呪術のセカイ   作:猫山紅葉

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戦いの後のひと時


第三十四話 親睦会と言う名のお疲れ様会

「はい注目! これから一年生の親睦会を始めやす!」

 

 そんな高いテンションで五条さんは叫んだ。然し個室と言う事もあり、他の客の目は全く無い。流れるは私たちの沈黙だけだった。

 

「テンション上げてよ……」

 

 どこかで見た光景であった。

 

 今私達がいるのは六本木にある高級料亭だった。私は家の会合で訪れた事があるのだが、二人は初めてだった様で入った瞬間目を見開いていた。当然だ。こんな所、機会がなければ来る事は絶対になかったのだから。五条さんも五条さんで、此処がまるでファミレスであるかの様に我が物顔でどっしりと座っていた。

 

 美術館での任務の後である。私達は軽く家入さんの治療を受けた後此処に連れてこられたのだ。

 

「でも親睦会って何するの? 麻雀とか?」

「こんな所に麻雀卓があったら吃驚だよ。じゃなくて、一緒に食事をしてお互いの事を知ろう。みたいな?」

「何で疑問系?」

 

 星さんの質問にも、五条さんはこれはまた適当な返しをした。まぁこの人にまともな答えを期待するだけ無駄であり、時間の無駄でもある。私は今までこれ程までに何を考えているか分からない様な人間とはあったことが無い。

 

「つーか。よく此処を予約出来たな。一食最低五千円くらいする高級店だろ」

「そりゃあまあ、〝東雲〟の名前を出したら一発よ」

「ちょっと、勝手に人の名前を出さないでくれる?」

 

 確かに此処はお祖父ちゃん御用達の料亭だが、それでも他人が東雲(うち)の名前を出すのはまた違うだろう。と言うか、普通に五条の名前を出しても通ると思うのだが。

 

 そんな事を考えながら、私はスマートフォンを開く。起動したのはピクシェアだった。写真投稿のアカウントには百を超える数のいいねが来ており、それを見て思わず笑みが溢れた。

 

 うん、今回も良い感じに伸びている。

 

 今回の写真はシンプルに綺麗な東雲空だった。寮の自室から撮ったのだが、自分でも良い出来だと思う程であった。

 

「つーかもう食って良いか? 腹減って死にそうなんだけど」

「食い意地張ってるなぁ金次は。良いよ」

 

 五条さんの言葉を聞いて、秤くんは我先にと頼んだカツ丼定食に齧り付いた。余程お腹が空いていたのだろう、その勢いは止まる事を知らない。私も私で動いた後なので運ばれてきた唐揚げ定食の匂いだけでお腹が鳴った。任務後で食欲がないだろうと思っていたが、意外にそうではないらしい。

 

 星さんも秤くんに倣ってお刺身定食を食べていた。見るからに美味しそうに食べ、見てるこちらもお腹が空いてくる。言うて私自身の料理も運ばれて来ているのだが、けれど私はまだ箸をつけてはいなかった。

 

 スマートフォンでカメラを起動し、運ばれてきた私の料理を写す。

 

「……何やってんの?」

「見て分からない? 写真撮ってんの。五条先生映り込んで邪魔だから少しどいて」

「酷くない?」

 

 五条さんの言葉を無視してシャッターを押す。光の当たり加減で充分美味しそうに見えるのだが、それでも色合い補正で加工する。そうするともっと美味しそうに見えるのだ。

 

「へぇ、良い感じに撮れてるじゃん」

「ちょ、見ないでよ」

 

 横から覗き込む星さんから隠す様に、私はスマートフォンを伏せる。別に見られて恥ずかしいものは一つもない。それでも何故か中身を見られるのは良い気はしなかった。

 

 写真を撮り終わったところで、お待ちかね。私は其の儘手を合わせた。

 

「いただきます」

 

 本家にいる間身に付いたこの言葉。以前はあまり口にしていなかったが、マナー講師の厳しい指導の元、私の所作は見違えるほどに正しくなった。と、思う。正直な所己では分からないが、まぁ、あれだけ厳しくされたら正しくならない方が可笑しい。

 

 まずはご飯を食べる。高級料亭だからかふっくらもちもちで美味しい。これは自分では作ることは出来ない美味しさだよなと思いながら白飯を飲み込んでから唐揚げを頬張った。外はカリカリ。中はジューシー。こんな表現嘘だろうと今迄思っていたのだが、成る程、本当の美味しさはこう表現するしかないのか。

 

 枯渇した体に油ものはある種の毒であり、美味さに目覚めてしまった私の脳は次よ次よと唐揚げと白飯を欲する。

 

 私が精一杯頬張っていると、ふと視線を感じた。何かと思い顔を上げると、其処には私の顔を凝視している三人の姿があった。

 

「……何?」

「いや、美味しそうに食べるなって」

「…………何馬鹿な事言ってんの? 良いから早く食べなよ」

 

