異世界からやってきたという冒険者があまりにも駄目だったので苦労する現地人の話   作:捨独楽

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英雄殺しの森

 

「マスター。なぜオオヒラボウシの採集任務が消えている?」

 

 酒場のマスターに問いかけたのは冒険者であった。歳は二十歳を過ぎた盛りの、刺々しい雰囲気を纏った人間族のメイジである。

 

 身に纏う暗褐色のローブは彼女が暗黒神に忠誠を捧げていることを示している。

 

 マスターは多種多様な人間が訪れるこの酒場において、個人について記憶すべき情報はその程度でよいと思っていた。

 

「ああ、その任務か。何でも先日入った活きのいい若いのが請けていったぜ」

 

「……私も請けよう。ハッシュ銀貨二枚で」

 

「高いな。ラオーネ銀貨二枚だ」

 

「……仕方ない。エリーゼの名において、我、オオヒラボウシ採集の暁にはラオーネ銀貨二枚と引き替えにオオヒラボウシを汝に渡すと誓い、ここに契約を結ぶ」

 

「おう、ボガーツの名において誓う。オオヒラボウシと引き替えに、汝エリーゼにラオーネ銀貨二枚を渡すと誓う。この契約が履行されし時我は必ず報酬を支払う」

 

 そこまで言ってから、じっとりと責めるような視線を感じたボガーツは一言言い足した。

 

「もしもオオヒラボウシを受け取りし後も我が契約果たさぬ時、一月の間が過ぎるごとにラオーネ銅貨五枚を追加で汝エリーゼに対して支払う」

 

 エリーゼが差し出したメイジらしい掌と、ボガーツの武骨な掌が重なる。

 

 契約魔法。

 

 この世界において一般的な魔法である。

 

 先に新人冒険者達が書面によって契約魔法を交わしたが、契約魔法はこのように口頭で結ぶことも出来るのだ。

 

 口頭契約の場合、双方の合意次第でとんでもない暴利契約を結ぶというケースも存在する。

 

 ボガーツは領主のお膝元であるこの酒場で冒険者相手にそんな不埒な真似をしようとは思わない。が、世間はそうではない。

 

(……もしかしたら、あの小僧達。見るからに御上りだったし、何かとんでもない契約を結んでしまったのかもしれんなぁ……)

 

 そう考えながら、ボガーツはエリーゼの暗褐色のローブが視界の端から消えるのを見送った。

 

 エリーゼや新人冒険者達が向かった森は、迷いの森。浅い入り口であれば滅多に魔物も出没せず、毒草や薬草、茸の採集で生計を立てる者も数多くいる。

 

 オオヒラボウシも、迷いの森に棲息している茸だ。

 

 ここまで聞いて、勘の良い人間ならば察しがつくだろう。

 

 そんな簡単な任務に銀貨二枚も支払われるのはおかしいと。

 

 迷いの森には、冒険者の間で有名な別名がある。

 

 それは『英雄殺しの森』。

 

 田舎から都会で一旗揚げることを夢見て流れ着いた英雄志願者の、死の魔窟なのだ。

 

***

 

「オイオイマスター。エリーゼのやつまーたルーキーの支援に行ったのかよ。よくやるよなぁ、アイツも」

 

 陽気な声にマスターは愛想笑いを浮かべた。

 

「ああ、みてぇだな。お前も行くか、『撫で斬りのブローク』?」

 

 ブロークと呼んだ相手は、人間換算では十代後半のリザードマンである。ブロークは上半身には銀製の肩当てを着けており、下半身にはスカートのような鎧を着けている。そして、腰には大振りの青龍刀を下げていた。

 

 マスターが呼んだ異名はブロークに付けられた渾名だった。その渾名で呼ばれたとき、ブロークは居心地が悪そうに身をよじらせた。

 

 ブロークが身に纏う魔力の質も覇気も一級品であり、装備の豪華さに引けを取らない。そんなブロークの口から出た言葉は、新人冒険者とエリーゼを嘲笑うかのような言葉だった。

 

「はっ!馬鹿言ってんじゃねぇや。この業界、何をやったって自己責任なんだ。明らかに割の良すぎる仕事を見て疑わねーようなバカは消えた方がいいんだよ。長靴ウサギの討伐任務、請けるぜ。ハッシュ銀貨四枚だな、間違いねぇな?」

 

「おう、間違いねぇ。……頼んだぜ。」

 

 マスターは愛想よく笑ってブロークを送り出した。先日、Cランクの冒険者が討伐に失敗して返り討ちにあった任務である。ブロークならば下手はうつまいと思っていた。

 

 送り出していった冒険者達は、何年も決まった任務を受けながら生計を立てていく。

 

 その日暮らしの不安定な生活ではあるが、危険なモンスターの討伐任務は報酬も大きい。

 

