ダウナー刺青褐色お兄さんパパとアジアンビューティー眼鏡お姉さんママとトラウマを抱えた美少年息子の疑似家族が見たいっつってんだよ!   作:b畜農家

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一話:歴史の忘れ物との邂逅(前編)

 

 自分たちが何をしたというのだろう。

 心の中は、その一言でいっぱいだった。

 

 走ってる間、悔し涙が止められなかった。

 

 そいつは急に現れて、蹂躙を始めた。

 戦える人は勇敢に立ち向かっていった。そして羽虫を潰すように殺された。

 

 住み慣れた家は、紙くずのように砕かれた。

 友達とよく遊んだ広場は、押し寄せてきたそいつのせいでめちゃくちゃになった。

 誰かが逃げろと叫んだ。けれどその人は、たった一撃でワケノワカラナイ形にされた。

 目に、脳裏に焼き付いた光景が、少年の正気をすり潰していく。

 

 

 担がれて逃げていくさなか見たのは、炎の中咆哮する真っ白い化け物で────

 

 

 

 

 

 

 よく晴れた日のことだった。

 空を飛ぶ気球船の先頭に立ちながら、アルマは双眼鏡をのぞき込んでいた。

 

「天候」

「晴れ」

「天候異常」

「なし」

「大気状況」

「砂塵によるスモッグあり」

 

 大型モンスターや小型モンスターの発生状況などを後ろにいる学者に説明しているアルマの口角は、抑えきれない高揚に歪まずにはいられない。

 

 アルマにとって、それは心躍る仕事だった。

 東西緩衝地帯及び東地域──通称『禁足地』の観測。それは学者なら一度はやりたい任務であり、羨望の的だ。

 そんな仕事の、しかも観測手としての役目を自分が担うことになったときはとてもエキサイティングな話だとアルマは思った。今まで文章でしか触れられなかった世界をその目にできるのだ! その晩は興奮も冷めやらず、習慣のマリアンヌ磨きにも力が入ったほどだ。

 

 どこか地に足のつかないようなふわふわした気持ちなのは、単に気球船に乗り込んでいるだけではないのだろう。

 気は抜けないが、穏やかな時間だった。程よい緊張が、却ってのびのびとした雰囲気をその場に与えていた。

 観測状況を冷静に解説するアルマの声は、しかしどこか楽しそうだ。それをほほえましく思いながら、アルマの後ろに立つ学者は「その他状況」と尋ねた。

 

 

 

 アルマは答えない。

 学者は、もう一度同じ言葉を告げた。

 双眼鏡から目を離したアルマは、そんな馬鹿なとつぶやいていた。

 振り返って、言う。

 

「モンスターと人間が交戦しています!」

 

 どよめきが上がる。

 

「そんな! 禁足地に人はいない筈です」

「そうだな。船を下ろせ」

 

 リーダーのファビウスは即座に指令を飛ばした。部下は混乱していたが、行動は迅速だった。

 船内の操舵手へ命令し、船を降下させていく。

 

 そして、一行は──信じられないものを目の当たりにすることとなる。

 

 

 実のところ、読者の皆様はがっかりするだろうが、気球船が着陸するころにはそれはもう終わっていた。

 それがリオレウスだとわかるまでに、アルマは数秒の時間を要した。

 優れた学術者であるはずのアルマでさえそうなるほど、その火竜の姿は悲惨極まった。

 

 体中が()()()()で、ずたずたなのだ。

 傷ついていない箇所がどこもない。

 リオレウスのトレードマークであるウロコの赤は、一枚残らず切り裂かれていた。

 かつて立派だったはずの翼膜は穴だらけで、台風に見舞われたマストめいている。

 体の内側から切り裂かれたような傷跡だらけだ。

 

 刃のついた竜巻に死ぬまでもみくちゃにされたらこうなるのではないのかという有様だった。

 火竜の全身にぬらぬらとまとわりついた銀色の液体は、乾きも染みもせずに、血と交じり合って地面に水たまりを作っている。

 

「なんだこれは」ファビウスがうめいた。「まるで殺戮だ」

 

 アルマは、それが何なのか見当がついていた。

 

「液体金属……?」

 

 青年はそこにいる。何を思っているのか、一言も話さず、ただ立っている。生気を感じ取れない佇まいだった。まるで亡骸に寄り添う墓標だ。

 腰元まである長い長い銀髪は、果たしてどちらの血で濡れているのだろうか。気球船から降りてきた人々にはわからない。ただ、この殺戮としか言いようがない行いを為したのが彼なのだということだけは理解できた。その指先から、水めいた鉄が、鉄めいた水のようにぽたりぽたりと垂れているのだから。

 アルマはとにかく、少し離れたところで青年を怯えた目で見つめる少年へ話しかけることにした。

 近づいてくる彼女たちを目にして、少年の瞳に恐怖が差した。

 

「あの、安心してね。心配……ないから」

 

 アルマは、ジェスチャーや笑顔を交えて、これ以上彼を怖がらせまいと気を配った。

 

「…私たちの言葉がわかりますか? 私たちは、ええと、あなたたちの──」

「わかりますよ」少年が小さくつぶやいた。「わかります」

 

「あのね、私たちはあの船からやってきたの。あなたの名前を教えてくれるかな」

「……ぼ、僕の名前、は、ナタ、です」

「そうなの。わかったわ、いい子ね。ここで何があったか言えるかな?」

 

