自分が変わっているとは思わないけれど、それでもまともだとは思えなかった。
『えななんさんって、もしかして大人の人なんですか?』
「なんでそう思ったんですか?」
ラフ画を描きながら、Amiaさんはそんな事を言った。二人で話し合った結果、私が描いている途中、どうしてもAmiaさんが手持ち無沙汰になると言うことで、先に私がラフ画を描いて、それでAmiaさんに送ると言う形になったのだ。
初めてのペンタブで四苦八苦している所に、そんな言葉をAmiaさんから投げかけられたのだ。
『話し方とか、文章の書き方とか。何だかビジネス染みてるなぁって思って。あ、別に貶してる訳じゃなくて、本当にすごいなぁって……』
「そんな心配してませんよ。有難う御座います。ご期待に添えず申し訳ないのですが、私はまだ十六です。高校一年生ですよ」
『え!? 嘘!?』
そんな大声がヘッドフォン越しに聞こえる。
『めっちゃ丁寧な言葉遣いだからてっきり社会人かと……』
「周りの大人がこう言う敬語を使う人達ばかりだからですかね? 自然とこうなってしまって」
嘘は言っていない。私に敬語で接してくる人間は皆こう言う敬語を使う。東雲だから謙っているからなのか。だから私も敬語を使おうとするとそっちに引っ張られてこの口調になってしまう。綺羅羅や五条先生あたりに知られたら笑われそうな話ではあるが。
『東雲さんの周りって一体──いや、ごめんなさい。こうズケズケと聞く事じゃないですよね。忘れてください』
「いえ、気にしてません」
そこで切ってくれたのは、正直有り難かった。私の周辺はそんな大っぴらに話す事じゃないから。
話終わったAmiaさんはまたミュートにしたらしく、それからの音は一切聞こえてはこなかった。この機会を逃さぬべく、私もミュートにしてラフ画に集中した。
描いているのは叫んでいる女の子の絵。この曲は激しくて、怖くて。だから助けを求めたり、憤怒に燃え上がったりと言う激情を表しているのかなと、私はそう解釈した。
──でも、何か違う。何か違和感がある。何か、何だろうか。分からないけれど、この絵ではないような。けれどそれが何なのか全くもって分からない。その違和感を探ろうともう一回曲を聴いてみるも、矢張り叫んでいるような感じがある。
「……このまま描いても、良い絵は出来なそうね」
そう呟いて、私はミュートを外した。
「Amiaさん。少し良いですか?」
『……どうしたんですか? えななんさん』
私の問いかけに少しの間を置いてAmiaさんが答えた。
「御免なさい突然。ラフ画の事で相談が……今お時間宜しいでしょうか」
『大丈夫ですよ。それで、何が困ってるんですか?』
「これなんですけど……今PDF送りますね」
そう言って、私は先程まで描いていたラフ画を転送した。送られてきた絵を見たであろうAmiaさんからはクリック音が聞こえる。
Amiaさんは、この曲をどう解釈したのだろうか。そう言えばAmiaさんと話し合いをせずに一人で勝手に進めてしまっていた。自分一人だけの解釈で描いても共同作業の意味がないと言うのに。反省反省。
少しの間を置いて、Amiaさんは口を開く。
『すごく良い絵だなって思ったんですけど、どの辺りが困ってるんです?』
「……Amiaさん。ちゃんと解釈違いでしたら仰ってくださいね」
『…………え?』
Amiaさんの言葉に、「やっぱり」と声が漏れる。
この立場上、私に遜る人間は多い。と言うか呪術師の殆どが私に対して腰や頭が低い。だからこそ分かってしまうのだ。人の感情の機敏を。誰がどう思っているだとか、どんな感情だとか。
きっと今のAmiaさんは私の絵に対して、何らかの不満を持っている。私はそれが聞きたかったのだ。
「私は最初、この曲の主人公は泣きたくて、逃げたくて。でもどうしようもなくて、怒りを露わにして叫んでいるものだと思っていたんだす。けど、描いていくうちにそうじゃないような気がして。でも何度曲を聴いてもその情景しか思い浮かばず。Amiaさんはこの曲を聴いてどう思いましたか? あなたの感じた事を教えてください」
そこまで一気に捲し立てる様に言って、一息つく。そう言えば飲み物も何も持って来ていなかった。そう自覚すると私の喉は潤いを欲し始める。
