呪術のセカイ   作:猫山紅葉

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今一度、己に問え


第三十話 己の心

 学校と言う敷地だからか本家の敷地よりかは建物も多く、何の為に立っているかわからない祠や鳥居が無数に設置されていた。私は五条先生の背を追いながら辺りを見渡す。

 

「今から学長に会うよ。金次と綺羅羅は先に入寮してたからもう済ませてる。あとは君だけ」

「学長?」

「そ。簡単な面談」

 

 五条さんの言葉に、首を傾げる。確かに受験なしの入学だから面談は分かるが、入学した後の面談は少し違和感がある。

 

 何か教師側に考えがあるのだろうか。

 

「因みに下手したら入学断られるから」

「もう入学した後なのに!?」

 

 そんなの、理不尽極まりないじゃないか。確かにギリギリ迄任務に行っていたから時間がないのは分かるが、それでも一旦受け入れ、その後矢張り無しと言う事でとなるのは可笑しい。契約違反だ。何の契約か知らないが。

 

「ま、大丈夫でしょ。絵名だし」

「何その何の根拠もない信頼は。めっちゃ不安になってきたんだけど。どうしよう、圧迫面接だったら」

「うーん。そんな気はあるね」

「あるの!? 逆に何であの二人は合格できたの!?」

「何でって、見りゃ分かるでしょ」

 

 まるで当然だろと言うように五条さんはそう言った。見りゃ分かると言われても、見たら彼らが普通の面談で落とされると言う事だけは分かる。だからこそ分からない。

 

 けれど、面談か。確かに学校で面接の練習は死ぬ程やったけれど、呪術師にはそんな普通は通用しないと言う事は分かっている。私が自信をなくすのはそこだ。

 

 己の範疇を超えた事象。事柄。それに恐怖する毎日である。

 

 五条さんの歩幅に必死になって着いて行き、遂には目の前に大きな塔が現れた。

 

 東京タワー──よりかはないが、それでも圧倒される大きさではある。五条さんの様子を見るに、どうやら此処が目的の場所らしい。重そうな黒塗りの扉を五条さんは片手で開け、私に入る様促した。

 

 固唾を飲む。この面談で、私の今後が左右される。

 

 此処でも否定されたら、私は一体どうしたら良いのだろう。

 

 私が入るのを待っている五条さんを横目に、鉛が付いた様に重い足を引き摺りながら中に入る。中は電気などではなく柱にかけられている蝋燭で照らされていた、

 

 その中心には、大柄なイカつい男が座っていた。サングラスを掛けて、頭を刈り上げている。今まで会った事のない人種である。あまりの威圧感に、少し怖気ついた。

 

 けれど圧があるのは見た目だけではなかった。

 

「遅い」

 

 低く、芯のある声。一度聞けば一生忘れないであろうその声には、少しの怒りが込められていた。

 

「責める程の遅刻をするなと何度も言っているだろう。悟。お前の悪い癖だ。直せ」

「良いでしょ。たかが五分程度なんだから」

 

 約束の時間より五分遅刻していたのか。

 

 適当だ適当だとは思っていたが、こんなみみっちい事をする人間なのか、五条悟は。しかも遅れてやってきたと言うのに悪びれる様子もない。私は何も悪くない筈なのだが、何故かこっちが申し訳なく感じてしまう。

 

 申し訳なく感じるが、私の意識は学長の周りに座っているぬいぐるみに向けられていた。どれも動物を元にした可愛らしいぬいぐるみだ。

 

 あれ、ピクシェアに投稿したらバズるかしら。

 

「して、その子が……」

「あ、東雲絵名です。宜しくお願いします」

「何しに来た」

「………………は?」

 

 何を言っているんだ、この人は。そんな事を呆然と考えた。

 

 何をしに来たって、当然、面接ではないか。

 

 然し私の予想は大幅に的が外れ、学長は予想外の言葉を発した。

 

「呪術高専に、何しに来た」

「………………」

 

 矢張り何を言いたいのか分からなかった。

 

「えっと、呪術を習いに?」

「何で?」

「な、何で?」

 

 学長の言葉に、思わず反復する。そんな事を聞いて、一体何だと言うのだろうか。

 

「何でって、呪霊を祓う為に──」

「何の為に?」

「何の為にって……さっきから言いたい事分かんないんだけど。何を聞きたいのか遠回しで言うんじゃなくてはっきりと言いなさいよ」

 

 先程からの質問攻めに良い加減辟易してしまっていた。答えようと口を開いたのだが、出てきた言葉はそんな文句だった。しまったと思って口を塞いでも、時既に遅し。私の言葉は全て学長に伝わってしまった様だった。

 

