呪術のセカイ   作:猫山紅葉

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その曲を見つけたのは偶然か、運命か。


第四十二話 森の中

「あー。駄目だ。全然描けない。何が駄目なの?」

 

 そう呟いてスケッチブックに描いた絵を消しゴムで全て消す。あれじゃない。これじゃないと繰り返し繰り返し消していくうちに最早真っ白だったスケッチブックのページが真っ黒になっていた。

 

 どうして描けないのだろう。一見破綻している所は見えない。けれど全体的に見ればどうしても変に見えてしまう。何を修正したら良いか分からず全て消してしまった。

 

 こうじゃない。どうして描けないの? そう思ってまたペンを走らせるもまたぐちゃぐちゃしたような、訳の分からないものが紙面上に描かれるだけであった。

 

 何を、描きたかったんだっけ。もう分からなくなっていた。

 

「はぁ、なんか作業用に音楽流そ」

 

 そう呟きながらスマートフォンを起動する。動画サイトに投稿されている曲達を見漁り、然しどれも刺さらず、呆然と無心で画面をスクロールする。明るい曲も何かが違うと戻り、暗い曲も其の儘引き摺られ聴きたくないと思いまた消す。

 

 久しぶりの休日。今日は思いっきり描けるぞとやる気を出していたのだが、数時間経ってもう夜の八時。一ページすらも描き上げられず、ただ手が真っ黒に汚れてしまっただけであった。

 

 スマホを動かしていると、出入り口の扉がノックされる。私が訝しんで扉を見つめると、凛としたハスキーな声が部屋に響いた。

 

「絵名? 朝から外に出てないみたいだけど、大丈夫?」

 

 声の主は綺羅羅であった。朝から一歩も部屋の外に出ていない私を心配したのだろう。当たり前だ。ずっと何時間もスケッチブックに向き合っているのだから。

 

 二人は、この休日何をしていたのだろう。外に出ていない私が知る由もないのだが。

 

「うん。大丈夫。絵に集中していただけだから」

 

 そんな嘘を、平然とつく。集中なんて出来ていない。なんなら一ページすらも進んでいないと綺羅羅が知ったら、どんな反応をするのだろう。きっと今以上に心配するのだろう。それは、私の望む反応ではない。

 

「そう? なら良いけど。ちゃんとご飯は食べてね」

「……うん。ありがとう」

 

 綺羅羅の足音が遠ざかっていくのを聞いて、息を吐いた。弱音を吐ければ楽なのだが、どうもそう言うわけにはいかない。これは私自身の問題だ。無駄な気を使わせて綺羅羅に余計な心配をかけさせる訳にはいかない。

 

 上げていた顔を、スマホに向かって下げさせる。目の前に広がるのは知りもしない曲ばかりだった。その間にも写真をアップしているアカウントの通知は鳴り止まない。けれどそれに反比例するように、反比例? いや、この言葉すら相応しくはないのだろう。けれどどう説明したら良いか分からない。分からないが事実として、私の絵を投稿しているアカウントの通知は全くと言って良いほど反応がなかった。

 

 どれだけ描いても、ピクシェアの通知は来ない。新しいフォロワーも、いいねも、何も。ただひたすらとおすすめの通知だけが私のスマートフォンにやってくる。

 

 虚しかった。なんの反応も無い絵をひたすら投稿して。期待するもまるで壁打ちかの様に何も返ってこない。そんな現実に、辟易していた。

 

 ふと、とある動画が目に入る。サムネイルは真っ黒であり、まるで他を寄せ付けない、そんな厳かな雰囲気を醸し出していた。

 

 何これ。全然再生させる気がないでしょ。真っ黒のサムネって攻めすぎ。

 

 そう心の中で吐き捨てながら、野次馬根性で再生ボタンを押す。特に期待はしていなかった。これもまた、有象無象の中にある曲の一つだと思っていたから。

 

 けれど、そんな想い見事に打ち砕かれた。

 

 流れてきた曲は切なく、悲しく、苦しく。まるで此方に助けを求めているかのような、そんな曲。けれどそこの中にあるこの上ない優しさ。消えないでって言っているみたいで。助けを求めている筈なのに此方に手を差し伸べている。そんな感じがした。

 

 こんな曲、聞いた事がなかった。こんなにも悲しく、優しい曲。この曲を聞いた瞬間、何故か涙を流していた。

 

 消えたくて、死にたくて。けれどそれすらも許されずずっとこの地獄の中に生きて行くしかない。

 

 けど、やっぱり消えたくなくて。描いていたくて。今でもずっと踠いている。そんな私に寄り添ってくれているような、そんな気がした。大丈夫だよ。私がついているよって、言っている様であった。

 

「投稿者は──『K』?」

 

 有名な人なのだろうか。再生回数も、コメントも百を超えている。コメントには『この曲で救われました』『その辺の応援歌より元気が出る』などの賞賛が沢山付けられていた。

 

