呪術のセカイ   作:猫山紅葉

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呼び捨ては、仲良くなる第一歩





第四十一話 呼び名

「ごめんなさい伊地知さん。こんなこと任せて……」

「滅相もない。逆にこういうことでしか私は役に立てませんから」

 

 それこそ滅相もないと、レジャーシートに座りながらそう思った。伊地知さんは五条先生と一緒に訪れて居たようで、今の今までお使いに駆り出されていたようだ。それは勿論、バーベキューに必要な物を買うためであった。きっと五条先生の我が儘だろうが、伊地知さんは私達が期待する以上の物を用意してくれていた。

 

 流石と言わざる負えない。

 

 空を見る。夕日はもうとっくに傾いており、海に反射した橙色が眩く煌めいていた。

 

「あー。お腹空いたぁ」

 

 そう言いながら星さんは私の横に座る。先程迄の疲労は何処へやら。星さんは五条先生と一緒にお肉を見てテンション上がっていたのだった。

 

「ねぇ聞いて? お肉めっちゃ沢山あったんだけど、あれ全部食べきれるのかな?」

「秤くんも居るし大丈夫なんじゃない?」

「確かに。東雲さんも凄く食べるしね」

「余計なお世話よ」

 

 コツンと、星さんを小突く。見た目で忘れそうになるが、触った感じは矢張り男の人の体であった。

 

 たまに、星さんが羨ましく感じるのだ。

 

 多分色んな人にあることないことを言われた筈だ。けれど、それでも自分の好きな格好を止めない。そんな己を貫く事が出来る星さんが、本当に眩しく羨ましい。

 

 私には、出来なかった事だから。

 

「星さん」

「ん?」

「いつまでも星さんの儘で居てね」

 

 そう言って膝を抱える。

 

 私に出来なかった事。だからこそ星さんには、ずっと其の儘でいて欲しい。ずっと、変わらず、好きなものを好きなままで。

 

 と言っても、私もしがみ付いている訳なのだが。受験に落ちてもみっともなく絵を描き続けている。良い加減、諦めたら楽だろうに。どうしてか筆を折る事は出来なかった。それはもう、意地と何ら変わらない。それをピクシェアに上げても一つとしていいねはつかないけれど。

 

「……なあに? 急に。当たり前じゃん。私は私なんだから!」

「ふふ。そうね」

 

 照れたのだろうか。バシバシと私の背中をいて叫ぶ星さん。傷がまだ癒えておらず、叩かれた所が物凄く痛かった。けれど嬉しそうな星さんの姿を見て、まあ良いやと思う自分が居た。

 

「そう言えば、東雲さんに聞きたい事があったんだった」

「え? 何よ急に」

 

 私が疑問を抱いて顔を横にすると、すぐ近くに星さんの顔が迫っていた。吃驚して後ろへ仰反る。近くで見ると余計に星さんの顔立ちの良さに圧倒される。

 

「東雲さんはさ、どうして私を受け入れられたの?」

「……言っている意味が、よく分からないんだけど」

 

 本当に、心から分からなかった。受け入れてくれたって、私が誰かを拒否する人間に見えたのだろうか。そうだとしたら心外この上ない。

 

「だから……ほら、私って男じゃん? こんな女装してて、気持ち悪いって思わないのかなって。ちょっと、心配になった」

 

 そう言って、今度は星さんが膝を抱えて、そこに顔を埋める。

 

 誰に、何か言われたのだろうか。こんな弱った星さんを見た事がなく、少しだけ意外に感じた。

 

 気持ち悪い……か。そんな事、考えた事もなかった。抑もこの呪術界にはいろんな変人が居るのだ。今更女装くらいで驚いていたらこの先やっていけない。それに星さんより変な人間はこの世に腐る程居る。五条先生なんか変人代表の様なものだ。

 

「別に、思った事ないわよ。何? 急に」

「いや、何と言うかさ。東雲さんって、完璧超人じゃん? 勉強も出来るし運動神経も抜群。術式も凄く強い。そんな人が同級生って考えると自信なくしちゃって……」

「はぁ? 何言ってんの?」

 