 言えないならそれでもいいからね、と言われたナタという少年は、まだ顔を土気色にしていたが、状況を正確に説明できるだけの気力は残っていたようだ。

 

「僕、あのひと…… ヴァルーさんと逃げてきた、んです。守人の里から」

「もりびと?」

「はい。そしたら、リオレウスと遭遇して…… それで、あの人、が」

 

 そこまで言って、先ほどの出来事を鮮明に思い出したのか、ナタは口を押さえて近くの岩陰に走った。

 アルマも後を追い、岩陰で盛大にもどしている少年の背中をさする。

 

「よく頑張ったね、言ってくれてありがとう。いい子ね。はい、お水」

「げほっ…、あ、ありがとう」

 

 よほど喉が渇いていたのだろう、ナタは水筒をひったくるように手にし、こぼした水で服が濡れるほどに無我夢中で飲んだ。

 少年がむせないように注意しながら、アルマは横目でファビウスを見やる。

 ファビウスはうなずき、ヴァルーなる男へ声をかけることにした。

 ぎこちない動きで男が振り向く。

 目が合う。

 ──白目と黒目が反転した、生気を感じない瞳がファビウスを映す。

 それにひるまなかったのは、ひとえに彼が筆頭ランサーとして世界を見て回ってきたからだ。

 

「初めまして。ヴァルー、だね? 私たちの言葉がわかるかな。 ……ああ、わかるのならよかった。私たちはハンターズギルドより派遣された禁足地観測隊だ。あの船からここを観測していたところ、たまさか君たちを見つけた。君は何者だ? いったいどうやってここに……」

 

 男は、ファビウスを観察しているように目線を動かしていたが、瞬間ぱかっと口を開いた。腹話術師の人形のように。

 

「『回答します』。当機は守人一族の護衛を役目とする“ヒトガタガーディアンヘイ”〇四七号機です」

「……は?」

 

 しゃがれた金属音のような音声と、流暢な大陸共用言語。それらが入り混じった言葉はファビウスを混乱させたが、会話についていけないのは彼が言い放つ単語があまりにも聞きなれないものだらけだからでもあった。

 

「以前はメインエネルギー制御装置所有者がマスターでありましたが、ガーディアン八二〇号機の暴走に併せてその所有権が守人“ナタ”に委譲。そのため彼の護衛に任務を更新(アップデート)し、リュウニュウ循環用通路を利用し脱出しました」

「………、それで、リオレウスの襲撃を受けたと」

「『肯定します』」

 

 モリビト、ガーディアン、制御装置、リュウニュウ。

 彼が何を言っているのか、ファビウスにはさっぱりわからなかった。だから意味の究明は傍で会話をメモしている学者に任せるとして、先に言うべき言葉を口にした。

 

「わかった。彼を守ってくれてありがとう。こちらからできることはあるかな?」

「『提案します』。当機は長期に渡るメンテナンス不足により思考素子に綻びが生じています。その質問への回答にはしばらく時間を頂きますが、宜しいでしょうか」

「かまわないよ。初めて会う人をいきなり信用しろだなど無理があるからね」

 

 ヴァルーの目が虚ろになった。口だけがぱくぱくと動き、聞き取れないほど速く文言をささやいている。

 

「《思考素子起動》《非竜都民に制御装置所有者を委託することへの危険性》《未成年をモンスター生息地帯に放置する危険性》《非ガーディアンの充分な飲食と睡眠の重要性》…」

 

 ヴァルーの言っている言葉は早口過ぎて、速読を身に着けているファビウスでもうまく意味を拾えない。

 ただ、彼が彼なりにナタを気遣っていることははっきりと受け取れた。

 思考に決着をつけたのか、わずかな沈黙のあとヴァルーの瞳に光が戻った。

 

「『回答します』。こちらの技術をそちらへ提供することを代価として装置所有者の保護を嘆願」

「ああ、つまりは、ナタという子どもを保護する代わりに自分のことは好きにしていい、ということか?」

「『肯定します』」

「まさかと思うが、彼の安全のためなら君の体をバラバラにしてもいいと?」

「『否定します』。その場合、当機のガーディアンとしての役割が果たせなくなります。《思考中》…《回答》。戦闘に適う程度の解体であれば許容できます」

 

 ファビウスは、振り向いて学者と顔を見合わせた。

 それはつまり、戦える範囲でならどれだけ無体を働いてもかまわない、と暗に言ってるも同然ではないか。

 ヴァルーの能力について気になるのは確かだが、ここまであっさりと身を投げ出されると当惑してしまう。自分たちがそんな風に見えているのだろうか? 学術院の脳細胞が竜に焼かれているような連中ならとにかく、この場にそこまでして彼の力を知りたがる人間などいないのに。

 

「……君の安全は確約できないが、ナタ君の身の安全だけは保障しよう。ついてきてくれ、詳しい話はそれからにしよう」

「わかりました」

 

 ナタをおんぶしたアルマが戻ってくる。ファビウスは、謎めいた二人組を引き連れてひとまず引き揚げることにした。観測任務は中断ということになるが、それに異を唱える人間は誰もいなかった。

 

 焼けるような日差しと砂混じりの熱風が、彼らを見送っていた。

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