ハナコとピエロ   作:浦々浦和

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ある日のゲマトリアとハナコ

 人の形を成してはいるものの、一人一人が異形と呼べる者達が外部情報など全く分からない空間に集まっている光景は正しく、悪役の集いと呼べる雰囲気を醸し出していた。

 そんな中で一際不機嫌そうに扇子を揺らしている赤く、頭部に無数の瞳がある異形がこれまた苛立ちを隠そうともしていない声を発する。

 

「あの道化師は何をしているんですか。そろそろ一時間が経ちますけど」

 

「彼の遅刻癖は今に始まった事ではありませんから。気にするだけ無駄かと思いますよベアトリーチェ」

 

「既に共有すべき事柄は話し終わりました。これ以上は時間の無駄でしょう黒服」

 

 反論の余地無しと呼べる美しい正論だ。

 遅刻癖が常習であるとは言え、待たされた者が常に律儀に待ち続けてあげる必要性など一欠片もないのだから。

 しかし、彼女の正論に同意すべき黒服は人間で言う目のような場所にある伽藍堂の光を無言のまま彼女の横へと向ける──それに彼女が気がついた瞬間、耳元で軽薄な声が紡がれる。

 

「悲しいですねぇ泣いちゃいますねぇ。ご覧のようにワタクシ、遅参のお詫びとして虚無に支配されたお遊戯場では決して手に入らぬ甘美なお菓子をお持ちしましたのに。ですがまぁ!愛知らぬ貴婦人が帰るのであれば、それはそれ!!うふふっ!紅茶でも淹れて優雅に過ごしましょうや!!」

 

 まるで始めからそこに居たという風に現れたピエロの手には確かにトリニティの高級菓子があり、瞬きの間には全員の前に優雅な香りを漂わせる真紅の紅茶が並べられていた。

 

「ッッ!!うるさいですよ道化師!!私の鼓膜を破るつもりですか!!それと私はシナモンを加えたスパイスティーが好みだといつも言っているでしょう」

 

「おや?ストレートこそ至高ということに未だ至らぬとは……崇高な大人を自称するのに嘆かわしい嘆かわしい」

 

「わざとらしく泣く素振りは辞めなさい。どうせ心からの涙など流せない破綻者が」

 

「あはぁ……ピエロの化粧を暴くのは無粋ですよぉ?そ れ に!!甘く健全なマドモアゼル達の中に混ざるには些か、化粧臭い女よりは順当!健全!むしろ愛玩ですとも!!」

 

 青筋を浮かべつつも、意地が何かか優雅さを感じさせる微笑みを貫くが対峙するピエロが、ふざけた化粧とセットになった綺麗な作り笑顔をするものだから苛立ちが加速し微かに崩れてしまう。

 

「うふふっあはは!!道化師の言葉をぉ所作を!!……真に受け取るとは底がしれますぞぉ愛知らぬ貴婦人よ」

 

 ベアトリーチェとピエロが面と向かって言葉を交わせば常に繰り広げられる光景に慣れている面々。

 

「んんっ、そこまで。飽きもせず、仲良しなのは良い事ですがピエロ。今回の会合の提案者は貴方なのですから話を前に進めてください」

 

 しかし、元々遅刻で時間を使っている以上、これ以上余計な時間は研究に差し支えると黒服が代表して止める。

 すると口論をしていた二人も揃って黒服を見てベアトリーチェの方から一歩、下がる事で終止符を打つと決めた様だ。

 

「伽藍堂の君に言われてはワタクシ、僭越ながら話を始めるしかありませんとも。えぇ、では皆々様、お手元の資料をご覧ください」

 

 指パッチンと共に突如として現れる書類に驚く事なく、全員が手に取り目を通すと大きく書かれたタイトルが目に入る──『ヘイローへの干渉に関して』と。

 

「これは……」

 

「んふふっ!伽藍堂の君、それに虚像の同胞よ。特に君達二人には役立つ成果だと自負しておりますよぉ」

 

 探求の協力者、浦和ハナコの名前と共に纏め上げられた書類にはピエロが彼女を使って、実行した無数の実験記録が書かれておりそれら全てがここに集まった者達には興味を強く惹かれるものであった。

 

『ヘイローは既存の科学では破壊が難しい代物だが、神秘を宿した遺物を利用する事でその神秘に応じた干渉力を得る』

 

 この実験には実際にピエロが、エーテルと呼ばれる神秘を宿したオーパーツを麻薬の様に吸引しハイになった際の記録が付随しているのだが、少々、言動が下の方に寄っておりベアトリーチェは露骨に表情を歪めている。

