もふもふ雷狼竜   作:APHE

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ガーグァってどんな味するんだろ


3. 俺とナワバリ

 

 幸か不幸か、一週間ほどは何もない日々が続いた。

 俺を突き動かして旅までさせた、ダラダラ暮らしたいという欲求にかなうものなので基本的には"幸"なんだけど……ここ数日は形容しがたい、漠然とした気持ち悪さがあるんだ。

 野生のカンというやつかもしれない。

 

 あとは体の動きもあまり良くない。ライゼクスから逃れる過程で消耗した体力がまだ回復しきっていないのか、思ったように動かせない。若干ラグがあるような感じだ。

 歩いたり走ったりすることにはあまり問題はないが、狩りにはわりと支障をきたしている。

 

 「ガウッ!」

 

 そこ、見えてるぞ。

 威嚇するように吠えれば大柄なガチョウのような生き物がわたわたと逃げていく。どこから嗅ぎつけたのか、ガーグァの群れが俺の寝床付近で生活するようになった。

 

 俺がよく動けないことをいいことに、まるで自宅のようなくつろぎようだ。舐められている。寄ってくる雷光虫を片っ端から食べてくれるので許しているが。食料にもなるし…

 

 ため息とともに背中を見やれば、俺の心配ごとなど知らんとばかりにのんきな顔をしたフワフワが目を細めて帯電毛に埋もれている。

 

 ちょうど一番上となる部分、いちばんフワッフワになっている場所はすっかりフワフワクイナの特等席となり、そのまんまるボディを包む形に沈み込んでいた。

 さながらパフェの上のサクランボ…いや白玉?

 

 と、日が登ってきたか、木漏れ日の角度が変わって白玉を直撃。それは眩しそうにもそもそと動いて小さくさえずった。

 森全体が目覚め始めているのを感じて俺も活動を始める。

 

「くぁぁぁぁぁ…」

 

 大きく伸びをして体をほぐし、寝床を中心とした巡回ルートをゆく。

 

 ここへ来るのに走ってきた山肌、茂みの多い林道、まばらに木が生える森の外れ…寝床から数キロくらいで森は途切れ、小川の流れる平原が広がっている。縄張りとしたいのは通ってきたルート近くの森と、あの渓流をボーダーとした林道あたりなのでこれ以上は足を踏み出さない。

 平原の太陽が眩しく誘うが、俺は首を振って森へと帰る。

 

 平原ってだけでもう恐ろしい。絶対翼竜がいる。

 ライゼクスの追撃は俺の中でトラウマになっていた。

 

 して、訪れたときはかなり静かに思えたこの森も、少し足を伸ばせば他のモンスターで溢れている。休息の時間に邪魔を入らせないよう、縄張りを主張しなければならない。だから毎日歩き回り、適当な場所にマーキングして競合する存在に警告を示す。

 ただ体を横たえていられた故郷での生活が早くも恋しい。今思えば特異な環境だったな。

 

「アォ…」

「ピッ?」

 

 巡回も折り返し、例の渓流近くまで足を運んだ帰り道。俺とフワフワクイナは同時に何かの気配を捉えた。

 彼は俺とは別の方向を向いている。気配は1つではない。

 

「アォン!」

 

 姿を現せ!と茂みに吠えてみるが、手応えも動揺も感じられず気配の総数が時間とともに増えていくのみ。とても気持ち悪い感触だ。

 ちょうど俺が、ここ数日間感じているようなそれ。

 

 

 …ちょっとマズいかもしれない。

 

 巡回を切り上げる決断をして寝床へと方向転換、全力で走る。

 フワフワクイナはちゃんと摑まっている。大丈夫だ。

 

 しかし、というかやっぱり、何かの気配は追いかけて来た。

 この世界で徒党を組むような存在ならそういう手段をとってくるよな、と内心の焦りを押し殺すように考え、対象の正体を探る。

 

 相手は恐らくアプトノスの群れを襲った張本人、一週間前にニアミスした何か。足音は一定の間隔で連続、2足で地面を掴む生き物。

 鳴き声も聞こえてきた。聞いたことがあるはずだ、思い出せ俺!

 

 微妙に役に立たない"記憶"を心で怒鳴りつけていると林道の分かれ道が。これを左に行けば寝床、右に行けば山肌の見える場所。

 だいぶ走ってきたが、追手は諦めていない。

 

 寝床周辺には俺の匂いが染み付いている。もしかしたらそれで追い立てられるかもしれないが、ここまで追ってきている以上はもう無理そう。寝込みを襲われるリスクを増やすだけと状況判断、山肌への道へと舵をきる。

 

「ッピィ!」

 

 だいぶ無理矢理な方向転換を行って林道を走る。殺しきれなかった慣性がフワフワクイナを揺さぶり、帯電毛と一緒にぶんぶん揺れている。申し訳ないけど我慢してほしい。

 

 まずはこいつらを撒かなければ……!

