何をするでもなくぼーっとしてたら昼休みも終わり、掃除の時間になった。
掃除当番表によると、僕は今週トイレ掃除をすることになっていた。
クラスメイトの同じく男子トイレ掃除当番の他三人と合流して、僕らの5-1教室より下の階、一階にあるトイレへと向かった。
掃除当番の中では、トイレ掃除は比較的好きな方だった。
多分ほとんどのクラスメイトがそうだと思う。
便器をたわしで掃除するのはいい気はしないけれど、雑巾を使わずホースとデッキブラシを使って掃除ができるし、先生の目も届かないため楽に掃除を終わらせることができる。
今は立夏の時期であるため、大したことはないが、冬場に雑巾掛けをするとなると冷たくて手がかじかむので、教室や廊下掃除なんかは勘弁してほしかった。
それに単純に体力を使うため、好きではない。
僕はハウスダストアレルギーを持っているため、掃き掃除さえも好ましく思っていなかった。
しゃがんで塵取りを使うときは、必ずと言っていい程に涙や鼻水が出てしまう。
加えてポケットティッシュやハンカチを忘れた日はとてもつらかった。
その時は、黒澤さんが気を利かせて貸してくれるけれど…。
ホース担当の人が水を出し始めたので、僕は掃除用具用の個室からデッキブラシを手にして表に戻った。
すると他の三人は、ホースの水で遊んでいた。
「おい、やめろってぇ」
「避けろ、避けろー」
「はははっ」
トイレ掃除当番の時は、よく目にする光景である。
また、僕もたまに参加して一緒に遊んだりもしてたけど、前にこっぴどく先生に怒られているクラスメイトを見て、最近は混ざらないようにしていた。
先生に怒られることよりも、それを他のクラスメイトに見られるのが嫌だった。
一応、前例があるし先生が来るかもよ、とだけ忠告しようと彼らに近づくと。
「悠、これを避けてみろ!」
「え!?うわぁあ!」
「あ」「うわー」
冷たい感覚が上半身に広がり、残留した。
ホースの水に当たり、ずぶ濡れな状態になった。
「だ、大丈夫か?」
「マジでごめん!避けれると思った」
そんなの僕には避けれないよ。
とっさのことで頭も回っていなかった。
「まぁ……しかたないよ」
別に怒ってはないけど、本当に。
そう意味を込めて返事した。
だけど、かなり本格的に濡れてしまっているために着替える必要がある。
それが少し面倒くさいと思った。
「よかったじゃん、今日五時間目体育だからさ!」
「まぁ、そっか、確かに…」
体操服を持ってきていたことが不幸中の幸いだった。
「俺、悠の体操着持ってきてやるよ」
「それはありがたいけど、体を拭くタオルも欲しいかも」
濡れたままじゃ、服を着替えることができないことに気づいたのでタオルも欲しかった。
「あ、そうか」
「どーする?お前持ってないの?」
「ねーよ。……保健室にあるんじゃないか?」
三人寄れば文殊の知恵とはよくいったもので。
確かに保健室には、体を拭く用のタオルくらいはありそうだと思い、同意した。
「そうかも、すぐ近くだし自分で行くよ。どうせ、着替える場所が必要だったし」
「そっか、じゃあ悠の体操着は保健室に持ってくるぞ!」
そう言い残して僕にホースで水をかけた張本人が逃げるようにトイレを出ていった。
「ひくちっ」
全身を包む冷たさからくしゃみが出た。
風邪をひかないかだけが心配だ。
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保健室は一階トイレのすぐ近くに位置するため、こんなずぶ濡れの状態でもあまり目立たず移動できた。
保健室のスライド扉をノックしてみるが返事がない。
保健の先生の所在状況を示すプレートが掛けてあったので、それを見ると職員室のところにマグネットが貼ってあった。
ちなみにウサギのマグネットだった。
少し悩んだけれど、職員室まではもう少し歩かないといけないし、保健の先生にはあとで説明すればいいか、と結論を出して保健室の扉を開いた。
鍵はかかっていなかったので、とりあえず安心した。
保健室は健康診断の時くらいにしか入ったことがなかったので少し新鮮な気持ちだ。
消毒液などの薬品のせいだろうか、独特なにおいがしたが別段嫌いではなかった。
保健室には先生のデスクとチェア、あとは薬品が入った棚、身長体重計、さらにはカーテンで中が見えないように仕切られたベッドが二つほどあった。
開きっぱなしになっていた窓の外には中庭の景色がみえて、ここはここで居心地が良い場所なのかもしれないと感じた。
体が冷えてきたのを感じたので、早速タオルを探すことにした。
意外にも少し辺りを見渡すだけで簡単に見つけることができた。
薬品棚の横に、引き出しが透明なタイプの収納ボックスがあり、そこに詰められているタオルを発見した。
引き出しを開け、タオルを確認すると、十分な大きさだったので一枚だけ取り出して引き出しを閉める。
勝手に使うことに、少しだけ罪悪感があったが。
まずは、特に濡れている上半身を拭こうと上着とその下着をまとめて脱ぎ捨てた。
