久遠のポラリスVS脳内どピンク無口系ボーイッシュ女主人公 作:未確認執筆物体
鋭く息を吐いて、愛車のハンドルをぐいと操作する。BCNR33の大柄な車体は滑らかにその動きを変え、私の意志に忠実な反応を見せた。
コーナーを抜けてぐんと加速。僅かな直線を挟み、次のコーナーはもう目前。目が覚めるように白いRX-7を思い浮かべながら、思い切りブレーキを踏みぬく。
全身を襲う減速Gに耐えつつ、目線はコーナーの先へ。
(まだ、足りない……!)
あのRX-7――白いFDとのバトルで見た、あの斬り込むような決死のコーナリング。勝負の決め手となったその領域には、未だ届いた感じがしなかった。
まだ足りない。足りない、けど。底まで踏みかけたアクセルをすっと戻す。
あのバトルから数日。ただがむしゃらな走り込みにも底が見えつつある。他人からの客観的なアドバイスが欲しいところだった。
それに――白いFDに乗っていたあの人。中性的な容貌で、深く響くような声をしていたあの人。何でもいいから、あの人に繋がる情報が欲しい。
(……休憩しよう)
集中しすぎも良くないし、車に要らぬ負担をかけてしまう。アドバイスと情報をくれる人にもアテがある。ひとまずアタックは中断することにして、やんわりと巡航速度へ。
クールダウンを兼ねて手近なPAに入る。辰巳第一PA。あの人と出会った場所。
ふと自販機の辺りに目を向けてみれば、休憩後に探そうとしていた目的の人物が立っていた。
「くく、お前か。随分熱を上げているそうじゃないか」
つなぎ姿の中年男性。『伝説のチューナー』と呼ばれる人物がそこにいた。
胡散臭い見た目と言動をしているが、車に関する技術と知識は本物だ。加えてメカニックとしてだけでなく、ドライバー目線のアドバイスもしてくれる存在。一週間ほど前に突然声を掛けられた時は逃げようかとも思ったが、彼のアドバイスは走りのイロハを知らない私に必要なものだった。
「……あの」
「白いFDについて訊きたいんだろう?」
「!」
いきなり核心を突かれ口を噤む。次に発そうとしていた言葉に急ブレーキがかかってしまう。……上手く言葉が出ないのはいつものことだけれど。
「お前たちふたりは最近の首都高でもかなり注目されていてな。あのバトルのことは結構すぐに広まったヨ」
彼はそこで一旦言葉を切り、ふっと本線側を見つめる。
「『追慕のカタクリ』。あいつはそう呼ばれている」
「カタ……クリ…………?」
しなやかな花を咲かせるユリ科の多年草。開花までの期間が極めて長く、白い個体はめったに見られない。
いや、花の方は何となく分かるが、ツイボ?
「追う、に慕うで追慕らしい。そう呼ばれている由来は知らないがな」
「……そう、ですか」
正確な意味は分からないが、字面とそう離れているわけではないだろう。追い、慕う。感じるものが無いわけではない。
あのFDはおそらくフルノーマルだった。
この首都高で走る人たちは、大抵が車にチューニングを施している。軽快さを狙ったライトチューンから、レーシングカーとも見まがうほどのハードチューンまで。仮に性能向上のためのチューニングがなされていなかったとしても、エアロやネオン、リバリーといったドレスアップが行われている。かく言う私のGT-Rにも、星をイメージしたデカールが貼られている。
なのに、あのFDにはそれが一切なかった。
私のGT-Rもあまり深く手を入れているわけではない。ただ、それを加味しても、バトルをした時の最初の加速はせいぜい「スポーツカーの平均程度」といったところだ。切っ先のように鋭く激しいコーナリングも、思い返せば車体が吹き飛びそうなくらい大きいロールをしていた。そういうセッティングというよりは、ノーマルのまま走っているという方がしっくりくる。
セッティングすら惜しんでただひたすら走る。何かを追うように、何かに追われるように。
「そうだな。本人と少し話したが、特にイジっている箇所はないらしい。精々リミッターカットくらいじゃないか?」
「……会ったん、ですか…………?」
「ああ、何日か前にな。くくく、気になるか? あいつのことが」
長い逡巡の後、ふっと頷く。気恥ずかしくはあるが、こんなに走り込んでいるのは先日のバトルのせいだ。あのコーナリングを超えなければ、更なる速さは望めない。再戦を欲するのは当然だし、閃光のようなコーナリングをねじ伏せて、遠ざかるテールランプを見せつけたかった。
それに逃げ出してしまいこそしたが、ドライバーのことも気になって仕方がない。
「あの。…………女の人、でしたよね」
「そうだが……突然どうした? 何かヤツと同質な粘っこさを唐突に感じて怖いんだが?」
やっぱり、あの白いFDに乗っていたのは女の人だったらしい。長身と男っぽい服装で少し迷っていたが、纏う雰囲気と何より声が女性のそれであった。彼女が最初「っか」と大き目な声で言っていた意味はよくわからないが、悪意を感じるものではない。
