ダウナー刺青褐色お兄さんパパとアジアンビューティー眼鏡お姉さんママとトラウマを抱えた美少年息子の疑似家族が見たいっつってんだよ! 作:b畜農家
白い炎が、生きているかのようにうねっていた。
まとわりつかれても熱くない。布を喉に押し込まれているように苦しくて、どんどん喉が渇いてくる。溺れているようにくぐもった悲鳴が、頭の上でぐるぐる渦巻いている。
ナタは息せき切って父を探した。父は、あの人に肩を貸しながらやってきた。あいつと戦っていたらしい。直視するのも怖いくらい、どこもかしこもボロボロだった。お父さんも、肩をざっくり抉られていて、顔が青ざめていた。
タシンおじさんと合流して、地下に避難しようという事で決まった。おんぶされて移動しているうち、ブゥン、ブゥンと重苦しい音が聞こえて、思わず振り向き息を呑んだ。
まだ遠いが、けれど少し走ればたどり着けそうなところで、銀色の尾のようなものが生きているように波打っていた。誰かが「あいつだ!」と先細りした声を上げた。みんなで作った花壇が白く光っていたが、踏み荒らされて泥に震えた。
全てが悪夢の坩堝でかき回されているようで、あと少しでも長くこの場にいたらいよいよみんな気が狂ってしまうのではないかとすら思った。
地下道に飛び込んだとき、あの人が呻きながら目を開けた。まだ戦おうとしているのか、両手に武器を寄り集めて外へ出ようとする。
父が、首にかけていたペンダントをナタの首にかけてあの人に何かを言った。彼が目をぐるりと回して、うなだれた。
次の瞬間、彼はナタを抱きかかえて走り出した。叫んだけど、無駄だった。
「ナタ、がんばれ! ナタ! 生きろ!」
優しい顔をした父が遠ざかる。ナタは叫び続けた。たぶん、一生分の悲鳴をそこで──
◆
突き上げられるように跳ね起きた。
窒息して死にかけたところで助けられたように息が苦しい。
そして、こういう時決まって頭を撫でてくれる大きな手が一向にやってこないことに気づき、ナタは荒く息をつきながらあたりを見回した。
部屋の中はひんやりとして、薄暗い。
見たことのない家具に目を白黒させているうち、ナタは自分の置かれた状況を理解した。
(そうか。ここはもう里じゃないんだ)
ナタはびっしょりとかいた汗をぬぐい、ベッドから降りようとして思わずびくっとした。
真っ白い瞳がこちらを見ている。その男は硬直しているナタへしずしずと歩み寄り、こう言った。
「『装置現所有者の時間外覚醒を確認』。なにかご用件がありますでしょうか、マスター・ナタ」
「え、あ……だ、いじょうぶだよ、ヴァルーさん」
そう、ナタはヴァルーにぎこちなく答えた。そういえば、里が平和だったころはこの人が寝ている姿を見かけたことがないなとも思った。
実家のベッドとは比べ物にもならないほど大きなベッドをはいずり、テーブルに置かれた水差しから水を飲む。いつのまに着替えさせられていたのだろう? ナタは生成り色をした麻の寝間着に袖を通していた。
「あの、まさかと思うけれど、ヴァルーさんずっと起きていたの? 眠くなかった?」
「『否定します』。リュウヌ不足により長時間の起動は難しく、マスター・ナタが覚醒するより数分前までやむなく休眠状態にありました」
「そ、そうなんだ……」
確かに、ヴァルーはリュウヌしか口にしたことが無かった。そんなことをする人はあの里ではヴァルーただ一人のことだったし、父がよく食事を勧めていたから疑問には思ってはいたが、そこまで深く考えたことはなかった。しかしヴァルーは直立不動の状態だ。まさか立ったまま寝ていたわけではないはずだと信じたい。
話題の無くなったナタは、押し黙ってコップを見下ろした。
透明な湖面に、強張った自分の顔が歪んで映り込んでいる。
命を拾ったという自覚はまだ持てなかった。里の外に人がいるということもだ。ナタの故郷はそういうところだった。アルマと名乗ったあの人がとても親切なのはわかるが、それだけだ。ここがどこで、自分たちがこれからどうなるのかもわからない。
