呪術のセカイ   作:猫山紅葉

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何度でも回せ





第三十三話 1/239

 領域展開。

 

 それは生得術式の最終段階であり、呪術の頂点。領域展開を使えるのは極少数の限られた人間のみであり、それを習得するには正しく血の滲む様な努力と、才能が必要になってくる。現在高専で扱えるのは判明している限り五条悟だけであった。

 

 そう、今までは。

 

 秤金次の領域展開『坐殺博徒』は彼の術式に初めから組み込まれており、この領域展開こそが秤の術式全てだと言えよう。

 

 それだけで、彼は人智を超えていた。

 

 最初から領域展開が組み込まれた術式。それを使い熟せる天賦の才。呪術師の世界は才能が八割と言われているが、正しく彼はそれを体現させた様な人間だった。

 

「彼奴らだけにはカッコつけさせる訳にはいかないんでね。こっちもカッコつけさせてもらうぜ」

 

 そう言って、秤は不敵に笑う。その顔を見て、呪霊は依然無表情を貫いている。

 

 都会の呪霊は数が多く狡猾さも持ち合わせているが、言語が通じる呪霊は全国的にも珍しい。今目の前に居るのは果たして知能のある呪霊か、どちらか。

 

 ──いや、それは無いな。こいつからはそんな呪力は感じられない。

 

 秤は冷静な頭でそう判断した。まぁ、そうあって欲しいという願望もなきにしもあらずだが、それでも秤の勘がそれを肯定していた。

 

 己の勘には嘘は付けない。それが秤金次と言う男であった。抑も今迄の経験上、こういう場合の勘は恐ろしい程に当たる。

 

 秤の術式である『坐殺博徒』は現実に存在するパチンコ台『CR私鉄純愛1/23ver』を領域内に具現化したものである。図柄が三つ揃えば大当たりとなり、その大当たりを引けば秤にはランダムでバフが掛かる。一見簡単そうな術式だが、そこに運が絡むとなると秤自身にもリスクが及ぶ。

 

 けれど、そんな綱渡の状況でも、秤は楽しんでいた。

 

 秤は熱を愛していた。己の心に宿る熱い熱い熱。それを強く感じるのは賭けを楽しんでいる時だった。

 

 赤色の保留玉を呪霊に投げる。その瞬間、呪霊の間に緑色の電車のシャッターの様なものが現れる。それが閉じると同時に呪霊は下に屈みシャッターを避けた。これは予告演出であった。

 

 予告演出とはリーチや大当たりなどの特定の状態に至るまでの前兆となる演出の事であった。保留玉は緑、赤、金。シャッターも同じく緑、赤、金とあり、緑から金に行くにつれて大チャンスの確率は大きくなっていく。秤自ら演出は選べるが、矢張り結果は運次第。今の確率は低いが、それでも大当たりの可能性は0ではない。

 

 秤の後ろに真ん中を開けて二つの絵が並ぶ。真ん中は未だ依然として回転していた。

 

 リーチだ。

 

 その瞬間、舞台は変わり本物の駅のホームへ二人は飛ばされる。リーチアクションによってステージが様変わりし、この舞台は期待度の低いICカードリーチである。

 

 リーチアクションには四つのアクションがあり、『交通系ICカードリーチ』『座席争奪通勤リーチ』『うっかり特快便意我慢リーチ』『花金終電リーチ』がある。期待度は下に行くにつれ上がっていき、一番の期待度である『花金終電リーチ』では80%超えの期待値だ。けれど今回のアクションは一番期待値の低い『交通系ICカードリーチ』

 

 一見ハズレの可能性が大きい。けれど運次第では大当たりの可能性がある。秤はその1%にも満たない可能性に賭けていた。運とは、結果は出るまで分からない物である。

 

 一人の男が改札に向かって走ってくる。本作の主人公、山口夕輝だ。彼が改札を通り定時に出社出来れば大当たり。然し改札に引っかかると間に合わずハズレとなる。

 

 呪霊は男に拳を振り上げ攻撃をする。然しその拳は空を切り、男を通り抜けた。これはあくまで演出。干渉は出来ない。正しく運次第と言ったところである。

 

 男は改札を──。

 

「お、予測は外れたか?」

 

 ──抜けられなかった。秤の期待とは裏腹に期待度通りのハズレであった。それでも良い。これもまたギャンブルの醍醐味。全て当たって仕舞えば面白くない。

 

 また二人は改札口に囲まれる。外れれば通常ステージに戻る。

 

 秤が大当たりを引くか、呪霊が秤を倒すか。そのどちらかを行わなければこの繰り返しである。

 

 そして秤が大当たりを引けば、呪霊は負ける。

 

「もう一度だ」

 

 そう指を鳴らし、ルーレットがスタートする。大当たりは1/239。その僅かな可能性に賭けて秤はまた回す。一歩間違えれば永遠と続く賭けに興奮を抱いている秤は、最早まともではないのだろう。

 

