もしもアイズに、か弱い妹がいたら   作:エヴァンオニオン

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早速高評価や感想をくださった伝説のスーパー読者様へのお礼参りに出掛ける。
後に続け! キュイ!!


3話

 

 時間は少し遡る。

 

 ラウルとの話し合いにより行動方針を定めたアイネは、意気揚々とアイズの部屋へと乗り込んでいた。

 

「ごめんね、お姉ちゃん。急に押し掛けちゃって」

「ん、気にしないで。……アイネが来てくれて、嬉しい」

「……そ、そっか」

 

 先程のリヴェリアに負けず劣らずの率直な言い回し。

 普段から知っている通りの姿とはいえ、アイネは姉のそんな一面に出鼻を挫かれた。姉対策に用意していた、勢いで会話を持っていき、良い雰囲気になって許可を貰おうという作戦未満の浅い考えは、この段階で早くも頓挫してしまう。

 

 アイネは、好意を伝えるのには慣れているが、伝えられるのは全く得意ではないのだ。アイズが虚偽や打算抜きの本音で言っているのが今までの経験上よく解っている分、余計にアイネの心に響くモノがあった。

 ボッと頬が熱くなるのを感じ、アイネは恥じらいを誤魔化すように顔を姉から背ける。

 

「? なんで、顔を隠すの」

「か、隠してませんよ?」

「………………」

「う、うぐっ……」

 

 無言かつ穴が空くように見つめてくるアイズに、アイネは狼狽えた。

 目は合わせてないのに、見られているのが犇々と伝わってくる。凄まじい眼圧だ。目は口ほどに物を言うとは、きっとこういうことを指すのだろう。

 

 駄目だ、これは逃がしてくれない。言い訳をしたって無言で圧を返されるだけだし、このまま沈黙を貫こうと、ずっと何も変わらない気不味い状況が延々と続くのがオチだ。

 早々に観念したアイネは、ジッと無表情で見つめてくる姉に瞳を震わせながらも、何とか視線を合わせた。

 

「ご、ごめんなさいお姉ちゃん。本当は顔を……隠しました」

「……なんで謝るの? アイネは、なにも悪いことをしてないよ?」

「えっと、そ、それは──」

「! ちょっと、顔が赤いね。……動かないで」

「へ? んッ」

 

 マイペースというべきか、己の流れをまるで乱さないアイズ。

 空を掴むみたいに空回り、滔々と進む会話の主導権を全く握ることの出来ないアイネは、その難易度の高さに舌を巻いた。

 

 これは強引にでも本題へ進み、自分のペースにアイズを巻き込むべきだ。でければ話をする前に夜が明けてしまうし、姉を言い包めて外出する許可など得られるワケもない。

 

 当たり前のように額と額を合わせて熱を測っている眼前の姉に、改めてアイネはそう覚悟を決めた。

  

「ん……よかった。熱はないみたい」

「で、ではそろそろ私の──」

「でも、あなたから目を離したくない。さっきもそうだった。アイネは、直ぐに一人で抱え込もうとする」

「え? あ、あのお姉ちゃん? 私は」

「うん、大丈夫。解ってる……今日は一緒に寝よう、アイネ。わたしが、ずっと側にいる。不安になんかさせない」

「お、お姉ちゃん!! その話は一旦置いといて! まずは私の用件を終わらせてもいいでしょうか!!」

「む、用件……?」

 

 漸く話が通じてくれた。

 無理矢理ではあるものの話の切り替えにギリギリ成功したアイネは、首を傾げるアイズへ鷹揚に頷いてみせた。

 これだけの行為でも、既に疲労感が凄い。我が姉ながら、どうしてこんなにも一直線なのか。もし日常生活だけでなく、ダンジョンでもこうなのだとしたら、フィン達の気苦労は計り知れないだろう。

 

 自分が企てていることを客観的に観察できないアイネは、姉の性質に苦笑を溢しそうになった。

 