 そう言葉にしたとき、ふと昨日の事が頭を過る。まさかあの男達の言ったことを気にしているのか。だとしたら考えすぎも良いところ。あんなやつの言うことなど聞くに値しない。聞き流せば良い。

 

 けれど、そうではないのだろう。自分が気にしていることを突かれたら、誰に言われても気にしてしまう。私だってそうだ。両親から言われた言葉を、覚えてもいないのに今この瞬間まで引き摺っているのだから。

 

 なんて返せば良いか。そう悩みながらも口を開く。

 

「別に、元々私勉強得意じゃなかったわよ。テストだっていつも赤点ギリギリだったし、中学三年まで体力テストは下から数えた方が速かったし」

「えぇ!? 嘘でしょ!?」

 

 私がそう言うと、驚いた様に星さんは此方に身を乗り出した。何もそんなに驚かなくても。私だってただの人間な訳で。そんな完璧ではない。

 

 どころかこんな死ぬ思いで必死にやらないと完璧に出来ない自分は、矢張り天才とは程遠い存在なのだろうと、少しだけ気が落ちる思いであった。

 

「勉強も、任務も、訓練も、寝る間を惜しんで頑張ったわ。そうしないと生きていけなかったから。あの屋敷で死なずに暮らすには死ぬ気で言われたことを熟さなければいけなかった」

 

 嘗て一年間生きてきたあの屋敷を思い出す。もう断片的にしか思い出せない私の記憶。けれど身体が、心が、恐ろしいと震え悲鳴を上げている。

 

 肩を握り、震えを無理に抑える。今更恐怖に震えても意味はない。震えたところでこの地獄を抜け出せる事はないのだから。

 

「私ね、画家になりたかったんだ」

「画家?」

「そう。ゴッホとか、レオナルド・ダ・ウィンチ見たいな画家。その為に高校は美術科のあも所に行きたかったんだけど、見事に落ちちゃってね。それで今この様よ。結局周りの言葉通りの結果になっちゃった」

 

 そう言って膝を抱える。皮肉な話だ。周りの言葉に抗おうと踠いた先が、こんな地獄だったのだから。

 

 誰の所為か。紛れもなく、私の所為だ。私に才能がなかったから。私の努力が、足らなかったから。時間を言い訳にして描く時間をとらなかったから。もっと時間を割けば絵が描けただろうに。何が任務だ。何が勉強だ。そんなものに時間を割いていたから絵が上達しなかったのだ。

 

 それを選んだのは、紛れもなく私ではないか。

 

「だから、私は星さんが思う程凄い超人じゃないよ」

 

 自虐的に、笑った。私が超人だとしたら考えすぎも良いところ。私は必死に周りと足並みを揃えようとしているただの凡人だ。常人が一日で出来ることを、私は寝る間も惜しんで休憩なくやって漸く一週間後にやりきることが出来る。それくらい才能がないのだ。

 

 いくら祖父が私の能力を買い被ろうが、それは変わらない。

 

「でも、頑張ったんでしょ?」

「え?」

 

 横を向く。星さんは真っ直ぐと私を見詰めた。その表情は優しいものであった。星さんの顔を見ても、私は言葉が出なかった。

 

 頑張った? あれは頑張ったって言えるのか? 確かに手は抜いた事はないが、それでも心から頑張ったと自分に問うてもどの私も頷いてくれない。記憶がないからか。まぁ、どちらにしろ己を肯定する事が出来ない私は、星さんの言葉に対する返答が見つからないでいた。

 

 そんな私の様子を、困ったように星さんは笑った。そして身を乗り出し「ねぇ」と私の手を掴んだ。

 

「絵名って、呼んで良い?」

「え、別に良いけど」

 

 突然なんだと目を丸くする。そう言えば私達はお互いに何処かよそよそしい呼び方をしていた。秤くんと星さんは「金ちゃん」「綺羅羅」と仲良さげに呼び合っているが、星さんは私の事を「東雲さん」私は星さんの事を「星さん」とまるで距離がある同級生の様に呼んでいた。秤くんに至ってはまず抑もあまり私の名前を呼ばない。