 描きたい。この曲を。そんな想いが湧いてくる。

 

 ファンアートと言うものだろうか。上手く描けるか分からない。けれども内に湧いているこのどうしようもない感情を、吐き出したい。

 

 例え誰に見てもらおうなんてどうでも良い。ただ、この曲を描かせて欲しい。そんな感情がまるで嵐の様に押し寄せた。

 

 そう思った瞬間、ページを捲りまだ綺麗な紙に鉛を走らせる。構図とか、そう言うのはまだ分からない。けれど感情の赴くまま、描いた。

 

 なんだろうか。この曲は。真っ暗闇の中で声を上げている? いや、それもなんか違う。暗闇と言うのは採用出来るが、絶叫とも違う。声を上げたくても上げられない。そんながんじがらめさがこの曲にはある。

 

 そう言えば嘗て二葉から似たような事を言われた気がする。もう内容は思い出せないが、それでも確かそんな感じの言葉だった筈だ。

 

 暗闇……と言う事は森? 森の中を彷徨っていて、けれどお家にも帰れず、蹲って泣いている、とか。けれど、そんな悲観的な所ばかりではない。もっと、何かあるはずだ。

 

 何か、救いになるものが。

 

 救い……月。

 

「真っ暗な森の中で、道がわからなくて、でも月だけが見えて、とっても綺麗で……。なんだか夢中で叫び出したいような──」

 

 わからない。けれど、これで描いてみよう。上手く描けるか分からない。けど、描きたい。

 

 ひたすらに描きたいと言う想いだけが、今の私を動かしていた。

 

 

 

 

「……描けた。描ききれた」

 

 出来上がった絵を見て、私は嬉しさより安堵の思いで息を吐いた。描いている内にもしかしたらまた駄目になるかもしれないと言う不安が波の様に押し寄せていた。手は震え、息も荒げ、目も霞む。けれど手を止める事はなかった。この絵を描き切りたい。不安を押し切ってでも湧いていたのはそんな感情だった。

 

 その絵は、確かに未熟だろう。雪平先生辺りに見せたらいつも通り酷評されそうだ。まぁ、絵画教室を辞めてから一回たりとも会ったことはないのだが。

 

 それでも今の私にとっての最高作だと、スケッチブックいっぱいに描かれている絵を見て、泣きそうになった。描けたのだ。こんな私でも、描き切れたのだ。それがどうしても、嬉しかった。

 

 私の思うあの曲を、全身全霊で、落とし込めた。気付けば手は鉛筆で真っ黒になっており、服は絵の具で汚れていた。然し不快感は不思議となく、やり切ったと言う達成感が私を支配した。

 

 さて、この絵をどうしようか。誰にも見られなくて良いとは言ったものの、これを棚の奥にしまい込むのもなんだかそれではやり切れない。

 

 ピクシェアに投稿してみよう。例え誰に見られなくてもこの絵を描いたと言う証拠は残せる。私の記憶が消えても、その事実だけは此処にあるのだから。

 

 写真を撮ってピクシェアにあげていると、またもやノックが室内に響き渡る。

 

「絵名? 起きてる?」

 聞こえてきたのは五条先生の声であった。抑揚のない、適当に聞いたかのようなそんな声。

「起きているわよ。何?」

 

 そう言って扉を開けた。いつも通り、目に包帯を巻いた五条先生が私を見下ろしていた。カーテンをしていたから気付かなかったが、外はもう明るくなっていた。どうやら一睡もしないで朝を迎えてしまったようだ。

 

「絵名にしては珍しく早起きじゃん。どしたの?」

「別に。で、何よ」

「今日の任務、出張でしょ? その前に金次を迎えに行って欲しくって」

「は? なんで私が。というか金次はどこに行ったのよ」

「パチンコ。新台入れ替えで朝早くから出てるんだよね。金次もこれから任務だからさ、迎えに行ってよ」

「嫌よ。五条先生が行けば良いじゃない」

「そうしたいのは山々だけどさ、僕もこの後仕事があるんだ。頼むよ。頼めるの絵名だけなんだって」

 

 そう言って手を合わせて懇願する。なんでお願いするのが私なのか、どうして未成年である金次がパチンコに行っているのかとツッコミどころは沢山あるが、まぁ、断る理由も特別なかった。

 

「分かったわよ、行けば良いんでしょ?」

「マジで? 助かるー。じゃよろしくね」

 

 そう言ってかと思おうと、五条先生は勢い良く走り去って行った。なんだろうか。この前の特級呪霊を祓ってくれた時に見直したのだが、どうして彼はそんな調子なのだろうか。

 

 ため息を吐きながら部屋に戻り、服を着替える。いや、私服で行った方が良いだろうか。けれど金次を迎えに行って、それから戻ってまた着替えると言うのはロスタイム過ぎる。

 