不安が呼び水となるように、幻聴が頭の中にひたひたと寄せてきた。
唸り声をあげる白いケモノ。悲鳴、何かが砕けて潰れる音。営みを壊す、炎のめらめらとした熱気。
「うっ……」
胃の底からこみあげるものを感じて、ナタは口元を覆った。こらえようと思ったが、ヴァルーがすかさず陶器の器を差し出してきたのが見えて、堪えきれなかった。
ナタはまた吐いた。黄色い胃液をぶちまけた。胃酸の最悪な臭いがさらに吐き気を呼んで、小さな体を振り絞るように吐き続ける。
やがて胃袋が逆立てた毛並みを収めたころ、ナタはやり場のない怒りでベッドを殴った。
「……なんで、ヴァルーさんは父さんたちを見捨てたの?」
ナタは唸った。
「『回答します』。以前の装置所有者、つまりあなたの血縁者が命令を『ナタの護衛』に更新し、装置の所有権をあなたに譲渡したからです」
「それなら……それなら父さんたちを連れていくこともできたじゃないか。なんで、僕だけ……」
「『回答します』。ガーディアン八二〇号機暴走時には当機の損傷が激しい非常事態でありましたため、護衛人数を削減することであなたの身を守、」
「僕の身を守るため!? 嘘だ!
ナタは怒鳴り、枕を投げつけた。
ヴァルーはそれをこともなげに受け止める。
少年は肩で息をしながら歯を食いしばって、顔を覆った。
ぐるぐると喉を鳴らす胸の内の獣が、彼の喉を借りて言葉を発する。
「……里は、何であんな目に遭ったの? 僕たち、何か悪い事でもしたのかな」
「『回答します』。経年劣化により八二〇号の思考素子に問題が生じた可能性を提唱」
「わかんない……わかんないよ。ヴァルーさんの言うことはみんな難しくて意味がわかんない」
(だめだ、だめだよ)
(こんなのただの八つ当たりだ)
(この人は僕に求められて答えてるんだから、それを頭ごなしに否定してどうするの?)
(ヴァルーさんはやれるだけのことはしたんだ。この人のせいじゃないんだ)
そう理性が叫んでいた。けれどその声はあまりにも小さくて、行き場もなく暴れる憎しみを抑えつけるには弱すぎた。
「僕も武器が欲しいッ。それで、あいつを……ッ」
声が上ずった。やるせない悲しみが目に盛り上がり、指先が白くなるほど強く掻き寄せた毛布を顔に押し付ける。
ナタは体を震わせて、小さくしゃくりあげた。十歳前後で故郷をめちゃくちゃにされ、頼れる人たちと引き離された絶望は小さな体では溢れるほど有り余る。
こんな気持ちになるくらいなら気が触れてしまえばよかった。こんな憎しみを抱えて生きるくらいならあんな光景都合のいい景色に書き換えて、その中に溺れていられればよかった。
──冷たくて、がっしりとした何かがナタを覆う。
大柄な父とは違って細身だが、安心できる大人の体だとナタは感じて、そして彼はヴァルーに抱きしめられていることを理解した。
なにを、と少年の唇がうごいた。ヴァルーは、徐々に温もりを帯びる腕でナタの体を抱き寄せながらささやいた。
「体温を調整。当機には思春期の青少年が感情を乱した場合、制止する役目も設定されています」
その言葉が染み込むにつれて、思わず苦笑いが浮いた。里でも思っていたが、いちいち理由がないと動けないのか、この人は。
けれど、数時間ぶりに味わう人の体温は、少年の中で荒れ狂っていた獣を次第に落ち着かせていった。
何分そうしていたことだろう、ナタはのろのろとヴァルーから身を離し、小さく礼を述べた。
ヴァルーは無感情に言った。
「『提案します』。マスターは長期の絶食状態にあるため、栄養補給を兼ねて食事を摂る必要があると思われます」
「……わかった」
眠っても疲労は取れず、食欲は全く無かった。けれど食べなくてはいけない。
食事を用意するヴァルーを横目に、ナタは鈍く光る目で決意した。
生きて、必ず守人の里に帰る。
殺すのだ、あの怪物を。