ハナコとピエロ 作:浦々浦和
「ンフッ!!フフフフフフ!!あぁ、あぁ!!やはり起きてしまうんですねぇ!!濁り澱んだ瞳では純真無垢な心など見通す事は出来ずにぃ、悪魔の宴を赦し積み重ねた努力をゲラゲラ!!クスクス!!アッハハハ!!と嗤う惨事は!!」
今なお、黒煙をあげる建物を眺めながらピエロは嗤う。
悪意に屈する事なく、必死に足掻き続ける彼女達の成果が一瞬にして灰と変わった光景が面白くて面白くて仕方がない彼は大きく広げていた手でヒラヒラと舞い散る紙片を掴み取る。
「あはぁ。マドモアゼルにしてはしっかりと問題を解いていた痕跡が見受けられますねぇ?んふふっ!!あれほどワタクシが忠告しましたのにぃまだキラキラと美しい御心をポイっと!お捨てになっていないとは……お可愛いキュート!!」
回答用紙がチリ同然になっていなければ、見覚えのある字が最後の方であろう問題に書かれているのを見て笑う。
「やはり運命というレールはガタゴト、ガタゴトと決められた道を強制するのですかね?それともワタクシの小細工チマッとした努力など意に返さぬ程に青春というのはシュワシュワ!!ピカピカ!!クリアクリンと闇を払ってしまうものなのか」
努力がゴミと化した光景に慌てふためく少女達を遠くから眺めながらピエロは踊り続ける。
自らが仕込んだ諦観と悪意が最も花開く時が来るなら、此処であると考えながら先生とハナコを見つめる。
「──貴女であれば箱庭を作りし哀れな少女を相手取るなど実にイージーでしょう。ワタクシの言葉に縛られつつも、微かにゆっくりとスロウリィに心を許しつつあったオトモダチ達を悲しませた報復を!!望みますか?マドモアゼル。あぁ!!それともそれとも、綺麗事を語り
遥か遠くを見つめつつピエロは高笑いをしながらゲヘナの闇へと消えていくのであった。
“ちょ、ちょっと待ってハナコ!?”
「何か考えがあるのですか?」
補習授業部の合宿場にある先生の寝室で、慌てる先生と制服に着替え武器を携えている冷え切った瞳のハナコが居た。
事の発端はナギサの妨害により、ゲヘナ郊外で行われる事になった第二次学力試験で起きた爆発事件であった。
どれだけ努力をしたとしても、成果となる回答用紙が消し飛んでしまえば証明は出来ず、明らかに常軌を逸した行為は恐らく彼女達の心を折る目的もあったのだろう。
“ナギサの行いに怒っているのは分かる……けど、トリニティを転覆させるなんてダメだ!!”
「そ、そうですよ!!ハナコちゃん!!そんな事をすればテストととか関係なく、退学になってしまいます!!」
連日、相談に訪れていたヒフミも悲痛な声で訴えるが、ハナコは顔色一つ変える事なく彼女の方へと視線を向ける。
「……あぁ。なるほど。やっぱりそうでしたか。初めから補習授業部はその為に作られたんですね。それを先生とヒフミさんは知っていたと」
「え、ハナコちゃん……」
ピエロの介入がない時間軸では、単なる生徒の一人としてアズサを心配した彼女が相談に来る事で知る筈であった事柄を、彼女は己の知性のみで辿り着き予想していたのだろう。
答え合わせが出来たと小さく頷くその目は何処までも冷え切っていた。
“ハナコ……”
「そんな縋る様な目で見ないでください先生。そもそも私は──」
「大きな声が聞こえた!!大丈夫か!?……て、ハナコ?」
彼女の後ろで騒ぎを聞きつけたのであろうアズサが大きく扉を開きながら現れ、その後ろにコハルが続いて現れる。
彼女らは部屋に流れる不穏な空気を察知し、特に経験から敵意を持つ者が誰かを見抜く事に長けているアズサは自身を見るハナコの名を微かに震えた声で呼んだ。
「あぁ。ちょうどよかった」
それが彼女にとって隠しておきたかった真実が暴かれるキッカケになるとは知らずに。
「私、これからナギサさんを潰しに行こうと思ってるんです。一緒に行きませんか?
