呪術のセカイ   作:猫山紅葉

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そこはまるで俗世から遠退いた世界の様だった。






第四十三話 故鳴村

 任務先に着いたのは昼過ぎであった。新幹線を乗り継ぎ、電車とバスも五回程乗り継ぎ、長いトンネルを歩いて抜けた先が、件の村である。

 

『故鳴村』と言う村であった。高いビルもなけれさ流行りのカフェも、ファーストフード店疎かコンビニすら無い村であった。私だったらこんな村絶対に住みたくない。

 

 何故わたしが一人でこんな山に囲まれた辺境に来たかと言うと、勿論任務の為だが、その内容が今までと違い、この村にある呪物を回収してこいと言う内容であった。今までは呪霊の出現によりそれを祓う内容が多かったのだが、まぁ、命の危険が無いだけましかと、胸を撫で下ろした。

 

 

 

 

 その考えが如何に的外れだったか、その時の私には知りもしなかった。私はまだ呪物の恐ろしさを、理解出来ていなかったのだ。

 

 

 

 

「ようこそいらっしゃいました。何も無い村ですが、ゆっくりしていってください」

 

 そう言いながら、旅館の女将は礼儀正しく私に頭を下げた。前の旅館とは違い薄暗く、陰気な雰囲気を漂わせていた。あたかも何かありますと言っているかのように。

 

「どうも。暫く宜しくお願いします」

 

 挨拶もそこそこ、部屋へ通された私は鞄を適当に放り投げ、資料に目を通す。

 

 今回回収する呪物は『匣』であった。

 

 写真も無い。どころか『匣』以外の情報が何一つとして無いのだ。匣と言うのだから、中に何がある筈である。であれば本当の目的は匣の中身だろうか。いや、それだとしたらその内容に言及している筈である。それが無いと言う事は、矢張り狙いは匣本体だろう。

 

 けれど探すにしても何処を探して良いか全くもって分からない。この村の何処かにはある筈なのだが、そんな詳細も何も書かれていない。ただ故鳴村にある。ただそれだけだった。誰だこの書類を作った人物は。あまりにも適当で端的過ぎる。今度見つけ出してぶん殴ろう。

 

「探せって、これを全て?」

 

 そう言いながら窓の外を見る。そこには高々と山々が連なっている。故鳴村は山に囲まれている為、それを隅から隅まで虱潰しで探すとなるとどれ程の時間を有するのだろう。そんなの、無理に決まっている。では呪力を辿ってそれを頼りに探すか? いや、それも現実的ではない。

 

 どうしてかこの村には呪力が蔓延しているのだ。その中で呪物を探すのは出来るだけしたくない。

 

「素直に聞き込みをするしかないのかな」

 

 そう言葉が漏れ、溜め息をつく。今まで誰かしら一緒に居たのだが、今回はたった一人で探さなければいけない。

 

 ……いや、何を困る事がある。それは高校入学までやっていた事だろう。

 

 けれども心細さは消えてくれない。どうやらこの短い期間で二人と過ごした時は私にとって掛け替えの無いものになっていたようだ。

 

「──それは本当に、好ましくないわね」

 

 まだ仲良くするのは問題はない。けれどそこに一線を引かなければ、後悔するのは私だと言うのに。

 

 いつ死ぬかも分からない。なんなら今この瞬間ですら呪い殺されてもおかしくない私が他と仲良くするなんて、本当に好ましくない。五条先生は親睦を深めろと言っていたが、本当にそれで良いのだろうか。先生だって学生の頃、大切な人を喪った事だってあっただろうに。その時は、苦しくは無かったのだろうか。

 

 ──分からない。彼は飄々としすぎて掴み所が無いのだ。あったかもしれないし、無かったかもしれない。そのどちらもあり得るから無闇に断定と言うのが出来ないでいた。

 

 まぁ、今そんなことを考えても意味ないのだが。例えそれが本当にあったとしても五条先生にとってももう過去の事だろう。それを今私が掘り返しても五条先生も困る事だろう。

 

 思考を捨てる様に携帯と財布。それから小刀を腰に巻き、外に出た。

 

 外は矢張り暑く、蝉が近くで鳴いているからだろうか。近くで五月蝿く鳴り響いていた。先月よりも気温が上がったからか外に出た途端堰を切ったように汗がブワッと流れ出る。私はそれを手の甲で拭いながらなるべく木陰に沿いなから歩みを進める。

 

 瓦屋根の家が連なり、東京とは違う異様な雰囲気を醸し出していた。嘗て任務で行った関西地方より人気がなく、家の中も伽藍としている。本当に此処に人は住んでいるのだろうか。

 