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 目の前に広がる岩肌、この森へ来るときに駆け下りてきたその場所へと俺は帰ってきた。フワフワクイナは岸壁の圧迫感に押されてきょろきょろと視線を動かし、突然後ろを振り向いた。

 

 結論から言うと、追手を撒くことはできなかった。相手は熟練のハンターで、獲物をどこまでも追いかけて仕留めることに長けている存在だった。

 

 ……ああ、ハンターと言っても()()ハンターじゃない。対象を残忍に追い詰め捕食する肉食獣のことだ。

 

 俺が振り向くのとほぼ同時にそれらは姿を現した。頭の横にエリマキ(皮膜)を持つ鳥竜種、鮮やかな赤の体色を持つ彼らの名前はジャギィ。体は小さくとも厄介な肉食モンスターだ。

 漠然とした嫌な感じの正体はこいつらだった。

 

 一番前に躍り出た個体はエリマキをめいっぱい広げながらこちらを品定めするように見つめ、戦闘形態(帯電状態)に移らないのを見ると何かを確信したかのように体を揺らし始めた。集合の号令か何かだろうか。

 

 俺はジンオウガなのでジャギィのボディーランゲージは理解できないが、それが何を言わんとするかを推測することはできる。最初の個体が出したのはやはり集合の合図だったらしく、総数20以上のジャギイたちがぞろぞろと現れた。

 

 で、今短く鳴いたのは陣形を組ませる号令のようだ。壁を背に追い込む形へとジャギィの群れが変化する。皆やる気の目をして威嚇行動を繰り返し、司令塔のGoサインを待っていた。どうやら本気で俺を狩るつもりらしい。

 

 弱ったな。

 

 ここで大ジャンプをかまして輪を飛び越え、全てを投げ出して再び逃げることもできる。でも、それを実行してしまったらこの一週間は何だったんだという話になる。せっかく見つけたいい感じの場所、初めて持った自分の縄張りは思ったより捨てがたい。

 

 腐っても俺はジンオウガ。小型肉食モンスターごとき蹴散らしてしまえるはずだ。ガーグァの首をへし折るように、こう、前足で…あれっ。

 

 振り上げた右前足は単に空を切り、勢いよく手元に戻ってきて地面に接する。見てくれは完全にお手をすかした仔犬のそれだった。ジャギィたちは俺が動きを見せたことに少しだけ怯んだが、勝手に動きづらい姿勢になってくれたと襲い掛かってきた。

 

 「ア゛ォ!?」

 

 飛んでくる爬虫類に体がビビり散らし、おそらくは当たってもダメージのない一撃を両前脚で飛びのいて大げさに躱す。情けない叫び声も上げてしまった。

 

 と、次の一撃が来る。こちらの頭を狙ったジャンプ攻撃。後ろ足で踏ん張って上体を起こし、攻撃者を明後日の方向へと通り抜けさせる。次の攻撃は右脚を軸にして体を旋回し回避。さらに次の攻撃は飛び越えて回避…失敗。

 

 飛び上がろうと身を屈めた時、既に攻撃者はそこまで迫っていた。肩に軽い衝撃。

 

「グウッ…!」

 

 ダメージは無に等しい。強いて言えば帯電毛がいくらか散ったぐらい。しかし反撃に振り下ろした脚はふたたび空を切り、次の一撃も避けられてしまった。

 

「グオゥ…」

 

 早めに見切りをつけることで回避はなんとかこなしていたが、攻撃はそうも行かない。まして、相手は瞬発力が取り柄の小型モンスターだ。思考と行動のラグがある状態では見てから回避されてしまう。

 

 万全の状態ならばこんな連中に遅れを取ることは無いのに。悔しい苛立ちを溜めながらもう一度攻撃を試みるが、軽々と躱され反撃まで貰った。

 

 普通にやってはダメだ。刈り飛ばされた帯電毛がふよふよと舞う中、俺は必死に打開策を考える。その間にも襲いかかるジャギィをいなし、何発か貰ってまた毛が舞う。

 

 ちら、と背中の同居人に目をやれば、彼は全身の羽毛を逆立たせて種をつけたタンポポのようになっていた。タンポポ…綿毛、ふわふわ、俺の毛もふわふわ。舞い散るふわふわ…

 

 それだ!

 

 俺は足を止めて全身の体毛を逆立たせる。も゛っ、という擬音が付きそうな威嚇行動に数匹のジャギィがたじろいだが、狙いはそこではない。

 覚悟を決めてふたたび飛びかかってきたそれを、俺は正面から受け止める。

 

 一撃、胸毛がごっそり持って行かれた。次の一撃は左肩をハゲさせた。すごい勢いで帯電毛が毟られていく。

 そうして周りに毛束の山が築かれ、足を滑らせそうになってきたあたりで…

 

「グルォウ!」

 

 大回転。尻尾で周囲を薙ぎ払う。あわよくば数匹仕留められないかという期待は叶わなかったが、目的は達した。

 

「アォーッ!?」

「アオッ、アッ、ブシュッ!」

「ァ゛ッ!?」

 

 散っていた帯電毛がいっせいに巻き上がり、辺りを覆い尽くす。突然視界が真っ白になったジャギィたちは大混乱。毛を吸って咳き込むものが続出していた。

 狙い通りだ。あとはこのスキに攻撃し…あっ待って鼻が

 

