もふもふ雷狼竜   作:APHE

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遠巻きに見たなら、それはサモエド。


1. 俺と思い出

 覚えている中で1番古い記憶は…そうだな。何か温かいオレンジ色の空間で丸まっていた気がする。理由もなく安心して、何も心配せずに眠っていた。

卵の中ってああなんだな。

 

と、脈絡もなく響いたバチチ、という爆音で回想が吹き飛んだ。

 

 目前には火花を放ちながらのそのそと歩く虫。かなりずんぐりしたホタルのような姿のそれは黄色に染まった臀部を振りながら近づいてくる。

 

ブチっと。

 

 虫の残骸がこびりついた()()を見て顔をしかめる。

俺はピリピリと痺れる感覚を味わいつつ、近くの水たまりでそれらを洗い流した。

 

立ち上がって体をふるい、水面に映る自らの姿を改めて見る。

 

 美しいペールブルーの鱗にくすんだ黄色の2本角、大顎と四肢を覆う甲殻。そしてたくさんの、たくさんの…白い毛。

 腕、尻尾、胸、腹、背中を覆い尽くす勢いで生え揃った白い毛。剛毛ではない。それはもうフワッフワで、子犬の耳に生えるようなパヤパヤした可愛らしい毛質。

 

それが全身至るところに、もうブワァァァっと。

どうしてこうなってしまったのか。

 

心当たりはある。俺は体を横たえて、記憶の海へ潜っていった。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 俺には兄弟がいた。親もいた。

みな蒼い体に黄色のツノを持ち、白い毛を…帯電毛を持っていた。もちろん俺も"そう"だった。

 

ジンオウガだ。記憶がそう言った。

 

 物心ついたとき既に"俺"という人格は完成されていて、目に入るすべてのものに意味があり、名前があった。俺はかつて人間だった。

 天地がひっくり返るような事実だったが、既に天地がひっくり返った後だったので案外なんともなかった。

 

 親竜が運んできた血の滴る塊、何の肉ともわからないそれにかぶりつくことができたくらいには冷静でいられた。

元々の人格が肝の据わったものだったからなのか、それは分からない。

 

「ガギャ」

「グルゥ」

 

 が、この場でとにかく食べなくては、栄養をつけなければならないことだけは分かっていた。

 体が1番大きな個体に押しのけられて姉弟(きょうだい)がひっくり返る。こうして十分に食べられないものから死んでいく…ことは群れの性質上ないのだろうが、自然の中で生きていくには不利になることは確かだ。

 

 それも自然の摂理。しかし俺は渾身の力で肉をちぎって十分に食べられなかった仲間に分け与えていた。どうせなら一緒に大きくなりたかった。

 

 幼獣の力ではだいぶ無理のある行動だったし繰り返すうちに顎が痛くなってしまったが、そんな俺を見る親竜の目は優しかった。

 

「グァルル」

 

 たくさんお食べ、と言うように柔らかい部位を投げてよこしてくれた母竜。1連の流れを見て狩りにせいを出す父竜。誰かの不在には穴を埋めるように来てくれる群れの仲間。

いい時間を過ごせたと思う。

 

 

 それから半年ぐらいか、とくに難なく肉を噛み千切れるようになった頃。顎の力はかなり強くなってきたが、これは俺だけの話じゃない。

 

 同世代の仲間はみな2mくらいの大きさになって幼体の域を脱しつつあった。ちなみに半年前1番大きな体を持っていた同期は4mくらいになっていた。こいつだけ成長速度が違うよ。

 

 俺はというとよく食べ物を分け合った姉弟と仲良くなっていた。

この3匹(さんにん)で体の大きさは姉、俺、弟の順番で、成長してもなお餌は分け合っていた。ちなみに寝床も同じでどこへ行くにもくっついて移動。

 

 群れのリーダーから特に仲のいいグループとして目をかけられて共同で狩りをするように言われたんだっけか。この群れでは集団での狩りが推奨されていたので、息の合う仲間がいるなら若いうちから連携の勘を養っておけというお達しだったのだろう。

 

 そうして挑んだ初めての狩りは…まぁ、うまく行かなかった。

生まれ育った森の窪地から一歩も出ずに、獲物の正確な姿すら知らずに生きてきたのだから当然といえば当然。

 

 俺は物陰から飛び出してきたダチョウサイズのウズラのような生き物(ガーグァ)に腰を抜かしてしまい、弟は飛び跳ねる鹿(ケルビ)を怖がって縮こまる。姉は平気そうだったがやっぱり尻尾は巻いていた。