 けれど意外にも、学長はそんな私を見ても怒りを露わにはしなかった。

 

「ふむ。そうだな。では聞こう。お前は何の為に呪術師になるのだ」

 

 それが、学長の聞きたい事なのだろうか。

 

 何の為にって──。

 

「……別に、理由なんてないわよ。美術科落ちて、それで両親とおじいちゃんとの約束で入っただけだし」

 

 呪術師になる。そこに特別な理由はなかった。出来る事なら呪術師になんてなりたくはなかった。けれど画家になる事を周りが認めないと言うのなら、それはもうしょうがないじゃないか。

 

 そう思わないと、気が狂いそうだ。

 

「元々私、呪術師なんて知らなかったしね。いつも思うよ。何でこんな事になったんだろうって。私がお父さんに進路の事聞いたのが悪かったのかなって。いや、聞かなくても高専の事は言われていただろうし、多分、初めから決まってた事なのよ」

 

 何でこんな事になんて、考えても無駄だと言うことは分かっている。けれど思わずにいられないのは一体どうしてだろうか。

 

 そんなの、考え得る事は一つしかないだろう。

 

「つまりお前は、他人の指図で呪術師になると言うのか」

「……何だって?」

 

 私がその言葉に対して文句を言う前に、学長はその巨体を起き上がらせた。身長は、優に190は超えてた。

 

「不合格だ」

「…………え?」

 

 突如告げられた言葉に、思考が追いつかない。いや、不合格になる可能性は想定していた。では何に追い付かなかったのか。それは学長の傍に座っていたぬいぐるみが原因だった。ただのぬいぐるみだと思っていたが、何かの操作だろうか。意思があるかの様に突如として動き出したのだ。

 

 ただのぬいぐるみじゃなかったのね。

 

「これは『呪骸』だ。私の呪力を流して動いている」

 

 そう言ったと思ったら、突如として私に襲い掛かってくる。突然の出来事に脳が付いていけず、私はその力のまま、壁へ吹き飛ばされる。

 

 息が出来ない。背中が痛い。何。何だ。一体何が起こった。

 

「良いか。呪術師は常に死と隣り合わせだ。己の死だけではない。呪いに殺された人間、仲間の屍を横目に呪霊を祓わなければいけない。この上なく不快な仕事だ。ある程度のイカれ具合とモチベーションが無ければとてもではないが続けられない。それを他人に強制されたから? 受験に落ちたから? 巫山戯るのも大概にしろ。そんな心持ちで呪術師を続けられるわけないだろう」

 

 辛辣な言葉だ。然しその言葉はどうしてか私の〝核〟を突いた。

 

 学長が話している時も、ぬいぐるみは依然として攻撃を続けている。学長の話は耳に入って理解はしているが、それでもそれを返せる程の余裕はなかった。

 

 落ち着け。動きは殴る蹴るの単調だ。隙を見て殴り返す。いや、抑も術式でこのぬいぐるみを切り刻んだ方が早くはないだろうか。

 

 そう考えている間にもぬいぐるみは拳を私に打つける。その拳を受ける腕についている古傷が、とても痛かった。

 

「呪術師に、悔いの無い死などない」

 

 学長の言葉が、声が、耳に入ってしょうがない。目の前のぬいぐるみに集中したいのに、どうしても意識が其方へ向かってしまう。

 

「今のままだと、誰かを呪ってしまう事になるかもしれんぞ。今一度問う。お前は何しに呪術高専に来た」

 

 何を、しに。

 

 そんなの──。

 

「──私には、記憶がない」

 

 突進してくるぬいぐるみを押さえ込む。ぬいぐるみは腕の中で苦しそうに踠いていた。あの拳を振るうぬいぐるみに筋肉がない訳がなく、押さえ込んでいる体はとても硬かった。

 

「此の儘で良いと、思わなかったら嘘になる。実際、私は全部を捨てて画家になろうとしていたんだから。勿論、今でも画家になりたいとは思ってる。けれど、それで良いの? 己の痛み(記憶)から目を逸らして生きていくの? そんなの、絶対に嫌だ」

 

 本能でわかる。これは無視してはいけない痛みだと言うことを。私にとって、恐らく大切で、大事な記憶の筈だ。

 

 確かに思い出そうとするとどうしようもない頭痛に襲われる。夢を見ると喉を締め付けられていると錯覚するくらい苦しい。けれど、それ以上に、泣きたくなるのだ。泣きたくなるくらい、愛おしいと思ってしまうのだ。

 

 戻りたい。どんな記憶かも分からない癖に。

 

 けれどそれを無視して生きていく事は、私には絶対出来ない。私は、知りたい。自分のルーツを。この愛しさの正体を。

 

「私は、絶対に私を取り戻す。このまま記憶を無くしたままだったら、私は死んだも同然。そんなの、絶対ごめんよ」

 

 そうだ。

 

 今の私は不安定で、まるで空に浮かんでいるかの様に己という輪郭が曖昧だ。それを良しと出来る程、私は大人ではなかった。

 

 それが、私に唯一残されたものなのだから。

 

 私の言葉と共に、静寂が流れる。五条さんも、学長も、何も言わない。

 

 ……もしかして、これも駄目なの?