 

 あぁでも、昼間の任務では私を「絵名」と呼んでいたような気がする。

 

「……じゃあ、私も綺羅羅って呼んで良い?」

「──! うん!」

 

 そう言って、星さん──綺羅羅はこの上なく笑顔で頷いた。此処迄喜ばれるとは思っておらず、私も同じように喜べばよかったかなと少しだけ罪悪感があった。

 

 そうやって私と綺羅羅が笑い合っていると、明るく楽しげな声が聞こえた。

 

 その声を、私はよく知っている。

 

「絵名さーん! 綺羅羅ちゃーん!」

「えむちゃん」

 

 振り返ると満面な笑みを浮かべたえむちゃんが此方に向かって走ってきていた。後ろには大きなビニール袋を大量に持っている秤くんと五条先生が一緒に歩いてきている。買い出しに行くと言っていたがそんな大量に買う必要があっただろうかと首を傾げたくなった。抑も必要なものは伊地知さんが買ってくれたと思うが。

 

「大量の荷物だね。何買ったの?」

「ふっふっふー。見る?」

 

 そう言って得意気に笑う五条先生。なんだろう。なんだか嫌な予感しかしない」

 

 袋を広げ、私達はその中を覗き見た。そこには花火やらチョコマシュマロやらアイスやらが沢山入っていた。沢山。大袋五個分の。

 

「焼きマシュマロをしようって思って」

「だとしても何この大容量パック。もっと他にあったでしょ」

「いやいや。育ち盛りの高校生三人と一杯食べる中学生が一人。計四人で食べるとなると最早これだけじゃ足りないよ」

「高校生を大怪獣かなにかだと思ってる?」

 

 流石にこの量は手に余る。綺羅々曰くお肉もたんまり有ったと思うが、それを食べても尚このお菓子の山を食べ切れるとは到底思えなかった。買っている途中で誰も気付かなかったのだろうか。思わなかったのだろう。この面子を見れば納得である。

 

 溜め息を吐きながら立ち上がる。まぁ食べ切れなくてもお土産として持って帰れば良いか。

 

 そんな事を考えていると、香ばしいお肉の匂いが此方へ風と共に漂ってくる。焼き始めたのだろう。見てみると伊地知かんが汗を拭いながら一生懸命焼いてくれていた。

 

「わー! 美味しそうな匂い!」

 

 そう言いながらえむちゃんは目を輝かせてお肉を焼く様子を除き見る。確かにこれは涎が出そうな程にいい匂いであった。

 

「そろそろ焼けますよ」

「ほんとですか!? 楽しみだなぁ!」

 

 えむちゃんはまるで子供の様に飛び跳ねた。その姿があまりに可愛らしく、思わず笑みが溢れる。その姿を見たら、ふと、弟を思い出した。

 

 嘗て家族で行ったキャンプ。お父さんが焼いている肉を見たあの時の彰人もまた同じ顔をしていた。それがどうしても懐かしく、少しだけ胸が締め付けられる。

 

 もう戻らないあの頃。考えても無駄な筈なのに、戻りたいと思ってしまうのはどうしてだろうか。

 

「絵名? どうしたの?」

 

 顔に出ていたのだろう。心配そうに眉を曲げた綺羅羅が私の顔を覗き込んだ。

 

 しまった。そう言う顔をするべきではないと言うのに。

 

「何が? どうもしないわよ」

「そう、なら良いんだけど。もしかして耳の傷が痛むとか? ほんと無理だけはしないでね」

 

 そう言えば耳を怪我していたのだったと今になって思い出した。いや、怪我と言うレベルを格段に超えているのだが。欠けてるし。耳朶。

 

 なんとか止血して今は痛みが治っているのだが、もう欠けた部分は戻ってくる事はないだろう。まぁ、耳全て削ぎ落とす結果にならずに済んだのは不幸中の幸いと言うべきだろうか。どうしよう。意識し出したらまた痛くなってきたかもしれない。

