呪術のセカイ   作:猫山紅葉

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それは、始まりの一文。





第四十五話 メッセージ

『化け物!』

 

『なんて悍ましい! これが人間だなんて到底信じられない!』

 

『お前は生きてはいけない人間だ』

 

 

「──はっ! はぁ、はぁ……」

 

 寝汗を感じながら勢い良く飛び起きる。自室の部屋は真っ暗であり、網戸にしていた窓からはそよそよとした風が室内に入ってくる。私は息を切らしながら風で棚引いているカーテンをじっと見る。

 

 いつの間にか寝ていたようで、椅子で寝ていた私の体は節々と悲鳴を上げていた。幸いにも机の上に乗っているスケッチブックに皺は作られていない。

 

 落ち着きを取り戻した私は立ち上がり、窓を締める。時間はもう、夜中の二時を回っていた。

 

『化け物!』

 

 高橋さんの言葉が脳髄に張り付いて離れない。自分が普通の人間とは違うと言う事実は、意外にも私の心に深く突き刺さっていた。

 

 化け物……か。

 

 確かに言い得て妙である。一般人がこの力を使って人を殺していたら、誰だって泣いて逃げ出すだろう。それが例え、人の形をしていようとも。

 

「でも、人の為に頑張ってるんだけどなぁ……」

 

 自分の手を見る。人を殺めた感覚が、まだ残っている。それがどうにも気持ち悪く、もう片方の手で覆う。

 

 村人の処刑は、私が行った。別に自ら志願したわけではない。ただ自分で捕らえたのだから自分で処刑をしろと上層部がそう命令してきたのだ。縄で縛られ目隠しをされた人々が連なっている光景は不気味なものであり、今から私がこの人達を殺すと考えたら震えが止まらなかった。

 

 せめて冷静だったら良かっただろう。あまりに動揺していたからかその処刑は悲惨なものであった。

 

 私の術式がうまく発動せず即死には至らず、ぐちゃぐちゃになった肉を抑えながら激痛に絶叫を上げている村人を、私はあろうことか一人三十分かけて殺してしまったのだから。

 

 まだ、肉や血の感覚が忘れられない。鼻の奥には、まだ鉄の匂いが残っている。

 

 駄目だ。忘れては。これは命の重み。人の命を奪うと言うのはそう言う事なのだから。一生それを背負って生きていけ。

 

「ふー……」

 

 未だ高鳴っている心臓を落ち着かせる為に大きく息を吐いた。

 

 そろそろ寝ようかと机の上に散らばっている紙やスケッチブックなどの画材を片付ける。その時、ポンッとピクシェアの通知が鳴る。また写真アカウントかおすすめの通知だろうと、しかし何となしにその通知を見る。けれど私の予想は大きく外れ、通知元はイラストアカウントからだった。

 

 見るとこの間曲のファンアートのいいねと共に、一通のダイレクトメッセージが届いていたのだった。

 

「嘘……嘘嘘! いいね付いちゃった……!」

 

 興奮気味に通知欄とメッセージを開く。するとそこにはメッセージと共に一つの動画が送られてきていた。

 

『はじめまして。急な連絡ごめんなさい。Amiaという者です。事後報告ですみません。あなたの絵でMVを作りました。よければアップしないんですが許可頂けないでしょうか』

 

MV(ミュージックビデオ)? なんでまた」

 

 少し不信に感じる。だってそうだろう。数日経って今までいいねも来なかったのに、急にいいねが来たと思ったらMVまで付いてくるのだから。

 

 私は内に秘めた不信感を抱きながら、それでも内容を見ない事には始まらないと、動画の再生ボタンをタップした。

 

 流れてきたのはいつぞやの曲。それと共に私の絵が鮮やかに動かされている。一枚絵だった筈なのに、手や髪。木々の葉の一枚一枚が丁寧に動いていた。

 

