異世界からやってきたという冒険者があまりにも駄目だったので苦労する現地人の話   作:捨独楽

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エリーゼとマシロ

 

「……コーン。お前も来ていたのか。……座るぞ。マスター!エールを一杯頼む!お前はどうする?コーン」

 

「今はやめておく。この後仕事があるのでね。テトラは無事終わったのか。佳いことだ」

 

「まぁな。ちょろいもんだ。……そういや、もう聞いたか?『卵喰い』がやられたってよ」

 

 冒険者達が集う酒場『夕焼けの小屋』では、仕事を請けない冒険者や冒険をしない人間も集まる。

 

 朝方に仕事を請けて昼下がりに酒場に戻った年配のメイジ、テトラは知人の森人族で、戦士ののコーンの前に座った。

 

 席に着くとテトラはローブのフードを下ろした。

 

 

 髪で髭面のテトラは鉱人族であり、茶色い髭は顎の下から筆のように長く垂れている。対する森人族のコーンは、髭など一切存在しない。四十代のテトラより年長であるというのに、まるで二十代の半ばかと言うほどに若々しく、その顔面には皺も髭もない。

 

 コーンは蒸し鳥をフォークで優雅に口に運んでいた。テトラはその姿を見ながら自分も鳥にしようと決めた。

 

「マスター。チキンフリットと炒り豆を頼む」「あいよ。サラダは?」

 

「いや、炒り豆」

 

 マスターのお勧めは謹んで辞退する。この酒場のサラダは値段が張るわりに萎びていてうまくはないのだ。

 

「あいよ。ちょいとお待ち」

 

 忙しく手を動かすマスターを尻目に、テトラはぐいとエールを流し込んだ。

 

 コーンは冒険者としての仕事があるときもないときも週に一度はこの酒場、『夕焼けの小屋』に顔を見せる。本人なりのルーティーンなのか、それとも酒場の料理が気に入っているのか。恐らくは後者であろうとテトラは思っていた。その証拠に、長く尖った耳は蒸し鳥を咀嚼している間ひょこひょこと嬉しそうに跳ねている。

 

「……テトラよ。エッグイーターとは例の新入りだったな」

 

 ……しかし、コーンはエッグイーターの訃報を聞いて顔をしかめていた。

 

 

 

 コーンは痛ましそうに顔を歪めてテトラに尋ねる。

 

「死んだ、というのは本当か、テトラ。いつもの推測ではないのか?君は些細なことから噂話を作り上げる趣味があるからな」

 

「こればっかりはマジだぜ。うちの若いのが今朝宿舎で葬式があったってぼやいてた」

 

 テトラは炒り豆をぽりぽりとつまみながら言う。

 

「……早朝に葬儀をして、な。エッグイーターが率いていた連中は酷く取り乱していたらしい」

 

「そうか。勝敗は時の運とはいえ……若者の死は悲しいことだ」

 

 ナイフとフォークをおき、コーンは瞑目して祈りを捧げた。

 

「我々にとっても他人事ではない。微かな油断や甘い見積もりが積み重なり破綻を生み死を招く。……改めて心せねばならんな」

 

 

「……ああ」

 

 テトラも深く頷いた。

 

 冒険者がよく依頼される探索や討伐といった任務は、冒険者の力量が高ければ必ず成功する、というわけではない。

 

 『この程度の敵』『簡単な仕事』。そう言って甘く見た同業者が帰らぬ人となることはままある。ベテランと言ってよい彼らであっても、絶対の保証など存在しないのだ。

 

「最下級のレッドスネークを討伐した帰りに盗賊の襲撃に遭って死ぬこともある。……この業界、何があるかわかったものじゃないからな」

 

 

「……せめてエッグイーターの魂だけは安らかに眠れるといいが……。しかし、新進気鋭の新人であったはずのがどうしてやられたのだ?」

 

 コーンは鋭く目を細めて言った。コーンの懐に潜んでいたリスウサギがひょっこりと顔を出し、付け合わせのサラダを食べようとする。テトラはリスウサギにつまみを与えた。

 

「あのルーキー……テントはここ数年でも指折りの逸材であった。人間族でありながら二メートルに届くかと言う長身に、高い魔力。私の知る限り、才能で比肩するのは……ダマスカスくらいであろうか」

 

 コーンはこの地域を拠点として長い冒険者である。当然、印象に残る後進達も数多く見てきたのである。

 

「テントは確か……鎧を着ていたはずだ。ここらのモンスターが相手で遅れを取るほうが難しいだろう」

 

「やはり生の卵など食したばかりに食あたりになったのかな?」

 

(……コイツ。天然なのは変わらねぇんだなぁ)

 

 真面目くさって自らの推測を述べるコーンに対して、テトラは純朴な若者を見るような気分になった。自分よりも長い時間を生きてはいても、森人族というものはどこかで浮世離れしているとテトラは思う。

 

 テトラは悼ましそうに黙祷を捧げた後、マスターがテーブルまで運んでくれたフリットをフォークで突き刺し、自分の口に向けた。

 

