姉さんの来訪から1週間が経つ。俺は有言実行し、次の日から積極的に縄張りの内外を駆け回った。平原に足を向けるとどうしても歩みが遅くなってしまったが、逆に山間部への開拓はスムーズに進んだ。
「ハッ!ハッ!」
やや息を上がらせつつも岩肌を蹴って駆け上がる。ここは寝床に続く獣道を逆進したどん詰まり、切り立った岩壁を無理やり上った先の山だ。森とは地続きといえる距離にあるが、やはり異なった生態系を抱えている。
して、大型モンスターである俺が新たな地へと足を伸ばせばどうなるか。当然、衝突が起こる。起こった。それが目当てで飛び出していったようなもんだから過失点は10:0で俺が悪い。
『キィィィ!!』
横っ飛びする小型モンスター。鮮やかな青に黒い縞模様、黄色いクチバシに立派なトサカ。記憶はそれが"ランポス"だと告げた。
彼らは山を降りる道を進んでいて数は20ちょい。俺の活動で圧の減った崖下へと探りを入れに来たようだった。それらは正面から突っ込んできた俺におののき、たじろぎ、しばらくにらみ合った末に襲いかかる。たとえ不利でも負け戦でも、縄張りを侵しにきたモンスターを好きにさせておく趣味は彼らに無い。
むろん俺にも。
『ギャ!』
勝負は数分でついた。ジャギィとやった時とは違い万全のコンディション、苦戦する要素は無い。前足のひと振りで肉塊に変え、尻尾を叩きつければ鮮血が舞い、逃げ回るものに
辺りは血塗れ、肉の焦げた匂いが立ち込めた。
…そう、雷撃だ。姉さんから受け取った莫大な電力はひと晩超えたくらいで発散し切ることはなく、在りし日の大将を凌駕する蓄電効率を持つ緻密な帯電毛によって保持されていた。それを集めて口から放つ、シンプルな雷撃。
電流をイメージし口を開け広げ、対象をキッと睨みつける。そのまま吠えるように空気を吐き出せばひとすじの稲光が。それはブレスと呼べるのか微妙なラインで、見た目は単なる放電現象のよう。
しかし雷光虫弾など使えない俺にとってはこれが唯一の遠距離攻撃手段。因みに実戦使用はあれが初めて。その効果たるや…微妙。
逃げるランポスを正面に構え、狙って放ったはずの稲光は明後日の方向へ。2発、3発、手ごろな導電体へと吸い込まれる。直撃弾となったのは5発目、ランポスはびくんと体を震わせて倒れた。強烈な火傷を負い心停止したそれを見るに効果はあったが、あまりにも命中率が悪い。
そして電力効率も悪い。見立てでは満充電の状態から30発も放てば撃ち止めとなってしまう。こんなものを常用はできない。他になにか
「フゥ…」
というのが昨日の出来事。俺は息を落ちつかせながら登りきった岩肌から森と平原を見渡す。とてもいい景色だ。向こうからも俺の姿が見えていることだろう。…怖いなぁ。
だがこれからは俺という存在の露出に、知られることにも慣れなければならない。その土地に根を下ろすというのはそういうことだ。
ほら、堂々と空を飛ぶヌシ様の姿を見てみろよ。早くあれになりたい。
翼をはためかせ大空を行く火竜、その力を容姿で10割示している存在に挑みかかるような者はいない。よほどの理由がなければ。容姿で8割くらい損している俺はどこまで力を示せばその段階まで上り詰めることができるのか。なんとかして武勇を広めなければ。
すなわち戦わなければ。そして勝たねば。
「…」
火竜から目をそらし電力の活用法に思考を持っていく。実は心当たりがある。効率の悪い放電攻撃以外で使えるものが。
それはこの森に来る途中、執拗に追ってくる"奴"から逃れる過程で動かなくなってきた体を電力でしばいて強制稼働させた一幕。あの場ではとにかく走り続けるために使ったが、瞬発力を高めたり動作の
適切なタイミングで適切な部位に適切な経路で筋肉へ高圧電流を流す、その感覚が掴めれば実現できるはずなのだ。……ずいぶんと投げやりな指標であるし把握すべきものは多い。しかし不可能ではない。
以前から俺は電流操作に熟達しようと努力してきた。溜め込むだけしか能がないのは問題だと、人並み…普通のジンオウガ並みに思うことはあった。だからこそ溜め込んだ電力をどう使うか、豊富な電力を活かした俺だけの特技を身に着けようと研究していた。電流で磁界を作ってみたり電磁波でプラズマを作ってみたり陽電子を作ろうとして失敗したり。
色々やってはみたものの実用的なものは少なく、しかしそれら下積みによって出来ることは広がった。当時の俺が編み出した成果物の1つを紹介しよう。
帯電毛を稼働させ流れを作り電力を1点に集め、体内を通して発射口へバイパス。磁界の砲口を被せて指向性を持たせ、高圧電流を放出する…
そう、ランポスへ使った雷撃である。文字に起こすと仰々しいが実戦での効果が
そんな一発芸の事はともかく、俺には電力による肉体強化(仮)をモノにできるだけの力があるはずなのだ。
「フッ…フッ…」
