久遠のポラリスVS脳内どピンク無口系ボーイッシュ女主人公 作:未確認執筆物体
エッチはエッチでもHighwayのほうだがなぁぁぁーっ!
夜の首都高、C1を優美な白い車体が走り抜ける。
時刻は深夜26時。純白のFD3S型RX-7は、内回りのタイトでテクニカルなコースを流星のように駆けていった。他の車両をすっと躱し、躊躇いもせずコーナーへ飛び込み、只々焦がれるように加速を続け――。
(――こんなものか)
そのコクピットでは、パンツスーツを纏った長身痩躯がステアリングを握る。射貫くような黒瑪瑙の鋭い視線はフロントガラスの先を見定め続け、真っ白なボディカラーと対をなす濡羽色の髪は、セミショートヘアと細身のローポニーに纏められしなやかに揺れている。
端的に言って、彼女は男装の麗人といった風貌だった。
その長い脚から力を抜いてゆっくりとアクセルを戻し、名残惜しむかのように巡航速度へ。
ウォームアップを終えた1人と1台は、獣のように今夜の獲物を探す。5速3000回転。エンジンルームからは不貞腐れるような、じめじめとした低音が響く。もっと踏め、回せ、限界まで速く。スピードという底なしの魔力が彼女を誘う。
「まだだよ、まだ。抑えて」
ヴィオラのように深く、静謐な声色。宥めるように、あるいは低く身を沈める肉食獣のように。一見落ち着いた低音の裏には、確かな高揚が隠しきれず見え隠れしていた。
やがて、黒白の戦士は「彼女」に出会う。
・・・
(!)
ずっと遠く、何かきらりと光るものがあった。”それ”は一瞬の星明りのようにこちらを射抜いて、C1のうねるような道に消える。
少しアクセルを開けてそれを追った。やがて見えてきたのは、夜空のような紺瑠璃のBCNR33型GT-R。
天の川のようなサイドパネルに、廻る星を思わせる神秘的なエンブレム。リアバンパーには星型と共に「POLARIS」の文字。ポラリスさん、だろうか。
(首都高でその車、それにその綺麗なリバリー……そういうこと、だよね)
相手も同類だと認識した瞬間、全身が火炎のように熱る。待ちきれない。
爆発寸前の衝動を抑えて宣戦のパッシング――点滅するハザードランプ、乗ってきた!
相手と速度を合わせて、永遠にも思える助走が始まった。2速4500回転。セカンダリタービンが動き出す寸前で踏みとどまり、じりじりとその時を待つ。
――今!
ホイルスピンしない程度にぐいとアクセルを踏み込んだ。爆発的な加速Gと同時に13B-REWエンジンが歓喜の咆哮を上げる。天まで抜けてゆくような、ロータリーエンジン特有の高音が響く。
BEEP! レブアラームの悲鳴を合図にシフトアップ。加速が僅かに鈍る、息継ぎのような瞬間がもどかしい。
隣――いや、前方ではRBエンジンが魔獣を思わせる特徴的な重低音と共に、暴力的な加速でこちらを引き離す。4輪駆動とRB26DETTの組み合わせは、ロータリーロケットたるこちらを凌駕する驀進を見せていた。
首都高でのバトルに明確なゴールは存在しない。バトル前の走り屋同士が事前に申し合わせてゴールを決めることもあるが、そんな事は走行中のエンカウントでは不可能。ではどのように勝ち負けを決めるか――答えは簡単、ぶっちぎったもん勝ちだ。
相手の前に出て、言い訳しようがない程に引き離し、バックミラーから消す。要は、相手の精神を挫いてしまえばいい。そして――
(ちょっと離されたくらいで、おれの戦意はへし折れないよ……!)
スタートの直線で離された、それだけだ。直線主体の湾岸線ならまだしも、ここはC1内回り。ほら、目の前には恐ろしいほどの速度でコーナーが迫る。
ギリギリのレイトブレーキング。ブレーキは絶叫し、車体は軋み、身体はぐっと投げ出されるようなGを受け――そんな代償と共に、白い流線形が一気に相手の前方へ飛び出した。
(!!)
虚を突かれたのか、GT-Rから僅かに揺らぐような気配。ほんの一瞬、相手の踏み込みが遅れた。
(ここ!)