「テントが生卵を喰ったのは一度だけだそうだぜ。……テント達は万全の状態だったらしい」

 

「では……まさか」

 

 この国に卵を生で食する風習はない。太陽神の魔法で腐敗を送らせたり、何か目に見えない病のもとを除去したりしたとしても加熱してから食さなければ腹を下すばかりか、命にも関わるというのは常識だ。

 生のまま食すなど何らかの魔法や毒薬によって狂気に侵されている人間のすることである。

 

 しかし、新人冒険者のテントは生のまま卵を食した。その事はたちまち冒険者の間に広まり、テントは一目置かれる存在となっていた。

 

 それだけに、コーンもテトラも早すぎる死を悼んだ。テント達が冒険者として酒場に顔を出すようになって、まだ2ヶ月かそこらなのだ。

 

「察しが良いな。例の……『英雄殺しの森』に行っちまったらしいぜ……」

 

「…………。……」

 

 はぁ、という溜め息だけが漏れた。

 

 

「経験もねえのに英雄殺しの森に行っちまったら、帰ってはこれねぇよ。……つくづく、惜しいね」

 

「あの森の真に悪質なところは優秀な毒草や薬草を採集できてしまうことだ。何よりも……旨そうな茸で腹を下しやすい」

 

「毒キノコをそうと分からず持って帰って喰うのはお前んとこだけだ」

 

 テトラはズバリと言った。が、コーンは聞こえなかったふりをする。

 

 

「ゆえに若者の油断を招きやすい……」

 

 英雄殺しの森については、先輩の冒険者も新人冒険者にはそれとなく注意を促している。

 

 自由を標榜し自己責任論が根強い冒険者業界でも、新人冒険者の中でも見込みのありそうな人間には優しくしておいて損はないからだ。

 

 しかし、モンスターとの戦闘に不馴れな新人達にとって森の入り口付近での採集活動は食い繋ぐための命綱だ。だから、新人冒険者が冒険に慣れ始め、先人達の教えを忘れかけた頃にこのような事態が起きるのである。

 

「だが、前向きな情報もある。卵喰いが抱えてた部下は三人も生き残った。お前さんのところで勧誘してやるってのはどうだ、コーン。確か今は二人で組んでるんだろう?」

 

「ほう?確かに今は私とメイジの二人体制ではあるが」

 

 コーンは興味深そうにテトラの話に耳を傾ける。コーンの白い肌には生気が宿っていた。

 

 

「…………その三人の役割を聞いても構わないかな?」

 

(……さて。コーンのお眼鏡に叶うかどうか)

 

 テトラは仲間から聞いた新人冒険者の職業適性を明かす。

 

 冒険者にも、それぞれ体格や信仰による適性というものが存在する。冒険者が小隊を組む場合、任務達成時の報償金の配分はその小隊の隊長の判断に一任されている。

 

 報償金の扱いで揉める可能性を考えると、小隊は多くても四人程度である。雇う側としても人件費は低く抑えたい。新人冒険者達のうち何人がお眼鏡に叶うだろうか。

 

「一人はスカウト(斥候)。一人はモンク(武闘家)。そんで一人はなんと太陽神のメイジだそうだ」

 

 テトラが言う。太陽神の信仰者はこの地域ではもっとも多いが、太陽神の恩寵を受けたメイジは少ない。たとえ信仰していたとしても、太陽神がメイジとなれるほどの恩寵……魔法を使うための力、魔力を与えてくれるかどうかは別なのだ。

 

「どうだ?有望なルーキーを勧誘してみるか?」

 

 

「前衛二人に、太陽神の回復役一名か。……ふむ。惜しいな。……枠がない」

 

 コーンはしばし瞑目して思考に耽った。

 

「前衛は私一人で事足りるし、回復は隊長がいるのだ」

 

 

「お前んとこの隊長は太陽神の信仰者だろう。太陽神のよしみで拾ってやったらどうだ?」

 

「小隊としては役割が被らない方が望ましい」

 

「……他神の適性があるメイジの新人が出てきたときのために枠は開けておきたいのだ」

 

「そうか。それはそうだろうな」

 

 テトラはさもありなんと思った。

 

(……小隊の運用は報酬の配分を考えると四人が限界。そして、冒険者としては不測の事態に備えて、なるべく多角的な才能を持つ面々で構成したい……)

 

 冒険者が一党を組むとき、それぞれが持つ才能は別々の方が望ましいとされている。テトラはリスウサギの耳を撫でながらぽりぽりと炒り豆をつまむ。

 

 例えば騎士であれば、汎用的に『何でも』『ある程度』こなすことが求められる。主の命令に従い、自分自身の適性に関わらずある程度の仕事をこなせる汎用性がある人類が騎士となる。

 

 さて、魔法や弓術、剣術、拳による格闘術、教養、領地を采配するための基礎知識や地盤を持つ騎士が存在する世界で冒険者の存在価値とは何であろう。

 

 それは……『特化していること』である。

 