「実は、その……お願いがあるんです。お姉ちゃんに、一番叶えてほしいことが」

「!! なんでも言って、必ず叶えるッ」

「え、は、はあ……」

 

 思いの外、アイズの灯す熱量が強くてアイネは戸惑った。

 

 

 しかし、アイズの熱量が高まるのも無理はない。

 アイズからすれば、いつも一人で苦しもうとする抱え込みがちの妹が初めて自分を頼り、願いを叶えてほしいと告白してくれたのである。灯った喜悦の感情は筆舌に尽くしがたいものであったのだ。

 

 例えこの身が黒い炎に呑まれ破滅することになるのだとしても、必ず叶えてみせる。絶対に、わたしが幸せにする。

 それくらいの重い覚悟を、何の躊躇もなく課せる程度には、たった一人残された大切な妹に頼られたという事実はアイズにとって、重要で心を揺さぶるものだった。

 

 けれど、姉に度し難いほど頼っているつもりで毎日を生きているアイネが、自分の日頃の態度が原因で起こったその心の変化に気が付くことはない。

 

「でも、そう言ってくれるのは、とても嬉しいです。……ありがとう、お姉ちゃん」

「ッ! 『お姉ちゃん』として、当たり前のことっ。わたしは、あなたの家族。だから……あなたのお願い、教えて? わたしが絶対に叶えるから」

「え、え〜と……別に大したことではなく、それほど力を注ぐことじゃないといいますか……もっと気楽で構いませんよ?」

「大丈夫。絶対、期待に応える」

「……。……さ、最近は私も体調が悪くないから、街に出る許可が欲しいなって……唯、それだけ……なんですけど。あ、あはは」

 

 訥々と告げたのは、なんて事のない簡単な願い。こんなくだらない願いを今の熱量の姉に告げるのは、何となく申し訳ないなとアイネは感じていた。

 探し求めていた財宝が唯のガラクタだと判明したときのような、残念な気持ちを姉に抱かせたのではないかと不安になり、恐る恐るアイズの表情を窺う。

 

 白けるだろうか。呆れるだろうか。どんな反応が返ってくるのか、固唾を呑みながら見守った。

 

 しかし、予想外。アイネの考えていたような反応が返ってくることはなかった。

 

 

 

「───………」

 

 

 

 停止。この表現が最も当てはまるかもしれない。

 金色の瞳を酷く震わせ、アイズはどうするべきか解らない幼子のごとく言葉を失っていた。

 

 くだらない願いに対して、あまりにも異様なその反応にアイネも動揺する。

 

 リヴェリアやラウルにしてもそうだが、どう考えても願いの矮小さに比べて、反応が大袈裟すぎる。却下されるのは全然いいが、身体方面の問題だけでこうも相手を悩ませてしまうものだろうか。

 

 少し疑問を覚えるアイネであったが、まずは固まっているアイズを解凍するのが先決だと、反応を促すように優しく肩を揺さぶった。

 

「お、おーい、お姉ちゃん? 聞こえますか?」

「………」

「あ、あの……」

「───アイ、ネは」

「え?」

「アイネは……外に、出たいのッ?」

 

 返ってきたその言葉は、知らない夜道を一人で彷徨っているときみたいな、か細い声色だった。独りを怖がる、幼い少女の絞り出した孤独の音色。

 

 街に出たいと言っただけで、なぜこれほど姉を追い詰めてしまっているのか、アイネには皆目見当もつかなかった。

 ……流石にこれ以上、何も知らないが故の判断ミスを犯し、アイズを傷付けるワケにはいかない。後でラウルを襲撃し、まるっと全てを確認しようとアイネは心に決めた。

 

 当然だが、今の最優先事項は怯えている姉に安心感を与え、落ち着かせることである。

 震えているアイズの手を両の掌で包み込み、アイネは微笑みを向けた。

 

