処刑人と白銀の英雄は世界最強   作:改革結集の会

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幕間5:王子の怒り

時間は少し遡る。ハジメ達がオルクス大迷宮の深層でヒュドラとの死闘を制し、この世界の真実を知った頃、勇者一行は迷宮攻略を一時中断し、ハイリヒ王国へと戻っていた。これまでの階層は道順が分かっていたため進みやすかったが、完全な探索攻略が求められる深層では攻略速度が急激に落ちていた。さらに、魔物の強さが以前とは比べ物にならないほど増しており、香織、光輝、メルド団長、リリアーナらメンバーの疲労が限界に達していた。そのため、一度中断して休息を取ることが全員の総意となったのだ。

 

もっとも、休息だけなら宿場町ホルアドで十分だったかもしれない。しかし、王宮まで戻る必要があったのは、ヘルシャー帝国からの使者が勇者一行に会うために訪れるという知らせが届いたからだ。馬車の中でその話を聞いた光輝達は、やや緊張した面持ちで王宮に到着した。

 

馬車が王宮の門をくぐり、全員が降り立つと、遠くから一人の少年が勢いよく駆け寄ってくるのが見えた。金髪に碧眼、十歳ほどの美少年だ。光輝と似た雰囲気を持つが、よりやんちゃで活発な印象を与える。その正体は、ハイリヒ王国の王子、ランデル・S・B・ハイリヒである。

 

ランデル殿下は、まるで犬耳とブンブン振られる尻尾が見えそうなほどの勢いで近づくと、大きな声で叫んだ。

 

「香織!よく帰った!待ちわびたぞ!」

 

この場には香織だけでなく、迷宮から帰還した他の生徒達も揃っていた。しかし、ランデル殿下の視界には香織しか映っていないようだった。その態度を見れば、彼がどのような感情を抱いているのかは誰にでも容易に想像がつく。

 

実は、光輝達がこの世界に召喚された翌日から、ランデル殿下は香織とアリナに熱烈なアプローチをかけていた。ただし、彼はまだ十歳。香織にとっては小さな子に懐かれているような感覚でしかなく、その想いが実る兆しは全くない。アリナに至ってはハジメが彼氏であるので、ランデルのアプローチを邪魔だと思っているようだ。

 

それでも、香織の生来の面倒見の良さから、彼を弟のように可愛がってはいた。もっとも最近は彼がしきりにアリナの名前を口に出し、聖教教会が言う「アリナがいなくなったのはハジメのせいだ」という話を信じ切っているようで、それによってハジメを事あるごとに責める姿勢を見せていて、香織が内心では怒っているようではあるが。

 

「ランデル殿下。お久しぶりです」

 

香織は微笑みながらそう返す。その笑顔に、ランデル殿下は一瞬で顔を真っ赤に染めた。それでも、精一杯男らしい表情を作り、香織に言葉をかける。

 

「ああ、本当に久しぶりだな。お前が迷宮に行ってる間は、あの無能のせいで死んだアリナみたいにならないか心配で、生きた心地がしなかったぞ。怪我はしてないか? 余がもっと強ければ、お前にこんなことさせないのに……。アリナだけではなくお前もいなくなったら余は辛いぞ。」

 

ランデル殿下は悔しそうに唇を噛む。香織は「守られるだけなんて嫌、それにハジメくんを貶すのはやめて欲しい」と内心思うものの、少年の純粋な心意気に頬が緩むのを抑えきれなかった。

 

「お気づかいありがとうございます。でも、私なら大丈夫ですよ。自分で望んでやっていることですし」

 

「いや、香織に戦いは似合わない。そ、その、ほら、もっと安全な仕事もあるだろう?」

 

「安全な仕事ですか?」

 

ランデル殿下の言葉に首を傾げる香織。彼の顔はさらに赤みを増す。隣で成り行きを見守る雫は少年の意図を察し、健気なアプローチに苦笑いを浮かべた。

 

「う、うむ。例えば、侍女とかどうだ? その、今なら余の専属にしてやってもいいぞ」

 

「侍女ですか? いえ、すみません。私は治癒師なので……」

 

「な、なら医療院に入ればいい。迷宮なんて危険な場所や前線に行く必要はないだろう?」

 

医療院とは、王宮近くにある国営の病院のことだ。要するに、ランデル殿下は香織と離れたくないのだ。しかし、そんな少年の気持ちは、鈍感な香織には届かない。

 

「いえ、前線でなければすぐに癒せませんから。心配してくれてありがとうございます」

 

「うぅ」

 

