存在が世界で、私の心臓はあなた様のために脈打つのです! どうか今ここで! その愛を示す証として、私を罵ってください! 殴ってください! それがあなた様の手によるものならば、私の肉体は粉々に砕け散っても本望です‼︎』・・・だそうです。」

 

 静かな店内に愛の叫びが呪いの様に浸透していく。なんでこいつも一言一句覚えてんだよ記憶力まで怪物級かよ、という気持ちは置いておいて、これは怖すぎる。ビアーナは本気で気配を消す為に自身の心臓を一時的に止めたのだ。どうすればそれができるのかとか疑問の余地はあるが、それも置いておこう。正気じゃねぇ。美丈夫は、肩を震わせながら紅茶を啜る。完全に冷めきった液体が喉を通る感触も、今の彼にとっては慰めにすら思えた。

 

「怖いよッ‼︎僕はね、普通に散歩してただけなんですよ? 別に悪いことしてたわけじゃないんだよ⁉︎それなのに、急に心臓止めてまで僕を驚かせる必要あります⁉︎」

 

 泣き笑いのような表情で、ぐったりとカウンターに突っ伏す。

 

 マスターは静かにカウンターを拭きながら、心底同情したように頷いた。

 

「ええ、怖いですね……常人であれば。」

 

「僕も常人ですから!」

 

「常人はこの酒を水感覚で飲みませんよイカれ肝臓」

 

「事実陳列罪ィィ・・・ 。」

 

 力のまったくこもっていない反論が響く。カウンターの木目を見つめながら呟く彼の姿は、まるで世界の終わりを見てしまった人間そのものだった。マスターは無言でカウンターを拭き始める。

 

「……それで、結局どうやってその場を収めたんです?」

 

「……ひたすら謝りました。」

 

「何に対して?」

 

「わかりません。」

 

 沈黙が流れる。重たい、なんとも言えない妙な空気が店を満たした。その後も他二人の問題行動をそれなりの時間を掛けて話し始める。話し半分で聞きつつ、彼が「それで・・・」と話を続けようとした所でストップを掛ける。

 

「すみません、お客様。」

 

「・・・はい?」

 

「閉店時間です。」

 

「やだァァァァァァ!」

 

 恋人でも死んだのかという叫び声が上がる。手足をバタバタさせている様子はまるで子供のようだ。涙もポロポロと溢れている。完全にダルい酔っ払いだ。

 

「せめて!せめてラストオーダーを!」

 

「以前そう言って注文した内容覚えてます?」

 

「テキーラ二本と魔角魚の刺身とスパイシーピラフ星牛のたたき乗せ。」

 

「殺します。」

 

「お許しを!」

 

 ラストオーダーで大量注文、締めまでしっかり頼むという暴挙に出た前科があった。しかも二時間駄々こねて居座るという飲食業界の人間全員に憎悪を向けられそうなことをしていたりする。恥を知れ恥を。

 

「ほら、お会計のお時間です。」

 

「お金無い!(大嘘)」

 

「殺すぞお前。」

 

「チクチク言葉ァ!」

 

 ほぼ開店時間から閉店時間まで居座っておいて面の皮が厚すぎる。国家権力の元で働いているくせに国家権力のお世話になりそうなことしてどうする気だろうか。

 

「引きづり出されたくないなら早く帰って下さい今から締め作業と明日の仕込みがあるんです。」

 

「不老種だからって仕事のしすぎは良くないですよ・・・?」

 

「テメェが仕事増やしてんだろうがクソが。」

 

「ひえぇ・・・。」

 

 MK5(マジでキレる5秒前)なマスターを前にして美丈夫はプルプル震えながら荷物を纏める。それなりに長い付き合いが故にマスターがキレた時の恐ろしさは身に染みて知っている。下手したら魔王より恐ろしいとさえ考えている。

 

「・・・また来ます。」

 

 少し不満気な雰囲気で扉を半開きのまま挨拶をする。マスターは先ほどまでとは変わりにっこりと微笑んでいる。

 

「早く出て扉閉めて下さい風が入る。」

 

「辛辣すぎませんか常連に・・・。」

 

 だからだよ、とは心の中で止め、腰を曲げる。

 

「またのお越しをお待ちしております── 勇者様。」

 

■■

《翌朝》

 

 

「すみませんでしたァァァァァァ‼︎」

 

 真っ青な顔で昨日の代金の入った袋を手渡される。文字通り飛んできて急に止まったのだろう。店までの道の一部が線を描く様に抉れている。

 だがそれよりも気になるのは────

 

「・・・それ、重くないですか。」

 

「・・・色々な意味で重いです。」

 

 身体に手足を回してへばり付く三人。まるで怨霊(ホーンテッド)のようだ。万力の力でしがみついており、耳をすませばミシミシと聴こえてきそうだ。

 

「・・・破裂しないといいですね。」

 

 

 

 

 




美丈夫(勇者)
人族
二十代前半 中性的(女性寄り)の男性
パッと見は男装の麗人といった感じ。スタイル抜群でまつ毛バッシバシ。だが男だ。
特殊な役職:勇者の保有者(勇者の保有者は約一世紀につき一人)
様々な要因により歴代最強かつ、世界最高峰の力を持つ勇者
好きなもの・・・酒、味の濃い物、何もない休日
嫌いなもの・・・理不尽、注射、健康食品
悩み・・・寝相の悪さで宿の家具をダメにしてしまうこと。

マスター
⁇?(不老の種族)
年齢不詳 見た目は二十代後半(見た目はコロコロ変えれるらしい)
スーツ以外を着ている姿を見た者はいない
役職はバーテンダー(本人談)
礼儀作法を重んじ、誰に対しても尊敬を信愛を持って接する紳士。ただし一部常連は除く。
実は下戸の為、酒が入ると紳士的な口調が崩れる
好きなもの・・・料理、兄弟姉妹とその子供
嫌いなもの・・・礼儀知らず、別れ、死、クソ花
悩み・・・BARと街が少し離れていて買い出しが面倒。
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