まるで運命かのような、そんな繋がり。
「えぇ……と、ナイトコードのアプリは……これね」
初めて買ったパソコンを下手くそに扱いながら、ナイトコードと言うアプリを探す。ナイトコードと言うのはボイスチャットアプリである。何故私が唐突にそのアプリを探しているかと言うと、とある一通のメッセージから始まった。
午前一時。任務から帰ってきたらピクシェアのDMに知らないアカウントからメッセージが来ていたのだ。
『突然のDMごめんなさい。この曲を作ったKという者です。動画の絵を見ました。よければ一緒に動画を作ってくれませんか?』
そのメッセージを見て、Amiaさんの時以上に怪訝に思ったのは言うまでもない。そのアカウントは所謂捨て垢と言われており、投稿も何もしていなかった。どころかアカウントを作ったのは今月だと言う。そんなアカウントから「Kです」と言われてもどうしても信用が出来ない。
けれどこのまま放っておく事も出来ず、出来るだけ柔らかい文章を考えて返信をした。
『DM有難う御座います。不快に思われたら申し訳ございません。何かK様と証明できる物は御座いますか?』
冷たく思うだろう。然し今の私に思い浮かぶ最大の柔らかい言葉なのだ。
けれど午前一時だと言うのに数分も経たないうちに返信が来たのだった。
『返信ありがとうございます。そうですね。何を送ったらいいか分からなかったので、最近作った曲を聞いてください。これで分かると思います。Amiaさんにも声をかけたので、どうかよろしくお願いします』
そのメッセージと共に送られて来たのは矢張り真っ黒の画面の動画であった。
本当にこの人があの『K』なのだろうか。そんな疑惑が脳内に浮かんでは消える。けれどここで確認しなかったら何も始まらない。私は送られてきた動画を再生した。
流れて来たのは、綺麗な音色であった。この音は、聞いた事がある。あの時聞いた曲と似ていた。
そうだ。この感じ。胸が締め付けられる様な。だけれど優しく、温かい曲。
間違いない。この人が正真正銘『K』だ。
そう思うや否やすぐにKさんへ直ぐに返信した。
『先程の曲、拝聴させて頂きました。とても心に響く、素敵な曲でした。私でよければ貴方様の制作をお手伝いさせて頂きたく存じます』
そう打つと、二回程見直して、送信した。あの曲を作ったKさん。そんな人に失礼があってはならない。
……こんな姿、他の呪術師には絶対に見せられない。祖父なんてもっての他だ。こんな他に謙った言い方ほ祖父にバレたらあのしわくちゃだけれど鉄よりも硬い拳が私の顔に飛んできそうだ。
それから私は急いでパソコンとペンタブを取り寄せて直ぐに取り掛かった。意外にもパソコンの使い方は簡単であり、説明書を見ながら電源を入れたりインターネットに接続したりしていた。
「よし、ダウンロード完了っと。にしても集合が一時だなんて、Kって人は大人なのかしら」
頬杖を付きながらそんな事を考える。Amiaさんの時も思ったのだが、最近の人達は夜遅くまで起きていても平気らしい。私だったら寝れる時に寝ていたい人間である。まぁ、任務の為そんな事も出来ないのだが。
けれど、何とか今日の午前一時には時間を作れそうだ。日中と夜には別々の任務が入っているのだが。それでも一時には間に合うだろう。多分。死ななければ。誘って貰って一言も会話を交わさずにお陀仏は本当に笑えない。
呆然とパソコンを操作していると、部屋の扉が三度程叩かれた。
「絵名様。そろそろ時間でございます」
「はーい。今行くー」
外から伊地知さんの声がして、急いで鞄を持って腰を上げた。
よし。今日も生き抜くぞ。
♢
「ギ、ギリギリだぁ……」
二件の任務を終え、帰って来たのは日を跨いだ午前零時。家入さんの治療を受けて部屋に帰って来たのはもう零時半であった。約束の時間まであと三十分。私は急いで動きやすい服に着替え、パソコンの前に座った。そういえばナイトコードをダウンロードしただけで新規登録がまだだった。
電話番号とメールアドレスを入力して、ログインする。そして送られて来たルームを探した。意外にも早くその部屋は見つけられ、けれど私はルームへ入らず燻っていた。今更になって緊張して来たのだ。見るとルームには私の他に三人入っているらしい。
いや、安心しろ自分。相手は画面越しどころか通話越し。私の姿を見られる危険は皆無だ。いつもの様に喋れば良いだけの話である。
そうこうしているうちに時間か来てしまい、私はルームへ入る事を余儀なくされた。