強制稼働させたときの感覚を思い出しつつ前足を振る。もうちょい負荷を上げるべきか、筋繊維のどこに電流を持っていくべきか、文字通りの手探りで正解を探す。
まだ背中は蒼く光っている。焦らずに完成を目指していこう。
◆ ◆ ◆
西日が差して森に影が落ちてきた頃、俺は右前足をとすんと下ろした。試せることはひと通りやったと思う。背中の光はすっかり消えて、最低限の予備を残し電力は底をついている。
うむ、電池切れだ。制限時間内に基本動作は完成させることができたが、それを洗練させるのはまたの機会となる。研究開発に必要なリソースを甘く見ていたかもしれない。
「ガウゥ…!?」
っと、バランスを崩して転びそうになった。電荷を込めて振りぬいていた感覚をそのままに一歩を踏み出してしまい、危うく崖から落ちるところだった。そんな間抜けな死に方はしたくない。足の裏が冷や汗で湿るのを感じつつ後ずさる。
そして帰りながら思うこと、気のせいでなければ右前足の動作が重い。電流の向きとか圧力とか電力量とか直流交流を交互に流したり体細胞構成原子の励起を試みて失敗したりとかいろいろと試したがその"いろいろ"によってかなりの負荷がかかったようで、この森に来た時と同じようなうまく動かない状態になっている。
前に経験したものと異なるのは対象が右前足だけなこと。若干歩きづらいが致命的ではない。事情を知らなければ重篤なダメージで足を引きずっているようにも見えることは問題だろうか。
まぁ誰も見ちゃいないだろう。
しかし電池切れを起こしてしまったのには困った。何もしなければまた姉さんに充電してもらうまで研究開発が打ち切りだ。わざわざ山の方まで来て実験していたのは姉さんの来訪を待たずして充電し修行を続行するためだったのだが、運が悪かったのか充電の
名残惜しく山肌を見上げる。
…と、何やら背中がざわつく感覚。
「…スンッ」
空気の匂いを嗅ぐ。水の匂いがする。少し待っていると山沿いで急速に雨雲が形成されていくのが見えた。渦巻き分厚く成長したそれは黒みを帯びてきて、中で閃光を放つものが。雷だ。
そう、これこそが充電の
山の天気は変わりやすいという言葉がある。というかそれを信じてアテにしていたのだが、遭遇できたのがよりにもよって今。電池切れして右前足が不調の今。
嬉しいことには嬉しいがもうちょい早く来てほしかった。
「フッ、アオッ!」
可能な限り急いで向かう。不格好に走り、岩を踏み台にして、できるだけ上へ、稲妻をかかえた厚い雲の方向へ。ちょうど山の中腹あたりまで登った頃にはぽつぽつと雨粒が顔をたたき始めた。
山の天気は変わりやすい。ならばこうして嵐をもたらしたのと同様にすぐ晴れてしまうかもしれない。ここから雷を呼ぶこともできそうだが、確実に電力を受け取るにはもう少し近づかなくては。焦りすぎてもいい事はない。
しかし上り詰めていくと物理的な制約が行く手を阻む。使っていた登山道が途切れてほぼ垂直の壁となり、それが頂上まで連続している。流石にこれを登り切る自信はない。少し上にある張り出しによじ登って我慢することにしよう。
雷雲に背を向け帯電毛を逆立たせる。ジャギィへの目くらまし作戦で使ったこともあるこれは本来雷を呼ぶ姿勢なのだ。ここからなけなしの電力を全放出して正電荷を持たせ、上空にたまった電子を呼び込む。すると閃光…
ビシャーン!
「ァ゛ォ゛!゛」
落雷の瞬間に視界が真っ白になり全身の筋肉が跳ねる。しかし巨大な拳でぶん殴られたような衝撃で膝をつき蹲う。その後十数秒のフリーズ状態を経由して思考が明瞭になると満充電された帯電毛が視界のはしに映る。
自慢の帯電毛はみごと雷の莫大なエネルギーを保持することに成功したのだ。
「ホォ゛……」
体にこもった猛烈な熱が口から漏れ出て陽炎が上る。これを逃がしきるまではしばらく口開けっ放しのアホ面を晒すことになりそうだが、ひとまず……成功だ。
喜びで脱力しかけるもここが岸壁の張り出しの上だと思い出して踏みとどまり、安全な場所に降りてから思いきり楽な姿勢を取ろうと思案する。来た時よりも軽い足取りで山肌を駆け下り、ふいに立ち止まる。
ん?
警鐘を鳴らしたのはジンオウガの"俺"。目の前の岩はいつか見た岩、雷雲を目指す過程で足がかりとした岩。記憶にある位置からかなりズレていて、それが立ち上がって動いたとしなければここにあることを説明できない。
人間の"俺"は記憶を探る。山岳に棲む岩のようなモンスター、その姿と名前、生態を。
しかし記憶が何かを云う前にそれは本性を現した。
岩の竜、その口から熱線が放たれる。
・"俺"
帯電能力だけは超一級品。活用法を模索中。
少しだけ自信がついた。
・ランポスたち
縄張りの隙間に入り込もうとした。
なんかヤバいのとかち合って処された。
・雷撃
単なる雷撃。威力は高いが命中精度は劣悪。
30発も撃てば電力が枯渇する。
大将は興味津々に見ていた。
・雷
自然界では陳腐な放電現象。
平均900GWもの莫大なエネルギーを持つ。