 剣術であったり、信仰する神の魔法の才能であったり。必要な場面で活躍できるような一点特化の才能があってはじめて冒険者は活躍できる。だから冒険者は己の適性を見て、その才覚に合わせて腕を上げていく。

 

 しかし、似た才能を持つ面々だけで構成された一党は脆くなる。例えば全員が太陽神のメイジだけの一党があったとして、それでは火力不測に陥り、大量のモンスターを討伐する任務を達成できなくなるのだ。

 

 だから、冒険者で一党を組む場合は少ない枠の奪い合いになる。

 

(……コーンならば新人の前衛どもに合わせて使う武器を変えるくらいは余裕だろうが……) 

 

(……それでは……新人をキャリーしているのと変わらんな)

 

 

 テトラはそう分析した。現状では、新人冒険者とコーンの一党とでは差がありすぎる。コーンの一党の冒険に、新人冒険者が出る幕はないのだろう。

 

「まぁ新人達も編成としては悪くはねぇ。太陽神のメイジもいればそうそう酷いことにはならんだろうな」

 

「そうだろう。……彼らの道に祝福があらんことを」

 

 コーンが杯を掲げると、ヒュイ、とリスウサギが鳴いた。コーンに良く似た長い耳を逆立てて鳴くリスウサギに、テトラは勝手に自分のつまみを与えた。

 

***

 

 太陽神の寵愛を受けたメイジこと、御崎真白は冒険者の宿舎を飛び出して人を探していた。

 

 道行く人を訪ね、目的の人物を探す。石造りの建物が並ぶ都市の中で人を制探すなど不可能にも思えるが、これがそうでもない。

 

 そもそも、この都市の人口は御崎がいた日本の都市に比べれば、はるかに少ない。

 

 この異世界において、人類は御崎のような人間だけではないが、町を少し歩き会話をすれば顔見知りが増えていく。エリーゼの住む住居がどこなのかは道行く人に尋ねればすぐにわかった。

 

「エリーゼさんならあそこだよ。住宅地の隅っこに居るんだ。今日は出歩いてないみたいだ。……ねぇ、姉ちゃん。お礼に葉巻買ってよ。銅貨三枚でいいからさ」

 

 麻のみすぼらしいシャツを着た子供に道を尋ねると、子供は葉巻を売り付けてきた。

 

「そっか、ありがとうね。……ほら。お釣りは要らないから」

 

「うわっ!ありがとう!へへっラッキー!……姉ちゃん、ここら辺では見ない髪だね?どうやったの?そういう魔法があるの?」

 

「……あー。これはあたしのふるさとの魔法だけどね。あたしは使えないの」

 

「な-んだぁ、太陽神って大したことないんだね」

 

 そうだね、と笑って御崎は子供から離れた。

 

 御崎の肩まで伸ばした黒髪は先端が茶色い。以前に染めてから染め直す前にこちらに飛ばされ、そのまま放置していたからだ。

 

 

 

 煉瓦を積み上げて造られた住居はほとんどがオレンジと赤の入り交じった似たような家ばかり。御崎は何が入っているかもわからない葉巻など要らなかったが、面倒を避けるために一枚多く銅貨を手渡した。

 

 大通りから少し離れた、人通りの少ない住宅地。その端に、目的の家はあった。

 

「えっと……暗黒神教徒のエリーゼ様、こちらにいらっしゃいますか?」

 

「…………?どちら様ですか?確かに私はエリーゼですが」

 

 聞こえてきた声は若い女性のものだった。その響きが優しげなので、御崎は一瞬間違えたかなと思った。

 

「そ、その……先日迷いの森であなた様に助けて頂いた、冒険者のマシロと申します。……エリーゼ様に、お礼をお渡ししたいと思いまして……」

 

 御崎も必死だった。

 

 感情的に仲間のもとを飛び出したはいいが、御崎には頼れる伝手はない。異世界に来て二ヶ月で顔見知りこそ出来たものの、皆異国からの人間に手を差しのべる人間ではない。

 

 それでも、この異世界に来て唯一無償で助けてくれたのが暗黒神の信者だという先輩冒険者だった。

 

「………………君の名前は?」

 

 木製の扉は固く閉ざされていた。しかしがちゃりと音を立てて扉が開かれる。

 

 そこにいた人間は黒髪であった。それだけならば御崎達日本人と同じだが、鼻筋は高く、背が高く。少し痩せていた。何よりも、厳しい眼光で品定めをするように御崎を観察していた。

 

 扉から出てきたエリーゼに先程の穏やかな声色はなく、森で出会ったときのような鋭い雰囲気が張り付いていた。

 

「……あの、お礼の林檎を持ってきました。つまらないものですが、よかったら……」

  

 林檎を渡そうとする御崎の手を掴み、エリーゼは鋭く問い詰めた。

 

「……この香りは何だ?麻薬の香りがする何を持っている?……見せてみろ」

 

 

「……え、ええっ!?」

 

 エリーゼに詰め寄られ、御崎は即座に子供から買った葉巻を差し出した。エリーゼは冷たい目で、御崎を役所へと付きだそうかと考えていた。

 

***

 

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