『ボクは……えっと……』
何を燻っているのだろうか。自分の解釈を言うだけだと言うのに。もしかしてこの曲を聴いて何も思い浮かばなかったとか? いや、それは絶対にあり得ない。この人だって曲を聴いた時感激していた。
だったらAmiaさんも解釈がある筈である。
大分の間がを置き、Amiaさんは口を開く。
『えななんさんの解釈も良いと思いますよ』
「〝も〟って事は、Amiaさんは他に解釈があるって事ですよね」
『う……』
「って言うか、良いって思わなければそうだって、はっきり仰って貰えませんか?」
通話の向こうから息を呑む音が聞こえる。私はそれに気付いていないふりをして話を続ける。
「勿論全然ダメって言われるのはこの上なく嫌なのですが、でも……!」
息を大きく吸って、吐く。
「ダメなのにお世辞で良いって言われるのは、もっと嫌なんです」
そこまで言って、自分の心臓がバクバクと大きな音を立てているのが分かった。意外にも本音を伝えるのはとても勇気が要った。今まで周りの人間は私や祖父に取り入ろうと私の絵に対してお世辞を言ってくる人ばかりであった。
けれど、思う。この人なら、私の絵を正当に評価してくれるのではないかと。ダメなものはダメ。良いものは良いと、はっきりと言ってくれるのではないかと。
淡い期待だ。だけれどそう思わずにいられないのは、どうしてなのだろうか。
「諸事情で分かるんです。人の感情の機敏とか。あ、今不快な思いをしたなとか。色々。だから、隠さなくても良いんですよ。私の前でくらい、顔も知らない人間の前でくらい本音で喋っても」
この人は、私の事を知らない。私の立場も、周りの環境も、置かれている現状も。だからこそ、言える事もある筈である。
『──これは、ただのボクの感想なんですけど……』
数秒経って、漸くAmiaさんは口を開いた。
『この子が叫んでいることに、ちょっと違和感があったんです』
「……それは、何故ですか?」
どうやらAmiaさんが感じていた事は私とは真逆だった様である。私はこの曲を聴いて心の内を吐き出している〝絶叫〟の様なものが感じられた。けれどAmiaさんはそれに対して違和感を感じている。
『その……ボクがこの曲で感じたのは〝叫ぶ事すら出来ない苦しみ〟みたいな、そう言うものだったから……』
「叫ぶ事すら出来ない苦しみ……」
──お前に、画家になれる才能はない。
──泣くな。情けない。
──貴女様は東雲家の次期当主なのですよ。そんな
──あれが東雲のご令嬢か。まるで怪物みたいだな。
──東雲家の人間として恥ずかしくない人物になってください。
──日本人の命は、貴女にかかっているのですよ。
──化け物!!
『……えななんさん?』
「──え、あ、御免なさい。物が落ちてしまって。それで、続きを聞かせて下さい」
『あ……はい』
しまった。思わずぼうっとしてしまった。
全く、忘れたくない事は忘れていって、忘れたい事はいつまでも覚えているものである。
『だからボクはこの女の子は叫んでるより無理して笑ってるような子にしたほうが、良いかなって思ってて……』
「……分かりました。それを踏まえた上で、もう一度聴いてみます」
すぐにミュートして、私はもう一度音楽ファイルを開く。流れてくるは矢張りアップテンポの曲。確かにAmiaさんの解釈を意識して聴くと納得出来る所がある。
けど──。
「……急にミュートにして申し訳ありません。Amiaさんの言う通りその解釈の方が良さそうです。これで進めていきましょう」
『え!? いやいや、これはボクの一個人の感想ですって!』
そう言ってヘッドフォン越しに風を切る音が聞こえる。きっと否定の意を込めて手を振っているのだろう。
いや、これで進めた方が良さそうだ。多少の違和感は覚えたけれど、無理して笑っている女の子の方がBメロとも合いやすい。こっちの方が無難だ。
それに私の価値観は呪術師を初めてガラリと変わってしまった。そんな歪な世界に居る私より、Amiaさんの解釈の方が大衆に受けが良いだろう。
「良いんです。Amiaさんもそっち方が合わせやすいでしょう」
『それは、そうなんですけど……えななんさんは良いんですか?』
「何がですか?」