 頭を殴られたかのような衝撃を受けた。曲の素晴らしさも当然ながら、動画が付くと迫力が増している。私の絵は兎も角、この人の映像技術は目を見張るものがあった

 

 どうやら冷やかしの類いではなかったようだ。

 

 私はすぐにAmiaさんへの返信をするためにスマートフォンのキーボードを起動する。

 

『初めましてAmia様。添付された動画を拝見させて頂きました。私の絵を此所まで表現して下さって感無量で御座います。この動画は自由に投稿していただいて構いません。数ある絵の中から私の絵を選んでいただけで嬉しく思います。此方もこの動画の保存を許可させて頂くことは可能でしょうか』

 

 そこまで書いて、息を付く。そしてそれを返信し、もう一度Amiaさんが送ってくれた動画を観る。自分の絵が動画になって帰ってくると、なんか言葉にならない嬉しさが込み上げてくる。その上あの曲が付いてくるだなんて、明日私は死ぬのではないのだろうか。

 

 なんて縁起でもない事を考えていると、また私のスマホが震える。見ると先程返信したにも拘わらずもう返信が来たのだ。

 

『大丈夫です! アップ許可ありがとうございます!』

 

 こんな夜中にこんな早く返信出来るだなんて、相手は成人済みなのだろうか。それか余程の暇人か。

 

 ……いや、私の絵を選んでくれたAmiaさんに対して、それは失礼すぎる。すぐに返信してくれて感謝。この心持ちでいなければ。

 

 Amiaさんの返信に『有り難う御座います』とだけ返し、私はベッドに倒れ込んだ。一度寝落ちたにも拘わらず未だ身体の疲れが取れない。それは椅子に座って寝ていたからとかそう言う理由ではなく、呪術師を初めてからずっと身体の中に鉛が入っているかのように重いのだ。

 

 寝転がれば一気に睡魔がやってくる。明日は(と言うかもう今日だが)朝五時に起きなければならず、起きれるかどうか不安に駆られながら、襲ってくる睡魔に負け、私はそのまま意識を手放した。

 

 

 

「へぇ、これ絵名が描いてるんだ。上手いねぇ」

「上手くなんか無いわよ。映像にして貰った時は興奮して解んなかったけど、今観ればパーツの破綻とか色合いの不自然さが目を覆いたくなる程分かるわ。ほら、此所の部分とか。うわー。なんでこう描いちゃったんだろう」

「……全然分かんないわ」

 

 数日後。私は談話室であの動画の話をしていた。綺羅々私の絵を上手いと言ってくれたが、それでも私の目には粗が結構目立って見えた。許されるならもう一度描き直したい。

 

 ……いや、それは無理だろう。例え私が急激に成長してこの絵を描き直したとして、あの時感じた気持ちは、あの時にしか描けないのだから。

 

「でも絵が描けるって良いなー。羨ましいよ」

「絵は誰でも描けるよ。どんな絵柄であれ、その人が想い描いて、それを紙に描き起こせたのなら、それは立派な絵なんだよ」

「ふーん、良いこと言うじゃん。ちょっと見直した」

「はぁ? やめてよこれくらいで。思い上がって成長出来ないわ」

「わぁ、ストイック」

 

 私の言葉を聞いて、綺羅々は苦笑いを浮かべる。

 

 それにしても、何度観てもAmiaさんの動画技術は本当に凄い。サビのところは上品さを保ちつつも、その内にある激情をも表現出来ている。それだけではない。色彩の暗明もどれも目を引く。

 

 これは私では表現出来なかったものだ。Amiaさんは私が表現しきれなかった想いまで汲み取り、動画として動かしてくれている。それを思うとどうにも顔の緩みが止まらない。

 

「その『K』って人、そんなに凄いの?」

「凄いなんてもんじゃないわよ! この隅々まで、最後の余韻まで洗礼された音色、心に突き刺さる歌詞。どの部分を切り取ってもサビとして聴けるし、今時のメロディも入れ込みつつ自分のセカイを見失っていないこの曲は何度聴いても感動するわよ。後で共有するわね。あ、なんなら今送るから」