「ううん……ちょっとだけ興味があっただけだよ。私は、今の生活で充分すぎるほど満たされていますし、世界一の幸せ者ですから!」

「っ! ………うそッ」

「え? ウ、ウソじゃないよ。優しい主神に、優しいファミリアの皆。何より、優しくてカッコいい、世界で一番大好きなお姉ちゃんがいるんだもの! ふふ、この幸せをお姉ちゃんにも分けてあげたいくらいなんですよ?」

「………」

 

 実際、アイネが言っていることは何一つ嘘ではない。

 街に行きたいと思ったのも、体調が悪くないからちょっと行ってみようか程度の緩いものであったし、世界一幸せだと言ったのも真実だ。アイズのことが世界で一番大好きだということも。

 

 自分が思っていること。感じていること。知ってほしいこと。そして、姉の心に届いてほしいこと。

 

 アイズを安心させるために、アイネはそれらの全てを一切の虚偽なく伝えたのである。本音で語ることの大切さを弁えているが故に、それがアイズの心を落ち着かせるための最善策になると信じて。

 

 

 

 しかし、その思いやりが却ってアイズの心を軋ませ、抉ることとなった。

 

「……い、から」

「……へ?」

「わたし、が……弱いから……また、あなたに我慢させてるっ」

「え、わ、私は別に我慢なんてしてな……」

「また、わたしは……繰り返してっ……ッ」

「ちょ、お姉ちゃん!?」

 

 蹲り、苦悶の表情を晒すアイズ。

 このような情けない顔、アイネの前でしてはいけないことくらい解っているのに、どうしても彼女は許せなかったのだ。自分自身が。

 

 絶対に叶えてみせると息巻いておきながら、蓋を開ければこの体たらく。感情を制御できず、妹との日常の変化を恐れて自分の弱さを露呈し、結果、またアイネに庇われ身を砕かせてしまった。

 現状の悲惨さを伝えることで、外の世界に想いを寄せる妹の、夢を壊してしまうのではないかと向き合うことに尻込みした。

 

 妹の体調に悪影響が出るかもしれないと、己の弱さへの言い訳にあの子を利用してしまったのだ。

 

 

 わたしが弱いから、何も出来ない。

 わたしが弱いから、命を懸けて護りたい大切な存在が初めて溢してくれた、たった一つの願いすら踏み躙ってしまった。

 わたしが弱いから、あの子にウソをついて、ウソを吐かせて、挙句の果てに傷付けた。

 

 それは、アイズにとってどんな責苦よりも許せない罪。己の弱さの象徴でもある、罪咎の証であった。

 

 自分は昔から全然変わってなどいない。誰よりも強くなると誓った筈なのに。何も失わない、理不尽を跳ね除ける力を渇望した筈なのに。

 結局は肝心な所で昔と同様、大切な人に守られるだけの、間違えてばかりの──か弱い存在だった。

 

 辿り着いたその現実が、現在が。アイズの心を途方もなく打ちのめしたのである。

 

 そして、それでも。

 

「だ、大丈夫!? どこか悪いの!?」

「──……」

 

 無様を見せて泣き付こうとも決して離したくない、縋りたい存在が確かに目の前にあった。

 

 明るい世界だけを知っていてほしい。辛い現実なんて吹き飛ばしてあげたい。誰よりも幸せになってほしい、大切な家族が。

 

「………アイネっ」

「は、はい! なんでしょうか?」

「……絶対に、強くなって……あなたを護って……あなたの願いをいつか必ず叶えるから……だから、お願い……見捨てないでッ」

「見、捨て……わ、私がお姉ちゃんをですか!? な、なぜそのような話に!?」

「……お、ねがいッ」

「ッ! わ、わかりました。……いや、全然わからないんですけど、兎に角わかりましたから! 今は落ち着いて息を整えてください。いいですね?」

「……ぅん」

 

 背に感じる手の温もりは、どこまでも眩しく、アイズの魂に強い熱を刻み込む。その熱は何よりも尊く、甘美で、癒すことの叶わない焼傷のようにアイズの心に浸透していくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「落ち着きましたか、お姉ちゃん」