「クシュンッ!」

「チュンッ!」

 

 ここは効果範囲の中心。俺もまた自分の毛を吸い込んで咳き込み、フワフワクイナも巻き添えになってクシャミをかます。

 

 因果応報に苦しんだが、それでこのチャンスを無駄にするわけには行かない。俺はクシャミを乱発し、目元に涙を蓄えながらも混乱のさなかにいるジャギィたちへ踊りかかる。

 

 「ギョ」

 

 現在進行形で咳き込んでいる一匹に全体重を乗せた前脚を叩きつけると、そいつは小突かれたカエルのような断末魔を遺して肉塊となった。

 

 その勢いのまま反対の脚で別の個体を捉え、返す刀で尻尾を振るえば今度はしっかり手応えがある。よし、行けるぞ。

 

 勢いに乗った俺は毛を舞い散らせながらの殺戮を演じる。鬱憤を晴らすように、煩わしかった"嫌な感じ"を祓うように。背中で縮こまっている友人の仇をとるように。

 

 激しく動けば動くだけ帯電毛の吹雪も激しくなるので錯乱効果が途切れることはなく、しかし血に濡れて舞うことがなくなった毛の量も時間とともに増えていく。

 それが問題になる頃にはもう、カタはついていたが。

 

「アォッ!?アーォッ!?」

 

 そう、腐っても俺はジンオウガ。大型モンスターの力は強大なのだと実感する。辺りが血で染まり、舞っていたものがあらかた墜落した頃にはジャギィをほぼ殲滅し終えていた。

 最後に残ったのはおそらくリーダー格の、はじめに指示を出していた個体。エリマキが1番大きかったから覚えている。

 

 そいつは油断なくこちらを睨みつつも、盛んに背後を気にしている。逃げるつもりらしい。

 

 勝敗はもう決まっているので追いかけるつもりはない。目くらましの効かなくなった状況では仕留めきれるか不安というのもあるけれど。

 

「アオオオーン!!」

 

 早くどっかいけ、と咆哮すれば敗残兵はそそくさと逃げていった。再び出会ったとて、不自由なジンオウガと舐めてかかってくることはもうないだろう。奴を伝ってジャギィの群れの中に俺の脅威が広まってくれることを願う。

 

 ……さて。

 

 どっと疲れた。まともなダメージをもらうことはついになかったが、帯電毛は下手な床屋に任せたかのような惨状。そのアイデンティティと引き換えに勝てたんだから言うことはないけれど。

 ひとつ憂慮する事項をあげるなら、蓄電量はだいぶ下がってしまったかもしれない。

 

「オ!?」

 

 と、いまさら重大な事に気が付いた。

俺の背中のてっぺん、いつもの定位置にフワフワクイナがいない!

 

 攻撃を受ける時も常に気を遣って、彼に直撃することがないよう立ち回ってきたのに。いや、最後に攻撃を受けた時点ではまだ彼は背中でタンポポになっていた。となると問題はその後。打開策が実際に機能したことに興奮して暴れまわっていた時。彼のことが頭からすっぽ抜けていた。

 しかし、どこで彼を落っことしてしまったのだろう。宙返りして尻尾を叩きつけた時か、はたまたキリモミしながらお手を繰り出した時か。

 

 心当たりがありすぎて絞り込めない。

 

 頭を振り振り、どこにいるんだと探していると木の上から聞き覚えのあるさえずりが。見上げれば3本の飾り羽をたたえたフワフワの鳥が枝の上に…

 キミ、普通に飛べるんだったね…

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 俺は返り血まみれの体で帰路につく。もちろんフワフワも一緒。色々思うことはあるけれど、まず一つ。

 

 本来、雷光虫とは切っても切れない縁を持つはずのジンオウガ、それが戦闘形態を取るというのは帯電するということ。だのに一向に帯電する素振りを見せず、そもそも雷光虫を纏わない俺は戦闘能力が無いか弱りきっている個体だと見做されていたらしい。

 

 故にジャギィたちは俺を"獲物"と認識し、脅せど賺かせど構わずに向かってきたのだ。舐められていた。

 

「ギョ!?」

 

「グワッグワワ」

 

 気配を感じて目を向ければ寝床付近に居着いているガーグァの群れが。いつもと違う俺の様子に驚いたのか、目が合った途端に逃げ出してゆく。

 

 食べるために何羽か仕留めもしたが、そっちの方面ではなぜか全く恐れられていなかった。俺が寝ているときに背中を突きに来ることさえあった。それが雰囲気1つでこれか。

 

 はぁ……

 

 今回の激闘を通して、俺は一つの学びを得た。

 

 ここモンスター界において舐められることは非常にまずいという、それはそれは初歩的な学びを…




・"俺"
体がうまく動かない。
縄張りを意識し始めた。
・ジャギィたち
弱ったジンオウガがいたので襲った。
全然そんなことはなかった。
・ガーグァ
森のおやつ。
なぜかあまり襲ってこないジンオウガのおかげで雷光虫食べ放題。
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