駆け出しとはいえ、そんな隙を見逃すはずもない。立ち上がりの加速で優位に立ち、最高の走行ラインを確保してさらに速度を伸ばす。
思うようなラインを取れず窮屈そうなGT-Rを尻目に、白いRX-7は力強く路面を蹴りつけ、次の、そして更に次のコーナーへと消えてゆく。
勝った。そんな確信と堰を切ったようにあふれ出す悦びと共に、やんわりとアクセルを戻す。
楽しいバトルだった。なにかと対比されがちなRX-7とGT-R、その決闘に勝ったから――それ以上に、相手のポラリスさんと自分は似た気配を感じたから。目的もなく走り回っているように見えて、何かよく分からないものに恋い焦がれ、死に物狂いでアクセルを踏んでいるような感じ。
あのGT-Rとは次に相見えた時も楽しいバトルになるだろう。その次も、ずっと先も――。
いや、違うか。首都高の夜は一期一会。今日と同じ夜は二度と無い。
軽く首を振って思考を切り替える。ふとメーター類を見やると、次の相手を見つけて連戦するには油温と水温が少し高い。クールダウンついでに、新環状方面へクルージングすることにした。
羽田線から台場線を経由し、新環状左回りへ。レインボーブリッジでアクセルをうんと踏み込みたくなるが、熱を帯びたエンジンを想いぐっと我慢。
暫く巡航していると、後方から1台、それらしい車が近づいてくる。アタック中の車かと譲る準備をするが、どうにも違う雰囲気がした。
(……さっきの33R?)
濃紺の車体は、後ろにつけるとパッシングするでもなくそのまま付いて来る。そういうことか。
走り屋の人と話すのはあまり気が進まない。ガツガツした人が多くて気圧される上、自身が超のつく口下手なのもあって、受け身なコミュニケーションに終始してしまう。
おまけに大抵の場合男に間違われる。この見た目と薄暗いPA、そして無口が合わさりボーイッシュを通り越した推定99割の男性が出来上がりだ。珍しく口を開けば零れる低い声に、「おれ」なんて一人称も悪さをしているのかもしれない。
ゆえに、大抵の場合はスルーしてそのまま走り去っていた。それで大体は引き下がってくれるし、諦めの悪い手合いからも、勘違いされたまま一方的に話を聞いておしまいだ。
でも、なんとなく今回は違う気がした。
この進路で次に近いのは、辰巳第一PA。
どんな人がドライバーなのか、期待と若干の不安を膨らませつつ、そっとウインカーを出した。
エンジンを止めてドアを開ける。途端に冬の冷気が流れ込むが、バトルで熱を帯びた身体には清流のように心地よい。軽く汗を拭って、グローブをドライビング用からメンテナンス用に替える。フロントバンパーについた砂と飛び石を払い、次いでタイヤのチェック。万が一尖った小石や釘なんかが刺さった日には一大事だ。
ふと横を見れば、スカイラインのグラマラスなボディから、男性のものとは程遠いすらりとしなやかな影がのぞいていた。
(……女の子、なのかな)
だとしたら珍しい。ここへ来た初日に出会った『12時過ぎのシンデレラ』さんのような女性もいるとはいえ、やはりバトルの世界は男性の方が多数派だ。しかも大パワー大排気量のレトロスポーツカーともなれば、存在そのものが希少種といっても過言ではない――いや、これは人のことは言えないか。
やがて彼女(多分)が遠慮がちにこちらへ近づいてきて――
「え? デッッッッッッッ――――」
彼女(確定)がこちらへ歩みを進め、だんだんとそのシルエットが見えてくる。女性らしさを感じさせる清艶な肢体。婉然でどこか控えめな足取りの奥に見え隠れする、草木が萌え立つような可憐さ。そしてなにより、暗いPAでもはっきりと分かる主張の激しい胸部。デカくないですか!? 12時過ぎのシンデレラさん! これ凄いデカいですよ!!
いやマジでデカいな、萌え立ちすぎ。とんでもないモラルハザードだよ。排気量デカすぎて自動車税が年間5億円くらいかかるんじゃないか? 車のエアロはまだノーマルに近いのに身体はワイドボディなんだね♡ 全身が空気力学を体現しているじゃん。
「――――ッッッカ!!」
それに比べておれのボディはどうだ。ゆっくりと下向きに己を眺めれば、ストンと空気抵抗を可能な限り低減した最高速スペシャルがそこに鎮座する。超こじんまりじゃん……。
更に彼女が近づいてくる。PAの街路灯に照らされ、影のかかっていたシルエットがそのベールを脱ぎ――へそ出し!?
ホルターネックの黒いタンクトップにアウターを羽織ったガトチュパンツスタイル。トップスは短く切り取られ、健康的なお腹と鼠径部が覗いていた。
履いてなくないですか!? 12時過ぎのシンデレラさん! これ履いてないですよ!!