「こんな興奮してる絵名、美術館以来だ……」

 

 綺羅々の言葉を無視して私は綺羅々に『K』の動画を送る。矢張自分が好きなもので話せるのは楽しいなと、心踊る様な気分になった。

 

「あー、今度観とくね」

「何その適当な返事」

「いやそう言うことじゃなくてね。ちゃんと観るよ。けどほら、やっぱり自分のタイミングってもんがあんじゃん? 確かに観たい気持ちはあるけれど、それは今じゃないって感じ」

「……まぁ、分かるけど」

 

 綺羅々の言いたいことは理解が出来る。私も好きな画家の画集を買っても結局観ずに一年以上経っているものだってある。

 

「でも絵名って本当凄いね。こんな絵が上手いなんて」

「そんな上手くないわよ。美術科にだって落ちたし」

 

 そう言って、私は不貞腐れた様に膝を抱える。お世辞でそんな事を言われても嬉しくない。絵の才能がないだなんて、中学の時──いや、今も尚嫌になる程突きつけられているのだから。

 

 どれだけ描いても。描いても描いても描いても、成長している感覚がなかった。どころか描けば描く程衰えて行っている様な気さえする。

 

「そうかな? 私からしたら凄い才能だと思うけど」

「やめて。冗談でもそんなお世辞言わないで。不愉快」

 

 空気の張り詰める音が聞こえる。綺羅羅を傷付けてしまっただろうか? 何かフォローをしなければいけないと思いつつ、けれどどうしてか言葉が出てこず、ずっと綺羅羅から目線を外していた。多分、自分で思っているよりずっと腹が立ったのだろう。けれどそれは綺羅羅が悪いわけではない。綺羅羅はきっと、私を元気付けようとしてくれていただけなのだろう。これは私の被害妄想である。

 

 けれど、頭で分かっていても謝罪の言葉が出てこない。それと同様、綺羅羅もまた黙って私を見ていた。見ていたと分かるだけでどんな表情をしているかは分からないが。

 

「……絵名」

「………………」

「怒ると威圧感半端ないねぇ」

「……はぁ?」

 

 綺羅羅の素っ頓狂な言葉に、思わず変な声が出た。思っても見ない返答が返って来て、ゆっくりと綺羅羅の方を向く。綺羅羅は真剣に驚いている風であった。そして私の顔を見てプッと吹き出す。

 

「ごめんごめん。でも本当に怖かったよ。やっぱ〝東雲〟だからかな?」

「それは関係ないでしょ……」

 

 呆れて肘を突きながらため息混じりに返す。何だろうか。こんな綺羅羅の様子を見ていると先程まで怒っていたのが馬鹿みたいに思える。

 

 そんな私の様子に興味をなくしたのか、綺羅羅は自分のスマートフォンを弄りだした。それを見て、自分の中の怒りがすうっと静かに消えていくのが分かる。私も綺羅羅の様にスマートフォンを開く。画面はDMを開いたままだったらしく、昨晩のやり取りがそこに映し出されていた。

 

 偶然だったかもしれない。偶々初めて見たファンアートが私の絵だから使ったのかもしれないが、それでも私を選んでくれたのが嬉しかった。まるで自分の絵が認められたかの様な、そんな気持ち。

 

「あ、ねえ絵名。この秋服可愛くない?」

 

 ふと、スマートフォンを見せながら、綺羅々はそんな事を言う。見るとインスタには『Cheerful*Days』のセンター、日野森雫が綺麗な服を着て決めポーズをとっている写真が投稿されていた。

 

「確かに可愛いわね。どこのブランドかしら」

「『Dear Rtbbon』の新作だって。そっかぁ、後数日経てばもう秋かぁ。早いねぇ」

「そうね。てか、今年も夏らしい事何もできてないわよ」

「任務後にバーベキューしただけだもんね。結局夏祭りもプールも行けなかったし。来年こそは夏っぽいことしたーい。可愛い服着たーい」

「それは同感」

 

