目が覚めれば、一面の藁が広がります。
ここは厩。旅の塒にとご厚意で貸し付けて頂いたので御座います。
萎れてはいますが藁の布団は地面よりも柔らかく、中々に暖かいのです。細かな藁が服に入り込むのがあまり好きませんが。
「どうも、昨晩はありがとう御座いました。お陰様で夜闇に巣食う妖共に襲われることもなく、心持ち良い眠りにつけました」
顔を出した家主に声をかければ、いい笑顔で手を振ってくださいます。今日この村を立つつもりで御座いますから、村の衆に挨拶しながらゆるりと行こうと思い立ちました。
「これこれ、駆けるならば前を向きなさい。そこも、無闇矢鱈に赤い所へ登らないように。親御様方に叱られてしまいますよ」
どうもこの村、爺婆が多くはあれど若人や童らも数多く在るようで。
元気に走り回る子らに取り囲まれながらも転ばぬよう注意してやったり、大きな木や屋根に登ってはしたり顔をする若気に軽く発破をかけてみたりと、何分退屈せん有様で御座います。
井戸端では奥様方がにこやかにしておりまして、出立するあたくしを見ては手を振ってくださいます。ほほ。このような山奥の村ともなると、どれも逞しくいらっしゃることで。
名残惜しさにちょいと猫背気味になっておるのが気付かれたのか、野次を飛ばすかの如く顰めっ面のおやじに覗き込まれたりも。
ああ怖や怖や。地震雷火事親父と申しますが、前三つを親父は既に持っておりますから尚更怖いというものです。あたくしに親父はいないので御座いますが。
せっかく送り出してくださる方々がいらっしゃるのですから、このままそそくさと立ち去るのは如何なものかと思うようになった次第で御座います。
しかしあたくしに何ができるでしょうか?手持ちも面白いものはなく、できることと言えば妖が如く好き勝手することぐらいで御座いましょうか。
どれ、一つ大きな物にでも化けて驚かしてやろうかとも思いはしましたが、それでは恩を仇で返すようなものかと疼く性を抑えました。あたくしは節操のある化け物で御座いますから。ね。
後ろを振り返れば、お世話になった方々が手を振っております。皆が笑顔だ。とても良い心根をしていらっしゃる。ですからあたくしは大きく左右に手を振りながら言うのです。
「皆様方、
上下に振られる手を尻目に、あたくしは旅立つので御座います。
背の高い草村を。
お誘いにのる訳には、いきませんからな。