そして何より――
(顔が良すぎるだろ……)
あどけなさを残す整った顔立ちに、心許なげな縹色の眼差し。ブルーブラックのショートヘアは、彼女の愛車と同じ吸い込まれるような夜空の色をしていた。
顔が良い。いやパーツの形とか配置のバランスとか特筆すべき点は色々あるのだが、それをイチから言い出したらきりがない。ゆえに、顔が良い。
しばし彼女をじっと見つめていると、彼女は恥じらうようにその身を悶えさせる。可愛すぎにも限度有り、しかしその愛らしさ誉れ高い。グリフィンドールに5000兆点。
「……」
「……あの」
「…………」
勇気を出してこちらから話しかけてみるが、彼女は何も語らなかった。幾度も口を開くような所作を見せるが、その声帯から音が発せられることはない。
「……えっと」
「……………………」
誰か助けてくれ、おれも会話が得意な訳じゃないんだ。会話が続くどころか始まりもしない。こちらから何か聞こうにも、上手く言葉が出てこなかった。
彼女と目が合うも、慌てるように視線を逸らされてしまう。小動物のようにわたわた、おろおろと面持ちを変え――やがて、ゆっくりとその眼を伏せた。
踵を返した彼女は、ぎこちなくその愛車へと乗り込んでさっさと走り去ってしまった。
「……あのぉ~」
ぴゅう。
誰もいないPAに虚しい風が吹き抜けた。
とぼとぼと白いRX-7に歩み寄り、弱弱しくドアを開く。そろそろ油温とか水温とかも下がっただろ、多分。
キーを差し込み、エンジンに点火。280馬力を誇るマツダの名機が、困惑の音色を上げた。
・・・
どう走ったのかはあんまり覚えていない。気が付いたら箱崎PAに車を停めていた。
よくよく考えなくとも初手「うおデッカ」はデリカシーがなさすぎるだろう、このディスコミュの権化がよ。
「……うぁー」
呻いても時は戻らないし、ましてやコミュ力にタービンが装着されるわけでもない。しかしこの羞恥と後悔を誤魔化すには、犬のように唸って過去の自分を威嚇するほかなかった。
ハンドルへ伏せるようにして周囲を見渡してみると、クリーム色の特徴的なロングバンが停まっていた。
(自転車屋さんの車?)
車外ではどこか見覚えのあるような、つなぎ姿をした中年の男性が、見定めるように周囲を見渡していた。
自転車のオヤジというよりは「メカニック」と言ったほうがしっくり来る雰囲気だ。
目が合う。
彼はおれのFDをじっくり眺めた後、こちらへ向かって歩み寄ってきた。
ドアを開けて彼に向き合う。会って話した方がいい。なんとなくだけれど、そんな気がした。
「……お前」
「?」
メカニックが、おれを見て驚くような素振りを見せる。
どういうことだろうか。自転車屋さんの知り合いはいないと記憶しているが。
「いや、野暮か。それよりお前さん、なかなかいい走りをするじゃないか」
「……はあ」
くくく、と特徴的な笑いと共に、彼はおれに声をかけた。正直さっきの会話がつらすぎて、緩慢な返事を返すことしかできない。
「マシンは殆どノーマル、駆け出しとはいえ首都高はツラいだろう……いや、マシンもそうだがお前がイチバン辛そうだな」
あ、バレました? 実はさっき初対面の女性にセクハラかましてドン引かれたんですよ……なんて言える訳もなく、口を開く勇気もなく。
ひどい顔だ、失恋でもしたか? と彼は笑う。どこか愉しげなバリトンボイスは、懐かしげな安心感を呼び覚ますようだった。
話を聞けば、彼は伝説のチューナーなる存在らしい。首都環状近辺を気まぐれに回るフリーのメカニックで、目をつけた走り屋の車にチューニングを施しているとのことだった。
「くくく、まあいい。お前、『追慕のカタクリ』なんて大層な名前で呼ばれているそうじゃないか。首都環状の大きな変化の中心にいるようだが――」
え、おれそんな名前で呼ばれてるんですか? 確かに「
「――久遠のポラリス。彼女とも戦っただろう」
心臓が跳ね上がり、悔恨に沈んだ意識が一気に引き上げられる。久遠のポラリス。久遠、がつくのか。
「今のところ、まだまだ未熟。それどころか……」
メカニックの男が何か言っているが正直何も聞こえない。あの子とまた相まみえたい、また走って、今度はちゃんとお話ししてみたい。そんな気持ちが口をついた。
「……また、会いたい」
「?」
「また会って、話がしたい」