そこで、視界の端、ほぼ真横のベッドを仕切るカーテンが揺れた気がした。
僕の手が当たったのか、それとも風でも吹いたのだろうか、あまりホラー的なのは苦手なので少しぞくっとはしたが、今は昼間だし特に気にする(怖がる)ことなく体を拭き始めた。
上半身をだいぶ拭き終わったところで保健室の扉が外から開いた。
僕の体操着を取りにいっていた彼だった。
「悠の体操服これだよな、さっきはすまんかった……」
「いいよ、もう。ありがとね」
僕は彼から体操服を受け取った。
「じゃあ俺も着替えないといけないから先行くわ」
と言って、彼は少し急ぎ足で保健室を出ていった。
壁に掛けられた時計を見ると、もう掃除の時間も終わり5時間目開始の鐘が鳴りそうな時間だった。
急いで体操着に腕を通し、下半身はそれほど濡れてはなかったので少しタオルで拭ってからズボンを穿こうと、今着ているズボンに手をかけ脱いだ。
その時、ガタッっとベッドの方で音がした。
ような気がした、ことにした。
さっきもカーテンが揺れたことも相まって本当に怖くなったので早く出ていこうと体操着の下を穿き、逃げるように保健室を飛び出した。
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体育館に向かう途中で、タオルや濡れた服をそのままにして保健室を出たことに気づいた。
どうしようかと、一旦立ち止まって考える。
タオルはともかく濡れた僕の服が一緒にあるからこの後、保健室にはどうせ行かなくてはならない。
保健の先生が戻ってきてしまっていたら名札から僕が散らかした犯人だとバレてしまう。
そんなことをする人間だと思われたくないという気持ちがあった。
すでにここに来るまでに5時間目開始の鐘は鳴っていた。
どうせこのまま遅れていっても目立ってしまうのは必然だったので、体育の授業はお休みしようと決めた。後で怒られるのは仕方ないか。
僕のなんでも先延ばしにする悪癖がそうさせた。
保健の先生が戻る前に保健室へ戻ろうと、もと来た廊下を帰った。
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保健室に着き、扉を開けた。
内心焦っていたのかノックはしなかった。
自然にさっき僕が着替えていた場所に目が行った。
僕の散らかしたタオルや服の前に人がしゃがみこんでいた。
それは、体格からして保健の先生ではなかった。
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side月
私は自分の容姿が嫌いだ。
私は生まれたときから眼皮膚白皮症、アルビノと呼ばれる病気だった。
他の人にはあって、私だけにない色。
その事実が憎らしかった。
私の外見は周りの視線を集める。
外国人に間違えられるだけならば良い、それだけでも集団にいる感じがするから。
しかし、アルビノという事実が私を孤独にした。
親には、気にすることなんてないと励まされるし、親戚の人たちは私のことを綺麗だとよく可愛がって持ち上げてくれるが、自分から出てくるのは愛想笑いだけで、入ってくるものはなにもない。
同じような症例の人たちはネットを探せば思っていたよりたくさん出てくるし、その美しさからモデルの仕事をしている人もいて、みんな笑ってたし前向きだった。
当然私と同じような悩みを持っている人の記事もあって、それが生まれて初めての共感となった。
ただ、それでも孤独感は拭えなかった。
美しいという一点だけで、私の苦悩を一切受け入れてくれないみんなが嫌いだった。
自分の人生を空虚に消費して、もう小学校高学年。
最近、別の小学校に転校してきてからは毎日保健室登校をしている。
前の学校では、最初の方は登校していたけど、いろいろなトラブルにより不登校になっていた。
その理由としても、目立ってしまうこの容姿の問題もあるけど、視力が極端に悪いということが大きかった。
眼皮膚白皮症のせいもあり、視力低下が著しく前回測ったときは、もう0.1を切っていた。
眼球の問題で、眼鏡やコンタクトも使えないため、教室での授業をみんなと同じように受けることは難しい。
視力が悪いことは生活する上で鬱陶しく感じることも多いけど、周りの人間を見ずに済むという点では都合のいい障害だった。
という訳で、今日も給食と軽い面談や勉強を兼ねて保健室に登校していた。
今日の給食は赤飯だった。
転校する前に、自宅で食べさせられる機会があったけど、地域性の違いか今日の赤飯は少し甘かった。
食べることは好きだったので、給食の時間は楽しみの一つだ。
昼休みは、保健室にあった医療系の漫画をベッドに寝転がりながら読んで過ごした。
チャイムが鳴ったので今はもう掃除の時間だろうか。
保健の先生が職員室で用事があるということで、さっき出て行ってしまったので話相手もおらず、横になって過ごしていた。
今日、保健の先生に教室で授業を受けてみないかという相談をされた。
