異世界からやってきたという冒険者があまりにも駄目だったので苦労する現地人の話 作:捨独楽
南が目を覚ましたとき、真っ先に飛び込んできたのは木板の天井だった。
「……ッ……」
ずきずきと痛む頭を抱えて寝台から起き上がる。南は、見慣れた宿舎の一室にいた。
冒険者になったとき、自分で居住地を探すか領主が提供している宿舎を使うかという選択を迫られた。南達……否、天斗達『日本国からの異世界人』は一も二もなく宿舎への仮住まいを選んだ。
仮住まいを探そうにもつてはなかった。見るからに育ちの良い異国人など、見るものが見れば単なるカモでしかなかったのだろう。町を歩けば、柄の悪い人間に後をつけられるような気配がした。それでも冒険者の宿所に入れば、そういった良くない視線はぱったりとなくなった。
個室でこそあるが私物らしい私物は着替えの麻の下着や衣類と、冒険者としての装備のみ。南にとって生命線である、レッドベアーの毛皮をなめして作ったバックラーが置かれていた。
「皆は……?天斗は……」
口に出してから、ふと南は現実逃避に走った。あの悪夢のような経験は全て夢で、
「起きたのか、ミナミ」
しかし、その幻想は無惨に打ち砕かれた。部屋の外から聞こえた声は、野太い男性のものだ。
「ロベルト……なのか?」
「おう。お前達の親友のロベルトだ……目を醒ましてくれて良かったぜ、ミナミ」
「変なこと言ってんじゃねぇよ……」
親友になった覚えはなかった。
ロベルトはライオンの獣人で、それこそ獅子のような鬣を持つ筋骨粒々の男だ。
冒険者として登録しようとしたまさにその時、ロベルトと天斗のどちらが先に登録するかという下らないことで揉めた。それ以来二か月の間ずっと、今日は何を採集しただとか何匹のビッグラットを狩ったとかで張り合ってきたにっくき同業者だった。
「どうしてロベルトがここに居るんだ。お前にも仕事があった筈だろ」
「お前の彼女……シオリだったか。彼女の依頼でな。お前が安静にしているかどうか診ていて欲しいと頼まれた。報酬は既に貰っているから気にするな」
「彼女じゃねぇ」
南が吐き捨てるとロベルトは意外そうに目を見開いた。金色の瞳が妙にうざったかった。
「……栞は、どこに居る?」
ロベルトは答えず、つかつかと部屋を出ていく。南はムッとしながら足に力を入れて後を追おうとし、ふらついた。
(くそっ……栞に負担かけて、何やってんだ俺は。しっかりしろ!)
南はしっかりと足を踏みしめながら、歩き出した。
***
一歩一歩足を踏みしめながら、南は現実というものを受け入れざるをえなくなった。
(……ああ、これは……そうか、そうなのか……)
丸1日。おそらく丸1日南が気を失っていた間に、栞が諸々の手続きを済ませたのだと思った。
冒険者用の宿舎の裏手には、共用の墓地が存在する。
「勇敢なる冒険者にして若き勇者、テント・ナカムラ」
「勇敢なる冒険者にして若きメイジ、ハルユキ・サクラギ」
「「その御霊に祝福あれ」」
南達が転移してきた異世界はどうやら多神教であるらしかった。らしかった、というのは、南達は最初は一神教の世界だと思い込んでいたからだ。
そうではないとわかったのは、南達五人が異世界に転移してから少しして、自分に何か優れた力がないかと試してみた時。
南は何の気なしに繰り出した拳が、目にもとまらぬ速さになった。
天斗は自分の背丈の倍もあるようなものであっても、力を込めれば持ち上げることが出来るようになっていた。
異世界の住民は己の信じる神に信仰心と共に祈りを捧げることで、人知を越えた魔力を得るのだという。
どういう理屈かは解らなかったが、南達もまた異世界に転移したことでその力を得ることになったのだ。
天斗のような騎士が信じるとされた勇気の神、ゴラクロス教の司祭と、陽由祈のようなメイジが信じるとされる知恵の神ヘルミーナ教の司祭が口々に祈りの言葉を呟く。そして祈りの言葉と共に淡い光が、棺のなかに吸い込まれていく。
「……これで……お二人の御霊は安らぎを得ました。もはや彼らが闇の神の呪いを受けることはありません」
「よかった……よかったです。本当に……ありがとうございます!」
泣き崩れながら司祭に感謝の言葉を伝える栞は冒険者のスカウトとしての正装である軽装だった。旅人用のマント意外に防具らしきものはなく、武器は小さなナイフが2本だけである。風の抵抗を受けないように、髪は短髪に揃えている。
その隣でむっつりと黙りこくっている御崎は、栞のように短髪ではない。長い髪を一纏めにし、橙色のローブに身を包んでいた。太陽神に祈るメイジは別名クレリックとも呼ばれ、暗黒神とは対立関係にあるとされる。
「……暗黒神の人達が彼らの遺体をここまで運んでくれました」
が、御崎は思うところがあったのか司祭達の言葉に反論した。司祭達はでしょうな、と口々に頷いた。
「あなた方のように慈悲深き行いをしてきたものには暗黒の神の信徒であっても手を差しのべるのでしょう。我々はその奇跡を神の思し召しだと思い、先に神のもとへと旅立った仲間に恥じぬよう進まねばならないのです、若き魔女よ」
(ヤバい)
南は反射的に飛び出した。
御崎は栞とは違う。一言で言うなら、狂犬である。日本にいた時から御崎とたいした付き合いのない南でも、御崎がかつては名の知れたヤンキーであったという噂を聞いたことはあった。
天斗はそんな噂を豪快に笑い飛ばしていたが。
「本当に司祭様の仰る通りです!本日はありがとうございました!」
強引に御崎の頭を掴み、頭を下げさせた。親友の葬式の場で騒ぎを起こしたくはない。葬式の場で司祭に喧嘩を売るような冒険者だと思われたくはなかった。
***
「……やってけねー。あんたらとは付き合いきれねーわ」
葬式が終わり、司祭達が居なくなってすぐ、御崎は南の頬を殴った。
「な、何を……」
「何を?じゃねぇよボケ。お前あたしを見捨てて栞と二人で逃げようとしたよな?都合のいいこと言ってんじゃねえぞゴミ」
南はぐうの音も出なかった。
死の縁にあったときの自分の行動がどれだけ恥ずかしく情けないものであったのか、言い訳のしようもなかったからだ。
「ま、待って御崎さん。あの時は……南は正気じゃなかったし……」
「また同じことが起きないとも限らねぇ。あたしはあんたらとは金輪際組まねぇ」
「日本にはあたしだけで帰る。あばよ卑怯者」
こうして、若き冒険者の一党はあっという間に崩壊した。人を率いることが出来るリーダーというものは信頼される人間でなくてはならない。
南は、御崎からの信頼を失ったのである。
冒険者あるある……
リーダー(天斗)のカリスマでもってたのでリーダーが居なくなると即座に崩壊する。