 三人の視線に気恥ずかしさを覚え、思わずぶっきらぼうにそう言った。そこで冷たいと言われたくはない。想像して見てほしい。誰かから見られながら食事をすると言うのは存外恥ずかしいものだ。

 

「と言うか、家入さんから聞いて驚いたんだが、何でお前には反転術式が使えねぇんだ?」

 

 口を開いたのは秤くんであった。秤くんの言葉に、私は己の体を見る。

 

 他二人の体には多少絆創膏やガーゼやらがあるが、それも微量な程。殆どは家入さんの反転術式によって治っていたのだ。対して私は反転術式を使われる事なく包帯をこれでもかと巻かれ、まるで事情ありの人みたいになってしまっていた。

 

 切れた肌は糸で縫い、貫かれた部位は焼いて塞ぐ。打たれた肉は氷で冷やし、折れた骨は長い棒で固定した。

 

 怪我を治療する筈なのに、それ以上に痛かった。怪我をする度にこんな思いをしなければならないと思うと憂鬱で仕方がない。

 

「さぁ、何でだろう。私自身も分かんないや」

 

 五条先生や家入さんが調べてくれているが、いまだに解っていないらしい。私自身も調べてはいるのだが、それでも確証に近づくどころかどんどんと遠ざかっている様な気さえする。

 

 ズキンと、身体中が痛む。先程まで痛みを忘れていたが、意識するとまた痛み出した。早くこの状況から脱却したいが、今の所まだまだ先らしい。

 

「痛そうだね。大丈夫?」

「大丈夫よ。死ぬ事以外は擦り傷なんだから」

 

 それは本当の事である。この世界に身を置いていると、死にそうになる事は何度もあった。その度にまだ脈を打っている鼓動に安心するのだった。

 

 死ぬ事に比べたら、こんな傷、大した事はない。

 

 けれど大した事がなくとも、矢張り痛いものは痛いのだけれど。

 

「そんなことより、私は秤くんと星さんの術式の方が気になるんだけど」

 

 そう言って、私はずいっと二人に顔を近づける。その圧に押されたのか、二人は体を逸らす。

 

「あれ何なの? 星さんが触った後はなんか、体がこう、ぐうっと引き離されたり、近づいたり。秤くんに至ってはなんか尋常じゃない速さで移動していたし。どれだけ深く考えても解んなかったんだけど」

「分かった分かったから。そんな近づかないで」

 

 意外にも私は興味を示していたようで、思うより以上に彼らと距離を縮めていた。物理的の。

 

 我に返り、私は己の席に戻る。態とらしく咳払いをするも、恐らく誤魔化されていなかったのだろう。彼らは私を見て苦笑をした。

 

「俺のは実際のパチンコ台『CR私鉄純愛列車1/239ver』の演出を具現化させてその当たり外れでデバフが掛かる術式だよ。大当たりになればなる程強力なバフがかかる。さっきの高速移動は大当たりを引いた時の〝ボーナス〟だな」

「……成る程?」

 

 と言ってみたが、矢張り分からなかった。抑もパチンコ自体を理解できず、けれど『私鉄純愛列車』は知っていた。今話題の有名漫画だ。アニメや漫画がパチンコ台になる事はあるあるだが、まさか『私鉄純愛列車』もパチンコになっていたとは知らなかった。

 

 パチンコか。生まれてこの方言ったことがない。当たり前である。今の私は十五歳。パチンコに出入りして良い年齢ではない。

 

「ところで、何で秤くんはパチンコについて詳しいの?」

「賭けは良いぞ。熱くなれる」

「答えになっていないんだけど、まさか秤くんパチンコに行ってないよね」

「あ? 行ってるけど」

「さらりと答えた! こわ!」

 

 秤くんの言葉に、体を腕で抱きしめながら椅子ごと距離を取る。まさかとは思っていたが、まさかのまさかで不良だったとは。確かに中学時代に不良はいたが、それでも未成年でパチンコに行く人間はいなかった。

 

「お前も行ってみるか? 面白いぞ」

「勘弁。補導されたくないし」

 

 今この立場で補導されたら両親だけじゃない。祖父にも何言われるか分かったものではない。そうでなくてもパチンコは学生は禁止である。それを破ってまで娯楽に興じる気はなかった。

 

 秤くんの誘いを交わしながら、冷めてしまわぬうちに、私は唐揚げを頬張る。冷めてしまっても此処の唐揚げは美味しいが、どうせなら熱いうちに食べたい。

 

「それで、星さんはどうなの? どんな術式?」

 

 横に座っている星さんを見ながら、私は問いかける。何だかんだ言って、一番理解が難しいのは星さんの術式である。

 

 星さんが私達の体に触れたあと、こっそりとその部位を確認した。其処には『★Imai』とつけられていた。祓った呪霊の体を調べたら、其処にはまた違う『★Mimosa』が書かれていた。単語で言ったら南十字星だが、それをどう術式に当てはめているのかてんで理解が出来ないのであった。