『何がって、ほら、えななんさんにはえななんさんの解釈があるんじゃないですか?』
「……私は、別に良いんですよ」
ペンの持ち手先で頭を掻きながら、そう答える。
Kさんの目的は、より沢山の人に自分の音楽を届ける事。そしたら私の解釈よりAmiaさんの解釈の方が、ずっと良い。
『……それで、えななんさんの違和感は、解消されたんですか?』
「え?」
ヘッドフォンから聞こえてくるAmiaさんの声は、少しだけ悲しそうであった。
しまった。傷付けるつもりはなかったのだが。何が気に障ったのだろうか。
『ボクは、ボクだけの解釈じゃなくて、えななんさんの解釈も大切だと思うんです。ボクたち二人で作るんですから、えななんさんの解釈も必要です』
「解釈って……さっき言いましたよ?」
『それでも納得出来ないから、ボクに聞いたんでしょ?』
図星だった。確かに最初は自分の解釈とAmiaさんの解釈を織り交ぜて描こうと思っていたのだが、話を聞いて行くうちに私の考えが可笑しいのではないかと思ってきてしまったのだ。そりゃ自分一人だけの創作だったら気が済むまで思い悩むのだが、今回は複数人が絡んでいる。
押し込む事は大事だ。
『えななんさん。貴女が何を思ってボクの解釈を採用したか分かりません。けど、自分が違和感があったら言うべきです。それじゃ良い作品はできないじゃないですか』
先程まで言い淀んでいた人間と同じ言葉だとは思えない言葉であった。
言い返したい。けれども私にはこの人の言葉に反論出来る程の材料は持ち合わせていなかった。
私もAmiaさんに、似たような事を言ったばかりであった。
溜息を吐いて、苦笑いする。
「……私の解釈聞いても、笑いません?」
『笑いません。絶対に』
そう言ったAmiaさんの声は、真剣であった。
こんな真剣に言ってくれる子に対して遇らうなんて、それこそ不誠実よね。
「さっき言った通り、私が初めてこの曲を聴いた時に感じた印象は、〝激情〟でした。悲しくて、苦しくて。叫ぶしかなくて。だから喉を枯らして叫んでいる。けど、Amiaさんの解釈を聞いてそれが間違いだって事に気付いて。確かに叫ぶ事の出来ない苦しみが正しいと思います。きっとKさんもそう思ってこの曲を作ったんでしょう。けど、それだけじゃないような気がして。なんでしょう。押し込んでいるけど、その中に陰鬱とした、どうしようもできない、抑える事が出来ないものが隠れているような気がするんです」
そこまで言って、私は口を覆って考える。抑える事の出来ない感情。恋慕? いや、そんなのはこの曲に感じられない。じゃあ何か。人間がどうしても外に吐き出さなければ治らない感情というのは。
「──怒り?」
『え? 怒り?』
「はい。私、この曲には怒りが隠されている様な気がしたんです。特定の相手とかいなくて、けどどうしようもなく全てに対して怒りが収まらない……みたいな」
『……あぁ、確かに。そんな感じもしますね』
「え? 分かるんですか?」
てっきり「そんな感じはしない」と言われるのかと思っていたが、意外にも同情は得られたみたいであった。
内心、ホッとする。また否定されるのではないか。また拒絶されるのではないかとどうしたって思ってしまってのだ。
──化け物!
「………………」
思い出すのはまだ新しい記憶。あんな気持ちは二度とごめんである。
「……じゃあ、その二つを踏まえてもう一度描いてみますね」
『良いんですか? また一から描き直すって、すごく大変だと思うんですけど……』
「心配ないです。絵を描くの好きなので。通話繋げておくので、Amiaさんは気付いた事があったらどんどん言ってください」
そう言って、今度はミュートをせずに私はペンタブに向かった。今度は一つの迷いもなく緩やかに線を引いていった。先程までの迷いとは打って変わってどんどんイメージが湧いていく。
「……あの、一つ聞いても良いですか?」
『え? なんですか?』
ふと、疑問に思った。普段なら漠然と考えるだけなのだが、今回はどうしても気になってしまったのだ。
聞き様によってはただの雑談程度。けれどAmiaさんにとっては核心を突くような、そんな質問だったらしかった。
「Amiaさんはなんで、あの解釈になったんですか?」