宵闇より深く、呑まれてしまいそうな昏い瞳。白い車体とのコントラストが映える艶やかな黒髪。手袋に包まれていても分かる、折れてしまいそうな程にすらりとした指。稲妻が一閃したような苛烈な走りとはとても結びつかない、細っこく華奢で儚げな印象が、私を未知の感情に引き寄せる。
何というか、彼女が走ってゆくその先が見えない。気が付いたら彼女はどこにもいなくなっているような気がしていた。彼女が消えてしまう前にもう一度会ってみたい。もう一度、戦いたい。
「いえ…………なんでも、ありません。……彼女とは、どこで会えますか?」
「身の安全のためにヤメといた方がいいと思うが……あいつは殆ど毎日首都高を走っている。C1とかの区間にこだわらず、環状、湾岸、横羽、そのどこでもだ。気張らなくてもそのうち会えるだろうよ」
身の安全、というのはよく分からないが、彼女は色々な場所を走っているらしい。C1に拘らず、他の場所も走ってみた方が会える確率は高いのだろう。
ポケットからGT-Rのキーを取り出す。とりあえず、今度は試しに大黒PAまで走ってみることにしよう。
「行くのか?」
「はい。…………今度は話したいですし…………また、戦いたいですから」
エンジンをかけ、メーター類を確認。再び首都高へ走り出す高揚感で誤魔化すように、私の中からなけなしの勇気をかき集める。
「次は…………逃げずに、話せますように…………!」
ぐっとアクセルを踏んで新環状からC1方面へ乗り出し。
「……あ」
走りのアドバイス、聞き忘れた……。
・・・
同時刻、首都高新環状にて。
(フゥウウウウウウ! 百合スバラシイ!!)
白いFDに乗った阿呆が、二台黒白のRX-8を追い回していた。
CAT×CATというチームがある。首都高でアイドル的な人気を誇る『ブラックキャット』と、彼女を姉のように慕う『ホワイトキャット』のコンビだ。お互いの名前を体現するかのような黒と白のRX-8は殆ど共通のエクステリア。夜のアスファルトに映えるピンクのアンダーネオンはセクシーさを、ハートのリバリーに重なるように貼られた二匹の猫がキスをし合うステッカーは、彼女らのただならぬ関係性を醸し出す。
『追慕のカタクリ』なんて呼ばれる女は他人の百合とカップリングの匂いに敏感であった。箱崎PAでホワイトキャットに出会うと、彼女の隣で警戒するようにこちらを見つめるブラックキャットを認識。すぐさま「ラヴでは?」と疑い、なんとか己の口下手を乗り越えて勝負を吹っ掛ける。勝負直前、ホワイトキャットがブラックキャットに「マミさん」と呼びかけた瞬間に限界オタクとなり奇声を発しかけたのは幸いばれなかった。
ホワイトキャットとの勝負は案外あっけなかった。本線合流からの立ち上がりはほぼ互角。しかし彼女らの関係性を早く確かめたいと邪な願いを抱くカタクリはカプ厨ガンギマリコーナリングを敢行。もはや狂気ともいえるスピードでコーナーに突っ込み、見事勝利を収めたのであった。
そこまでならまだ良かった。
だが奴は……弾けた。
PAに帰還した後、ホワイトキャットを優しく慰めつつ「コースで待ってる」とこちらへ宣戦布告するブラックキャット。二人が醸し出すインモラルな雰囲気は、カタクリに性癖リミッターカットの施工を決断させるのに十分な威力を持っていた。
二台一緒にPAから去ってゆくCAT×CATを惚けたように見送りつつ、ほとぼりが冷めた頃を見計らって自身も本線に合流。彼女らの捜索を開始した。
やがていちゃつくように新環状を走る二人を発見。先の宣戦をダシに早速パッシングをかまして今に至る。
本来ならブラックキャット一人と勝負するのであろうが――この百合カプ厨、そんなことはホホイと綺麗に忘れて、二人のケツをつつき回すことに精を出していた。走りのウデと顔の良さで誤魔化しているだけで、行動は九割がた不審者である。
ときにこちらのプレッシャーからかばい合うように、ときに互いのミスをカバーし合うように走る二人。今のところ後ろからプレッシャーをかけるカタクリ側が有利だが、CAT×CATから闘志は消えていない。ブラックキャットが引き離そうとする素振りを見せれば、ホワイトキャットはそのサポートに回る。逆も然りだ。コースと一般車を縫うようにしながら、息の合ったコンビネーションを見せていた。
まるで芸術のような連携を見せられ、追慕のカタクリはまさしく感動していた。
(やっぱり何回かヤッてるってこの二人! お互いの(自主規制)から(倫理的配慮)まで知り尽くしてないとこんな連携はできないよ! ていうか今も実質交尾を見せられているようなものだよね、絡み合うテールランプの軌跡がもうそういう風にしか見えない)
感動していた、多分。
しかし、ただ後ろからちょっかいを出すだけの彼女ではない。百合ドライビングに興奮しつつも、二人の走りそれ自体は冷静に見極めていた。
(白の方がローパワーに見える、でもその分コーナリングはやりやすそう。黒の方は若干ハイパワーだけど、白に合わせようとするとどうしてもコーナーで無理が出やすい。走りのテクニックは黒が上で、それでコーナーの乱れはカバーできてる……けど、それで振り切れるほどおれは甘くないよ!)
