ハナコとピエロ   作:浦々浦和

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IFルートです。


引き金を引けず──前に進む。彼との日々を胸に

 引き金に指をかける。

 あと数秒もあれば銃弾が発射されるという瞬間に私は見てしまった。

 

「……」

 

「ぁ」

 

 満ち足りたと言わんばかりの目をしているピエロさんを。

 その瞬間、指は動かなくなりそれでもと力を入れようとして──間に合いませんでした。

 

「がっ、ぐっ……ぁああああ!!」

 

「ピエロさん!!」

 

 右腕から始まった亀裂が瞬く間に全身へと広がっていき、絶叫をあげる彼に全てを投げ捨てて駆け寄る。

 この時ばかりは私の頭の良さを恨みたくなる……間に合って欲しいと願う心を裏切り、私の知性はもう駄目だと告げてくるのですから。

 

「ピエロさん……ピエロさん……ピエロさん!!」

 

 涙がボロボロと溢れて彼の顔を濡らす。

 雨でも降っているんじゃないかなんて、思う程に涙が溢れて彼の顔を濡らしていくけどピエロのメイクは全く崩れず、こんな時にも小さな笑みを浮かべて私を笑わせようとしてきます。

 

「こんな時くらい素直に泣いたら良いじゃないですか!!ずっとずっと、ピエロのメイクで誤魔化し続けたんですから……最期の時くらいちゃんと泣いてくださいよ……そんな満ち足りた顔で死なないでください……」

 

 分かっていました。

 この人は私なんかよりもずっと、深い絶望の底で自分の人生を諦めている人だって。

 だけど、そんな人だから私も全てを諦めたのにそばに居ても良いんだって思えた……敵として向かい合う事になっても生きて欲しいって思ったのに……その決意が初めて見た満ち足りた表情で鈍ってしまいました。

 

「……あは……凄い雨ですねぇ……傘、入りますか?」

 

「ッッ」

 

 バサっと音がして皆さんから私を隠す様に傘が開かれる。

 ボロボロの身体なのに、器用に左手で彼が傘を差してくれた……雨は降っていないのに。

 

「んふふっ……マドモアゼル。貴女は……手に入れたのですから……笑うべきです。ワタクシの様な人に心を向けなくて良いのです……」

 

 亀裂が広がっていく嫌な音に負けるぐらい弱々しい声なのに、そんな事に体力を使わなくても良いのに彼は私がちゃんと聞き取れる様に声を張って言葉を紡いでくれる。

 

「無理ですっ……だって……私はまだ……あの日のお礼を返せて……」

 

「……律儀な人ですねぇ。んふふっ、ワタクシがどれだけ貴女を使って実験をしたと……十分なんですよ……それでもう……」

 

「そんな悲しい事を言わないでください」

 

「悲しく……ないですよぉ?……あぁ……楽しかったですから……ワタクシ……冷たい返事も……暖かい料理も……全て諦めていたのに……んふふっ、貴女が隣に居てくれた日々は……輝いていましたから」

 

 嬉しい言葉を向けられているのに、ちっとも心が暖かくなりません。

 ヒビ割れて砂の様になって、どんどん軽くなっていく彼の身体が逃げることの出来ない現実を教えてくるからでしょうね。

 

「どうか……どうか……泣かないで。愛らしい子よ」

 

「ッッ」

 

 涙を拭う様に伸ばされた右手が私の顔に触れる前に崩れ落ちていく──もう時間は彼の優しさに甘えることすら許してくれないらしいです。

 

「グスッ……そう、ですよね。泣いてお別れなんてピエロの貴方が望む事じゃないですよね」

 

 だから、精一杯の勇気を振り絞って心の底から虚勢を張り、涙を止め笑ってみせました。

 ずっとずっと、ピエロのメイクで誤魔化し続けた彼よりはきっと簡単に出来ることだから。

 

「えぇ……それで良いのです。マドモアゼル、笑っていればいつか傷は癒せます……ほら、すぐそこに友達も……ワタクシなんかより真っ当な大人が……居るのですから……」

 

 そっと微笑むピエロの手から傘を取って、ゆっくりと立ち上がる。

 本当はもっと話をしていたいです。

 叶うのならもっともっと、煩い笑い声を聞いていたい……けど、これ以上はもう笑顔を浮かべ続ける事も出来ないし、彼も自分が砂になる瞬間を見せたくないでしょうから。

 

「ありがとうございました。ピエロ、私は貴方から色んな事を学べました。これから先、学んだ事を活かして笑って生きていきます。だから……だからぁ……安心して……ください……ね?」

 

「……えぇ。少しばかり心配ですが……あとは先生に託すとしましょう」

 

 彼に背を向けて歩き出す。

 

『んふふっ!!その調子ですよぉ!!力強くGo!!Go!!マイロードです!!』

 

 賑やかなそんな声が聞こえ、背中を強く押されました……いえ、そんな気がしただけかもしれません。

 だって、彼にそんな体力も腕ももうない筈ですから。

 

「……それなのに、どうしてこんなにも胸の奥が暖かいんでしょうかね」

 

「……ハナコ。その……」

 

 傘を差したまま、皆さんの元へ戻るとコハルちゃんが駆け寄ってきて何かを言おうと迷っている素振りを見せたので、そっと柔らかい唇に人差し指を当てて()()()()()()()()()

 

「大丈夫です。私は大丈夫ですよコハルちゃん」

 

「……うん」

 

「ふふっ。コハルちゃんは優しいですねぇ〜でも、今はほら最後の試験に遅れちゃいます」

 

 ごめんなさいコハルちゃん。

 今、優しい言葉をかけられたら何もかも放り出して泣き出してしまいそうだからこれで許してください。

 長い人生、何処かできっと必ず味わう事になる大切な人との永遠の別れ……それをこんなにも早く迎える事になるなんて全く、考えてもいませんでしたが今は歩みを止める訳にはいけませんからね。

 

「……後で思う存分、泣くぐらいは許してください」

 

 誰にも聞こえない声で呟いて、私は皆さんと一緒に最後の試験会場へと向かいました。

 

“……ハナコの事は私が見守るから。だから安心して眠ってくれピエロ”

 

 ……先生の優しい声がほんのちょっとだけ胸に痛かったです。

 

 

 

 

 

 

 

 トリニティ総合学園。

 エデン条約に向けて様々な問題を抱えていた学園だが、先生の尽力と補習授業部の努力により一先ず問題は解決しゲヘナとの来るべき日まで、確かな平和が訪れた。

 

「ふふっ、皆さん待ってください〜!!」

 

 ──そんな平和な学園で、ピエロに似たストラップを身に付けた彼女も誰もが見惚れる笑顔を浮かべて友達達と青春の日々を送っていくのだった。




ちなみにピエロは私達、つまり読者を認識しています。

神秘無効化弾を

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