ランデル殿下は、どうしても香織の気持ちを動かせないと悟り、小さく唸った。そこへ、空気を読まない善意の塊である勇者・光輝が、にこやかな笑顔で会話に割り込む。

 

「ランデル殿下、香織は俺の大切な幼馴染です。俺がいる限り、絶対に守り抜きますよ。それにアリナは死んでいません。絶対に救い出しますから、殿下は安心してください。」

 

光輝は年下の少年を安心させようと、純粋な善意で言ったつもりだった。しかし、この場では完全に不適切な発言だった。恋心を抱くランデル殿下には、こう意訳されてしまう。

 

「俺の女に手ぇ出してんじゃねぇよ。俺がいる限り香織とアリナは誰にも渡さねぇ!絶対にな!」

 

親しげに並ぶ勇者と治癒師、受付嬢は、確かに絵になる光景だ。なおその受付嬢は処刑人となって錬成師の横に立っているようだが。ランデル殿下は悔しげに表情を歪め、不倶戴天の敵を見るような鋭い視線を光輝に浴びせた。彼の中では、二人が恋人のように見えていたのだ。

 

「香織を危険な場所に行かせることやアリナが無能のせいで死んだことに何とも思っていないお前が何を言う!絶対に負けぬぞ!香織は余といる方がいいに決まっているのだからな!」

「え~と……」

「殿下、お言葉ですがアリナは強いです。南雲のせいで落ちただけです。これ以上、私の気持ちを逆撫でしないでもらえませんか。」

「貴様…!アリナを戦場に出したくせに余の前でそれを言うか…!ふざけるな…!!」

 

ランデル殿下の敵意むき出しの言葉に、香織はどう対応すべきか困り顔で苦笑いし、光輝はアリナに対しての対応に過剰反応していた。雫はそんな光輝を見て、深い溜息をつく。

 

ランデル殿下がまるで吠える犬のようになっているのを見て、涼やかだが少し厳しさを含んだ声が響いた。

 

「ランデル。いい加減にしなさい。香織が困っているでしょう?光輝さんにもご迷惑ですよ」

 

「あ、姉上!?……し、しかし」

 

「しかしではありません。皆さんお疲れなのに、こんな場所に引き止めて……相手のことを考えていないのは誰ですか?」

 

「うっ……で、ですが……」

 

「ランデル?」

 

「よ、用事を思い出しました!失礼します!」

 

ランデル殿下は自分の非を認めたくないのか、踵を返して勢いよく走り去ってしまった。その背中を見送りながら、王女リリアーナは小さく溜息をついた。

 

「香織、光輝さん、弟が失礼しました。代わってお詫び致しますわ」

 

リリアーナはそう言って、優雅に頭を下げた。美しいストレートの金髪がさらりと流れ落ちる。

 

「ううん、気にしてないよ、リリィ。ランデル殿下は気を使ってくれただけだよ」

「そうだな。なぜ怒っていたのかわからないけど……何か失礼なことをしたなら俺の方こそ謝らないと」

 

香織と光輝の言葉に、リリアーナは苦笑いを浮かべた。姉として弟の恋心を理解している彼女は、香織に全く意識されていないランデルに少し同情してしまうのだった。まして、ランデル殿下の不倶戴天の敵は別にいることを知っているので尚更だった。

 

まぁ、ランデル殿下が不倶戴天の敵を罵ろうものなら、隣にいる処刑人によって王諸共処刑されてしまい、最悪国ごと滅ぶリスクもあるのだが…。ましてや、聖教教会を嫌う処刑人なら、最愛の恋人を傷つけられたらそれくらいのことは平気でやりかねないのだ。

 

改めて紹介するが、リリアーナ姫は、現在十四歳の才媛だ。その容姿も非常に優れていて、国民にも大変人気のある金髪碧眼の美少女である。性格は真面目で温和、しかし、硬すぎるということもない。TPOをわきまえつつも使用人達とも気さくに接する人当たりの良さを持っている。

 

光輝達召喚された者にも、王女としての立場だけでなく一個人としても心を砕いてくれている。彼等を関係ない自分達の世界の問題に巻き込んでしまったと罪悪感もあるようだ。 

 

そんな訳で、率先して生徒達と関わるリリアーナと彼等が親しくなるのに時間はかからなかった。特に同年代の香織や雫達との関係は非常に良好で、今では愛称と呼び捨て、タメ口で言葉を交わす仲である。特に雫や香織とは一緒に特訓したり悩み相談に乗ったりするレベルで仲が良い。

 