 色々考えた結果、制服を手に取った。まぁ、こんな変わった服、制服と認識する人はまず少ないだろう。補導されても、五条先生を呼べばいいか。

 

 そう思い、服を脱いだ。その時ふと、姿見に下着姿の私が映る。

 

 目を背けたくなる程の、傷だらけの体。瘡蓋すらも出来ていない傷すらある。それを見て、思わず顔を顰めた。

 

 ……汚い、体。

 

 私は、私の体が嫌いだった。肌色も分からぬ程の傷。本当に汚い。これの所為で気軽に海にも行けないし、半袖も着れない。体だけではない。顔も、絶えず包帯や湿布が私の顔についている。

 

 一度外に出れば奇異の目。同情の目。そんな目に晒されるのは、どうしても慣れなかった。慣れれば楽なはずなのに。どうしてかいつまでも胸を締め付ける。

 

 自分が普通の人間ではないと、まざまざと感じてしまう。

 

「……馬鹿みたい。早く行こ」

 

 そう呟きながら、私は素早く制服に着替え、部屋を出た。

 

 

 

「うっしゃ! 確定演出! 流石新台だな!?」

 

 そう叫びながら、金次の手は絶えずパチンコを回していた。今からあれに声をかけるのかと思うと心の底から帰りたかった。

 

 人生で初めてパチンコ店に入るのだが、その中はとても煩く、眩しかった。金次は良くこんな所に長時間居れるなと感心ににた感情が湧く。それは全くもって良い感情ではなかったけれど。

 

 反対方向に向かいたい足を無理矢理動かし、金次の方に向かう。

 

「今日の俺は熱いぜ! 今日はこのままずっと回す!」

「それは店の迷惑になるから辞めなさい」

 

 騒音に混じって私の声が聞こえたのだろ。目を見開いて私を見る。

 

「絵名じゃねぇか。なんで居んだ」

「五条先生にあんたを迎えに行くよう言われたのよ。別に来たくて来てる訳じゃ無いわ。と言うかなんで制服でパチンコ店に来てんのよ。補導されても知らないからね」

「ふ……パチンコ店に通ってもう数年。俺は一度たりとも補導を受けたことはない」

「それ自慢になんないから」

 

 自分は今まで悪い事をしてましたと言っている様なものではないか。いや、悪い事はしているのだか。未成年でパチンコ店は、悪い事というより法を犯している。呪術師だから免除というわけではないだろうに。

 

「帰るわよ。あんたこれから任務でしょ? 私も出張に行かないといけないから早くして」

「ちょ、これだけ! 後これだけ回したら帰るからちょっと待っててくれ」

「はぁ? 何言ってんの? 後どれくらいかかるわけ? 私パチンコしたことないからわかんないわ」

「これはな、パチンコじゃなくてスロットって言うんだよ。素人には分からないかもしれねぇけどな」

「いや、分からなくても別に困んないんだけど」

「そうだ。お前もやってみろよ。存外、向いてるかもしれねぇぞ」

 

 そう言って、隣の空いている椅子を引いて私に座るよう促す金次。私はそれを見て顔を顰める。

 

「だから、やり方分からないって。それにこれから任務が──」

「お前もやってくれたら諦めてついていくからさ。それなら良いだろ?」

「…………」

 

 なんで私の周りはこうも自分勝手な奴が多いのだろうか。ゴーイングマイウェイと言うかなんと言うか。

 

 溜息を吐きながら促されるまま、椅子に座る。此処で無理矢理に動かしても逆効果だろう。諦めて台を打つしかない。けれどもやり方が分からない為、金次の様子を見る。金次は台の横にある両替機の様なものを指を差した。

 

「そこに金を入れてメダルを借りるんだよ。それでスロット回すの」

「へぇそうなんだ。これ一万円使える? 千円札今持ってないのよ」

「出来るぜ」

 

 その返答を聞き、私は財布から一万円を取り出して入れる。すると台の内側側面からコインが大量に出てきた。

 

 これを使ってスロットを回せと言う事か。

 

 金次の方を見るともうとっくに自分の台に向かっている。それを見て私は見様見真似でスロットを回すのであった。

 

 

 

 

「まさかお金が倍になって返ってくるなんて思いもしなかったわ」

「まさかお前がそんな運が強い人間だったとは思わなかったけどな」

 

 三十分くらい経っただろうか。私と金次は並んでパチンコ店を後にした。今持っている現金も少なくはなかったが、それでもお金が増えると言うのは嬉しいものである。

 

「でも、金次がハマるのも少しだけ納得するわ。コインがジャラジャラと出てくる感じ、快感ね」

「だろ? お前は分かってくれると信じてたぜ!」

 

 そう言って私の背中をバシバシと叩く金次。まぁ快感だからと言って、もうあの煩さは暫くは良いかなと、金次が交換したお菓子を食べながらそう思うのだった。

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