7時に起きて、顔を洗い、朝ご飯を食べて歯を磨いてから家を出る。明日世界が滅びるかもしれないなんていう不安は持たず、ただ日々の退屈さにボヤきながら友達と電車で通学する。授業が終わるまで夜ご飯の献立に思いを馳せ、ただひたすらに終業のチャイムを待つ。
そんな『時里快人』の日常は、『明智五郎』という男によって容易く引き裂かれてしまった。
「はっ、はっ、はっ、はっ、」
冷たいコンクリートを蹴って、1人の少年が暗い夜道を疾走っていた。
「もう、ほんと、何なんだよ・・・・!」
すでに足は限界を迎えており、快人の気持ちが切れたら一瞬で動かなくなるだろうが、快人の生物としての本能が限界を越えて足を動かし続けていた。。
「この、先、もうすぐ・・・」
快人の向かう先は学校だった。
駅にも商店街にも『マトモな人がいない』異様な世界でも、学校なら誰かがいるかもしれない。
そんな楽観的な希望だけが快人の心を強く保たせていた。
「へぇ、よく走るじゃねぇか。行き先は学校か?」
後方から声が飛んでくる。
快人が走りながら後ろを流し見ると、やはり『黒い仮面の男』は快人を追ってきていた。
「学校、学校ねぇ。そこに行けば何かがある、そう信じたいワケだ。・・・・・・反吐が出る」
黒い仮面の男がこの世の全てを呪うようなダミ声を出したが、生憎と今の快人は彼の心情を気にしている余裕など無かった。
フラつく足を必死に動かし、手近な物を倒して気休め程度の妨害をしながら走る、走る、走る。
東京の複雑回忌な街並みを走り抜け、やがて快人は路地裏を抜けた。
そして。
「・・・・・・はっ、はっ、・・・・・・は?何だよ、コレ」
必死こいて走りきった快人を待っていたのは、学校ではなく『城』だった。
しかも何故だか下品なピンクでライトアップされており、あからさまに夜の店のような外観をしていた。
「パレスを見たのは初めてか?まぁ、そりゃあそうだよなぁ。なんたって『異世界ナビ』が無いと行けないんだもんなぁ」
黒い仮面の男は変わらず追ってきており、男の手には赤い刃と小銃。
武器を持たない快人では、近づいて格闘戦に持ち込んでも5分と保たないことは容易に想像できた。
「ちっくしようめ!」
快人は躊躇いながらも、城へと飛び込んで行った。
この城が何なのか、学校とどういう関係なのか。何故自分は黒い仮面の男に狙われているのか。
何もかもが分からない状況で、快人は必死に自分の生にしがみついたのである。
城内に転げ込むと、中は今の時代ではあまり見ないような豪奢な装いをしていた。
下品なほどの金、金、金。天井は見通せないほど高く、赤い絨毯は素人目に見ても贅が尽くされており、広いホールに何も置かれていない様はなんとなく空虚感もあって。
人が住むには少し華美すぎるような様子はココを設計した男の何かが透けて見えるようだった。
「何だ?侵入者か?」
今にも倒れそうな快人が城内で身を隠す場所を探していると、城の奥からパンイチマントの変態男が姿を現した。
「時里か。どうした?お前を城内でうろつかせる許可は出していないぞ?」
堂々と腕を組ながら快人の前に立つ変態男に、快人は絶句してしまった。
なにせその男が、見知った体育教師と同じ顔をしていたのである。驚かないハズがない。
「・・・・・・鴨志田、先生?」
「あぁ?ここでは鴨志田様と呼べ!何だ?お前も反抗したいのか?」
フンッ、と余裕のある表情で笑った鴨志田は、「捕らえよ」と大仰に手を振った。すると城の奥から全身鎧を付けた集団が現れ、あっという間に快人を囲い、両腕と両足を複数人で押さえつけて拘束した。
「時里。お前は坂本と違って勉強ができるから大目に見ていたが、それもココまでだ」
手足の自由を奪われた快人が無様に鴨志田を見上げると、鴨志田は薄気味悪い顔で笑った。
「何が中学生時代からの恋人だ。何が幼馴染だ。高校生の内からイチャイチャイチャイチャイチャイチャイチャイチャしやがって。目障りなんだよ!!!『芳澤かすみ』の推薦を決めたのは俺だぞ!?俺に一言あっても良いんじゃないのかぁ、えぇ!?」
笑顔のまま嫉妬100%の怒りを叫んだ鴨志田は、近くで待機していた騎士から剣を奪い取った。そして押さえつけられたまま動けないでいる快人の首元に向かって、剣を振り下ろした。
☆☆
☆☆☆☆
☆☆☆☆☆☆
「君は死んだよ。残念ながらね」
・・・・・・・・・ここは・・・。
「ここは君の精神の中。ベルベットルーム・・・とは違うんだけど、まぁ似たようなものだよ」
周囲を見回す。どうやら海の上にいるようだった。
「・・・どうだい?死んだ感想は。意外に呆気なかっただろう?」
見渡す限り海しかない空間に立っていて、頭に声が響いてくる。
「おや?まだ上手く理解できていないみたいだね。なら説明してあげよう。
君は黒い仮面の男に追われていた。そこは覚えているかい?」
頷く。声はフフッと笑うと事の経緯を喋り始めた。
「黒い仮面の男は君の命を狙っていた。しかし表の世界で殺せば何かと角が立つ。かと言って、君は『特殊な』ペルソナ使いだから廃人化もできない。そこで彼は、君を異世界へ招き、そこで殺そうとした」
・・・待て。異世界?あの人のいない世界のことか?アレが異世界なのか?
