ハナコとピエロ 作:浦々浦和
“うーん、これはどうしたものかな……”
トリニティの生徒会、所謂ティーパーティから勉学において劣っている生徒達の面倒を引き受けた先生は、机の上に並べられた回答済みのテストを眺めて頭を掻く。
70点を越えれば合格のテストにおいて、二点というあまりに残念な結果を残している正義実現委員会所属の『下江コハル』
同じく不合格ではあるが、学習意欲の高さでは現状、コハルよりも希望が持てる『白洲アズサ』
恐らく、ペロログッズ集めにテストをすっぽかしていなければこの場にいる事はなく、テストも無事に合格点以上の『阿慈谷ヒフミ』
彼女達はそれぞれの問題点を抱えてはいるものの、テストを普通に受けており結果から次はどこに力を入れて教えれば良いか分かりやすくて助かるのだが、残りの一名が問題であったのだ。
“
補習授業部の最後の一人、少々、アレな言動が目立つもののニコニコと笑顔を浮かべ時に個性が強すぎるあまりに勉強に身が入らない面々を諌め、ムードメーカーの役割を担う『浦和ハナコ』
一年間の休学を挟んだ為に補習授業部入りとなった彼女は、前問が分かるのなら問題なく解けるはずの次の回答を真っ白にし、合格点ぴったりに受けるという綺麗な手抜きを行なっていた。
“それに……私の気のせいじゃなければテスト中のあの目、酷く無機質だった”
誰よりも早くペンを手放していたハナコ。
後ろの席という事もあり、全員の様子が観察出来る彼女はニコニコと笑みを浮かべてはいたもののほんの一瞬、先生が別の所を見てすぐに視線を戻した際にとても退屈に満ちた目をしていた。
先生としてこういう事を考えるのは間違っているとは分かっているが、先生が見たあの目は他のみんなを
“……詳しく話を聞かないとかな”
生徒が困っているのなら手を貸すのが先生の役目だしね!っと立ち上がった先生は、大人として極めて善性な精神で触れてはならぬパンドラの箱を開ける選択を選んだ。
開かれた箱の奥に眠る『希望』へと先生は辿り着くことが出来るのだろうか。
“やぁ、ごめんね。急に話をしたいなんて呼びつけちゃって”
「いえ、別に構いませんよ。私も一度は先生とたっぷり、言えないお話をしたいと思っていたところですので」
“意味深に聞こえるからやめようね?普通に話が出来ればそれで良いから!!”
演技ではないのでしょうね。
ピエロの側にずっと居ましたし、元々偽りか真実かを見抜くぐらいの人間観察は得意でしたから。
と、なるとこの大袈裟とすら表現出来る何処か抜けた在り方は先生の真実なのでしょう……どうして私だけを呼んだのか気掛かりでしたけど、これなら取り越し苦労の警戒でしたかね。
「うふふっ。それで?先生は私のどの様な秘密の花園を知りたいのですか?」
“また言い方……ほら、この前テストを受けたでしょ。ヒフミとハナコ以外は合格点に届かなかったやつ”
「あぁはい。第一次学力試験の。それなら呼び出すのはコハルちゃん達の方では?」
“あの二人には今後ね。私が気になったのはどうして解けるはずだった問題を解いていないのって事なんだ”
私が回答したんですから、わざわざテスト用紙を見せなくても良いですのに律儀な人です。
確かに同じ系統のしかも、公式すらそのまま使える問題を解いていないのは不自然だとは思いますけど──
「──
70点以上が合格だと分かっているのなら、70点を取ればそれ以上の努力は必要ないですよね。
どうせ、その先を取ったところで得られるのは私自身の満足感とかでしょうけど、今更ただのテストで満足感を得られませんし。
これがピエロの実験なら予想以上の成果を出すと、軽薄ですけど普段よりは人間らしい笑顔を浮かべてくれるのでそれ見たさで100点を取るかもしれませんが。
“……確かにそうかもしれない”
「あら。てっきり、お叱りでお尻ぺんぺんなどが待っているかとワクワクしていたのですが残念です」
“でもねハナコ。最初っから決めつけていたら何も得る事は出来ないよ”
とても真っ直ぐで優しい目で見つめられてしまった。
言おうと思えば幾らでも、それこそはぐらかす事だって出来たのに先生の目を見ていると何故か口が動いてくれません。
“70点を絶対に採れる自信があったから君は途中で回答を辞めた。それで結果を聞いた時、どう思った?”
「……でしょうねと」
そうなる様に調整して、分かりきった結果が返ってきたのだから当然、何かを思う事はなかったですよ。
“そうだね。でも、もし後少し頑張ってみれば何かが違ったかもしれない。100点を採れて嬉しい気持ちになるかもしれないし、99点で悔しさを感じるかもしれない。私はね”
言葉を区切った先生はゆっくりと私の両手を掴んで、その暖かさが閉ざしきっている私の心の奥に伝える様にギュッと握る。
“
ね?っと朗らかに微笑む顔はピエロとは比べ物にならない程、綺麗で暖かい。
これだけで先生がどれだけ良い大人で善人なのか理解出来る……出来てしまう程の暖かさでした。
「……セクハラですか?先生」
“ええっ!?違うよ!?”
だから私はその手を振り払い、半歩下がりながら手を後ろに回す。
これ以上あの暖かさに触れていると醜い自分が顔を出してしまいそうだったから……苦しい時に居なかったのになんて。
「コハルちゃんに同じ事をしたらダメですよ?きっと、エッチなのはダメ!って可愛い事言っちゃいますからね」
“うっ……そんなにダメだったかぁ”
「ふふっ。それじゃあ先生、失礼しますね」
作り物の笑顔を浮かべて、明るいいつもの浦和ハナコを偽って私は先生から逃げた。
誰も居ない暗い廊下を進んでいると、水道が見えたので駆け寄り蛇口を捻り流れてきた冷たい水に両手を濡らす。
「……」
──雨に濡れたあの日を思い出す冷たさが今はとても心地が良かった。