「……こんばんわ。初めまして。えななんです」
『あ、こんばんわ。K……です』
聞こえて来たのは意外にも幼い声で、少なくとも中学生くらいだろうか。曲と同様、優しそうなウィスパーボイスであった。声色的に女の子──だろうか。いや、分からない。もしかしたら男の子かもしれない。性別なんて、声だけじゃ分からないのだから。
『今日は来てくれてありがとうございます』
「いえ。こちらこそ。お誘い頂いた時はとても嬉しく思いました。ありがとうございます」
そう言いながら、相手に見える訳がないのに頭を下げてしまった。こうして頭を下げたのは本当に久しぶりである。
『それなら良かったです。えっと……』
『初めまして。雪と言います。Kと一緒に曲を作っています。仲良くして貰えると嬉しいです。まぁ、一緒にと言っても私は編曲だけで、ほとんどKが作ってるんですけど……宜しくお願いします』
雪の結晶のアイコンが光ると共に聞こえて来たのは優しそうな女の人の声だった。この人は同い年そうだ。
『えっと、Amiaです。宜しくお願いします』
声と共にピンクのアイコンが光る。
この人が、Amiaさん。
この人も幼い声をしており、少しだけぶっきらぼうだった。
「Amiaさん。初めまして。先日はどうもありがとうございました。送られて来た動画を拝見させて頂きましたが、本当に素敵でした」
『えっと……ありがとうございます。DMではやり取りしてましたけど、話すのは初めてですよね。この間は絵の許可をありがとうございました』
「こちらこそ。数ある絵の中から選んで頂いて嬉しかったです。でもこうして話すのって、何だか変な感じですね」
そうやって笑い合い、ふと、冷静になる。
AmiaさんからDMが送られて来たあの日からずっと、不安の様な、痞えの様な想いが消えて無くならない。
「すみません。話を聞く前に、Kさんに確認したい事があるのですが、よろしいでしょうか」
『良いですけど、どうしたんですか?」
「非常に聞きにくいのですが、本当に私の絵で良かったのですか?」
『え?』
Kさんから出たのは困惑した声。当たり前だ。こんな直前に聞かれて困らない方がおかしい。
けれどもはっきりさせておきたかった。この人にとって私が必要なのか。この人がどう言う風に私を評価しているのか。それでないと私はこの人達と曲を作るのは難しい。
抑も私は多忙の身。絵を認めて、その上誘って貰えるのはとてもありがたいが、それでも正直言って、こんな時間を取る暇はない。それを踏まえた上でこの人達に、時間を割く価値があるのか。それを見定めたかった。
正直自分でも何様だと思っている。それでも確かめたかった。彼らの価値を。自分の評価を。
「Kさん達にお声がけさせて貰えたのは非常に嬉しかったです。然し冷静に考えたらKさんの曲になら、もっと相応しい絵があるのではないかと思いまして」
流れる沈黙。この数秒間が、私にとってはとても長い時間に思えた。
誰もが口を閉ざす中、最初に口を開いたのは、矢張りKさんであった。
『いえ……凄くいい絵でした。少なくとも、わたしはとても良いと思いました』
『……そうですね。私もKと同じ気持ちです。激流みたいな強い想いが感じられて──でも悲しそうで……凄く気持ちをこめて描いたんだろうなって感じました』
次に言葉を発したのは雪さんであった。
私はそんな雪さんに何か言おうとして、止めた。これは今言うべき事ではない。
『わたしが二人のMVを見かけたのは、おとといの夜だったんですけど、わたしが──わたし達が曲で表現したいと思っていた事を丁寧に汲み取ってくれているなと感じて……その上、凄く強い……叫ぶ様な気持ちも伝わって来ました』
『AmiaさんとえななんさんのMVのおかげで、私達の曲の再生数も伸びてコメントもたくさんしてもらえるようになりました。きっと今まで以上にたくさんの人達に聴いてもらえているんだと思います。本当に、ありがとうございます』
その貴女達の激情は私の絵ではなく、AmiaさんのMVのおかげではないかと言う言葉を飲み込んだ。色々言いたい事はあるが、取り敢えず彼女達の言葉を受け入れる事にしよう。
此処迄考えて、少し悲しく感じた。いつの間にか私は、他人の言葉を素直に受け取る事が出来なくなっていた。
なんと今考えてもどうしようもないのだが。
「ありがとうございます。お二人の気持ちはわかりました。短い間ですが、宜しくお願い致します」