「あれ? 東雲さん?」

「え」

 

 私の苗字を呼ばれた。後ろを振り向くと、この村に似つかわしくない今どきな服装をしている女の子が、其処に立っていた。

 

「え……っと」

 

 誰だっけ。どうしよう。見覚えもなければ記憶もない。記憶障害の所為なのか、恐らく過去に会った事があるのだろうが、どうしても思い出せない。

 

 困惑している私を余所に、女の子は笑いながら此方へ走ってくる。

 

「久しぶりだね。卒業以来? こんな田舎で会うだなんて本当に偶然!」

「う、うん。久しぶり……」

 

 どうやら中学時代の同級生だったようだ。まぁ、分かったところで思い出す事は無いのだが。せめて名前だけでも思い出せれば良いのだが、現実はそうもいかず、なんの進展も無しに相手のペースの赴くまま話がどんどん進んでいく。この娘は見た目同様話の途切れない子であった。まぁ、私が話す暇もないのは正直言って有り難かった。

 

「でね、親の都合でこの村に引っ越して来たんだけど、本当に最悪。スタバも無いし、マックもないし、ファミレスもない。早く東京に戻りたーい」

「へぇ、大変だね」

「本当だよ。家の中もなんだか不気味でさ。ほら、あの家。『高橋』って書いてるでしょ?」

 

 女の子が指を差した方を見ると、確かに表札には『高橋』と記されていた。

 

 成る程、この子は高橋さんと言うのか。そういえば中学校時代にそんな名前が居た様な気がするが、矢張り思い出す事は出来なかった。

 

「ねぇねぇ、なんで東雲さんは故鳴村に来たの?」

「うぇ?」

 

 急に話を振られ、思わず狼狽える。どうしよう。本当の事を言う訳にもいかないし。

 

「えぇっと……か、観光?」

「えー? こんな所に? 前から思ってたけど、東雲さん変だよね」

「…………」

 

 咄嗟の嘘であるが、こう言われるのは心外である。確かに呪術師はイカれた人間が多いのだが(五条先生や金次、綺羅羅なんかその類である)私は自分がまともだと自負している。呪術師で私ぐらいではなかろうか、普通の人間というものは。

 

 けれども高橋さんの言葉に反論する気力もなく、「そうかな?」とだけ返した。肯定をしないあたりに、少しの抵抗を添えて。

 

 横目で高橋さんを見る。高橋さんは依然として喋り続けて居た。もしかして高橋さんと私は仲が良かったのだろうか。にしては愛莉から高橋さんの話を聞いた事はないし、そんな記憶もない。と言うか元々こんな饒舌の人は苦手である。

 

「えっと、高橋……さん」

「ん? 何?」

 

 高橋さんの返答にホッと胸を撫で下ろす。呼び方はこれで合っていたらしい。

 

「この村になんか、言い伝えとかある? 田舎特有の」

「え、何? 東雲さんそう言うの信じるタイプ? まぁ絵描いてる人ってそう言う所あるよね」

 

 なんだろうか。なんだか馬鹿にされている様な気がしてならないのだが。高橋さんって、こう言う人だっけ。

 

 私がモヤモヤしていると、「うーん」と考える素振りを見せる高橋さん。

 

「別にそう言うのは聞いた事がないなぁ。田舎が全てそうとは限らないんだよ。東雲さんって、もしかしてオタクだったりする?」

 

 この人は一言一言他人を馬鹿にしなければ気が済まない人間なのだろうか。

 

 けれども、そうか。高橋さんが知らないと言う事は村人たちは匣については何も知らないのか。だとしたら聞き取り調査も可能性が低くなっていく。

 

 溜息を吐きながら頭を掻いた。また最初から振り出しである。もしかしたらこの村を虱潰しで探した方が圧倒的に効率的ではないだろうか。聴き取りをして怪しまれるよりそっちの方が幾分かマシだ。

 

 ……いや、村をウロチョロしても怪しいか?

 

「というか東雲さん。それ暑くない? ってか見てるだけで暑苦しいんだけど」

 

 高橋さんの言葉に己の服を見る。八月の半ばだと言うのに私は真っ黒い長袖の制服を着ていた。

 

 確かにこんな暑いなか私の服を見たら暑苦しくて相手が不快になってしまうかもしれない。と言うか実際高橋さんは眉間に皺を寄せている。

 

 けれども素肌を晒すより断然マシである。この長袖の中には私の苦労が隠されているのだ。とても人様にお見せ出来るものではないが。それを見せて引かれるよりは暑苦しいと思われた方がマシだ。

 

「別に。冷え性だしこれくらいで充分よ」

 