「異世界の詳しいことはどうでもいいよ。とにかく君は異世界へ招かれた。そして君は『パレス』と呼ばれる空間へ逃げ込んだ。あの城のことだよ。逃げ込んだ君はアッサリと捕まり、そして首を落とされた。
どう?思い出してきた?」
声の主は楽しそうに笑っていた。
・・・・・・いや、もしその話が本当なら俺は本当に死んだってことだよな。え?本当に死んだの?
「だから何度もそう言ってるじゃん。
君は死んだ。これが真実だよ。
それで・・・・・・どう?ねぇどんな気持ち?」
どんな気持ちって・・・・・・悔しい?
「どうして悔しいの?」
そりゃあ・・・・・・・・・もう一度くらい、かすみに会いたかったし。
「ブハハハハハハハハハハハハッ!!!!そうだよねぇ!愛しのかすみちゃんに会いたかったよねぇ!でも残念!君は死んじゃったんだよ!!ハハハハハハハハ!可哀想にねぇ!本当に、かすみちゃんが可哀想だなぁー!!!」
・・・・・・なに?お前は俺を笑いに来たの?ならとっとと帰ってくれない?
「ハハハハハハハ!あー、面白かった。ふふふ、あー、いや、うん、そうだね、本題に入らないとね!」
・・・・・・うぜぇ。なんだコイツ、早く消えてくれないかな?
逃げ道を探して背後を見るが、見渡す限り水平線で逃げ道は無いようだった。
これではどうやってもコイツの話を聞くしかないじゃないか。そう思っていると・・・。
「実は君さ、まだ死んでないんだよね」
・・・・・・・・は?
「走馬灯って分かる?
今の君は死ぬ間際の思考が数百倍に加速した状態なんだよね。
だからココは死後の世界でもなければボクは天使とかでもないし、まだ君の首は切り落とおされていない。
あと0.2秒くらいかな?それくらいしたら今度こそ剣は君の頸動脈をサッパリ切り裂くと思うよ」
は?何それ話が違うんだけど。
「ごめんね。というワケで君は死んでいません!良かったね。まだ君は生を謳歌できる・・・・・・・・・と言いたいけど、運動神経の良い君でも流石に残り0.2秒じゃ何もできないと思うんだ。
そこで『提案』なんだけどさ。
『ペルソナ』を受け取ってくれないかな?」
ペルソナ?
「そう。それを使いこなせれば君は危機を脱することができる。
迫り来る刃から生き長らえることができるし、鴨志田のシャドウと戦っても、あの黒い仮面の男と戦っても生き残ることができる
・・・・・・・・ただね。
ただそこには致命的な欠陥があってさ、だからこその『提案』なんだ」
欠陥?
「ペルソナのヨリシロに成るためには強い気持ちが必要なんだよね。多分今の君じゃ足りないと思う。
だから残酷な事実を1つ教えようと思うんだ。
ーーーーーーーーソレを聞けば多分君はペルソナ使いに成れる。でもソレを知ったら多分君は今までのようには生きられない。どう?知りたい?」
・・・・・・死ぬか、生活が変わるかってこと?なら絶対に死なない方だけど・・・。
「じゃあ言うよ。
『芳澤かすみ』はすでに死んでいる」
・・・・・・・・・・・・は?
「段々記憶が蘇ってきたでしょ?だって葬儀にも参列したもんね。一杯泣いたもんね」
え、じゃあ、・・・・・・今のかすみは。
「それは『芳澤すみれ』。かすみの妹だね。彼女も君のことが好きだったみたいで、かすみが死んで成り代わったみたいだね」
・・・・・・・・・有り得ないだろ。今まで1年間も成り代わっていたのに誰も気づけなかったってことだろ?
「そう。普通はない。
誰かが君達2人の認識を歪めたんだ。
誰かが2人から『芳澤かすみ』の記憶を消したんだ。
誰かが2人に、歪んだ事実を押し付けたんだ」
っ・・・・・・。
「怒るよね。それは当然の感情だよ。
君が好きなのは『芳澤すみれ』じゃない。なのに今まで『芳澤すみれ』を『芳澤かすみ』として愛してしまった。
『芳澤すみれ』ちゃんの方はもっと道化だよね。姉のフリして姉の彼氏と付き合ってたんだから。
あ、一応言っておくけど『すみれ』ちゃんは悪くないよ。悪いのは別の奴。
君が倒すべき相手は別にいる」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・倒すべき、敵。
「力が欲しいなら願って。それで力は手に入る」
力・・・。
「契約だよ。我は汝。汝は我。
今一時の平穏を捨て、世界の代弁者は遂にその翼を広げ始める。・・・・・・行くよ、『時里快人』」
☆☆
☆☆☆☆
☆☆☆☆☆☆
「こい、『イザナギノオオカミ・賊神』!!!!」
快人の全身から赤黒い風が巻き起こり、近くにいた騎士や鴨志田を吹き飛ばした。
「な、なにぃ!?」
ブラットボーンからやって来たような中世の外套と三角帽子。手には小銃。全身の至る所に赤い鎖が巻き付いており、何より快人の背後には身の丈3m以上ある巨人が姿を現していた。
「バカな!ペルソナだと!?」
隠れていた黒い仮面の男が叫ぶが、すでに事態の口火は切られていた。
「幾万の真言を信じて」
巨人が時計の針のような剣を高く掲げると、その場にいた全てに破壊の嵐が降り注いだ。