 何人もの騎士を雇用し、危険なモンスターの発生の度に騎士を動員して討伐させるより、騎士は最小限にし、モンスターを討伐に成功した個人に報酬を与える方が、割安で済む。そういう経済的事情から冒険者という職業は認可されている。

 

(……しかし、どうなるかね。エリーゼが間に合ったならよし、そうでなければ)

 

(全滅しているかもしれんなぁ)

 

 他人事のようにそう考えるのは職業病ゆえだった。

 

 冒険者に仕事を斡旋するのがこの酒場のマスターである自分の役割である。冒険者の一人一人に感情を移入し、手厚く面倒を見ていては仕事は回らないし、心が持たないのだ。

 

 マスターは治安を維持するために駆け回る冒険者達に、悪魔のように初心者殺しの森を凱旋した。それはひとえに、新人冒険者が決まって失敗する顔をしていたからだ。

 

 それはこの仕事をしてきて嫌というほどよく見た光景。

 

 破滅する人間が決まって持つ、欲に駆られた人間の目を、新人冒険者達も持っていたのだ。

 

 

 

***

 

「天斗!そっちに何かいる!」

 

「糞ぉ!またかよ!何でこんな……!強いんだよっ!!」

 

 クレイモアを振り回す強力の人間族は、喚きながら目の前の狼を叩き潰そうとした。

 

 腕力に任せた振り下ろし。今までどんなモンスターも、この攻撃を受けて潰れていったのだ。

 

 しかし、天斗と呼ばれた新人の判断は愚策であった。

 

 灰色の毛皮を持つ狼は俊敏に動いて天斗の攻撃をかわす。後に残るのは、大きな隙を晒した人間族の姿。

 

 その隙を逃す狼ではなかった。

 

「ぶあああああっ!!」

 

 天斗の喉元目掛けて狼が噛み付いてくる。天斗は咄嗟にクレイモアから手を離して、籠手で喉をガードしようと身構えた。

 

 その天斗の喉に、牙が突き刺さる。メイジの少年は火球を出そうとしたものの、天斗に火球が当たることを恐れ躊躇してしまう。

 

 それが決定的となった。天斗の命運はここに尽きた。

 

 灰色狼は、縄張りの樹木を噛むことで己の力を示す。縄張りの警告にも気付かず、灰色狼が魔力によって己の牙を伸ばすことも知らず。不用意に狼の縄張りに侵入した天斗達は、己の身で代償を支払うことになった。

 

 ズブリ、と天斗の籠手を貫通し、喉に牙が突き刺さった。

 

「天斗!」「いやぁぁぁ!」

 

 天斗と仲がよかったメンバーの二人が絶叫した。メイジの少年は必死で祈る者に声をかける。

 

 祈るもの。太陽神に祈るメイジは、病魔や死すら退ける加護を得ると言われる。

 

「御崎!治癒の加護は!?」

 

「やってるわ!……ウソ、そんな!効かない!?」

 

「……なっ、何でだよ!お前天才じゃないのかよ!」

「なっ!知らないわよ!そんなの冒険者が勝手に言ってただけのことで……っ!」

 

 

 半狂乱になりながら喚く少年は事態を飲み込めていなかった。

 

 死ぬ、という事態がこれ程現実的で、これ程あっさりと行われるものだとは思わなかった。そう、考えもしなかったのだ。

 

 メイジの少年、桜木陽由祈にあったのはこの任務を完了して暫くの間空腹の心配をしなくて済むという皮算用だけ。天斗の指示に従い行動していればなんとかなるなどというあまっちょろい考えが、天斗と、そして自分の破滅を招いたのだと気付いた時には、桜木陽由祈という黒髪の少年は頭から狼に齧り殺されていた。

 

 

「……あっあっ……」

 

「逃げるぞ!もうどうしようもない!」

 

 へたり込むスカウトの女子をモンクの少年が手を取って動こうとする。

 

 もう一人の仲間、祈るものである御崎が狼に齧り殺されている間に、なんとか自分達だけでも助かろう……などという打算があったわけではない。恐怖は時として合理的判断を妨げてしまうものである。

 

 が、事態はモンクの少年の予想より遥かに悪かった。

 

 森の木陰から、狼が二匹。新手である。

 

「そんな……こんなのって……」

 

 否、最初からこうなる運命だったのだ。

 

 狩りのとき、真っ先に向かうのは群れの中でもっとも序列が低い囮役。後から必ず本命がやってくるのだ。

 

 もはやこれまでと、モンクの黒髪の少年、皆畠南は目を閉じた。

 

「動くな」

 

 そして、その言葉と共に目を開けた。

 

 二匹の狼が……なんと、仲間であるはずの灰色狼に群がっていた。その狼の後ろには、暗褐色のローブに身を包んだ冒険者の女性が立っていた。

 

「……生存者、三名。……犠牲者、二名。これで間違いないか?」

 

 冒険者の女性が問いかける言葉に答えることも出来ず、南は意識を失った。

 

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