 

 ガーゼで覆われた耳を何気なく触っていると、目の前に豚肉が大量に乗っている上沢が差し出された。顔を上げるとその差出人は五条先生であった。

 

「細かい事は気にしない気にしない。ほら、食べな」

「……ありがと」

 

 五条先生から渡された紙皿を受け取る。焼きたてのお肉が乗った紙皿は温かく、湯気が立っていた。こんな暑い中でバーベキューなんてと思っていたが、案外悪くないのかもしれない。

 

「オメェら何やってんだ。早くしねぇと全部食っちまうぞ」

「おいしぃ!」

 

 口に一杯含んだ秤くんが此方を指差しながらそう言う。そんなに一杯頬張らなくてもお肉は逃げないと言うのに。抑も秤くんの皿にはこれでもかと言う程一杯お肉が乗っていた。どこのフードファイターだとツッコミたくなったのは私だけの秘密である。その横で一緒に食べているえむちゃんも同じようなものであった。

 

 まぁ、えむちゃんは兎も角、秤くんに全て食べられるのは癪である。私は五条先生から渡されたお肉を一口。お肉のジューシーさ。油っぽさ。その全てが口内に広がり、空いていた腹を満たしてくれた。

 

 うん。美味しい。バーベキューなんて久しぶりにしたが、矢張り良いものである。

 

 それから私達は我先にとお肉を平らげ、伊地知さんにも休憩してもらいながらバーベキューを楽しんだ。さて、心配していたお菓子の山はと言うと私の心配をよそに全員でペロリと全て食べてしまった。家入さんや健人に渡す分がなくなってしまったと、少しだけ肩を落としたのだった。

 

「そう言えば、さっきお前らなんの話してたんだ?」

 

 五条先生が買ってきた手持ち花火をしながら秤くんがそう聞いてきた。色とりどりの花火が夜の海を照らしている。それがとても綺麗で、思わず目を瞑った。

 

「お互いの呼び方。ほら、私達お互い苗字呼びだったでしょ?。だから下の名前で呼ぼって」

「あぁ、確かにお前らいつの間にか名前呼びだったもんな。びっくりしたぞ」

「にしては無反応だったけど?」

「それはまぁ、目の前に肉があったらそっちに気を取られるもんじゃん?」

「訳分かんない」

 

 そんな暴論を言う秤くんに、思わずため息が漏れる。まぁこのマイペースさももう慣れてしまったのだが。というかこのクラスメイト達はマイペースすぎるのだ。統一感がないというか、なんというか。そこが私達の良い所だと五条先生は言っていたが、本当にそうなのだろうかと思わざるお得ない。

 

「そうだ。絵名も金ちゃんの事名前で呼んだら?」

「えぇ。でも秤くんは秤くんだしなぁ」

 

 星さんの言葉に、丁度終わった手持ち花火を水が入ったバケツに放り込んで腕を組みながら首を捻った。もう秤くんと言う呼び方が己の中で定着してしまって今更変えるというのもなんだかしっくりこない。

 

 なんて呼べば良いのだろうか。金次? 金次くん? それとも綺羅羅と同じ様に金ちゃん? ……いや、金ちゃんはないな。自分で呼んでいる姿を想像して鳥肌がたった。私はそんな柄じゃない。

 

「じゃあ……金次?」

「おうよ」

 

 そう言って金次は終わった手持ち花火をバケツに投げ入れ、また新しい花火を手にした。

 

 正直、呼び方云々で関係性が変わったりなどはあまり考えてはいないが、まぁ、クラスメイトらしくはあるかなと少しだけ思った。この特殊な学校で普通の学生と言うのは難しいかもしれないが、今だけは普通の、ただの高校生三人だろう。

 

 そう思いながら、私も花火を手に取る。こうやってゆったりと時間を過ごすのはいつぶりだろう。ずっとこの時が続けば良いのにと、心から願うのであった。

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