「うん。もう、平気。ごめんねアイネ……迷惑、かけて」

 

 暫く経った後。

 震えも、僅かに溢れる嗚咽も収まったアイズは、ずっと背を撫でてくれていた妹に謝罪の言葉を口にした。

 また、アイネに迷惑を掛けてしまった。その暗い悔恨を、胸の内に燻らせて。

 

 

 

 しかし、そんなことは些末なこととでも言わんばかりに、アイネは慈愛の笑みを浮かべた。

 

「いえ、迷惑だなんて思ったことありませんよ。お姉ちゃんになら、なにをされても構いません。私は、あなたのことが大好きですから」

「! わ、わたしも──」

「だから、ごめんなさいお姉ちゃん。私が突然来て、迷惑を掛けたせいで……お姉ちゃんを苦しめてしまったようです。悪いのは、全て私です」

「ッ、違う! あなたは何も悪くない!! 悪いのは、全部弱いわたし!!」

「へ!? ……そ、そうですか」

 

 アイネは、姉の怒号とも呼べる叫び声に肩をビクリと跳ねさせた。

 

 今回のアイズの様子が少し可怪しいのは、自分が突然訪問し、姉の心の平穏を踏み荒らしてしまったのが原因だとアイネは結論づけていた。それ以外、何も思い当たる節がないと。

 故に、そのことについて謝った返しで、あんなに強い否定の言葉が向けられるとは微塵も思っていなかったのである。

 

 そもそもの結論は間違ってはいない、が。致命的なまでに、アイネはアイズの己に抱く心情を読み取ることが出来ていなかった。

 

「じ、じゃあ……どちらも悪かったということでいいでしょうか。正確には、私が8、お姉ちゃんが2くらいの割合で」

「違う、悪いのはわたし。あなたは何も悪くない」

「……7対3なら──」

「わたしのせい」

「で、でもお姉ちゃん、私は」

「わたし」

「………わ、わかりました」

 

 せめて、どちらも悪かったという折衷案で収めたかったアイネであったが、妙なところで強情になる姉の威圧に押し負け、大人しく頷く。強引さで、姉に勝てる気が全くしなかったのだ。 

 

 

 

 

「──アイネ」

「は、はい」

 

 そして、アイズは。

 全て、わたしが悪い。そう心の底から思っているからこそ。どうしても譲れないものがあった。

 

「わたし……強くなる、から。誰よりも、何よりも。今はまだ、あなたに迷惑ばかりかける、弱くて、ダメなお姉ちゃんだけど。

いつか絶対、あなたに我慢なんてさせないくらい……自分が悪いだなんて言わせないくらい……どこまでも強くなってみせるからっ。

だから、お願い……もう少しだけ、待ってて」

 

 アイネに、我慢を強いるわたしが許せない。

 アイネに、自分を責めさせるわたしが許せない。

 アイネに、願いを届けることの出来ないわたしが許せない。

 

 弱くて、何も成せない己が心の底から憎くて堪らない。

 

 だから、強くなりたい。大切なものを何も取りこぼさないくらい、強く。怪物を、一匹残らず屠れるくらい、強く。

 

 単純なことかもしれない。けれど、それこそが最もアイズにとって必要な炎だったのだ。

 

 

 

 一方、アイネは。

 

「えっと、待つのは全然いいんですけど…………な、なんか重くないですか」

 

 ちょっと街に行きたいといっただけなのに、と。

 その燃え上がる誓いの炎に圧倒されまくるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今日は一緒に寝よう、アイネ」

「あ、ごめんなさい、お姉ちゃん。実は、これから予定があって……」

「……予定?」

「はい! 今日はラウルさんと一緒に寝ようかと思って!」

「………は?」

 

 アイネは押し倒された。

 

 

 

 




ここまで読んでくださり、ありがとうございました!


もう燃え尽きた……真っ白だ……
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