ハナコとピエロ 作:浦々浦和
ある日の事、実験が終わりピエロが淹れた紅茶を飲んでいる時にふと、私の顔をマジマジと眺めていた彼が突然話し始めました。
まぁ、彼の場合、理路整然としている時の方が少ないのですけど。
「マドモアゼルって笑いませんよねぇ。ワタクシの実験で苦しむ顔はもう何度も見てきましたが、ニコニコキラキラした顔はピエロであるワタクシにとってご褒美なのですよぉ?」
何を今更白々しく言ってるんでしょうかねこの人は……真っ当なピエロなら言う通りかもしれませんが、こと貴方は違うでしょうに。
「人を冷血漢か何かみたいに言わないでください。私だって笑える時くらいは笑えますよ」
「んふふっ!!それはそうでしょう!!何せ、マドモアゼルは晴れの日も雨の日もお空が落ちてきそうな曇りの日も、茹蛸真っ赤かになってしまう晴れの日もワラウという行為で誤魔化してきたんですからねぇ!!」
「ピエロの化粧をしなくては笑えない人に言われたくありません」
「うふふっ!!御名答!!正しい指摘ですなぁ。しかし、しかしですねぇ?ワタクシは心の底からこの在り方を望んでいるからこそ受け入れていますがぁ、マドモアゼルは違うでしょう?」
「ッッ」
あぁ、もう……人の心なんか分からない癖にこの人はいつもこうやって土足で私の心の中に踏み入ってくる。
私が嫌いな私を引き摺り出すみたいに無遠慮で、傲慢に踏み荒らして何事もないみたいにケラケラと笑う悪い人。
「……だったらなんですか」
「おや?気に障りました?オコですか?ムカムカですかぁ?あはは!!それは駄目ですよバツバツ赤点です!!大人らしく此処はワタクシがえぇ、えぇ!お教えしましょうか」
クルクルとバレェ人形の様に回りながら私の目の前にやって来たピエロは、相変わらず何処までも軽薄な笑みを浮かべたまま私の唇へと指を伸ばし、引っ張った。
「にゃにをしゅてりゅんですか?」
「うふふっ!人生笑っていた者勝ちなんですよヴィクトリー!!泣きそうな時も、苦しくて吐きそうな時も、お涙が地面を濡らす時も、最後まで笑い続けた者が人生の勝利者なのですよマドモアゼル。んふふっ!!だって、そうでしょう?世界はこんなにも滑稽なのですから!!」
ピエロの理屈じゃないですかそれは?
確かに貴方の様に年中人を小馬鹿にした態度で、失敗も成功も一纏めに笑い続けている道化師ならそう考えるのも道理だとは思いますけど。
「マドモアゼルに神秘があって、ワタクシに無いように人は平等ではありません。故に違いが生まれ、己では成し得ぬ事を他者に押し付ける。その癖、期待に応えないのであれば排斥する。んふふっ!!愚か!!醜い!!おや?この理屈で言えば神秘を持たず、マドモアゼルに実験を行うワタクシが醜いのでは?オーマイガー!!これはSANチェック!!」
真面目な話をし始めたのかと思えば、私の唇から手を離して自分の頭を抱えて悶える始末。
本当に心の底から彼が何をしたいのか、そして言いたいのかよく分かりませんがその内容自体は私の実体験からよく分かります。
他者からの押し付け──それが嫌で嫌で逃げ出したのが私なのだから。
「故にこそ笑うのですよ。他者に理解して欲しいと望むから、異なる結果が得られた時に傷つくのです。ならば、初めから他者に期待など抱かず笑い続けていればえぇ、えぇ!!万事解決!!案外、それだけで上手く時間が過ぎ去っていくものですよぉ?マドモアゼル」
何処から取り出したのか10面ダイス二つを『9』と『9』の面を私に向けるように指で挟む彼は空いている片方の手で、自分の口元に笑みを作り上げていた。
そんな事をしなくてもいつも笑顔を浮かべているのに、それを見て私は──
「似合っていませんよそれ」
──そんな分かり易い作り笑顔はやめて欲しいと思ったのです。
私の胸の内を見抜いたのかは分かりませんが、すぐにいつも通りの軽薄な笑みに戻るとピエロは先程まで座っていた椅子に腰掛ける。
「んふふっ!!マドモアゼルにも未だ可愛らしいところがあるようですねぇit'sキュート!!ピンクのハートシールを差し上げましょう!!」
「いらないです」
「あはぁ!!能面!!カチンコチン!!真顔で拒否!!痛いですねぇ……ワタクシの硝子の心はボロボロですよぉ」
形だけのショックを受けた大袈裟なリアクションを披露するピエロ。
発言のどれがふざけているのか、真剣なのかよく分かりませんが笑い続けていればという言葉は不思議な事に私の胸の内にストンっと納得の形で収まった気がします。
「……だからと言うわけではありませんが」
「んふ?」
「これで良いんですか?ピエロさん」
「あはぁ……んふふっ!パチパチ!!大変お上手ですよぉ!!」
あら、一瞬だけ目を丸くするなんて珍しいものが見れましたね。
あれだけ力説していたのに私が作り笑顔を浮かべるのがそんなに意外でしたのでしょうか?
「ではでは!!ご褒美に此方を差し上げましょうや」
引き出しから何かを取り出した彼は無駄に綺麗な投球フォームでソレを投げつけてくる。
容赦なく私の顔面に向かってくる白いソレをキャッチすれば、モフっとした柔らかい感覚が伝わってきました。
「……なんですかこれ」
ピエロの化粧をした鳥……が一番近いでしょうか?
だらしなく開かれた嘴からはベロンっと舌が出ていて、両目は左右別々の方向を見ていているせいで何処を見ているのか分からない間抜け面をしたぬいぐるみ。
「とある遊園地とのコラボ商品である
「……いえ、気持ち悪いです。余計に」
あぁ、なんでこんな事を思い出しているのか理解出来ました。
「私の方からご褒美を用意しました!!良い成績を出せた方には此方の『モモフレンズ』のグッズをプレゼントしちゃいます!」
まさか、補習授業部に来てアレを目にするとは思わなくて、少々現実逃避をしていたんでしたね。
ヒフミさんの様子からして、私のバッグに
「ふふっ。良いんですか?ヒフミちゃん。それ、私物では?」
「あ、はい。確かに私が買っていた物ですがこれらは布教用ですので!遠慮なくどうぞハナコちゃん!」
“うんうん。布教用の確保は大切だよね”
それ、理解者顔で頷いてて大丈夫なんですかね先生?……もしかして、あのピエロも布教用に?
……あり得ませんね。
そんな関心を持つ人じゃないですもの。
「あら。それなら遠慮なく戴いて管理されたヒフミちゃんの芳醇な匂いを堪能させていただきましょうか」
「えぇ!?そ、その流石に洗濯をしてますからその……えっと……」
「ちょっとハナコ!?ヒフミが困ってるじゃない!!エッチなのは駄目!!」
「あらあら」
怒られてしまいましたしこれぐらいにしておきましょうか。
相変わらず他人との距離感が分かりませんが、怒られたという事は無遠慮だったのでしょう。
「ヒフミ!!これ、どれを貰っても良いのか!?」
「はい!!その為に用意しましたから!!」
私には全く良さが分かりませんが、アズサさんはモモフレンズのグッズが気に入った様ですね。
「えぇ……」
コハルさんは逆にドン引きしてるみたいですけど。
まぁ、好みはありますからね、仕方のない事でしょう……青春、こういう光景をそう呼ぶんでしょうか。