 何度も、何度も回す。何度もリーチが出ず、呪霊の攻撃も時間が経つにつれ激しく、鋭くなっていく。秤の行動も読まれている様で、最初は当たっていた拳も徐々に躱される様になっていった。厄日かと思う程、今日の秤はツイてなかった。確率が80%の演出を出すも、どうしても大当たりが出ない。

 

 緑の保留玉。緑のシャッター。確率的には相当低い。けれど秤の熱は依然として冷めていなかった。

 

 追い詰められた時にこそ、人は本領を発揮するのだ。

 

 リーチがかかる。そしてまた舞台が塗り替えられた。

 

 其処は駅のホームであった。

 

 ──期待度80%の華金終電だ。

 

 口角を上げて、秤は笑う。緑の保留玉に、緑のシャッター。そして其処から生まれた華金終電。

 

「まったく! これだからギャンブルはやめられねぇ!」

 

 そう叫び、呪霊を蹴り飛ばす。今の秤の熱は最高潮。止められる人間は此処にはいなかった。

 

 電車が来る。主人公が立っているホームの向かい側に居るヒロインの夢がこの終電に乗って帰らずに再び姿を現せば大当たり確定のリーチである。

 

 攻撃している間にも電車は動く。物語は進む。秤は高鳴る鼓動を感じながら呪霊を蹴る。

 

 大当たりの確率は80%。ハズレの確率は20%。この20は小さいように見えてギャンブル界においてはかなりデカい。未だ決まらぬ未来に、秤は満足していた。

 

 電車が去る。秤は向かいのホームを見た。

 

 ──其処に夢はいなかった。残っているのは簡素なホームだけ。

 

 これが好奇だと思ったのか、学びを得た呪霊は秤の腹を思い切り蹴り上げる。秤はその重い蹴りを受けて壁へ激突した。

 

 普通の人間ならば最早戦意消失。けれど秤は笑っていた。

 

 運とは、結果が出るまで分からないものだ。

 

 足音が聞こえる。その方角に目をやる。呪霊も何かが可笑しいと悟った様で、秤と同じ方を向いた。

 

 外れた筈なのに一向にリセットされない。それがどう言う事なのか。

 

『終電……なくなっちゃった』

 

 主人公のホームに居たのは、ヒロインの夢であった。

 

 ──確定だ。

 

 秤は飛び起き、光の速さで呪霊に詰め寄る。

 

「言ったろう? こっちにもカッコ付けさせてもらうって」

 

 そう言って秤は渾身の一撃を呪霊に送る。呪霊は今迄に無い程の悲鳴をあげて、向かい側のホームへ吹き飛んだ。

 

 その攻撃を合図かの様に秤の領域が音を崩れたのだった。

 

 

 

 

「わ! 出てきた!」

 

 星さんの言葉に、私は黒い球体を見る。いや、今は球体という名前すらもこの物体を表すのにはそぐわない。その球体は音を立てて粉々に砕け散った。

 

 領域展開。知識としては知っていたが、実際に見るのは初めてであった。まさか同級生に使える人が居るとは。

 

 いや、今はそんな事を考えている暇はない。私は落ちてきた秤くんに駆け寄る。

 

「平気!? 秤くん!」

「金ちゃーん!」

 

 私を通り過ぎ星さんは勢い良く秤くんに飛び付く。怪我だらけの秤くんにそんな抱きついて大丈夫なのかとは思ったが、まぁ表情を見る限り大丈夫なのだろう。

 

「落ち着けって。俺は大丈夫だから。それより気ぃ抜くなよ。まだ呪霊は祓い切れてねぇんだから」

 

 秤くんの言葉に、私は後ろを振り返る。呪霊は依然として此方を見ながら立っていた。その姿に生気は感じられない。先程までの威勢や圧は無く、例えるのならボロ雑巾の様な、そんな弱々しい雰囲気を醸し出していた。

 

 領域内で、一体何があったのか。

 

「お前ら、手は出すなよ。あれは俺の獲物だ」

「獲物って、そんな事言ってる場合じゃないでしょ」

 

 けれど秤くんは私の言葉を無視して前へ出る。どうやら今の秤くんには勝てる確証があるかの様だった。

 

 領域内で何があったかは分からない。けれども秤くんはそこで活路を見出したのだろう。そう思って星さんを見るも、星さんは依然として秤くんを熱い視線で見ていた。

 

 此処に、まともな人間は居ないのだろうか。

 

 けれどそんなやりとりも束の間。部屋中の絵画から人やら動物やら無機物やらが流れ出る。まるで堰き止めていた泥が勢い良く流れていくかの様な、そんな勢い。けれど秤くんの攻撃で呪霊の力が弱まっているからか彼らは最早原型を留めていなかった。

 

 秤くんを見る。秤くんと呪霊は殴り合っていた。思ったよりは肉弾戦の攻撃に、少し愕然とする。弱っていると思っていたが、秤くんの拳に付いて来れるらしい。

 

 呪霊が距離をとる。何か波動砲のものを出し、それを秤くんに向けて打った。

 

「秤くん!」

 