悩み相談としては、香織のハジメについての関係性や想いについての相談にのることもあるが、アリナのハジメへの想いはジェイドから聞かされていたので、香織のハジメへの想いは報われないだろうなと思いながら内心対応に苦慮しているわけだが。

 

「いえ、光輝さん。ランデルのことは気にする必要ありませんわ。あの子が少々暴走気味なだけですから。」

 

リリアーナはそう言うと、ふわりと微笑んだ。香織や雫といった美少女が身近にいるクラスメイト達だが、その笑顔を見てこぞって頬を染めた。リリアーナの美しさには二人にない洗練された王族としての気品や優雅さというものがあり、多少の美少女耐性で太刀打ちできるものではなかった。それでいて香織達とためを張れるレベルで戦えてるのだから、リリアーナに敬意を抱いている生徒も少なくない。

 

現に、永山組や小悪党組の男子は顔を真っ赤にしてボーと心を奪われているし、女子メンバーですら頬をうっすら染めている。異世界で出会った本物のお姫様オーラをもつ戦士に現代の一般生徒が普通に接しろという方が無茶なのである。昔からの親友のように接することができる香織達の方がおかしいのだ。

 

「ありがとう、リリィ。君の笑顔で疲れも吹っ飛んだよ。」

 

さらりとキザなセリフを爽やかな笑顔で言ってしまう光輝。繰り返し言うが、光輝に下心は一切ない。生きて戻り再び友人に会えて嬉しい、本当にそれだけなのだ。単に自分の容姿や言動の及ぼす効果に病的なレベルで鈍感なだけで。

 

「ええ、ありがとうございます。光輝様。」

 

王女である以上、国の貴族や各都市、帝国の使者等からお世辞混じりの褒め言葉をもらうのは慣れている。なので、彼の笑顔の仮面の下に隠れた下心を見抜く目も自然と鍛えられている。それ故、光輝が一切下心なく素で言っているのがわかってしまう。そういう経験は家族とジェイド以外ではほとんどないのであるが、ジェイドという想い人がいるリリアーナには、光輝のキザなセリフあまり効かないのである。悲しいなぁ。

 

光輝は相変わらず、ニコニコと笑っており自分の言動が及ぼした影響に気がついていない。それに、深々と溜息を吐くのはやはり雫だった。苦労性が板についてきている。本人は断固として認めないだろうが。

 

ちなみにアリナからすれば、雫のその姿勢は苛つかせるものであり、

 

「まだあのご都合主義勇者の取り巻きやってるの?厳しく突き放したらどうなのよ?」

 

というくらいである。

 

「とにかく皆さんお疲れ様でした。とりあえず今は、ゆっくり休みましょう。帝国からの使者様が来られるには未だ数日は掛かりますから、お気になさらず」

 

こうしてリリアーナは、光輝達を促した。

 

光輝達が迷宮での疲れを癒しつつ、居残り組や王様にベヒモスの討伐を伝え歓声が上がったり、これにより戦線復帰するメンバーが増えたり、愛子先生が一部で〝豊穣の女神〟と呼ばれ始めていることが話題になり彼女を身悶えさせたりと色々あったが光輝達はゆっくり迷宮攻略で疲弊した体を癒した。

 

王様もリリアーナの無事を聞いて安心したようだ。

 

香織は内心、迷宮攻略に戻りたくてそわそわしていたが。

 

 

王宮に戻った後、リリアーナは自室で一人静かに考え込んでいた。窓の外に広がる庭園では、花々がそよ風に揺れ、彼女の心を穏やかにしてくれる。だが、今、彼女の胸を占めているのは、ジェイドへの想いだった。

 

ジェイドは勇者とともに召喚された使徒の一人であり、皆の前では明かしていないが、リリアーナの恋人でもある。勇敢で強く、彼女を守ってくれる頼もしい存在だ。

 

しかし、リリアーナはただ守られるだけの存在でいることに満足できなかった。ジェイドに憧れ、彼と肩を並べるほどの強さを手に入れたいと強く願っていた。

 

そのため、彼女はオルクス大迷宮の攻略に自ら参加することを決意したのだ。香織、光輝、メルド団長らと共に迷宮に挑み、己の力を証明し、ジェイド達を救い出そうとしていた。

 

王女としての責務を果たす一方で、ジェイドと共に戦士としての道も歩みたい——それがリリアーナの抱く夢だった。もっとも、リリアーナにはジェイドのためなら、王女の地位を捨てる覚悟もあるが。

 

「私も、ジェイド様のようになりたいです…。彼を守れるくらい強くなって……」

 

