こちらを振り返った真っ白な彼女は、突然大声を出して驚嘆をあらわにした。
「うわぁああああああ!!」
「うわぁあ!」
思わず僕も続けざまに叫んでしまった。
「ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさい!」
「え?あ、えと……?」
彼女は勢いよく何度も頭を下げて謝ってきた。
何も謝られるようなことをされていなかったので、困惑するが、彼女はずっと頭を下げたまま震えていた。
「ごめんなさい!」
「いや、だ、大丈夫だよ!」
近づいて大丈夫だと言ってはみたものの、何が大丈夫ではないのかが分からなかった。
彼女は僕の声を聞き、顔を上げて僕と目を合わせた。
え、と思考が停止した。
部屋に入ってきたときはよく見えていなかったが、彼女は明らかに常軌を逸した容姿だった。
白い髪や肌はもちろんそうだが、顔の造形も美しい、人形のようだった。
人形のようだと思ったのも、彼女の目が主な要因だった。
視力の悪さからか、彼女の眼は斜視気味で、片目だけ僕の目に焦点があっていなかった。
その僕の驚きを表情から読み取ったのか、彼女はかかり気味に話した。
「いや!これ、は違うくて。ご、ごめんなさい!変ですよね私の目。それに、髪も白いし、気持ち悪いですよね!ごめんなさい。目を合わせてしまってごめんなさい!服勝手に触っててごめんなさい!裸見てごめんなさい!一目ぼれしちゃってごめんなさいぃ!」
一呼吸で、口早に謎の弁解をしてきた。
いつもテンパっている僕を客観視しているような気がして心が落ち着いた。
いろいろ、おかしなことも口走ってたし。
一目ぼれ?僕に?
混乱状態にあるのかもしれないし、あまり気にしないでおこう。
けれど、意識すると緊張が戻ってきた。
確かに彼女の目を見て驚いたけど、それは変だと思ったからではなかった。
彼女の僕を見ているはずなのにどこか遠くを見ているような瞳がきれいだと感じた。
容姿の完璧さと不自然な瞳が、その絶妙なアンバランスが、胸に響いた。
彼女は下を向き涙目になっていた。
早く、彼女に何かしらのフォローをしないと、と思い。
「ぼ、僕はその目、好きだよ。髪も白くて、き、綺麗で……」
僕自身もかかっていたようだった。
後悔と羞恥が僕を襲った。
女の子に対してはとてもじゃないけど言いたくても言えないようなことを、思っていたことを、そのまま言えてしまったことが疑問だった。
たぶん、似ているからなのかな。
「え゛」
カエルがつぶれたときのような変な声を出した。
彼女は、僕を見て、その綺麗な目を見開いていた。
その真っ赤になった顔に、瞳に、僕は恥ずかしくなって目をそらした。
自分の顔も熱くなるのを感じる。
励ますつもりが、柄でもないことを言ってしまったから。
今度は僕が、気持ち悪がられていないか心配になった。
「う、ごめん……気持ち悪かったよね」
「いえいえいえいえいえいえ滅相もないですありがとうございまず!」
情緒がおかしいようで涙と鼻水を垂らしながら、こんどは感謝を伝えてきた。
「これ、ティッシュ……どうぞ」
今日はポケットティッシュを運よく忘れていなかった。
「ありがとうございまず!このご恩は、このご恩は……」
と感謝を言いながら、ちーんと鼻をかんだ。
なんか、最近知ったマッチポンプという単語が頭をよぎった。
けれど、僕は今まで与えられるだけだったので、この与えるという行為がマッチポンプだとしても、とても新鮮で、少し快感だった。
彼女が自分より明らかにテンパっているからか、女の子と対面していても僕はやはり落ち着いたままだった。
ところで、彼女は何者なのだろうか。
保健室にいたということは何か怪我しているとか?
