ハナコとピエロ 作:浦々浦和
気分が最悪な日の雨は特に嫌になります。
湿度という温度よりも人に不快感を与える要素が強いせいなのか、それとも夏の暑い時期にも関わらず体温を奪う程に冷たい雨が制服を濡らし身体に張り付くせいでしょうか……なんて、答えは決まっています。
「私の気分が酷く沈んでいるから」
出来てしまうが故に求められるというのはきっと、喜ぶべき事なのでしょうけど出来過ぎでしまうが故に誰も私を見ようとせず、求められるのは私が生み出す成果ばかり。
クラスメイト達の様に私だって何処のお店のクレープが美味しいのかとか、何処の化粧品は色艶が良いとか、可愛いぬいぐるみとかの話をしたいのに私が話しかけるだけでクラスメイト達は──
『あ、えっとなんでしょうか浦和様』
──そんな畏まり、私の顔色を窺わないで。
私はただ皆さんと同じ様に話をしたいだけなのです……そうして、ただのお友達として日々を過ごしたいだけなのに。
「……何処かに消えてしまいましょうか」
トリニティが駄目ならミレニアムに、そこでも駄目ならゲヘナにでも……きっと何処かには私がただの私で居られる場所がある筈です。
この思いが単なる現実逃避であったとしてもそう願わずにはいられない程に私の心は擦り切れていました。
「おやぁ?それはそれは残念ですねぇ。貴女、せっかくとても良い神秘をお持ちですのに何処かへ消えてしまわれるのですか?」
パシャリと水を跳ねる音が聞こえてすぐ後にとても軽薄で、言葉だけならまるで私を心配している様に思えるのにその声には大凡、他人に向けるべき心配の意味合いはなく、単なる事実確認としての意味合いが殆ど。
なのに、道端で女性に声をかけ一回だけの関係性を求める様なナンパな声の主は傘すら持っていなかった私に傘を差し出していた。
「今日の天気は雨!いくら夏で暑苦しいとは言え、濡れた衣服は思っているよりも体温を奪いますよぉ?傘を忘れてしまったのなら、このワタクシが貸して差し上げましょう!!あぁ!!気にしないで気にしないで。ほら、この様にもう一本、持っていますから」
手品の様に傘を持つ手と反対側の手にポンっと折りたたみ傘を取り出した声の主は、相変わらず軽薄なまま私に元々持っていた傘を押し付けると、意外な事に子供向けの宇宙船が描かれた折りたたみ傘を開く。
目の前に居たにも関わらず、漸く私は視線を上げて声の主を見ました。
「はぁい。下を俯いてばかりでは見える物も見えませんよマドモアゼル。あぁ、だからと言って上ばかり見ていても足元に転がっている大切な物を見落とすかもしれませんが」
「……ピエロ?」
「おや、おやおや?今はちょっとした偽装工作をしていたのですが、こうもあっさりワタクシの姿がバレてしまうとは!!やはり、良い神秘をお持ちですねぇマドモアゼル」
偽装?そんな分かりやすくピエロの化粧をしている人の何処に偽りが……って、あら?よく見ればノイズの様なものが走ってスーツの男性の様にも見えて……?
「……ミレニアムの人ですか?雨の中でも偽れるレベルの光学迷彩が開発された話は知らなかったのですが」
「なるほどなるほど。少しばかり出力を上げればマドモアゼルの様な神秘を持つ方でもワタクシの偽装は通じる様ですが、これではバッテリーの方が保ちませんねぇ。まぁ、良いでしょう。ちょうど人通りはありませんし」
何やら一人で盛り上がってる、で良いんでしょうかね?この方、ずっと声が軽薄で何が真実で嘘なのか分からないんですよね。
ただ、何故かこのピエロの不審者を前に私は警戒心を抱けないのが我ながら不思議です。
「ワタクシはそうですねぇ……ピエロでもありマジシャンでもあり、神秘の探究者でもあるのですが」
「不審者にしか見えません」
「辛辣しかして真実!ピエロとは総じてそういうものですものねぇ……まっ、純然たる事実は横に置いてポイ捨て!!話を進めましょう」
「……」
貴方が勝手に脱線しているだけではと突っ込むのは野暮なのでしょうね恐らく。
「マドモアゼルが纏う神秘、ワタクシが思うに真実を暴く或いはそれに類するナニカなのですよ。もし、宜しければワタクシに研究させてはくれませんか?見返りはそうですね……マドモアゼルがこの神秘を嫌うのであれば封じましょう。如何です?」
怪しいとしか思えない提案。
そもそもとして今出会ったばかりの男性にその様な提案をされて、はい、と即答出来る人など居ないでしょう。
けど、私がこのままでは拒否すると見抜いた彼が付け加えた見返りが釣り針の様に私の胸に引っかかって言葉が出てこなくなってしまいました。
「ワタクシにはマドモアゼルが何に悩んでいるのかは皆目見当がつきませんが、えぇえぇ、他者とは違う事に悩んでいる事ぐらいは先程の蚊のような呟きで察しますよぉ?であればあるのならば、ワタクシが愚考致しますにその悩みは嘆きは!マドモアゼルの神秘に由来するかと!!」
思考が誘導されている。
頭の片隅で目の前のピエロに対して確かな警鐘が鳴り響いているのに、纏わりつく言葉が思考を絡め取る軽薄な声が警鐘を掻き消して私の最も弱い部分を突いてくる。
「──ご安心なさい。ワタクシはマドモアゼルが望む者になりましょうや。そして貴女に微笑みを。えぇ、ピエロとは総じて笑われ慰める者ですので」
──雨の中、自分が濡れる事を厭わずに片膝を着きながら、私へと伸ばされたその手を気が付けば取っていた。
「うふふ。これでワタクシはマドモアゼルのオトモダチですねぇ」
「友達……」
「はぁい。トモダチですとも」
あぁ……いつか出会う誰か。
このピエロの手を取ってしまった私は愚かですか?
こんな幻覚が見えたってだけ。続くのかは分かりゃん。
浦和ハナコは面倒な女だよ(性癖開示)