前の方の席だったり、それなりの配慮はすると言われたけれど、前回不登校になってしまったこともありいまいち踏ん切りがつかなかった。
午後にもう一度面談をするらしいので、それまでに考えてほしいとは言われたけど、未だにどうすればいいのかわからなかった。
ベッドの上でぼーっと天井を眺めていたところで、誰かが保健室の扉がノックした。
先生が返ってきたのかな。
でも、先生だったらそのまま入ってくるよね。
他の先生?それとも生徒さんだろうか。
少し気になり、距離的に見えないのはわかってはいたけど、だいたいの姿見を確認するためにカーテンの隙間から扉の入り口をこっそりと覗いた。
扉が開き、思っていたより小さな姿が顔を出す。
身長的に子供だったので、生徒だとわかった。
この距離じゃ男の子か女の子かまではわからない。
その子はしばらく部屋内を見渡したあと、こちらの方向へ向かってきた。
やばい、ベッドの方に来るのかな、とカーテンから身をのけぞり構えた。
すると、足音的に通り過ぎて私のベッド横の棚の方で足を止めた。
どうやら、タオル類の収納ボックスに用があったようだ。
カーテンの下からその子の足元が見えていた。
白色のシューズ。
水が滴っているようで、どうやらその子はびしょ濡れだった。
体を拭くタオルを借りに来たのかなと推測を立てる。
この距離だったら今度は顔まではっきり見えるだろうと、カーテンの隙間にもう一度顔を近づける。
最近は同年代の子供と顔を合わせる機会がなかったためか、バレる恐さよりも好奇心が勝ったのだ。
その子の、いや、彼の顔を見た。
思ったより近くて、顔も見れた。
目にして、私は息をのんだ。
とんでもなく美しい少年だった。
服装から多分、男の子だと、わかる。
年齢は、多分私と同じ高学年くらい。
顔や体躯だけでは見分けがつかなかった。
中性的な美しさ。
性の垣根を超えた美が私の脳を襲った。
まつ毛長っ!大きい瞳、主張抑え目な綺麗な形をした鼻、窓からの光を反射して宝石のように輝く黒髪に病的なまでに白い肌、上品な比率の手や足、それ含めた華奢な体躯。
全てのパーツが彼を美しく見せようと奮闘しているようだった。
彼が濡れていたこともあり、輝いて見えていた。
彼の容姿に目が釘付けになった。
第一印象は暴力的な美しさだった。
だけど、感じたものはそれだけではない。
羨ましいと、憎らしいと感じた。
私は、こんななのに彼は全部を持っていてなお美しかった。
より自分がみじめに感じてしまった。
けど、どこか儚げな彼の表情が気になった。
そんななりなのに、何を不満に思うことがあるのだろう。
単純に疑問が残った。
そうぐるぐる思考を繰り返していると、彼の顔が突然視界から隠れた。
下を見ると腹部、胸部が露出していた。
服を脱いでいるのだ。
思わず、体が跳ねた。
初めて見る同年代の上裸に衝撃が体全体を走った。
すると、彼はこちらを向いた。
一瞬びくっとしたが、口を手で押さえて声を潜め、体を丸めて音を殺す。
……。
彼は、体を拭き始めたようだ。
あぶない、さっきカーテンに手が当たったのだ。
一気に体の力が抜け、安心感からか意識が飛びそうだった。
何度か深呼吸をして、せめてもう一度だけ彼の姿を目に焼き付けようとカーテン顔を近づけたところで、保健室の扉が開いた。
「悠の体操服これだよな、さっきはすまんかった」
どうやら別の男の子が着替えを持ってきたようだ。
「いいよ、もう。ありがとね」
澄んだ声だった。
最近よくリピートしていたJPOPよりも、聞いていて幸福感でいっぱいになった。
それより、名前だった。
悠というらしい。
悠。悠。悠。
覚えとこう。
「じゃあ俺も着替えないといけないから先行くわ」
体操着を持ってきた子が部屋から出ていったようだ。
今度こそもう一度と、荒くなる鼻息を抑えながら、カーテンの隙間を覗くと。目に入ってきたのは彼がズボンを脱ごうとしていたところだった。
ガタッ
座っていたベッドから滑り落ちてしまった。
これはまずい、絶対に私がいることがばれたと思った。
このまま、彼に着替えを覗いていた変態だという烙印を押されて生きていくんだと絶望した。
が、カーテンを開けることはなく、彼は急いだように体操着のズボンを穿いて教室から出ていった。
あ、あぶなかった。
ほっと息をついた。
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誰も戻ってこないことをしばらく待って確認すると、カーテンを開けて表に出た。
彼が着替えていた場所を見ると、彼の脱いだ服や使ったタオルがそのままになっていた。
あー忘れちゃったのか。
あ!名札……。
彼の名札だけでも確認しようとしゃがんで彼の上着を手に取った。
5-1。
奇遇にも、私と同じクラスだった。
その時、背中を向けていた保健室の扉が開いた。
振り向くと人が立っていた。
「うわぁああああああ!!」
「うわぁあ!」
私は驚いて思わず叫んだ。
彼もそれに驚いて叫んだ。