 

 そう思ったが、意外な事に学長は口角を上げて笑った。

 

「悟。学内の諸々の警備(セキュリティ)の説明をしてやれ」

「はは。了解」

「……ん?」

 

 五条先生と学長の言葉に、首を捻る。もしかして。いや、もしかしなくても──。

 

「合格だ。ようこそ呪術高専へ」

 

 そう言って学長は私に手を伸ばす。

 

 多分、世界で一番莫迦そうな顔をしているだろう。それ程迄に思考が追いついていなかった。

 

 五条さんと目を合わせる。五条先生は私を見て親指を立てた。

 

 そうか、合格したのか。

 

 私はぬいぐるみから手を離して学長の手を握り返す。ぬいぐるみはいつの間にか、まるでただのぬいぐるみの様に動かなくなっていた。

 

 

 

 

「でもさ、記憶を取り戻すんだったら高専に入らなくても本家の方でも出来るくない?」

 

 荷解きの続きをしている私に、五条先生は本当に不思議そうな声でそう言った。

 

「……あんたねぇ。私をまだあんな所に縛り付けるつもり? あんな所で人間性をゴリゴリ削られるより一千倍マシよ」

 

 画集やらスケッチブックやらを棚に荒べながら、私はそう言う。ダンボールの中を見て、もしかしたら全部は棚に並べられないかもしれない。そう思った。

 

 今思い出しても、もう一度彼処に戻りたいとは思えなかった。叶う事なら二度と敷居は跨ぎたくない、祖父にも二度と会いたくない。

 

 まぁ、呪術師をやっていれば、いつかは再会してしまうかもしれないのだけれど。

 

「って言うか、何女子寮に勝手に入ってきてんのよ」

 

 少し冷静になってダンボールの中に入っていた猫のぬいぐるみを投げる。そのぬいぐるみは真っ直ぐと五条先生の顔にぶつかった。然し五条先生は余裕な笑みを崩す事なく私のぬいぐるみを掴みにぎにぎと握っていた。

 

「まぁまぁ良いじゃん。僕と絵名の仲じゃん?」

「いや、先生と私はそんなに仲良くないでしょ。何言ってんの?」

「え。流石にそれは傷付く」

 

 そう言って胸を抑える五条先生。そんな五条先生を横目に、私は一つ、段ボールを潰した。何とか棚に入り切った画集。然しそれは本当にギリギリで、もう少し画集を増やすのなら棚を増やした方が良さそうだ。

 

「そんな事より、そこに突っ立ってるんだったら荷解き手伝ってよ。今日中に終わらせたいし」

「えぇ、僕は別に良いんだけどさ、絵名は良いの?」

「は? どう言う事?」

 

 五条さんの言葉に、首を傾げる。別に荷物を触られて怒る程、私は心が狭くないし、自身の私物に対して拘りはない。

 

 然し五条さんが言っているのはそう言う事ではなかったらしい」

 

「僕、もしかしたら絵名の下着触っちゃうかもよ」

「………………」

 

 確かに私は私物に対して拘りはない。けれど私にだって女の子の尊厳は持ち合わせていた。

 

「……分かった。手伝わなくて良い。その代わり出てってくれない?」

「えー? 何で? 一緒にお喋りしようよ。そうだ、五条先生の良い所山手線ゲームとかする? 五条先生の良い所でしりとりでも良いよ。それか世界情勢の議論でもして動画とって炎上でもしようぜ」

「………………」

 

 なんだこのしつこくて鬱陶しい生き物は。これが現代最強は嘘すぎるでしょ。

 

 然しまた言い返して現状が悪化するのも嫌だったので其の儘無視して二個目の段ボールを開ける。その中には洋服が沢山入っていた。そのどれも私の趣味ではない。

 

「へぇ、絵名ってそう言う服が好みなんだ。いがーい」

「──っ! だから出てって!」

 

 今度こそ本当に出てってもらおうと出入り口まで追い出す。その間五条先生は何かブウ垂れていたが、そんなのは関係ない。この段ボールだけは絶対に見られたくない。

 

 繰り返し言うが、私にだって女子の尊厳は持っているのだった。

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