もふもふ雷狼竜   作:APHE

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森のくまさん(十数メートル)


5.俺と大熊

 

 明朝、いつもとは少し違う散歩道。俺は無意識に平原から遠ざかる道を選び、気づけば森の奥へと足を進めていた。真の王者の攻防を見てすくみ上がっていたというのは、ある。

 

 しかし覚えておきたいのは、この森全てが特定の誰かのものという訳ではないこと。俺が縄張りと呼んでいる場所にもいくつかの小動物と小型モンスターの領域が入り組んでいる。

 リオレウスは確かにここら一帯を治めているかもしれないが、その領域内にもほかのモンスターの縄張りがガッツリ存在するというわけだ。現にジャギィの群れとかち合っている。

 

 だから平原がダメならこっちへ行こうと、それくらいの安直なノリで足を進めるべきではない。なかった。

 

「……」

「………」

 

 案の定というやつだ。記憶によるとそれの名前はアオアシラ。雑食性で、ハチミツが大好きで、ちょっと臆病なでかいクマ。

 で、片付けられれば良かったのだけれど。

 

「ピィ…」

 

 目の前のそれは記憶のそれより明らかにデカい。デカすぎる。体毛の容積を含めた俺と同じくらいの背丈だ。森のヌシと形容してもいいくらいの威容を放ち、俺とついでに背中のフワフワクイナをビビり上がらせていた。

 

 …よし、まずは深呼吸だ。クマと出会ったときの対処法は、目を合わせたままゆっくりと後ずさること。ゆっくりと、ゆっくりと…

 

 視線を一点に向け、一歩ずつ後ずさる。刺激しそうな威嚇行動は控え、できるだけ無害そうに振る舞いつつ後ずさる。と、後ろ足が何かを踏んだ。

 ぬちゃっとする。何だコレ…甘い匂い?

 

 思わず振り返る。地面に埋もれた蜂の巣だった。巣を破壊されたことに怒り心頭の働き蜂が羽を鳴らして抗議している。

 

 はっとして振り向く。アオアシラは潰れた蜂の巣を見て硬直している。まずい。

 

 いや待て、まだ大丈夫かもしれんだろう。ゆっくりと後ろ足を持ち上げ…いやダメだこれ。ミツが土にまみれて台無しだ。

 

「クブォオオオッ!!」

 

 当然の怒りをぶつけてくるアオアシラ。後ずさって稼いだ距離はものの数秒で埋められ、勢いの乗った前足が来る!

 

 クマの初撃は右ッ!

 咄嗟に半身をひねったことで回避できたが、空振ったそれが地面に深々とめり込んだのを見て汗が吹き出す。ここら一帯腐葉土とはいえ、その深さまで行く威力は尋常じゃない。

 

「アオンッ!」

「ピッ!」

 

 もはや戦闘は避けられないと判断し、1度の被弾で吹き飛びかねない同居人に避難を促す。俺自身は体勢を整えて攻撃に備えつつ、今一度相手を分析する。

 

 蒼く逞しい体躯、腕を覆う黄色がかった甲殻、頭頂部のモヒカン。通常のアオアシラの特徴をそのままに、数段スケールアップしている。

 向かってきた理由は餌場を荒らされて怒っているのが一番だろうが、俺に勝てると踏んでいるのもありそうだ。睨み合いになった時点で既にその空気はあった。

 

「フシュー……」

 

 すげー怖い顔してる。逃げてしまいたい気持ちが湧き上がるが、目の前の存在はきっとそれを許さない。ならば余計な被害を受ける前に迎え撃ってしまうほうが良い。

 ジャギィの群れに追われたときそう学んだ。

 

 とはいえ。

 

「ブゥン!グオォ!」

 

 一撃、二撃、躱した攻撃は全てがめり込む威力。掠った爪先が立ち木をへし折り、岩塊に深い傷痕を残す。まともに貰えばそれが最期になりそうだ。

 大振りなため簡単に躱せるのが救いか。回り込んで叩き、ダメージを蓄積させる戦いで行こう。

 

「オッ!!」

「グオッ!?」

 

 作戦を決めた俺はステップを踏んで横合いから肩をぶつける。相手がわずかに体勢を崩したスキに片前足を支柱に回転。背後をとった。そのまま無防備な背中に渾身のお手を叩きつけ──

 

「ァ゛ッ」

 

 それは確かにアオアシラの背中を捉えたが、猛烈に滑って殆どノーダメージ。俺はバランスを崩してしまった。相手はやや突き飛ばされつつも難なく振り返り、反撃のクマパンチが来る。

 

ズドム!

