4時間目終了の鐘が鳴り、同時に給食の時間となる。
僕はあまり学校の給食というものは好きではなかった。
食べることはずっとやってきたことだし別に好き嫌いでもない、カレーや麻婆豆腐など好きな食べ物もあるのでそういった日の給食は比較的好きだった。
しかし、給食というものは栄養バランスを優先したメニューが提供されるため、強制的に嫌いな食べ物がでてきても完食する必要があった。
僕は好きな食べ物より嫌いな食べ物のほうが多い人間である。
親の食育が悪いというわけではない。
栄養のあるものをバランスよく食べる必要性もよく理解しているつもりだ。
しかし、僕の自分勝手な偏食癖によって形成された都合の良い食生活のせいで、いつまでたっても給食の苦手意識は高学年になっても残ったままだった。
加えて、完食の必要があるのがネックである。
時間内に食べられない場合は昼休みに入っても食べ続ける必要があるのだ。
高学年になるにつれ、食べきれない子が目立ってしまうために、それが僕にとってつらいことだった。
「悠、今日の給食赤飯だってよ」
「え゛」
彼方が僕に今日のメニューを伝えに来た。
「なんだよ、赤飯嫌いだったっけ?」
「まあね……」
赤飯というか豆類全般が苦手だった。食感もそうだし味も好きではない。
さらに赤飯に至っては、祝いの席で食べるという所も苦手な由縁だった。
強制される食事に苦手意識があるのだ。
今日は昼休みまで一人残って食べる必要があるだろう、それとも……。
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やはり、食べきることは難しいようで、赤飯を残して箸が止まってしまった。
何度か口に運んでみたものの、舌が受け付けずに胃に通すのが遅くなってしまう。
好き嫌いがあったとしても根性さえあればどうにかできそうな気もするが、僕にはそれもなかった。
「悠、それ私が食べるよ」
隣から黒澤さんが僕の容器を掴んだ。
「わ、悪いよ……先週も食べてくれたし、自分で食べれるよぅ」
「でも、赤飯嫌いでしょう?無理しなくていいんだよ」
賑やかな教室で、みんなに聞こえないような小さな声で、僕にそう話しかけた。
二時間目のこともあり、黒澤さんの善意からなる提案にホッとした。
黒澤さんの気遣いできる性格も美徳だと感じる。
きっと、女の子に残りを食べてもらうことで、他の男子にいじられてしまうことを真っ先に気にしてしまう僕の性格に寄り添ってくれたのだろう。
僕は黒澤さんの一言に希望を見出したし、半ば期待してしまっていた。
しかし、女の子に頼ってばかりなのは男としてどうなのかという気持ちがあった。
自分の弱さを見せてしまう不安から、黒澤さんにゆだねてしまうのは憚られる。
僕の嫌いなものを彼女が肩代わりすることは、今に始まったことではない。
今更な気もするが、断る振りをしてしまう。
一度、断る素振りを見せてみたものの、結局は彼女の後押しを待ってしまっている僕がいた。
彼女の積極性にも頼ってしまうひ弱な僕は、より自分を卑屈に感じてしまった。
「じゃあ、私のサラダ食べてよ。交換ならいいでしょう?」
「え、と……うん、ありがとう」
黒澤さんは僕の赤飯の容器を彼女のトレーに、そして彼女のサラダの底が浅い容器を僕のトレーに移した。
交換を持ち掛けてくれた彼女の優しさが僕には痛かった。
黒澤さんをずっと見てきた僕にはわかる、彼女には別に好き嫌いなどないのだ。
その日のメニューに一喜一憂するクラスメイトが大勢いる中で、彼女のそういった会話を聞いたことがなかった。
それが、とてもかっこよかった。
人間関係もそうで、好き嫌いなくクラスメイト全員に
その平等さに、僕は妙な安心感を感じていた。
独占欲とまではいかないが、それと似た醜い感情だった。
彼女から交換してもらったサラダを見ると、あと二、三口で食べれる量だったところから彼女にとってこのサラダはやはり苦ではないのだろう。
僕にとって、サラダは別に好きではなく、どちらかというと苦手だが、食べれないまでではないし、この量だと苦ではない。
わかってはいたが、これは僕が苦難から逃れられやすいようにするための誘導だった。
そんな彼女の気遣いが嬉しく、つらかった。
彼女を見ると、もう赤飯に手を付け始めていた。
赤飯を丁寧な箸使いで口に運ぶ彼女を目で追う。
なぜだか幸福感に満たされる。
