ゲヘナの暴君   作:つくよ

1 / 1
プロローグ

 

 

 

 

 ゴォォォ──と、重圧を感じさせる音がゲヘナの工場内に響いていた。

 

 砲台を乗せた鉄塊が唸り声を上げながら、一定の速度を保って前進している。

 それは『ティーガーI』と呼ばれるゲヘナの主力戦車。

 学園議会『万魔殿』が誇る軍用兵器であり、防御に特化した100mmなる正面装甲は、例え零距離での被弾であっても貫通を許さないという。

 まさに重戦車の代名詞といえるものだ。

 

 そんな鋼鉄の虎とも謳われる戦車。その履帯が回る。これらは操縦士の意思に従いゆっくりと移動していた。

 何台も、何台も。

 先頭が見えないほどの長い列をなして。

 

「キキキッ。随分と時間を掛けたが、なんとか間に合ったな」

 

 そんな光景を静かに眺める女生徒が2人。

 片方はゲヘナ学園『万魔殿』の議長──羽沼マコト。

 今現代のゲヘナに携わるあらゆる自営権を有し、たった今行われている軍備拡張の発案者にして、第一人者。

 

「時間だけではない。私がこの座に就いてから、多くの手間と労力も注ぎ込んだ。反対意見を取り込んでからは多少マシにはなったが……予想より高くついたな」

 

 そう楽しそうに過去を顧みる統治者は、その腕を組んだまま、隣に佇む少女へと目を向ける。

 

「少しは労いの言葉でも掛けたらどうだ?」

 

「……」

 

「冗談だ。労働の観点で言えば、お前も大概だったな」

 

 もう片方の女子生徒は静かに、視線さえ動かさず目の前の戦車群を見つめていた。

 まるで心そこにあらずといった様子で、固定された瞳に光は見えず、そんないつも通りの旧友の姿にマコトは鼻を鳴らす。

 

「主砲が少し変わってる」

 

 そこで初めて少女の口が開いた。

 

「通常の56口径から少し改良を加えた。イロハの案だ。ヤツの虎丸ほどではないが、十分な威力は期待できる」

 

「そう」

 

 そこから再度2人の間に静寂が訪れる。だが彼女たちの耳に休息が許されることはない。

 なにせ2人がいる場所はとある製造所の1つであり、そこはゲヘナでも屈指の規模を誇る大工場。戦車の走る音に加え、パーツの取り付けや鉄が溶かされるなどいった騒音が辺りを包む。

 

 当時マコトが発表した内容は、多くのゲヘナ生を驚愕させるまでに至った。

 必要のない軍備強化に資金を費やすなど、頭がおかしいんじゃないかと。内政に興味のない生徒までもがマコトの政策に困惑。当然それに異を唱える生徒も現れ、声明後はすぐに停滞することになったが。

 

 その計画に拍車をかける人物が、突如として現れた。

 

「しかし珍しいな。風紀委員長とあろうものが、こんな所でサボりとは」

 

 マコトの隣人。もう片方の女子生徒──ゲヘナ学園『風紀委員会』の委員長である空崎ヒナは、揶揄の含んだマコトの言葉に反応を示さない。

 いつも通り。出会った頃から何も変わっていない為人(ひととなり)。人形のように口数が少なく。何を考えているかも分からない。だが腕だけは確かな、小さな風紀委員長。

 

 そんな空崎ヒナに、マコトは変化を感じていた。

 通常なら要件が済めば無言で立ち去り、何か焦ったかのように業務に取り掛かる彼女とは少し違う。

 

「そこまでなのか? お前の待ち人──(くだん)の来訪者は」

 

 お前にとって大事な人なのかと、そう言いたげなマコト視線に対し、ヒナは踵を返して──

 

「もう一師団追加しておいて」

 

 コツコツと、工場内に音を奏でながらその場を去る。

 マコトの質問には答えなかった。

 

「鬼畜め」

 