 

 間一髪、転がって直撃を避ける。掠ったところの帯電毛が刈り飛ばされた。

 

「ピッ!ピィ!」

 

 頭上の枝から心配の声がする。まだ毛が飛んだくらいだから大丈夫。皮が厚すぎて攻撃が通らないことは大丈夫じゃないけど。

 さっきのお手が仮に電撃を纏ったものであったならダウンを取ることも叶ったかもしれないが、雷光虫共演NGの俺には無縁の話だ。

 

 有効打を与えたいなら頭部か腹部を狙うしかない。それらの弱点は総じて強靭な前足の射程内にあるが。

 

「フグオッ!グゥオ!」

 

 アオアシラは立ち上がって威嚇のポーズを取り、倒れ込む勢いで突進してきた。俺はステップ回避で背後を取り、再びお手。やはり滑ってノーダメージ。

 

「フゴッ!」

「アオ…」

 

 反撃を見越してバックステップ。クマパンチの射程から逃れる。振りぬかれた前足は近くの枯れ木をへし折った。怖い。

 やはり正面から挑んでいい相手ではない。

 

「…フスッ」

 

 属性攻撃って便利なんだな。装甲の厚い相手にも確実にダメージを蓄積させることができるし、追加効果だってある。フィジカルだけのジンオウガって大したことないかも。

 俺は己の運命を呪いつつ、次の1手を決めた。

 

「アオッ!」

「ピッ!?」

 

 ひと声かけてフワフワクイナを回収。不安そうな視線。分かってるよ。いちど踏みとどまったのにそれはないだろってね。でもこのままじゃ打つ手がないじゃないか。

 それに負けた訳じゃない。これもれっきとした作戦だ。

 

 俺は踵を返して全力疾走。

 この場を後にした。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 日も傾いてきたころ。場所は移っていつもの渓流。息を切らしてやってきた俺を見て、監視役のジャギィが疑問符を浮かべる。それは次の瞬間に感嘆符へと変わった。

 

 背後から荒々しい足音が迫る。荒い息をして涎をたらし、かなりしんどそうな格好のアオアシラが現れた。

 その勢いのままクマパンチ。

 

ドスン!

 

 動きの鈍いそれを余裕を持って躱す。作戦が効いているな。

 

「ハァッ!ハッ…ハフッ!グゥオ!」

 

 前足を引き上げる奴の姿は出会ったときよりも小さく見える。体力がほぼ底をついている様子だ。

 

「オン!」

「チュリリッ!」

 

 俺は同居人へ再び避難を促し、息を整え相手を正面に捉えた。

 

 

 ──俺のとった作戦は単純、あえて追いかけさせて疲れさせるというもの。相手が追跡を諦めた時点で破綻するものだが、そうはさせない策があった。

 奴に出会った時にその巨体をヌシのようと形容したが、実際にそのような存在だったらしい。あの近辺は奴の匂いで溢れ、そこそこの面積がその勢力下にあることを語っていた。ならばと俺はより匂いの濃い方向へ()()()のだ。

 

 たとえ怒りが冷めやらずとも、縄張りから遠ざかっていったのなら追跡をやめる理由にもなっただろう。しかし俺は奴の縄張りの奥へ奥へと突き進み、踏み荒らした。奴は俺を追いかけざるを得なかった。

 そうしてさんざん引き回し、奴が疲れ切ったところで畳み掛ける。そのタイミングが今。決戦の場がこの渓流となったのは偶然に過ぎないが、おあつらえ向きだろう。

 

「ブグォオオッ!」

 

 向こうも息を整えて、再び迫るクマパンチ。やはり最初のような勢いはない。ひょいと身を引いて躱し、横から右前足で一撃。よろめいた。身を翻して尻尾を思い切りぶつける。バランスを崩した。畳みかけるように左前足で殴りかかる。

 

「グッ…!」

 

 片前足であっさりと受け止められた。動きは鈍くなってもその剛腕は健在だ。アオアシラの双眼はまだ負けていないと言わんばかりに輝き、そのまま俺を押し返した。が、敏捷性を欠くというのは重大な弱体だ。追撃の拳が振るわれ始めた頃、俺は既に奴の背後にいた。

 

「アオォン!」

「ブォ…!?」

 

 回り込んで殴る。また回り込んで殴る。やはり皮が厚すぎてダメージはない。でも殴る。困窮したアオアシラがぐるぐるパンチじみた攻撃を始めたりもしたが、それも躱して背中を殴る。

 

「アーオッ!!?アオッ!オッ!!」

 

 ジャギィがよそでやってくれと必死に訴えてくる。申し訳ないけど今更どうにもできない。この状況を改善したいなら手伝ってくれてもいいんだよ。見つめると彼は数秒悩んだような顔をして、逃げ惑うことに決めたようだった。