間接接触に少なからず、いや、相当な興奮を覚えていた。
そんな自分が、黒澤さんの綺麗さと対比して、汚いと感じた。
僕もサラダを口に入れた。
苦手なはずのサラダが美味しかった。
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side鞘
今日の給食は赤飯らしかった。
最近、家庭で食べる機会があったためか、鬱陶しい気持ちもあったけど、別の意味での期待の方が大きかった。
友達とおそらくメニューの話をしている悠を見た。
悠は豆類が嫌いな傾向がある。
当然赤飯も苦手だろう。
私はよく、給食の時間に悠の苦手な食べ物を代わりに食べてあげている。
というのも、最初は落ち込んだ悠を見ると気が気ではなく、助けたいという善意からくるものだった。
しかし、最近はそれが自分の欲からくる行動にすり替わっていた。
私が悠を手助けすると、悠は気づいてないかもしれないけど沈鬱な表情を見せる。
しかしそれは一瞬で、本心としては安心感や嬉しさが勝るのか、赤く甘えた表情を見せる。
私はどちらの表情も好きだった。
単に悠が苦しんでいるのは嫌だったが、私のことを考えて苦しんでくれるのならば、それは愉悦に変わってしまう。
そんな自分勝手な、我儘な恋をしている自覚はあった。
初めて、苦手なものを食べてあげると提案したときは、とても緊張したし、何回もその機会を逃していた。
それは、悠に気持ち悪がられてしまう可能性があったからだった。
そのため、毎度悠に対しる初めてのアクションはとても緊張する。
だから未だに勉強したゲームやアニメの話もできないでいた。
また、もう一つの理由として、私が悠のことが好きであると悠自身に気づかれたくないというのもある。
多分、両方が気持ちに気づいてしまったら、こっちも緊張してしまうからだと思う。
だけど、そういう関係になるためにはそれが必須であって。
それが悩ましく、いつも後回しにしていた。
とりあえず今は慎重に、石橋を叩いて、ゆっくりと、悠との距離を縮めるのだ。
それからのことは、また今度考えよう。
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案の定、悠の箸は赤飯を残して止まっていた。
教室の前にある壁掛け時計を度々確認しながら、真っ青な顔で少量の赤飯をちびちびと口に運ぶだけの行為を繰り返していた。
途中何度か私への視線も感じたし、
よし、言おう。
少しだけ深呼吸してから、悠の赤飯の容器に手を伸ばした。
「悠、それ私が食べるよ」
悠がびくっと、反応を示した後こちらを見た。
わずかに頬が緩んでいた。
「わ、悪いよ……先週も食べてくれたし、自分で食べれるよぅ」
悠は明らかに形だけの遠慮を示した。
もう一押し。
「でも、赤飯嫌いでしょう?無理しなくていいんだよ」
悠は言葉に少し詰まっているようだった。
少しだけ沈黙が続く。
両者にとって不要な遠慮をして、思考を巡らせているのだろう。
いつものように、追加で形式的な提案をした。
「じゃあ、私のサラダ食べてよ。交換ならいいでしょう?」
悠でも食べきれる量に調節した私のサラダとの交換を持ち掛けた。
「え、と……うん、ありがとう」
一瞬だったけど、悠の表情はパッと明るくなり、考える振りも忘れてすぐにそう返した。
こんなことで、絆されるのだからやはり期待していたのだとわかり、内心ホッとする。
同意を得ることができたので、悠の容器と私の容器を交換した。
一口分の赤飯を箸でつかみ口元へもっていく。
少しだけ、はしたないかもしれないけど、悠の食べかけを口に運ぶとき、いつも胸がドキドキする。
広義での間接キスに、性的な興奮を感じた。
興奮のせいか、赤飯の味は感じられなかったが、脳がしびれるような味がした。
この興奮のために、彼を助ける振りをする自分に対して罪悪感を感じたけど、先の悠の表情から内心喜んでくれているという事実が私の行動を正当化してくれる。
ちらりと悠を見ると、悠は意識してないだろうけど赤飯よりも真っ赤な顔で、私の咀嚼している口元を流し見していた。
また、それにも胸がドキドキした。
彼からにじみ出る、自覚のない性的興奮に。
また、それを向けられていることに対して胸が躍った。
悠も、私と交換したサラダに箸を伸ばし口元に運ぶ。
さらに赤くした彼の表情が、赤飯を甘くした。