 何が冷え性だ。こんな真夏の炎天下の中光を集める長袖を着て冷え性だなんて言っている人間はこの世の何処を探しても私だけだろう。いくら冷え性が酷くてもこんな暑さの中だったら半袖でも暑いくらいだ。

 

 けれどなんとか誤魔化し切れた様で、「ふーん」と興味なさげに己の爪を見ていた。話を振ってきたのは高橋さんだろうにと、少しだけ腹が立った。本当に、高橋さんは苦手なタイプだ。

 

「あ、そう言えば」

「え? 何?」

 

 急に思い出したかの様に、高橋さんは顔を上げ山の方を見た。

 

「都市伝説か分かんないけど、あの山の中にポツンとお寺があるんだよね。引っ越して来た時に一回だけ連れて行かれたけど、本当不気味でさ。もう二度と行きたくないわ。ほら、見えるでしょ。あれ」

 

 そう言って高橋さんが指を差した方向を見ると、山から飛び出たみたいに立っているお寺。此処からは遠くてあまり見えないが、確かに威風堂々と聳え立っていた。

 

「本当だ。あんな所に。高橋さんはなんで行ったの?」

「知らない。なんか急に連れて行かれてさ。なんか『適正がー』とか『邪気を祓うー』とか言ってたけど、詳しい事は教えて貰えなかったんだよね。本当なんだったんだろう、あれ」

 

 高橋さんの言葉に、首を捻る。

 

 適正? 彼らは一体何を調べていたのだろうか。高橋さんは、何と適正したのだろう。一見聞けばよくある祝詞だと思うが、どうしても引っかかってしょうがない。

 

 それは『匣』に関係があるのだろうか。

 

「なんかさ、真っ暗な部屋に通されて、ずっとお経と唱えてんの。そこの部屋には私しか入れなくて、お父さんとお母さんは外で待っててさ。本当に嫌だったわ。なんか部屋の中に沢山の雛人形や市松人形、あとなんだっけ、子供の日でよくあるじゃん。兜を被ったあれ。あれがすごい大量に置かれてて。多分一時間以上その部屋にいたら気が可笑しくなってたと思う」

 

 想像してゾッとした。確かに真っ暗な中そんなのに囲まれたら恐怖で気絶するに違いない。

 

 お寺……か。

 

 確かに行ってみる価値はありそうだ。其処に匣がなくとも何か手掛かりになりそうなものはある筈である。其処の住職さんにも色々聞きたいし。

 

 ……呪術高専の人間って事、話しても良いんだっけ。

 

「でもやっぱ東雲さんって変わってるってより変わったよね」

「何急に」

 

 高橋さんの言葉に、思わず身構える。けれど高橋さんが伝えたい事は私の想像しているものとは違ったらしい。

 

「いやだってさ。中三に上がってから急に黒塗りの車で登下校する様になってさ。包帯とか湿布とか貼ってくる様になったし、運動神経や学力もめっちゃ上がったし。先生達も東雲さんを持ち上げててさ。そうかと思えば今オカルトにどハマりしちゃって」

「……何が言いたいの?」

「いやぁ別に? でもその時噂されてたね。もしかして東雲さんって校長と()()()んじゃないかって。あれ聞いた時笑っちゃった」

「………………」

 

 高橋さんは、私が思っているより数倍性格が悪いのかもしれない。

 

 沸々と、内の怒りが込み上げる。寝ているだなんて、私は校長先生とはあまり関わった事がないと言うのに。そもそもあれは私が努力で手に入れた成果だ。それを恰も体だけで評価されていると言う噂になっているのだとしたら本当に許せない。

 

「そんな事してないし。それ、不快だからやめて」

「あれ? もしかして怒った? ごめんねー。でも急に成績とか上がり出したし、先生達の反応からして仕方ないんじゃない?」

「はぁ? 仕方ないって何よ。だからって人の努力をそんな馬鹿にすんじゃないわよ。私はねぇ、本当に死ぬ思い出勉強や運動も頑張ってたんだから」

 

 大声は出していない。けれども言葉の端々に息を荒げながらそう言った。確かに自分自らの努力ではないのは確かだ。だけれどそれを一言で済ませてしまってはあの時の私の努力は一体なんだったんだと怒りが込み上げる。

 

 けれどそんな私の感情とは裏腹に、高橋さんはケラケラと卑しく笑う。

 

「きゃー怒った! こわーい」

 

 そう言って高橋さんは飛び跳ねなが帰っていく。

 

 記憶がない筈なのに。どうしてかこの不快感だけが身に覚えがある。私は去っていく高橋さんを追いかける事なくその背中を見ていた。

 

 あぁきっと、中学の頃の私も、高橋さんが嫌いだったのだろう。

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