「ッッ!?」
「え?アリウス?」
一気に表情が強張るアズサ。
コハルのキョトンっとした声だけが室内に虚しく、響き渡り少しの沈黙が場を支配する。
“ナギサの言っていたトリニティの裏切り者……まさか”
「……」
沈黙を破った先生の言葉にアズサは苦しげに表情を歪め、ハナコはそんな彼女を冷たく見つめる。
「……あぁ。そうだ私だ。だが、ハナコの事は聞いていない」
「そうでしょうね。アズサさんを潜入させた人と私をトリニティに戻した人は同じ組織であっても、とても仲が悪そうでしたから」
状況の変化に追いつけず、視線を彷徨わせるヒフミとコハル。
彼女達はトリニティで深く政治に関わっていない為に、アリウスという単語を聞いても理解が全く出来ないのだろう。
「……えっと、急に何の話?」
「私はアリウス分校の出身で、書類上偽ってトリニティに潜入している……その目的はティーパーティのナギサのヘイローを破壊する事だ。ハナコも同じなのか?」
「ヘイローの破壊……なるほど。あの人が興味を持ちそうな事ですね。あぁ、別に私は何かしろと命じられている訳ではありませんよ。アズサさんを送り込んだ人の手伝いをしろとは言われましたけど」
付け加えるのなら楽しい学生生活を送れと言われてはいるが、それを話せば場がややこしくなるだけだとハナコは口を閉ざす。
「……そうか。じゃあ私を手伝ってくれハナコ。私は──ナギサを守りたい」
「は?」
それは初めてハナコが見せた怒りだった。
心の底からアズサの発言を理解出来ないと髪を逆立てる程に怒りを露わにする彼女に、この場の誰もが息を呑む。
「私の……聞き間違いですか?アズサさん。貴女は今、なんと言いました?」
「……ナギサを守りたい。このままではエデン条約が結ばれる前に彼女は襲撃される。そうなればキヴォトスに大きな混乱が起きる。その際、アリウスの様な学校が生まれるのは嫌なんだ」
どうか聞き間違いであって欲しいというハナコの願いは、アズサの砂糖菓子の様に甘い理想によって否定された。
自分を偽り続け、補習授業部という楽園に身を置いていた筈の二人。
けれど、彼女らが下した決断は真っ向からぶつかり合ってしまうものだったのだ。
「随分と甘い事を言うんですね……今、この全ての現状がナギサさんによって仕組まれたものだと云うのに」
「違う。私が裏切り者としてトリニティに来なければこんな事にはなっていない」
「もっと穏便に事を済ませる方法は幾らでもあります。それを選ばず、尤も簡単で多くの人が傷付く方法を選んだのはあの人です。話し合いが出来ない人に対話を選んでどうにかなるとでも?」
「……それでも守らなければならない。私達以上の多くの犠牲が生まれる前に」
「そんなものは自業自得ですよ。あの人の身から出た錆。そもそも、私達に他人を慮る余裕があるんですか?今、この状況がどうしようもなく苦しいというのに」
「自分が苦しいからと言ってそれを他人に強いていい理由にはならない。そんな事をすれば何処までも憎しみの連鎖が続いていくだけだハナコ」
二人は頑なに自分の考えを譲らない。
ハナコは自分を突き動かす衝動から、アズサはアリウスという恵まれない土地で過ごしてもなお失う事のない強さからぶつかり合い、このままでは言い合いが解決する事はなく、誰も望んでいない結末が訪れるのは確かだろう。
“落ち着くんだ二人とも”
故に先生は声をかける。
この
“アズサ、君が裏切り者としてトリニティに送り込まれた理由は分かったよ。けど、どうしてさっき、ハナコに言われて偽ろうとしなかったんだい?君にはそれが出来た筈だ。唯の言葉、証拠はなにもないんだから”
「……補習授業部での時間が楽しかったんだ。なにをしても楽しいと思える時間はアリウスではなかった。私が裏切り者として皆から責められるのは構わない」
“うん”
「けど……あそこでハナコの言葉を否定すれば、ハナコは嘘吐きになってしまう。それは嫌だったんだ。あんなに楽しかった補習授業部が本当に跡形もなく壊れてしまうのが」
「ッッ……」
今にも泣きそうになりながら語るアズサの言葉にハナコは息を呑み、苦しげに表情を歪める。
アズサの言葉を疑う必要性はなかった──何処までも真っ直ぐで
“ハナコ”
「ッッ、なんですか?」
そんなアズサの本心を引き出した今だから、きっとこの言葉は届くと先生は確信を持って口にする。
“ありがとう。怒らない私達の代わりに怒ってくれて。自分の手が汚れても構わないと思える程、ハナコは皆の事が好きだから。皆の努力を嘲笑う様な真似をしたナギサがどうしても許せなかったんだよね”
「それは……」
ハナコの心を現すように持っていた銃がその手を離れて床に落ちる。
大きく落下した音が響くが、ハナコには全くその音が聞こえていない様で揺れる視線は全く定まらないでいた。
“……今回の事はナギサがもっと皆の事を、ミカがナギサの事を信じる事が出来ていれば起きなかった事だ。だからさ、ハナコ。確かに私達が置かれた状況は苦しいかもしれない。けど、もっと私達を信じて欲しい。ね?”
先生はそう言ってヒフミを見る。
彼女は状況に追いつけていないながらにも、その意図を察知して嘘偽りのない言葉を紡ぐ。
「……確かに此処から90点以上というとは難しいかもしれません。ですが、私は信じています!!此処まで必死に頑張る事が出来たんですから、きっと最高の結末がハッピーエンドが待っているって!!ね、コハルちゃん」
「うぇ!?此処で私!?!?」
ただでさえ、難しい話で思考がいっぱいいっぱいなんだから勘弁して欲しいとヒフミのキラーパスに思いながらもコハルは、自分よりも大きい筈なのにとても小さく見える背中に向かって声をかける。
「そ、その正直、いつもアレなハナコが別の方向で過激な事とか、アズサが裏切り者とか私にはよく分かってないし、正直心が折れそうになっていたけどさ。や、やるしかないならやるわよ私!!だから、また勉強教えなさいよ!!」
根拠なんてない、ピエロが居れば砂糖菓子のように甘く綺麗な理想論ですねぇと笑いそうなヒフミとコハルの言葉。
けど、それがどうしようもなく眩しいと彼女は思った。
「……全ては虚しい。それでも最善を尽くさない理由にはならないと私は信じているハナコ」
自分が言いたい事はもう話しているからと短く、けれど強く発するアズサ。
“良い友人が出来たねハナコ”
「ッッ……」
──自分を突き動かす衝動の名前が理解出来た。
此処にいる人達が好きになってしまったから、信じるのが怖かったのにいつの間にか自分の大切なところに入り込んでいた人達とこんな日々が続けば良いなと
「
顔を覆い隠し座り込むハナコの言葉に、名を呼ばれた三人は顔を見合わせ頷くと彼女に抱き着いた。
「「「もちろん/ですよ/よ!/だ」」」
温もりがハナコの凍りついた心を溶かし始めた──もう瞳は揺れていない。