 

「ふっふっふー。私のは複雑だよ。東雲さんに理解出来るかな?」

「なんか馬鹿にされてるわね。良いわ。乗ってあげるわよ。かかってきなさい」

 

 星さんの挑発にうまく乗っかったと、自分でも思う。然し自分の負けず嫌いが発動してしまったようで、私の中に絶対に理解してやるぞと言う想いが浮かんでくる。

 

「私の術式は『星間飛行(ラヴランデヴー)』って言って、南十字星を構成する五つの星を使って、相手を離したり、逆に近づける事が出来るんだ」

「南十字星って言ったら主に『Imai』『Acrux』『Mimosa』『Ginan』『Gacrux』の星を指すんだっけ」

「私自身難しい事は分かんないけど、多分そう」

 

 何じゃそりゃと、肩を落としそうになる。術式保持者の本人が解っていなければ他人である私はもっと知る由もないだろう。

 

「あー、えっと……ま、後は実践で理解していってよ」

「そんな暴論な……さては説明が面倒くさくなった口でしょ」

「そうとも言う」

「そうとしか言わないから」

 

 あんだけ私に啖呵を切っておきながらこのざまかと苦笑せざるお得ない。まぁ星さんでなくとも私が星さんの立場であったなら矢張り星さん同様説明を放棄していたかもしれない。天文の説明など、簡単に出来る訳がない。

 

 ふと、手元を見る。気付けば唐揚げは一つも無くなっており、手に持っているご飯茶碗の中にある白米も残りあと僅かになっていた。無意識下で平らげてしまうとは、末恐ろしい。

 

「っていうか、私たちは東雲さんの術式が気になるんだけど」

「は? 私の術式? いたって普通の術式だと思うけど……」

「術式に普通もクソもねえから」

 

 それはそうだ。術式とは産まれながらに刻まれているもの。人の数だけ術式がある。そんなものだ。それを普通と言っても仕方がない。

 

「『万躁変化躁呪法』って言って、手に触れたもの、視界に入ったものの物体、液体、気体の質量、形状を変化させる事が出来るの。と言っても手で触れるには相手に近づかなきゃいけないし、視界に至っては瞬きしたら術式途切れるしね。そんな万能じゃないよ」

 

 そう言いながら私は自分のおしぼりを中に浮かせる。浮かせたりする事はまだ簡単だが、形状を変えるとなるとそう上手くはいかない。

 

 形状を変えるには、その可変させる物体の構造をよく理解していないといけないのだ。単純にものを尖らせたり伸ばしたりは可能だが、たとえばこのおしぼりを紙に変える事は、出来なくはないが今の私では難しい。

 

「それ、東雲家相伝の術式か?」

「……どうだったっけ。相伝って言われた様な気もするけど、覚えてないや」

「はぁ? 何じゃそりゃ」

 

 私の言葉に呆れたのか、秤くんは眉を顰めた。しょうがないじゃないか、もう一年も前の事なんて全くと言って良い程覚えていないのだから。

 

 もう中学の同級生の顔すら、何一つ思い出せないのに。唯一思い出せるのは定期的に連絡を取り合っている愛莉と、弟の彰人。そして両親。その他は顔どころか名前も声も忘れてしまっていた。

 

 歩けばそこは崩れ去る。それがどうしてか少し怖かった。

 

「どっちでも良いじゃん? 私たちだって東雲さんに負ける気はないからね」

 

 そんな事を言ったのは、隣でお茶を飲んでいる星さんだった。ご飯はもう食べ終わったらしく、食器は綺麗に重なっていた。意外にも、育ちは良いらしい。しかしそんな光景も視界に入らない程、私は目を見開いた。

 

 そうか、少し感じてた違和感はこれだったのか。

 

 私が東雲家の血筋だと知っても媚びる様子もなく、まるで同級生に接するかの様に話すこの二人。今迄の人間は何とか祖父に取り入ろうと私にまで胡麻を擦る人間が多かった。確かに五条さんや家入さん、伊地知さんなんかはそれと関係なく接してくれるが、それでも割合は前者の方が多かった。

 

 だからだろうか、こんなにも浮き足だってしまうのは。

 

 初めて対等な友達を持った。そう思ってしまう。

 

 友達なんて、まだそんなに喋ってはないと言うのに。

 

 そんな私達の姿を見て、五条さんは「良いねぇ」と溢す。

 

「良いって、何が?」

 

 私の問いかけに、五条さんは口角を上げた。

 

「いやぁ? 青春っぽいなって思って」

「これの何処が青春なんだよ。終始術式の話しかしてねぇぞ」

「良いんだよそれでも。ま、これからどんどん仲良くなっていくと良いよたった三人しかいないクラスメイトだからね」

 

 先行き不安でしかないと二人を見ながら思う。

 

 ギャンブラーな秤くんに、未だミステリアスな星さん。私はこの二人と仲良くやっていけるのだろうか。

 

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