 代わりに自らの要求だけ残したヒナ。軍帽のひさし部分に触れながら、マコトはその背中に愚痴をこぼす。だが、この横柄な態度こそが空崎ヒナだと、マコトはどこか愉しそうに口を歪めた。

 彼女の言葉にはいつも気迫があった。何かに追われているような、そうな焦燥感を常に漂わせている。それ故に、彼女の部下や知人たちにその横暴さを振り撒く光景は、ヒナを知る人物からすれば珍しくはない。

 

「『ゲヘナの暴君』とはよく言ったものだ」

 

 微笑と共に呟く。

 

 いつからか、誰かが言い始めた空崎ヒナの2つ名。反対派を含む好戦的な勢力を悉く鎮圧し、ゲヘナ内部に蔓延る多くの不良生徒を再起不能してきた──それは彼女の勲章にも等しく。

 今やゲヘナ生で共通する彼女の名称でもあり、恐怖の象徴として君臨するにふさわしいものといえるだろう。

 

 ゲヘナの暴君──空崎ヒナ。

 自らのヘイローにヒビを入れた(・・・・・・)特異な生徒。

 

 その少女は今日という日を強く待ち望んでいた。

 

 

「──マコト議長」

 

 ヒナが立ち去ったのを見越してからか、マコトの背後で『万魔殿』の女子生徒が敬礼していた。

 いくら委員長といえども、その枠組みは『風紀委員会』という『万魔殿』の下部組織にあたる地位。情報規制を怠るはずもなく、声量を最小限まで留めることを意識して、その生徒はマコトへの報告を口に乗せる。

 

「たった今、連邦生徒会から発表がありました」

「内容は?」

「とある機関の設立についてです。なんでも、連邦生徒会長が考案したものとのことですが……」

「キキキッ、それは妙だな」

 

 マコトの疑念に、報告に来た女子生徒が頷く。

 連邦生徒会──各自地区の持つ独立した権限を除けば、このキヴォトス全体を管理下に置く政治組織。その最席を務める連邦生徒会長は確か、近ごろ謎の失踪を遂げたはずだが。

 何故その直後に、そのような発表がされたのか。

 

「随分と変わった置き土産をする」

「設立されたのは超法的機関『シャーレ』。どのような活動をするかは不明ですが、問題はそこではありません。情報部によると、とある大人がそのシャーレに就任するようでして……名は──」

「先生、か?」

 

 遮られた言葉に女子生徒が驚いた。それもそのはず、今しがた彼女が口にする内容は全て、()確認されたものであり、本来ならばマコトが先に知るはずがないもの。

 いつもマコト自身が頼りにするゲヘナの情報部。それよりも早く、なぜ知っているのか。そんな疑念を頭の片隅に置いて、女子生徒は表情を崩さずに続ける。

 

「その先生なる人物は不可解なことに、キヴォトスの外から来た人だと。そう報告を受けています」

「そうか、ご苦労だった」

 

 顔色1つ変えずに労いの言葉を返すマコト。その様子に、女子生徒はやや納得のいかない心情を覚えるが、それを表に出すことはなく、敬礼の後に工場内から退出する。

 確かにそれは不可解な報告だった。シャーレという謎の機関もそうだが、特に『キヴォトスの外から来た』というのは、あまりにも意図が不明瞭だ。卒業した生徒がキヴォトスの外に出向くことはあれど、逆の事例(ケース)は聞いたことがない。

 

「さて、どうなるか」

 

 雷帝の卒業からおよそ1年弱、新たな時代がゲヘナに訪れようとしていた。

 それは波瀾万丈なものなのか。あるいは例の先生とやらが何かを起こすのか。

 

 なんにせよ、卒業まで静かに過ごせることはないだろうと、マコトは内心確信する。

 

 

 未だに目の前で進み続ける、大量の戦車を眺めながら。

 

 

 

ゲヘナ暴君

 

 

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。