ゲヘナの暴君 作:つくよ
ゴォォォ──と、重圧を感じさせる音がゲヘナの工場内に響いていた。
砲台を乗せた鉄塊が唸り声を上げながら、一定の速度を保って前進している。
それは『ティーガーI』と呼ばれるゲヘナの主力戦車。
学園議会『万魔殿』が誇る軍用兵器であり、防御に特化した100mmなる正面装甲は、例え零距離での被弾であっても貫通を許さないという。
まさに重戦車の代名詞といえるものだ。
そんな鋼鉄の虎とも謳われる戦車。その履帯が回る。これらは操縦士の意思に従いゆっくりと移動していた。
何台も、何台も。
先頭が見えないほどの長い列をなして。
「キキキッ。随分と時間を掛けたが、なんとか間に合ったな」
そんな光景を静かに眺める女生徒が2人。
片方はゲヘナ学園『万魔殿』の議長──羽沼マコト。
今現代のゲヘナに携わるあらゆる自営権を有し、たった今行われている軍備拡張の発案者にして、第一人者。
「時間だけではない。私がこの座に就いてから、多くの手間と労力も注ぎ込んだ。反対意見を取り込んでからは多少マシにはなったが……予想より高くついたな」
そう楽しそうに過去を顧みる統治者は、その腕を組んだまま、隣に佇む少女へと目を向ける。
「少しは労いの言葉でも掛けたらどうだ?」
「……」
「冗談だ。労働の観点で言えば、お前も大概だったな」
もう片方の女子生徒は静かに、視線さえ動かさず目の前の戦車群を見つめていた。
まるで心そこにあらずといった様子で、固定された瞳に光は見えず、そんないつも通りの旧友の姿にマコトは鼻を鳴らす。
「主砲が少し変わってる」
そこで初めて少女の口が開いた。
「通常の56口径から少し改良を加えた。イロハの案だ。ヤツの虎丸ほどではないが、十分な威力は期待できる」
「そう」
そこから再度2人の間に静寂が訪れる。だが彼女たちの耳に休息が許されることはない。
なにせ2人がいる場所はとある製造所の1つであり、そこはゲヘナでも屈指の規模を誇る大工場。戦車の走る音に加え、パーツの取り付けや鉄が溶かされるなどいった騒音が辺りを包む。
当時マコトが発表した内容は、多くのゲヘナ生を驚愕させるまでに至った。
必要のない軍備強化に資金を費やすなど、頭がおかしいんじゃないかと。内政に興味のない生徒までもがマコトの政策に困惑。当然それに異を唱える生徒も現れ、声明後はすぐに停滞することになったが。
その計画に拍車をかける人物が、突如として現れた。
「しかし珍しいな。風紀委員長とあろうものが、こんな所でサボりとは」
マコトの隣人。もう片方の女子生徒──ゲヘナ学園『風紀委員会』の委員長である空崎ヒナは、揶揄の含んだマコトの言葉に反応を示さない。
いつも通り。出会った頃から何も変わっていない
そんな空崎ヒナに、マコトは変化を感じていた。
通常なら要件が済めば無言で立ち去り、何か焦ったかのように業務に取り掛かる彼女とは少し違う。
「そこまでなのか? お前の待ち人──
お前にとって大事な人なのかと、そう言いたげなマコト視線に対し、ヒナは踵を返して──
「もう一師団追加しておいて」
コツコツと、工場内に音を奏でながらその場を去る。
マコトの質問には答えなかった。
「鬼畜め」
代わりに自らの要求だけ残したヒナ。軍帽のひさし部分に触れながら、マコトはその背中に愚痴をこぼす。だが、この横柄な態度こそが空崎ヒナだと、マコトはどこか愉しそうに口を歪めた。
彼女の言葉にはいつも気迫があった。何かに追われているような、そうな焦燥感を常に漂わせている。それ故に、彼女の部下や知人たちにその横暴さを振り撒く光景は、ヒナを知る人物からすれば珍しくはない。
「『ゲヘナの暴君』とはよく言ったものだ」
微笑と共に呟く。
いつからか、誰かが言い始めた空崎ヒナの2つ名。反対派を含む好戦的な勢力を悉く鎮圧し、ゲヘナ内部に蔓延る多くの不良生徒を再起不能してきた──それは彼女の勲章にも等しく。
今やゲヘナ生で共通する彼女の名称でもあり、恐怖の象徴として君臨するにふさわしいものといえるだろう。
ゲヘナの暴君──空崎ヒナ。
自らのヘイローに
その少女は今日という日を強く待ち望んでいた。
「──マコト議長」
ヒナが立ち去ったのを見越してからか、マコトの背後で『万魔殿』の女子生徒が敬礼していた。
いくら委員長といえども、その枠組みは『風紀委員会』という『万魔殿』の下部組織にあたる地位。情報規制を怠るはずもなく、声量を最小限まで留めることを意識して、その生徒はマコトへの報告を口に乗せる。
「たった今、連邦生徒会から発表がありました」
「内容は?」
「とある機関の設立についてです。なんでも、連邦生徒会長が考案したものとのことですが……」
「キキキッ、それは妙だな」
マコトの疑念に、報告に来た女子生徒が頷く。
連邦生徒会──各自地区の持つ独立した権限を除けば、このキヴォトス全体を管理下に置く政治組織。その最席を務める連邦生徒会長は確か、近ごろ謎の失踪を遂げたはずだが。
何故その直後に、そのような発表がされたのか。
「随分と変わった置き土産をする」
「設立されたのは超法的機関『シャーレ』。どのような活動をするかは不明ですが、問題はそこではありません。情報部によると、とある大人がそのシャーレに就任するようでして……名は──」
「先生、か?」
遮られた言葉に女子生徒が驚いた。それもそのはず、今しがた彼女が口にする内容は全て、
いつもマコト自身が頼りにするゲヘナの情報部。それよりも早く、なぜ知っているのか。そんな疑念を頭の片隅に置いて、女子生徒は表情を崩さずに続ける。
「その先生なる人物は不可解なことに、キヴォトスの外から来た人だと。そう報告を受けています」
「そうか、ご苦労だった」
顔色1つ変えずに労いの言葉を返すマコト。その様子に、女子生徒はやや納得のいかない心情を覚えるが、それを表に出すことはなく、敬礼の後に工場内から退出する。
確かにそれは不可解な報告だった。シャーレという謎の機関もそうだが、特に『キヴォトスの外から来た』というのは、あまりにも意図が不明瞭だ。卒業した生徒がキヴォトスの外に出向くことはあれど、逆の
「さて、どうなるか」
雷帝の卒業からおよそ1年弱、新たな時代がゲヘナに訪れようとしていた。
それは波瀾万丈なものなのか。あるいは例の先生とやらが何かを起こすのか。
なんにせよ、卒業まで静かに過ごせることはないだろうと、マコトは内心確信する。
未だに目の前で進み続ける、大量の戦車を眺めながら。
ゲヘナの暴君