 

 それで助けを求めてあちこち見回してたら親竜がいて、手本だとばかりに狩りを披露してその場で獲物を解体(バラ)してくれたんだ。そうだった。

そういうことを何度か繰り返して、俺たち姉弟は段階的にひとりでの生き方を覚えていった。

 

 なお1番体のでかい同期は初陣でガーグァを3羽仕留め、平気な顔で巣へと持ち帰ってきたものだから本気で驚いた。やっぱりこいつだけおかしい。

 その頃から敬意を込めて大将って呼んでたっけ。

 

 そんな大将に追いつこうとしたのか、匂いを辿る練習だったり身のこなしの訓練だったりを姉弟との遊びの中で何度も何度もやってきた。もう骨格から違うような気がして追いつけるような感じじゃなかったが、とにかく必死だった。

 

 というのも、当時から俺は致命的なハンデを背負っていたのだ。それも自業自得の。

 

「きゃう!」

 

 突如、仔犬のような声を上げてぞわわっと全身の毛を逆立たせたと思えば思い切り転げまわる俺。すると飛び立つ虫、虫、虫。羽を鳴らす虫どもは全てが電流を纏っていて、それが雷光虫と呼ばれる種類であることを知らせる。

 

 ジンオウガというモンスターは背中の帯電毛にこいつらを同居させ、守ってやる見返りに電力を供給させて戦いに応用する。つまるところ纏った雷光虫の数イコール電力量の比例関係が存在するわけだ。

 

「ワゥ…」

「グヮゥ」

 

 俺の狂乱っぷりにまた始まったか、という顔になる姉弟。彼らにそういう顔をされるとすごく惨めな気持ちになる。

 

 が、ダメ。ダメなもんはダメ。体に虫を這わせまくるとか無理。俺は幼獣の頃から背中に何かが付いた感覚を覚えるたびにバババババッ!と全力で体をひねり、柴ドリルよろしくジンオウガドリルになって雷光虫を振り払っていた。

 

 雷光虫を分け与えようとしてくれた両親は困惑していたが、俺があまりにも嫌がるのでいつしか諦めてくれた。でも雷光虫は俺を諦めなかった。共生関係にあるだけで別の生き物だからね。奴らがその日の宿に誰を選ぶかは家主たるジンオウガの意思とは関係ない。

 

 成長するほどに雷光虫が寄ってくる頻度は上がってくるし、そのたびにドリルになっていてはいつか一歩も歩けなくなってしまうので他の対策を考える必要があった。

 

 雨が降った日に奴ら(雷光虫)の活動が鈍ったのを見て毎日の行水を習慣づけたり、虫が嫌がりそうな匂いの草を見つけては背中に擦り付けたり、単純に寄ってきたのをぶち殺したり、とにかくできそうな事を何でもやった。

 

そして今がある。そう、このクリーンなフワフワボディが。

 

「アゥ」

 

 姉弟の視線に耐えかねた俺は起き上がって深呼吸をする。

──これは自力で帯電できないことへの裏返しなのだろうか、俺の体は帯電毛をありったけ増やすことで落雷などでも多量の電気をため込めるよう適応しつつあった。

 

 体つきががっしりしてきた姉、反対にしなやかになってきた弟、それらの5倍くらいモッコモコになった俺。狼の群れの中、ひとりだけ熊みたいだ。

 

 なお、こんな代償を背負ってまで虫払いをしたのにさっきみたく懲りずにやってくる雷光虫はいる。勘弁してほしい。

 

「アォン」

「グォン」

 

 群れ内での立場やらを考えてしょんぼりしていると姉弟が前脚を差し出してきた。これも彼らなりの好意、俺は素直に受け取ることにして背中を押し付ける。

 

「アオオオオオオン!!」

「グォォォォォン!!」

 

 ふたりは大きく咆哮して背中の雷光虫をフル稼働させた。辺りを稲光が走り始め、静電気で全身の体毛が逆立ち、透き通るような水色のオーラを纏って高電圧をその身に宿す。やがてそれは各々の前脚を伝って俺の方へ流れ込む。

 

 莫大な電力を受け取った帯電毛は淡く輝き、まだかなりの余力を残して膨らんだ。やはり溜め込む力だけは超一級、このまま群れの非常電源として生きてみるのもアリかもしれない。

 

 やや心配そうな眼差しを向ける姉弟に向けて微笑んでみると、2人はぱあっと表情を明るくして顔を擦り寄せる。俺も擦り寄せ返す。遠くで見ていた親竜もやってきて大きな体で俺たちを包み込んだ。