狙うはコーナーからの立ち上がり。ホワイトキャットの加速に無意識に合わせようとしているのか、ブラックキャットはほんの少し踏み切れていない。
「シッ……!」
鋭い気合出しと共に、一見控えめな突っ込みで車両の姿勢を変化させる。普段のコーナリングではギリギリで路面にしがみついている車体を、今はどっしりと安定した姿勢に。その分前を走る二台からは若干離されてしまうが問題は無い。
(減速が終わって、コーナーの出口に差し掛かって……今!)
RX-8たちの姿勢が安定しきる前に、RX-7がぐっと加速を始める。今までずっと突っ込み重視で走ってきたライバルが、突然見違えるような立ち上がり加速を見せるのだ。即座に対応できるドライバーは多くない。
焦ったホワイトキャットの姿勢が僅かな乱れを見せる。すぐにブラックキャットがカバーに動くも、それには自身の立ち上がりを犠牲にして、せっかく安定させようとしていた車両姿勢をまた変化させる必要がある。
必然、走りのリズムが乱れ、一瞬の停滞と車両一台分の隙間が生まれた。
それを彼女が見逃すはずがない。すぐさま鼻づらをねじ込んで更に加速。狼狽えを見せる二人をよそに、ターボ車特有のパワフルな加速で抜き去っていった。
再び、箱崎PA。半ば当たり屋じみたバトルを終えた三人が戻ってくる。
「負けちゃいましたね、マミさん……」
「相手が一枚上手だったわね。正直二人なら負けないって思っていたけど……私たちもまだまだね」
「ウッ……」
降車するなり、お互いの身体にそっと触れ合いつつ慰め合うCAT×CATの二人。
ブラックキャットがホワイトキャットの頭を撫で、やがてその手は頬から肩、肩から背中に移り彼女を抱き寄せる。ホワイトキャットもそれを拒むことなく受け入れ、両腕をブラックキャットの首へしなだれる。
遠巻きに対面する追慕のカタクリは、濃厚な関係性に中てられてただ小さく鳴き声を上げるのみだった。
「でもありさ、大胆に走れるようになったじゃない! 負けはしたけど、一人のバトルでも全然怯んでなかったし……さっき二人で戦った時も、ちょっと焦っちゃったけど相手に圧されないで、私をよく見て動いてくれたわ」
「そうですねぇ……私も、前より上手く走れるようになってるんですね」
「オッホ……」
カタクリは全身から噴き出しそうになる血液に耐えながら、彼女らから目を離せないでいる。
逢引のごとき二人の触れ合いは、人がいることも気にせずにヒートアップしてゆく。ホワイトキャットがブラックキャットの肩にかかった髪に触れ、猫が前足で招く仕草のように手櫛で梳いてゆく。ブラックキャットはそれを自然に受け入れ、彼女の背中を撫でつつ微笑みかけていた。
そうしてホワイトキャットは、相手の耳に唇を近づけ、ピアスを食むようにして――
「あなたの……おかげかな?」
「キ゜ュア」
××日未明――
首都高速湾岸線にて百合
カプ厨クソ女A(■■歳)死亡
〇久遠のポラリス
原作でも主人公以外とは割と喋ってるっぽい描写がされている人。こういう子が湿度を滲ませるのいいよね……。
〇追慕のカタクリ
この後CAT×CATの二人に看病されて再度の絶命を遂げる。
〇CAT×CAT
被害者その2。自分たちの世界に入っていたら目の前に血だまりが出来ていた。