リリアーナは小さく呟き、決意を新たにした。彼女はただの王女ではなく、戦場でジェイドと共に立つ存在となるため、迷宮攻略に全力を尽くすことを心に誓った。

 

自室の机には、ジェイドがかつて贈ってくれた小さなペンダントが置かれている。シンプルな銀の鎖に小さな青い石が嵌まったものだ。彼がオルクス大迷宮に潜る前日の夜のプロポーズの記念に、リリアーナに渡してくれたものだった。尚、この製作者はジェイドや処刑人達と共に奈落の底で冒険しているのであるが。

 

「お前を守る」と笑顔で言ったジェイドの顔が、彼女の脳裏に浮かぶ。

 

「私だって、あなたを守りたいですよ、ジェイド様…」

 

リリアーナはペンダントを手に取り、そっと握り締めた。王女としての立場と戦士としての志、その両方を背負う覚悟が、彼女の瞳に宿っていた。

 

 

一方、ランデル王子は自室で苛立ちを募らせていた。香織への想いが届かないだけでなく、アリナが奈落に落ちているという現実によって、彼の心は混乱と怒りに支配されていた。アリナは勇者一行の一人で、ランデルが香織と同じくらい好意を寄せていた少女だった。しかし、迷宮の深層で彼女が奈落へと落ち、光輝の言い分を信じ込んだ聖教教会によってその原因がハジメにあるとランデルは信じ込んでいた。

 

「南雲ハジメ…、あの無能のせいで、アリナが……!」

 

ランデルは拳を握り締め、悔しさに身体を震わせた。彼はまだ十歳という幼さだが、恋心と嫉妬に翻弄され、心が休まる時がなかった。香織への淡い憧れと、アリナを失った悲しみと未練が交錯し、彼を苦しめていた。

 

ランデルにとって、ハジメは全ての元凶だった。アリナが奈落に落ちた時、ハジメが彼女の隣にいて彼女に守られていたことが、ランデルの怒りを増幅させていた。ハジメがヘビモス戦でヘマをやらかさずすぐに逃げていれば、アリナは助かっていたかもしれない——そんな思いが、彼の幼い心を支配していた。

 

「あの南雲ハジメさえいなければ、アリナは生きて戻れたのです。王子として正義を示すべきです」というイシュタルの言葉が、ランデルの心に棘のように刺さっていた。

 

「あの無能さえいなければ……!」

 

ランデルは壁を叩き、荒々しく息を吐いた。しかし、その怒りの裏には、自分自身の無力さへの苛立ちもあった。香織を守れず、アリナを救えず、ただ感情に振り回される自分に、彼は歯がゆさを感じていた。処刑人には見せられない表情である。

 

そんな弟の姿を、リリアーナは心を痛めつつ呆れながら見つめていた。彼女はランデルの気持ちを理解しつつも、彼が冷静さを取り戻すことを願っていた。また、聖教教会の言いなりになってるところも、彼女の不安を増幅させた。リリアーナは弟の叫び声を聞きつけ、静かに彼の部屋の扉を叩いた。「ランデル、入るわよ」と。

 

「ランデル、あなたはまだ若い。感情に流されず、冷静に考えることが大切よ」

 

リリアーナはそう諭したが、ランデルは耳を貸さなかった。彼の心は恋と嫉妬で埋め尽くされ、姉の言葉を受け入れる余裕がなかった。

 

「姉上には関係ない!あの無能を許せないんだ!」

 

ランデルは声を荒げて部屋を飛び出し、リリアーナはただその背中を見送るしかなかった。彼女は弟の成長を願いつつも、今は時間が彼の心を癒すのを待つしかないと悟っていた。




ちなみに裏設定ですが、リリアーナのペンダントは、ジェイドの依頼でハジメが魔石を使って作ったアーティファクトです。その出来にウォルペンが感動し、ウォルペンのハジメ擁護につながっています。ちなみに、そのペンダントの依頼がなかったら、オルクス大迷宮に行く前に銃を作っていたので、もしかしたら展開が変わっていたかもしれませんね。ただ、そこまでハジメが錬成できたのも、アリナのアドバイスによるものが大きいです。このペンダントはいつもリリアーナが戦場にお守りとして持っていっており、これを持つと魔力が上がるという効果があります。リリアーナが短期間の特訓でここまで戦えてるのもこのペンダントによる貢献が大きいです。

セリフと地の文分けると時間がかかるのですが、次話更新が数週間程度遅くなってでも分けるべきですか?

  • 更新優先でお願いします。
  • セリフと地の文分けるの優先で。
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