そう言って、私は頭を下げた。普段しないからだろうか。今日は本当に頭を下げる日だ。
Kさんは先程までの穏やかな雰囲気とは違い、ふと、真剣な声色を出した。
『……わたしは……わたし達の作る曲を、もっと多くの人に聞いてもらいたいと思っています。えななんさんとAmiaさんにMVを作ってもらえばそれが叶えられるんじゃないかと──そう思って声をかけさせてもらいました』
『もっと多くの人に……ですか』
そうKさんの言葉を反復したのはAmiaさんだった。
私はKさんの真剣さに、少しだけ驚く。曲を聴けば確かに生半可な想いで作曲をしていないと言うのは分かる。けれど今のKさんには、他の人では触れられない。何らかの執着があるように思えた。
恐らくKさんは、本気で誰かに届く曲を作りたがっている。けれどそれはきっと、プロになりたいとかそんなんじゃないだろう。
『それで──次の曲のデモが、これです。まだ少し荒いんですけど、よければ聞いてください』
そうしてチャットに送られて来たのは一つの音楽ファイルだった。
再生してみると、今までとは違うハイテンポの曲が流れて来た。激しくて、怖くて。それでも優しくて。聞いていると泣きたくなるような、そんな曲。あまりの衝撃に思わず「すご……」と声が漏れてしまった。
やっぱり、Kさんは凄い。こんな心に届くような曲が作れるなんて。
私にはない才能だ。けれど不思議と妬ましいという感情は出てこなかった。それは多分、あまりに優しい曲を作るから。
優し過ぎて、眩しく思う程に。
『こっちからの要望は、特にありません。Amiaさんとえななんさんがこの曲を聴いて感じたことを率直に表現してもらえれば、問題ないです』
『え? 自由に作っていいってことですか?』
『はい』
Amiaさんの言葉に、Kさんは即答した。
どうして、彼女は私達を信用してくれるのだろうか。彼女が見たのはたった一つの動画だけ。あんな凄い動画を作れるAmiaさんなら兎も角、私にも要望がないのは些か買い被りすぎではないか。
──いや、それは私が逃げているだけだ。彼女達の期待にプレッシャーを感じて、期待通りの出来じゃなかったらどうしようと、怖気付いている。
そんなの、
『Amiaさんは……どうですか? まだ決めかねてるっていう話でしかけど」
『え? そうなんですか?』
雪さんの言葉を聞いて、思わずAmiaさんに語りかける。まぁ確かに急にメッセージきたら誰でも警戒はする。私だって証拠を要求してしまったし。仕方なかったとはいえ見る人によっては失礼極まりない文章だったかもしれない。
『あ……はい。まずは詳しい話を聞いてから決めようと思って。でも、話とデモを聞いて、やっぱりやってみたいなって思いました』
『あ……。ありがとうございます』
Amiaさんの言葉に、Kさんは嬉しそうな声を出した。きっと画面の向こうでは微笑んでいるのだろうと言うのが容易に想像が出来た。
『良かったね。K。Amiaさん、よろしくお願いします』
『……はい。よろしくおねがいします』
何とか無事に話がついて良かったと、一息ついた。このままAmiaさんが動画制作をしないと言っていたら私の絵も使われていなかったかもしれない。
然し、Amiaさんのおかげで私の絵を見つけてもらえたのか。それは嬉しいような、少し悔しいような。ま、良い事だとしておこう。
「あ、少し宜しいですか? 度々申し訳ございません。動画制作をするにあたって、伝えておかなければならない事がございまして」
『どうしたんですか?』
「私、一身上の都合で毎日はこの時間にログイン出来ないんです。都合が合う日はなるべくログインするようにしますので、それだけご理解いただければと存じます」
忘れていたが、これは絶対に伝えなければいけない事だった。一日だけなら構わない。けれど動画制作はそんなに簡単ではないし、短時間で作れるわけではない。そうなると任務に行っている私は必然的にログイン出来ない日が出来てしまう。それは初めに言っておかなければいけない。
『わかりました。そこまで無理は言いません。えななんさんのペースで大丈夫ですよ』
その言葉に、私は少し安心した。ここで「なんで?」と引き下がられたらなんて説明したら良いか分からなかっただろう。
午前、一時。私達は動画制作に取り掛かった。
どこまで出来るか分からない。けれど、今、この曲を絵で表現していたかった。呪術を忘れて、ただただ、この絵を完成させたい。そう思ったのだった。