 空間を切断し、秤くんに向かう攻撃を阻止しようとする。けれど私の心配はどうやら杞憂だったようだ。

 

 呪霊の目の前に、秤くんは居なかった。

 

 瞬きした瞬間だった。秤くんは瞬時に呪霊の後ろに周っていた。

 

 見えなかった。いつ、どんなタイミングでどんな速さで背後に回ったのか。こんな事、いくら私でも出来はしない。

 

「見え見えなんだよ。バァカ。オラァ!」

 

 そう言いながら、素早い拳で呪霊を殴る。こんな拳、漫画でしか見た事がない。

 

「ねぇ星さん! あれで呪霊祓えんの!?」

「大丈夫! 金ちゃんはかっこいい!」

「理由になってない!」

 

 作品達をいなしながらそんな疑問を星さんにぶつけるが、返ってきたのは意味の分からない言葉だけだった。分かってはいた事だが、星さんは少し秤くんを好き過ぎやしないだろうか。

 

 けれど、少しの違和感。彼は先程まで、あんな速さだっただろうか。あんな音速を越えられる程の速さだっただろうか。

 

 一体、領域内で何が起こったというのだろうか。

 

「ウアァァァァァ!!」

 

 耳を劈く様な叫び声に、思わず身を縮める。見ると呪霊から泥と共に沢山の額縁や彫刻像が流れ出ていた。恐らく秤くんの繰り返される攻撃に身が耐えられなかったのだろう。

 

 あぁ、成程。だから此処の作品が少し寂しく思えたのか。

 

 恐らく呪霊は単体では脅威ではない。けれど此処には沢山の〝餌〟がある。作品達を取り込み、力を得たのだろう。

 

「って、わぁ!」

 

 余所見をしていた。目の前に迫っていた作品。けれど足元に流れていた泥に足を滑らせてしまい、私の体は地面へ一直線。それだけなら良かった。祓おうと術式を発動した瞬間の出来事だった。気体を切断しようと狙いを定めたがそれが逸れ、あろう事か部屋全体を真っ二つに切ってしまった。目の前に広がるは真っ黒い空。数時間の出来事の筈なのに、外の空気が肺に優しく入り込む。

 

「ちょっと! 何やってんの!?」

「仕方ないでしょ!? 足滑ったんだからあ!」

 

 部屋が破壊され、その拍子に足場が崩れ私たちは瓦礫と共に下へ落ちていく。

 

「いいや! これでいい!」

「これで良いって、何が──ぐふ!」

 

 秤くんはそう言って私を足場に上へ飛んだ。

 

 あいつ……いつか絶対殴る。

 

「じゃあなど腐れ呪霊! あの世で大好きな絵でも見てなぁ!」

 

 そう叫びながら秤くんは右手に呪力を流し、渾身の力で呪霊を殴った。それが功を成したのか、殴られた部位が破裂し、呪霊は叫び声を上げた。

 

 瞬間、呪霊の体から大量の紙が放たれる。風に舞って落ちていく紙達はまるで花吹雪の様に綺麗であった。

 

「あっはっは! こりゃ正しく傑作だな!」

「笑ってる場合!? これどうやって地面に降りるの!? 此の儘じゃ全員落下死なんだけど!」

 

 大声をあげて笑う秤くんに、私は大声をあげながらそう叫ぶ。下からやってくる浮遊感。その感覚があまりに怖く、思わず目を瞑る。

 

 あぁ、もしかしたら私の死因は殉職ではなく落下死なのかもしれない。嫌だな。そんな間抜けな死因。

 

「良くやったよ。三人とも」

 

 ふと、上から声が聞こえる。滑らかで、聞いていて心地の良い声。

 

 この声を、私は知っている。

 

「……五条先生!? って、あれ? 私達落ちてた筈じゃ……」

 

 目を開ける。気付けば私達三人は地面に倒れており、見上げると包帯を目に巻いた五条さんが私達を見下げていた。

 

 いつの間に、私達は助かったのだろう。

 

 私が唖然としていると、五条さんはくつくつと笑った。

 

「いやぁ、びっくりだよ。まさか呪霊一体祓うだけでこんな建物崩壊させるだなんて。とんだ問題児達が入ったものだね」

「はぁ? 何言って──あ」

 

 建物を見る。其処には半壊と言えない、最早全壊してしまっている美術館があった。嫌、そもそも美術館だったものがあったかもしれないと言った方が良いのかもしれない。それを見て、私は青ざめる。

 

 そんな、まだ私は館内をゆっくり見た事がないのに。こんな形で、しかも私の手で壊してしまうだなんて。

 

「ねえ金ちゃん。なんで東雲さんあんなに落ち込んでんの?」

「さぁ。しらね」

 

 そんな二人の言葉も耳に入らぬ程、私は項垂れていた。人様の作品を壊してしまうなんて、絵を描くものとしてあってはならないこと。言語道断であった。

 

 力なく、地面に倒れ込む。ふと外を見上げると雲一つ無い空が広がっていた。どうやら帳は上がったようであった。

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