 しかし、多量の神秘を摂取する事でヘイローに触れたという事実はゴルコンダにとってあまりに大きい成果だ。

 

「爆弾などにこれを落とし込めれば生徒を殺す手段が得られるかもしれませんな」

 

「楽しみにしておりますよぉ?」

 

「完成したら私に使わせなさい。需要は幾らでもありますので」

 

 さも当然の様に生徒達を害する会話をする彼らに良心の呵責などなく、ただあるのは未知への探究心と優れた武器への興味のみだ。

 

「この神秘の無効化というのは?」

 

「其方は未だ実現には至っていない不徳の致すところで辱めを受ける処女の気分なのですがお答えしますとも!!神秘……正確にはヘイローには固有の波長があるのですよ。これに反対の波長をぶつけ合わす事で生徒達が持つ神秘が外部に与える影響を打ち消そうと思ったのですが、どうにも強すぎる波長をぶつけ合わすと生命活動が停止する様なのですよね」

 

「ふむ」

 

「あぁ!!ご安心を!!どうかワタクシを外道!!悪道!!悪魔と蔑まないでくださいな!!マドモアゼルはちゃんと生きております。本人曰く、一瞬だけキヴォトスを見下ろす様な視点になった気がするとは言っておりましたが、えぇ、生徒として生きていますよぉ」

 

「それはどうでも良い。『反転』とはまた違うのか?」

 

 ギシギシと軋む木の体を揺らすマエストロの言葉にピエロは、虚空へと向けていた視線を彼へと戻す。

 

「恐怖に至る程の力はありませんよ。崇高へと至る鍵にはなり得るかもですが、アンサーにはなりませんねぇ。偉大なる芸術家よ」

 

「そうか」

 

 落胆はなく、当然と言った声色で受け流すマエストロ。

 暫しの間、集った悪い大人達は科学的或いは神秘学的な観点で様々な実験が執り行われた記録に目を通していき、紅茶と高級菓子を食べ進める。

 

「……やはり興味深いのは視点が変化した記録ですね。これはやはりキヴォトスが『神々の箱庭』である証拠でしょうか」

 

「かもしれませんなぁ。或いはワタクシ達の目に映る生徒、あぁ、子供達は皆、神の分け御霊!!下らぬお人形遊びかもしれませんよ?あはは!!滑稽滑稽!!我々は皆、神のお人形遊びにご執心の道化師やも!!」

 

「ふん。例えそうであったとしても崇高へと至れるのであれば一時的なお遊び程度、気にもなりませんよ」

 

「あはぁ……さて、ワタクシからは以上ですよ。皆々様、それぞれの拠点にお帰りになっては?」

 

 自分から集めておきながら勝手な物言いだが、この神経を逆撫でる言動もピエロの平常運転のため、特に苛立つベアトリーチェが先んじて資料を手に帰り続く様にゴルゴンダとデカルコマニーが、そしてマエストロと黒服が最後に揃って出て行き会議の場にはピエロのみが残った。

 

「──どうです?悪の組織をその目で見た気分は?」

 

 誰も居ない空間に放つ一人言にしては確かな意図があって発せられた言葉。

 居るはずのない足音が鳴り響き、ピエロのすぐ目の前に桃色髪の子供──浦和ハナコが現れる。

 

「あまり良い気分ではないですね。貴方こそどうなんですか?自分の理論が正しいと確信した気分は」

 

 ノイズが走ると共にハナコの頭上にヘイローが現れる。

 ヘイローを無効化する技術は成功しなかったが、ヘイローを隠匿しまるで透明人間のように存在させる事には成功していたのだ。

 

「うふふっ!!それはもう最高の気分ですよマドモアゼル」

 

「そうでしょうね。じゃあもう帰りましょうか。今日はカレーですよ」

 

「おぉ。それはそれは楽しみ!!」

 

 作り笑顔のまま隣を歩く大人が生粋の悪人でロクデナシである事は分かっていても、ハナコは彼の下を去らないでいた。

 今はまだ研究材料として殺される事はないが、きっと行き着く果ては死なのだと今日の一連を見ていて確信はした……確信はしたが、あの日全てがどうでも良くなった日、彼の手を取って仮初の温かさに甘えたのは自分自身。

 

「服、汚さないでくださいね。全てを包み隠さず曝け出すと言うのなら話は別ですけど」

 

「ピエロに化粧を落とせと!!それは不可能!!断固として拒否ですよぉ!!」

 

「ですよね」

 

 ──他に生きる理由がないから。

 そう言い聞かせて今日も彼女はピエロの隣を歩くのだった。

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