 

…あたたかい。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 再び回想が途切れる。

気配を感じて目だけ動かして上を見ると、こちらを覗き込む姉の顔があった。

回想にあった若き日の彼女と比べると体つきが何倍も立派になり、角に至っては長さ太さともに親竜のものと比べて2倍くらいある。

 

 しかし地上に生きる生物の定めか、下を向いたことで頬のあたりの肉とマズルの横の部分が重力に負けてなんとも言えない表情を作っていた。かわいいね。

 

 ひとまず何をしに来たのかと身振りで聞いてみると、無言で前脚を胸元の帯電毛に突っ込まれた。そこから間髪入れずに流れ込む超高圧電流。姉は咆哮ひとつ上げずに一瞬で全身に莫大な電力を纒い、金色の混じった稲光を撒き散らしていた。

 

 それから数分、やっと彼女が前脚を離すと俺の容姿は様変わり。フワフワしていた帯電毛が針のように伸びきって威厳を纏い、ジンオウガだと胸を張って言えるような様相になった。

普段の俺はふわもこすぎて無双の狩人と恐れ敬われるのも億劫な感じで、肉食獣どころかガーグァにすらナメられていたので助かる。

 

「…フンッ」

 

 俺の充電を終えた姉は満足げに鼻を鳴らすとどこかへ行ってしまった。彼女なりにやることがあるんだろう。

 行きがけに尻尾で撫でてくれたのは完全に好意なんだろうけど、その機に乗じて雷光虫が何匹か乗り移ってきたので嬉しい気持ちと嫌悪感が衝突した。雷光虫はしっかり潰しておいた。

 

 姉は不定期で俺のもとに帰ってきて、フル充電しては去っていく。群れが散り散りになってしまった今、彼女の存在は心強かった。

 

「アォ……」

 

 でも、どうしたもんかね。群れという空間でひとまずの目的を与えられて、それが無くなって、自分が分からなくなってきた。

 

 これまで流されるように生きてきた関係で今後に思い悩むようなことは無かったが、そろそろ何をしたいのかを、生きる目的を考えなければならない。

 

 俺ももう成体と呼べる年齢、独り立ちの時期はとっくに過ぎていた。

 

「ガウッ…フゥ」

 

俺は起きがけに足を進め、いくつか崖をよじ登って寝床から一番近い高台までやってきた。ここからは思い出の森が一望できる。

 あの辺で狩りの練習をしたんだったな。んで、隣の小川は俺の風呂スペースだった。飛び込むたびに雷光虫が大慌てで俺から離れていったな。ザマーミロ。

 

 と、木々がぽっかりと立ち枯れている場所、かつて群れのあった地に鎮座する巨大な竜骨が見えた。じっと眺めていると意図せず息が漏れ出る。どうしようもないことって、あるんだな。

 

………うん。

 

 群れが残っていたのなら独り立ちという言葉の意味もだいぶ違ったものになっていたんだろう。

しかし今の立場で言うのならここを去るということになる。

 

 未練はある。沢山ある。ここに残って命尽きるまでダラダラ過ごすという楽な答えが目前に広がっている。何もせず、何も成さずに姉弟と緩やかな心中をする未来が。でもそれじゃダメだ。

 

 いつまでもここにいたら、きっと嫌なことしか思い出せなくなってしまう。そうなる前にどこかへ行ってしまわないと、俺という存在が壊れてしまう。

その前に旅立つ。

 

 どこへという目的も定めずに、ただひたすら征く。

都合のいい新天地を求めて。最終的な判断を引き伸ばすために。

 

俺はもう戻らないであろう故郷を見据え、決別の意味を込めて今生最大の咆哮をあげた。

 

返事は…あった。まだ遠くに行っていなかった姉の、野太い咆哮。

続いて聞こえたちょっと音痴な遠吠えは弟のもの。

あとは散発的に、疎遠になった群れの仲間が声を聞かせてくれた。ありがとう。

 

 

 

もう一度だけ空に吠えて、俺は走り出した。

 

 




・"俺"
人間とジンオウガが溶け合った存在。
双方の感覚が混じっている。
・人間
ゲーマーだったらしい。HRは4。
虫が苦手。
・ジンオウガ
かなり穏やかな性格。オトモン適正。
虫が苦手。

・群れ
豊富な狩り場と空白の縄張りに裏付けされた平和な群れ。
オスが子育てに協力的だったり各家族の距離が近かったりと特異な環境だった。
今はもうない。
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