同じくらいの年齢だと思うが、学校内で彼女を見たことがなかったことから、保健室登校みたいなアレかと、結論を出した。
そこで、少しの危機感がよぎった。
今、他の人が入ってきたら目をはらした彼女と僕を見て、よからぬ誤解を招きかねない。
もう少しだけ彼女とコミュニケーションをとろう。
「あ、あの……いまさらだけど、君の名前は?」
「あっ、つ、月です。
完全に復活した彼女は、白木さんはまたも、早口で自身の名前を教えてくれた。
「そう、白木さんか……。僕は
「ゆ、悠君、よろしくお願いします」
白木さんはぺこぺこ頭を下げる。
「よ、よろしく……白木さんは何年生なの?」
「5年生です!悠君と同じです!」
あ、あれ?僕が5年生だって言ってないよね。
まぁ……いいかと、スルーした。
「そ、そうなんだ。白木さん、見たことなかったから……」
「実は最近、こっちに引っ越してきて転校したばかりで、しかもこんな病気なので保健室に登校することになってて」
「そ、そっか」
意外とこの子しゃべるなぁ。
彼女の思ったよりも賑やかな雰囲気に押されて、より緊張が消えてきた。
「けど、それなら、敬語じゃなくても……」
「いいえ、タメ口は無理です!けど悠君はそのままで!」
「??なら、別にいいけど」
そこで、ガラガラと保健室の扉が開いた。
「あら、どうしたの?」
保健の先生だった。
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その後は、保健の先生に事情を説明して、授業をさぼった方で少し注意されて、そのまま体育館に向かい、結局体育の授業に参加することになった。
白木月さんか……。
彼女のことがしばらく頭から離れなかった。
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side月
今、私は人生最大ともいえるピンチな状況だった。
私が、男の子の脱いだ服をまさぐっているところに誰かが部屋に入ってきたのだ。
たくさんの悪事が頭の中をめぐり、相手に関係なくても必死に許しを請う。
「ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさい!」
「え?あ、えと……?」
「ごめんなさい!」
頭を下げて懺悔する。
醜いところを見せてしまったであろうこの人に、そして、あの彼に。
「いや、だ、大丈夫だよ!」
彼の言葉を聞き、とっさに顔を上げた。
混乱した状況で、彼の許しの言葉が聞こえ、都合の良い安心感に包まれた。
その時、初めて彼と正面で視線を交わした。
私が必死に謝っている間に二人の距離が縮まっていた。
さっきまで気づかなかったけど、この距離だったらわかった。
彼は悠だった。
パニックだったこともあり、彼の目を見るとなぜだが救われたような気がした。
しかし、それも一瞬で彼の顔が驚きに変わった。
その見慣れた反応に感情が爆発し、湧き出たように口から懺悔の言葉を溢した。
「いや!これ、は違うくて。ご、ごめんなさい!変ですよね私の目。それに、髪も白いし、気持ち悪いですよね!ごめんなさい。目を合わせてしまってごめんなさい!服勝手に触っててごめんなさい!裸見てごめんなさい!一目ぼれしちゃってごめんなさいぃ!」
頭の中までも真っ白だった。
よく意味の分からないことも言ってしまったかもしれない。
しかし、今は愚直に許しを請うことしかできなかった。
「ぼ、僕はその目、好きだよ。髪も白くて、綺麗で……」
その時、彼の澄んだ声で紡がれた、私への批評を聞いた。気がした。
「え゛」
自分でも聞いても間抜けな声を発してしまった。
聞き間違えではないだろうか。
一瞬そう思ったけれど、そう思いたくなかった。
都合のいい勘違いならそれでよかった。
それでも救われる気がした。
救われたいと思ってしまった。
また、彼の目を見てしまうと。
彼は赤い顔で、目をそらした。
その動作がいじらしい。
マイナスな感情は読み取れなかった。
私より美しい彼に、私より正常な彼に、認められたかった。
彼の言葉が虚像であっても、救われたいという自分の心が解釈をゆがめていたとしても、それを信じることにした。
私は彼を心から信仰した。
「う、ごめん……気持ち悪かったよね」
彼は自分の言葉の価値を否定した。
そんな、の絶対におかしい。
しかし、その言葉によって、先程聞こえた私への肯定の言葉が色を持った。
「いえいえいえいえいえいえ滅相もないですありがとうございまず!」
いろいろ感情がぐちゃぐちゃになって、涙も鼻水も止まらなかった。
こんな汚いところ見せたくないのに。
けど、彼は私の何もかもを受け入れてくれるんだ、という自分勝手な信仰によって、安心感が心の底から湧き出ていた。
「これ、ティッシュ……どうぞ」
彼からポケットティッシュをもらった。
小さな気遣いにも胸がときめいた。
もう彼にぞっこんだった。
「ありがとうございまず!このご恩は、このご恩は……」
鼻をかみ、涙を手で拭った。
さっきまでより、少しだけ鮮明になった視界で、彼を見る。
生まれて初めて、色がきれいだと感じた。
「あ、あの……いまさらだけど、君の名前は?」
「あっ、つ、月です。白木月といいます。白黒の白に、植物の木、天体の月で白木月と書きます!」
彼に覚えてもらいたくて、前のめりで言葉を紡ぐ。
「そう、白木さんか……。僕は灰音悠です。灰色の灰、音色の音に悠々自適の悠です」
灰音悠、君。
彼の自己紹介で、彼の名前さえも好きになった。
「ゆ、悠君、よろしくお願いします」
とてつもない安寧から、彼とはすらすらと会話できた。
「よ、よろしく……白木さんは何年生なの?」
「5年生です!悠君と同じです!」
そうだった、私と悠君は同じクラスなんだ…。
「そ、そうなんだ。白木さん、見たことなかったから……」
「実は最近、こっちに引っ越してきて転校したばかりで、しかもこんな病気なので保健室に登校することになってて」
「そ、そっか」
悠君は、私に気圧されてか少し目をそらしたまま、たどたどしく返事を返す。
彼の謙虚さや弱さを垣間見た気がした。
私との共通点みたいなものを見つけた気がして、ただそれが嬉しかった。
「けど、それなら、敬語じゃなくても……」
「いいえ、タメ口は無理です!けど悠君はそのままで!」
すでに彼は私にとってのメシアに成り代わっていた。
タメ口に抵抗を感じるのは仕方がないことだ。
「??なら、別にいいけど」
彼は頭に疑問符を浮かべ首を傾げたけど、納得したようだった。
そこで、保健の先生が帰ってきた。
もっと話していたかったなぁ。