ハナコとピエロ 作:浦々浦和
「え?トリニティへ復学ですか?」
「はぁい。実験を一通り終わりましたし、えーと確かあのアレですよ……トリニティとゲヘナが連邦生徒会長の協力を得て結ぶ筈だったアレ」
「エデン条約ですね」
「そう!!そんな夢物語の様な甘〜い甘〜い砂糖菓子ですぐにでも溶けてしまいそうなマドモアゼル達が必死になって考えた馬鹿みたいな名前の条約が、どうやらまた動き出しているそうなんですよぉ。まぁ?ワタクシとしては別に一欠片とて興味などないのですが!!愛知らぬ貴婦人の計画の障害らしく手伝えと……やれやれ、女王を楽しませるのもピエロの役回りとはいえ面倒!!怠惰!!な、訳ですよ」
背もたれに全体重をかけて、私を見上げているのか見下ろしているのかよく分からない体勢をしている彼の顔にはくっきりと面倒の二文字が浮かび上がっています……そういう雰囲気ではなく、視認できる文字として。
相変わらずよく回る口のせいで理解に時間がかかりましたけど、要は自分が動く代わりに元々トリニティだった私が居るから使おうって事ですね。
「はぁ……全くもうこの人は」
「んふふっ!艶かしい溜息を溢すにはまだ早いですよぉマドモアゼル!!そういう色気は愛知らぬ貴婦人がするから絵になるのですよ。えぇ、例えそれが泥で描かれたものだったとしても!!」
「全く褒めていませんよね?……確かに私はトリニティ生でしたけど、貴方に拾われてからもう一年ですよ?流石に除籍されています」
退学届とかを出さなかったので、恐らく失踪という形になっているのでしょうね。
あの学校はそういう
「マドモアゼルがトリニティ生であった事に今は感謝感激の雨あられ!!なんと今なら棒付きの飴ちゃんも差し上げちゃうくらいには助かっているんですよぉ」
「……まさか」
「はぁい。そのまさかです!!今、この瞬間からマドモアゼルは休学届を出していた事になります!!パチパチ拍手喝采歓声の上げどころですぞぉ?」
トリニティが最新鋭を追い求めるミレニアムとは違い、古くからの伝統を重んじるのが裏目に出ましたね……。
どういった能力なのかはこの一年の時を過ごしてもよく分かりませんでしたが、彼は何処からともなく、物を取り出す事が出来てしかも取り出した瞬間を目撃しなければ周囲の人は異変に全く気が付かない。
雨の中で傘を持っていないピエロが居て、一瞬違うところに視線を向けただけでそこには傘を持ったピエロが居ても取り出した瞬間を見ていないから変なピエロが居るとなってしまう。
明らかに理屈を超えた現象なのですが、大事なのはトリニティだからこそ彼の手段が通じたという点から考えるに
「よくトリニティに侵入出来ましたね」
「道化師を舐めてはいけませんよぉマドモアゼル。手数の多さと器用さに関しては結構自信があるのですから!!」
ペラリと差し出されたのは予想通り、私が出した事になっている休学届の控えでした。
「……これもう命令ですよね?」
「YES YES!!正解御名答!!イェーイ!」
「はぁ、分かりましたよ。他に何かする事は?」
「特には。マドモアゼルにはトリニティに戻っていただき、気になる事があればワタクシに教えてくだされば結構。んふふっ!楽しい楽しい学生生活を送っていただいて大丈夫ですよぉ」
私が今更、そんな生活を送れない事ぐらい分かっているでしょうに……やっぱり悪趣味なピエロです。
「さてさぁて?多少の忌避感こそあれど、ワタクシの
トリニティ総合学園へと向かっていくハナコの背中を見送るピエロは、相変わらず軽薄な笑みを浮かべたまま周囲を歩く誰にも気付かれずに佇む。
「ワタクシ達……いいえいいえ!愛知らぬ貴婦人が虚無の学徒を用いて戦乱を起こす事を知りながらマドモアゼルは果たして望んだ学生生活が出来るのでしょうかねぇ?うふふっ!!或いはワタクシとマドモアゼルの友情すらも溶かし解して、踏み躙り正道に戻されるか先生よ」
どちらに転んでも道化師である己にとっては面白くなるだろうとピエロはケラケラと嗤う。
やがて数多くの人混みに紛れて、ハナコの姿が見えなくなると今までの笑顔が嘘の様に真顔へと戻り澄み渡る青空を見上げる。
「──これで形は歪みましたが正当な道の上に駒は揃うでしょう。誰も信じられぬ気高くも愚かしき子はユダを見つけ出す為に小さき、箱を作り出し裁定者として先生は招かれる」
両手を目一杯に広げるピエロはまるで、サーカスの演目を楽しむ観客達を煽る様に声高らかに言葉を紡ぐ。
「ですがぁ!!盤上の駒は道化師によって歪んでおりますよぉ!!真実を見抜く賢人さはそのままに、他者への愛を閉ざされてしまったあの憐れな愛し子に貴方の尊き、愛が!!美しき青春が!!届き得るのかワタクシは特等席にて見学させて貰いますよ」
口が張り裂けんばかりの笑顔を浮かべ、ピエロはまだ青空を見上げ続け──
「では答え合わせの時にまた、会いましょうや。先生?」
──人混みが彼を覆い隠し、晴れる頃にはそこに誰も居なかった。