口は自然と言葉を紡ぐ。あのバトルで彼女に感じた気持ちは嘘でも、勘違いでもないと思う。似たものを追うスピード狂特有の共感だ。
「……そうか、お前にも何か感じるものが」
「あと次はお腹を触らせてほしい」
「なあこいつ逮捕した方がいいんじゃないか?」
失礼な。あの美しき引き締まったお腹は何かしらの法に触れるものだ。摘発される前に触れておくのが筋というもの。腹にも法にも触れるってか、ガハハ。
それにしてもするすると言葉が出てくる。さっき久遠のポラリスさんと話したときは全くと言っていいほど口が回らなかったのに。
なんというか、父親に何でも話していた頃を思い出すというか――いや、今はそれよりも。
「……また、何もかも忘れるような楽しいバトルをして……次は声を聴かせてほしい。その喉が震える瞬間を見たい。複数の物理メディアとクラウドに永久保存すべき」
「やっぱりこいつ投獄した方が社会福祉だろ」
きっと彼女は美しい声をしているのだろう。先の発声焦らしプレイは正直なところ大変素晴らしかったが、焦らしは最後に解放あってこその快感である。お預けを食らっている今の状況は如何ともし難いものがあった。
だからまた会いたい。会えばきっとバトルになるし、話す機会もあるかもしれない。あの最高に熱くなる決闘と寸止めをもう一度味わえるのだ。
「今度会うとき、きっと彼女はもっと速くなっている。だからおれも、もっと速くなりたい。またあの子と逃避行みたいに走って、そのうち他のすべてを振り切って――ついでにあの瞳をもっと近くで夜が明けるまで観察したい。まつ毛長すぎたからいくつか拝借して栽培したい。きっと綺麗に、美味しく育つと思う」
「今すぐ死刑にしないか?」
さっきから物凄い暴言を吐かれている気がするが心外である。あの宝石のような瞳を見たいのは全国民の総意だろうし、あの子のまつ毛は多分日本列島を縦断できるくらい長かったはずだ。栽培に成功してみんなでしゃぶればこの国の食料自給率は遂に100%を超えるだろう。おれはこの国の未来を憂いているのだ。
「……まあいい、いやよくない気がするが。それより
「……嬢、ちゃん?」
「くくく、違うのか?」
「…………いえ」
首都高に来て、初めて女性と正しく認識された気がする。その驚きを咀嚼する間もなく、メカニックの男が口を開く。
「車、イジらないのか? さっきも言ったが、今後もココで走るならノーマルは厳しい。速さの面でも、安全性の面でもだ。近いうちお前のウデと求める速さに、車がついていかないときが来る。無邪気に走って、自分も車もツブすなんてのは悲惨だぜ」
確かに今のFDはフルノーマルだ。正直今でも限界が見えているとは思う。ただ――
「……思い出の車、だから。もっと速く走りたいのは……本当の気持ち。でも、この車をどこか少しでも変えたら、FDが知ってるFDじゃなくなる気がする」
「なるほどな。車への『愛着』は合格だ。ただ――」
彼は一旦言葉を切って。
「車っていうのは、ちょっとでも走らせるならテセウスの船と同じになる。チューニングなんて大層なことせずとも、タイヤは減るしパーツも消耗する。その車に『お前が知ってるFD』の最初の部品がどれほど残っている? 純正品どころか、入手が難しい部品は社外品だって少なくないはずだ。どこまでのラインが『知ってる』なのかは、よく見極めた方がいい。それの行きつく先は『執着』と同じだヨ」
じっくり考えな、と言って彼は身を翻す。ノスタルジアを感じさせる背中が離れてゆき、いつのまにか箱崎PAにいるのはおれひとりになっていた。
淡く色づきはじめた空が、明けの明星を陰らせる。
(キミは、どこまでキミでいてくれるの――?)
そっとキーをひねれば、鉄でできた揺り籠はその心臓をいつも通り唸らせた。
深く吐いた白い息が、排気と騒音に紛れて消えてゆく。
多分きっと続きます。
〇追慕のカタクリ(主人公)
白いRX-7を駆るスピードより女体に狂う阿呆。久遠のポラリスに一目惚れしてしまった。伝説のチューナーに既視感を感じている。
〇久遠のポラリス
星空のようなGT-Rを駆るメインヒロイン兼被害者。主人公に一目惚れされてしまった。次回喋る予定。
〇伝説のチューナー
主人公の妄言を延々聞かされた可哀想な人。百合の間に挟まるわけではない。