 

「グォオ!ブオッ!グブォオ!」

 

 一向に攻撃が当たらず、しかし自身は殴られ続けるこの状況にアオアシラがやけになって暴れ始めた。周辺被害が無視できないレベルになってきたが、俺は一貫して攻撃を躱し背中を殴り続ける。いまだに表面的なダメージはなし。

 

「オッ!?オアーッ!!」

 

 俺をすかした攻撃が運悪くジャギィに当たり、吹っ飛んでいった。死んではいないようだがだいぶ痛そうだ。辺りをちょろちょろ動き回られて正直なところ邪魔だった。

 

「ウッ…グ…」

 

 と、足がもつれてアオアシラが勝手に転んだ。俺は気にせず殴る。さらけ出された腹や無防備な頭部は狙わずに、ひたすらダメージの通らない部位を殴る。

 

「……」

「………」

 

 立ち上がらなくなった相手に振り上げた手を止め、沈黙を挟んで向かい合う。

 

「…グッ」

 

 そうして暫く向き合って、先に動いたのはアオアシラ。大熊は渓流で顔を洗い、そのままとぼとぼと去ってゆく。もう戦意のようなものは感じられない。潔く去る者の背中だ。

 

「アオン」

 

 控えめに吠えてみる。奴はいちど振り返って鼻を鳴らし、再び歩き始めた。

 …この勝負、勝ったみたいだ。

 

 空には月が昇り始めていた。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

「チピピ」

 

 アオアシラが去ってしまって静かになった渓流。俺は相棒を回収して寝床へ向かおうとしていた。その実非常に疲れていて、この場で寝てしまいたいくらい。しかし俺を引き留める存在がいた。

 

「オッ」

 

 暗闇の中に迫る影。夜目が効くとはいえ、自然光のみの夜の森で視覚は当てにならない。幸いジンオウガの嗅覚は優秀なのでその点苦労はしないが。影の正体はさっき吹っ飛ばされたジャギィだった。わりとピンピンしている。

 

 彼はしきりに何かを伝えようと鳴き、わちゃわちゃと動いている。どうやらアオアシラを行かせた件について聞きたいようだ。やる気に見えたのになぜ最後は見逃したのかと。もちろん理由はある。

 

 確かに最初は本当に厄介な相手だと思ったし、弱点を突いて殺すつもりだった。正面から当たればまず勝てないような相手をのさばらせておくのはいい気分じゃない。でもしかし、奴の縄張りを見て(荒らして)気が変わったのだ。

 

 広かった。思った数倍広かった。まさしくヌシだった。ではその持ち主が死んだらどうなるのか?この森は誰かのものじゃないし、その跡地はきっと他のモンスターのものになる。それが怖かった。ヌシはヌシのままでいてくれた方が好都合だ。あのリオレウスも。

 だから徹底的に戦意を削ぐことにした。俺にもちゃんと力があるところだけは見せて、再び刃を交えることが無いようにした。それだけだ。

 

「アォ…」

 

 ジャギィは言いたいことの半分も理解していない感じだったが、とりあえず俺が考えあってアオアシラを生かしたことはわかってくれたようだった。ボスに変な報告されても嫌だし、よかった。

 

 納得して去っていく背中を見送って、俺も自らの領域へ帰る。

 願わくば、長くこの場所で暮らしていきたいが……

 

「アォン」

 

 思考にかかり始めた暗雲を振り払う。これは力を見せて追い払う作戦の成功例だ。舐められても暮らしていけることの証明。

 今後出会う同じような状況でも、これを徹底していけばいい。

 

「アォォン!」

 

 渾身のお手を弾いた背中、同じく体重を乗せた一撃を受け止めた剛腕、体力が尽きても変わらず発揮される破壊力。これでいいと一言述べるたびに湧き上がってくる懸念事項の数々に、頭をぶんぶんと振る。

 

 俺はそれらを振り払うように寝床へ走り、きつく丸まって寝た。

 フワフワクイナの小さな目が、俺をじっと見つめていた。

 

 




・"俺"
モフッてて臆病でなんかフワフワクイナ連れてるやつ。
案の定舐められたし苦戦したが、陰湿な戦いを挑み勝利。
・アオアシラ
でかい。餌場を荒らされてキレた。
強制追いかけっこに付き合わされた挙句散々痛めつけられた。
・ジャギィ
なんかとばっちりを受けた。
自分が生かされた理由がわかった気がした。

・威厳
自然界で大切なファクター。
一度失うと簡単には取り戻せない。
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