 春の終わり頃に色んな夏服を買ってはいたのだが、任務、任務、任務で一向に着る機会がなかったのだ。来年こそ着れれば良いのだが、その時期にはもう流行りは過ぎている頃だろう。どころか体型すら変わっていそうな気がする。

 

 八月ももう半ばだと言うのに外に出ればまるで灼熱の中の様な暑さが私達を苦しめた。涼しくなるのは一体いつになる事だろうか。

 

「てか私より絶対絵名の方が忙しかったでしょ。もう毎日の様に任務行っちゃってさ」

「しょうがないでしょ。上層部から任務振られてんだから。断りたいけど、断ったら断ったで他の人が行かなきゃいけないし」

「難儀なもんだねぇ。そう言えば絵名って何級なの?」

「えー。そう言えば覚えてないわね。ちょっと待ってて」

 

 そう言い残し、私は立ち上がって部屋に学生証を取りに行く。今まで何となくで呪霊を祓っていたのだが、自分の等級がどれくらいかなんてあまり気にした事はなかった。一人で任務も行っているから二級くらいか?

 

 自分の部屋の扉を開ける。中から絵の具の匂いが漂って来た。この匂いは、案外嫌いではない。

 

「えーっと、学生証どこにやったかな?」

 

 ここ暫く学生証なんて使っていない為か、どこにしまったかもう忘れてしまっていた。そう考えると私の記憶障害も深刻化して来ている様な気がする。

 

 一番可能性があるのは学生鞄だが、学生鞄の中を探しても見つけられなかった。これは困ったぞ。学生証が無いと自分の等級を調べられない。

 

「あぁもう、本当にどこやったのかしら」

 

 苛立ちを滲み出しながら、画材が大量に置かれている机の上を片付けながら探す。

 

「ないのー?」

「ちょっと、見てるんだったら探すの手伝いなさいよ」

 

 扉の出入り口で覗いている綺羅羅にそう言うと、綺羅羅は「えー。面倒くさいなぁ」と言いながら、私の部屋に入ってくる。

 

「って、なにこの部屋。画材だらけじゃん。すご」

「何? 文句?」

「絵名は投げかけられた言葉を喧嘩腰に解釈するのをやめた方が良い」

 

 それは無理な話だと内心で思いながら、引き出しを開けたり棚に入れている画集や参考書を一冊ずつ出したりして隅々まで探す。けれどどうしても見つけられない。

 

 捨ててしまった? いや、そんなまさか。

 

「あ! あった!」

「うわぁ! 吃驚した!」

 

 綺羅羅の言葉に驚き振り返ると、私の学生証を掲げている綺羅羅が箪笥の前に座っていた。

 

「うそ。見つけてくれたの? ありがとう」

「箪笥の隙間にあったんだけど。もの雑に扱いすぎ」

「う……返す言葉もございません」

 

 頭を下げながら、私は綺羅羅の隣に座る。学生証が見つかった今、自分の等級が気になってしょうがなかった。

 

「えっと、なになに? 『一』?」

「……『一』?」

 

 学生証には大きく『一』と書かれていた。学生の等級は学生証に書かれており、それぞれ下から『四』『三』『二』『一』『特』と書かれている。私の学生証に一と描いてあるのだったら、私は一級と言う事になる。

 

 そう言えば、中学の頃に一級推薦を受けた様な気がするが、詳しくは覚えていなかった。推薦してくれた人間も、一緒に試験を受けた人間も誰か覚えていない。

 

「まぁ、今更驚きもないわ」

 

 そう言って私に学生証を渡す綺羅羅。そっちから聞いて来たのにと思いつつ、しかし綺羅羅に対しての反論が出て来ないあたり、私自身もそれを感じているのだろうと、そう思った。

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